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第4章 離れたふたり
4-1 さようなら、あなたが好きでした
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もう少しで午前も終わる。そんな時刻に起きたアクシデント。
その日の訓練は、ルイーズが運ばれた時点で終了となった。
ぼう然自失のエドワード。動きたいのに、体がぴくりとも動かない。そのまま訓練場に立ち尽くしていた。
……もしかして、対面する彼女は既に……。悪い想像が、彼の頭の中を埋め尽くす。
しばらくして、エドワードは拳を握りしめ、決意を固める。
ルイーズを確かめるために、救護室へ向かう。だが、足取りは重い。
彼が着いたとき、救護室には治療希望者は誰もいないように見える。
エドワードが視界に捉えた、フードを目深にかぶる人物へ問い掛ける。
むしろ、そちらの人物の方が、久々に見るエドワードの顔色の悪さにギョッとして、何かを言いたげだ。
「……ルイーズは?」
「? ああ、先ほどの騎士の候補生か。深い傷だったが、ヒールで塞がり、少し前に元気に帰っていった。あの調子なら、あしたも訓練に参加できるだろう」
「そ、そうか……。申し訳なかった。俺がそばにいたのに煩わせてしまったな」
エドワードは、はぁぁ~っと、安堵のため息を漏らす。今度は、一気に解けた緊張から動けない。
気持ちの整理が追い付かないエドワードは、しばらくその場でしゃがみこむ。
彼は、ルイーズが無事と聞いても、表情はまだ冴えないまま。
彼女を危険に晒した原因は自分であり、自責の念にかられる。
(ルイーズが、救護室まで持たなかったのではないかと思い、生きた心地がしなかった。本当に、彼女が無事で良かった……。会えるのは……あしたか)
彼は、顔を隠さず、自身の部屋から救護室に入り込んだ。
彼の顔を知らない救護室の受付係が入ってきたら、大騒動になるのも忘れ、ルイーズのことを考えていた。
****
一方、屋敷に帰ったルイーズは不思議な感覚に襲われていた。
屋敷に着くまでは、いくら傷が塞がったとはいえ、怖くて動かせなかった右手。
自分の部屋に着いてから、ゆっくり確認してから動かそうと思っていたのだ。
手や腕に付いていた血は洗い流されていた。けれど、騎士服に付いたのはそのまま。服が冷たい。
そのせいだろうか、ルイーズの右手の指先は冷え切っており、感覚がおかしい。治療後からずっと変だった。
着ている服を脱ぐために、ボタンを外そうとする。
だが、右肘は動かせても、右手の指先は、だらりと床に下がったままで力が入らない。
右手を動かしたくても、うまく動かせなくなっていた。
正確には、今日けがをした手首から指先の感覚を失っている。
「ナニコレ、ボタンが外せない」
利き手である右手が使えない。何が起きたのかと、ルイーズは困惑を隠せない。
それでも、ようやっと、使いにくい左手で汚れた騎士服を脱いだ。
(できることは全部したと、救護室の回復魔法師様から言われたんだから、わたしの右手は、このまま動かないのか。それは、自分の不注意だから仕方ないけど。
あしたから、訓練にはもう行けない。
……それに、これをエドワードが知ったら。
駄目ね。どう考えても、エドワードは嫌な気持ちになる。わたしが悪いんだ。
彼には絶対に知られないようにしないと。
自分の身もわきまえず、彼のそばにいようとして、本当に馬鹿なんだから。
エドワードのことは一刻も早く忘れよう)
暗い表情のルイーズは、自分に必死に言い聞かせた。
ルイーズは、紐の多い服を数着持っているだけ。
さて、どうやって着るかと悩みながら、ゆっくりクローゼットを開く。
するとルイーズの知らない新しい服が、クローゼットの中いっぱいに入っているのが目に飛び込んできた。
エドワードは、騎士服のまま、いつも自分の前にいたのだ。
エドワードがルイーズのために買っていた服を見たことがなかった。
あの日の彼の行動を、ルイーズは初めて理解する。
ふたりで町に行った日。ルイーズは、どの店でも別室で待っていただけ。
こらえきれない感情で、かすかに唇が震える。
あふれんばかりのクローゼットを見たときから、ルイーズの視界は、にじみ始めていた。
しみじみと見ているうちに、もう、涙はこぼれ落ちる限界。
(……エドワードってば、随分とたくさん買っていたのね。
わたしのクローゼットの中に、こんなに洋服があるのは初めてだわ。
ルイーズのままでいることを落ち込んでいたくらいだもの、あのとき、彼がここで生活するつもりは少しもなかったのに。
……どう見たって、全部わたしのためでしょう。
惚れられるのは迷惑だって言っていたのに……。馬鹿なんだから……。
こんな優しくされたら誰だって好きになっちゃうでしょう。
もう、とっくに好きだったのに。
それなのに……もっと、好きになったじゃない。
……もう、どうやってエドワードのことを忘れたらいいのよ……。
わたし、あなたに合わせる顔もないのに……。ちゃんとエドワードにお礼も言えないまま、お別れだ)
「離れたくないくらい好きだったのに。あなたが困るっていうから……、何も言えなかった」
エドワードと入れ替わり中、彼と過ごす時間があまりに自然で癒やされる。一緒にいると楽しくてたまらない。もう離れたくなかった。
自分の体に戻れば、彼との関係は終わり。それは分かっていた。
今はまだ、エドワードを忘れられそうにないルイーズは、長い時間がたてば、いつか月日が忘れさせてくれる。
そう信じるしかなかった。
これまで、自分の右手が動かないと分かっても、ルイーズの涙は出てこなかった。
