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第4章 離れたふたり

4-2 当主が勧めるエドワードの縁談

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 入れ替わりから戻り、救護室で仕事を終えたエドワード。
 彼は屋敷へ着くなり家令のマルロから、スペンサー侯爵家の当主の元へ行くように言われた。
 まあ当然だろう、と冷静に受け止め当主の部屋を訪ねる。


「今日、ルイーズ伯爵令嬢が重傷を負って救護室に運ばれたと聞いて、肝を冷やした。回復魔法師ヒーラー様から、きれいに治療できたと報告を受けひとまず安心したが、相手はお前だったんだろう。どうした?」

 顔を合わせるなりいきなり本題に入る当主。エドワードのことを1番知っている父としては、不思議でたまらないのだろう。
 ……そう思うと、エドワードは心苦しくなり、ひときわ真剣な顔を向ける。

「申し訳ありません、足を滑らせたせいで力加減を間違えてしまいました。それで、動揺してすっかり動けませんでした」

「いや、お前に無理を言っている私が悪いんだ。中間報告でも素質は全くないから、今年も女性騎士は出ないと聞いている。今日の出来事で、ルイーズ伯爵令嬢がおじけづいて訓練に来なくなれば、お前も、もう元の生活に戻れる」

「おそらくルイーズの性格だと、あしたも、しれっと来るでしょう。そんなことを気にするような性格ではありませんから」

「なるほどな。それならもうしばらく頼む。それと話はガラリと変わるが……、ビリング侯爵家の当主から、娘のパトリシア嬢との婚約を検討に入れてくれと言われた。向こうの当主は、お前のことを知っているから、無理にとは言ってきてないが……」

「父は、適当な返答をしていないでしょうね」
「ビリング侯爵は、昔からの友人だからな。申し訳ない、先に誤っておく。……パトリシア嬢と近々出掛けてくれないかと頼まれて、断れなかった」

「はぁぁーっ、またですか! この前の茶会で最後だと言ったはずですよ……」
「まあいいだろう。いつも言っているが、王女たちが嫌ならパトリシア嬢に決めても良いだろう。ビリング侯爵家は、うちと協同経営している事業もあるんだ。そろそろ、どっちを選ぶか真面目に考えろ」

「いや、まだ決めかねていまして」
「まさか、遊んでいるだけかと思っていたが、毎日連れてきていたルイーズ伯爵令嬢のことを気に入っているのか?」
「……いや。ルイーズとは何の関係もありませんから」

「それなら良かった。陛下から最近やたらとエドワードの婚約の話を持ち掛けられているからな。レベッカ王女の話を断って、我が家と交流もない伯爵令嬢を選ぶとなれば、王女が納得しないだろう」

 当主からそう言われて、エドワードは頭をポリポリかいて、その2人のことを考えている。だが、少しも気乗りしない様子だ。

(いくら俺を気に入っているとは言え、気位の高いレベッカ王女が俺の特性を知れば引くだろう。
 俺が直接触れれば、体の外も中も、何でも分かるからな……。結婚するとしても、回復魔法師ヒーラーであることは隠すのが賢明か……。
 パトリシア嬢ね……。悪い娘でないのは分かるが、めんどくさいな)


 釈然としない表情を浮かべるエドワードは、当主との話を終えて、自分の部屋へ戻った。

 だが、部屋に入るなり妙に違和感を覚える。

 見ているのは昨日までと同じ自分の部屋の景色。
 ……でも何かが足りない。そんな感覚が彼を襲っている。

 この1週間。彼は、入れ替わっていた期間も毎日、自分の部屋へ足を運んでいた。
 けれど、エドワードがここで過ごしていたときには、必ずルイーズが一緒だった。
 その存在がないこの部屋が、何となく自分をもの寂しくさせる。

 彼は晴れない気持ちのまま浴室で、しっくりしない感情を整えようとしていた。
 浮かない表情の彼は、浴槽の外に長い腕をだらりと伸ばし、湯につかりながら同じことばかりを考えている。
(あいつ、今頃何しているかな……)

 彼は、久しぶりに自分の部屋で長湯をして、シャツの上にガウンを羽織ろうとしたときだった。
「あ゛ー、あいつ何やってくれてんだよ!」

 今、彼が手に持っている高級シルクでできたガウン。その胸元には、金糸でスペンサー家の家紋である羽を広げた美しいアゲハちょう刺繍ししゅうされている。

 けれどその横に、くまの刺繍が銀糸で施されていたのだ。
 それは意外な程に上出来でかわいらしくもある。
 だが、なにぶん貴公子には不釣り合いな絵柄。

 異質過ぎて妙に存在感のある刺繍を、じーっと見ながらエドワードは、あしたルイーズに文句を言おうと心に決めていた。
 すっかり楽しそうな顔をしているエドワードは、結局そのガウンを羽織っている。
 他に同じガウンがあるにもかかわらず。

(信じられない……、俺のガウンにこんなものを描きやがって。俺のことを馬鹿にしているだろう。絶対にあしたここに連れてきて、解いてもらうからな)


 もう、彼女が訓練に来ることはないのだけれど。
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