それなのに、エドワードを想い、彼女は開けっ放しのクローゼットの前でしゃがみ込み、顔を抑えて泣き続けている……。
「……さようなら。あなたが好きでした」
その日の訓練は、ルイーズが運ばれた時点で終了となった。
ぼう然自失のエドワード。動きたいのに、体がぴくりとも動かない。そのまま訓練場に立ち尽くしていた。
……もしかして、対面する彼女は既に……。悪い想像が、彼の頭の中を埋め尽くす。
しばらくして、エドワードは拳を握りしめ、決意を固める。
ルイーズを確かめるために、救護室へ向かう。だが、足取りは重い。
彼が着いたとき、救護室には治療希望者は誰もいないように見える。
エドワードが視界に捉えた、フードを目深にかぶる人物へ問い掛ける。
むしろ、そちらの人物の方が、久々に見るエドワードの顔色の悪さにギョッとして、何かを言いたげだ。
「……ルイーズは?」
「? ああ、先ほどの騎士の候補生か。深い傷だったが、ヒールで塞がり、少し前に元気に帰っていった。あの調子なら、あしたも訓練に参加できるだろう」
「そ、そうか……。申し訳なかった。俺がそばにいたのに煩わせてしまったな」
エドワードは、はぁぁ~っと、安堵のため息を漏らす。今度は、一気に解けた緊張から動けない。
気持ちの整理が追い付かないエドワードは、しばらくその場でしゃがみこむ。
彼は、ルイーズが無事と聞いても、表情はまだ冴えないまま。
彼女を危険に晒した原因は自分であり、自責の念にかられる。
(ルイーズが、救護室まで持たなかったのではないかと思い、生きた心地がしなかった。本当に、彼女が無事で良かった……。会えるのは……あしたか)
彼は、顔を隠さず、自身の部屋から救護室に入り込んだ。
彼の顔を知らない救護室の受付係が入ってきたら、大騒動になるのも忘れ、ルイーズのことを考えていた。
****
一方、屋敷に帰ったルイーズは不思議な感覚に襲われていた。
屋敷に着くまでは、いくら傷が塞がったとはいえ、怖くて動かせなかった右手。
自分の部屋に着いてから、ゆっくり確認してから動かそうと思っていたのだ。
手や腕に付いていた血は洗い流されていた。けれど、騎士服に付いたのはそのまま。服が冷たい。
そのせいだろうか、ルイーズの右手の指先は冷え切っており、感覚がおかしい。治療後からずっと変だった。
着ている服を脱ぐために、ボタンを外そうとする。
だが、右肘は動かせても、右手の指先は、だらりと床に下がったままで力が入らない。
右手を動かしたくても、うまく動かせなくなっていた。
正確には、今日けがをした手首から指先の感覚を失っている。
「ナニコレ、ボタンが外せない」
利き手である右手が使えない。何が起きたのかと、ルイーズは困惑を隠せない。
それでも、ようやっと、使いにくい左手で汚れた騎士服を脱いだ。
(できることは全部したと、救護室の回復魔法師様から言われたんだから、わたしの右手は、このまま動かないのか。それは、自分の不注意だから仕方ないけど。
あしたから、訓練にはもう行けない。
……それに、これをエドワードが知ったら。
駄目ね。どう考えても、エドワードは嫌な気持ちになる。わたしが悪いんだ。
彼には絶対に知られないようにしないと。
自分の身もわきまえず、彼のそばにいようとして、本当に馬鹿なんだから。
エドワードのことは一刻も早く忘れよう)
暗い表情のルイーズは、自分に必死に言い聞かせた。
ルイーズは、紐の多い服を数着持っているだけ。
さて、どうやって着るかと悩みながら、ゆっくりクローゼットを開く。
するとルイーズの知らない新しい服が、クローゼットの中いっぱいに入っているのが目に飛び込んできた。
エドワードは、騎士服のまま、いつも自分の前にいたのだ。
エドワードがルイーズのために買っていた服を見たことがなかった。
あの日の彼の行動を、ルイーズは初めて理解する。
ふたりで町に行った日。ルイーズは、どの店でも別室で待っていただけ。
こらえきれない感情で、かすかに唇が震える。
あふれんばかりのクローゼットを見たときから、ルイーズの視界は、にじみ始めていた。
しみじみと見ているうちに、もう、涙はこぼれ落ちる限界。
(……エドワードってば、随分とたくさん買っていたのね。
わたしのクローゼットの中に、こんなに洋服があるのは初めてだわ。
ルイーズのままでいることを落ち込んでいたくらいだもの、あのとき、彼がここで生活するつもりは少しもなかったのに。
……どう見たって、全部わたしのためでしょう。
惚れられるのは迷惑だって言っていたのに……。馬鹿なんだから……。
こんな優しくされたら誰だって好きになっちゃうでしょう。
もう、とっくに好きだったのに。
それなのに……もっと、好きになったじゃない。
……もう、どうやってエドワードのことを忘れたらいいのよ……。
わたし、あなたに合わせる顔もないのに……。ちゃんとエドワードにお礼も言えないまま、お別れだ)
「離れたくないくらい好きだったのに。あなたが困るっていうから……、何も言えなかった」
エドワードと入れ替わり中、彼と過ごす時間があまりに自然で癒やされる。一緒にいると楽しくてたまらない。もう離れたくなかった。
自分の体に戻れば、彼との関係は終わり。それは分かっていた。
今はまだ、エドワードを忘れられそうにないルイーズは、長い時間がたてば、いつか月日が忘れさせてくれる。
そう信じるしかなかった。
これまで、自分の右手が動かないと分かっても、ルイーズの涙は出てこなかった。
それなのに、エドワードを想い、彼女は開けっ放しのクローゼットの前でしゃがみ込み、顔を抑えて泣き続けている……。
「……さようなら。あなたが好きでした」
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