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第2章 いがみ合うふたり
2-16 騒動の予感
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パトリシアに招かれたお茶会の翌日から、ルイーズは風邪で寝込んでしまい、2週間以上訓練に行っていなかった。
その間に、ルイーズの婚約解消は候補生の間で有名になり、少々ざわめきが起きている。
あいきょうのあるルイーズは、本人が思っている以上に他の訓練生から人気が高い。
これまでモーガンしか見えていないルイーズは、そんなことは全く意識していなかった。
どうやら、真面目に騎士を目指す姿に好感を持たれていたようだ。
エドワードが馬鹿にするルイーズの容姿も、化粧せずともかわいらしく整っている。
ただ、ルイーズが痩せ過ぎなのは間違いなく、ルイーズも訓練に参加してから、さらに細くなっていることを気にしていた。十分な食事も取らず日差しの下で過ごし、髪もぼさついていた……。
伯爵夫人と姉ミラベルの意地悪は、目に見える形で確かに表れている。
……だが、屋敷の中の話は誰も知らない。
素直でかわいらしいルイーズは、騎士の仕事に理解がある。
もし結婚するのであれば、ルイーズは理想的だろうと休憩室で話題になった。
それに、いつも近くにいるエドワードとは、犬猿の仲なのだ。うまくいけば自分が心を射止められる。そう思う令息が現れていた。
そもそも、騎士を目指すのは、長男ではなく次男か大半は3男以降の出生。家を継げず、家令として残るわけにもいかない者が、騎士爵を欲して目指すことが多い。
そんな中、この騎士の訓練に参加している嫡男が1人だけいた。
その珍しい人物が、エドワードだ。
他の訓練生からは、侯爵家次期当主のエドワードは、騎士になる気はないけれど、お遊びで訓練に参加している。それくらいに思われていた。
訓練場でルイーズと遊んでいる彼は、誰から見ても騎士になるとは思えず、どうせ、噂どおり将来は宰相だろう。と、見立てている。
のらりくらりと、ルイーズと遊ぶように訓練に参加しているエドワードは、別に騎士を目指しているわけではなかったから、その認識はある意味正しかった。
ルイーズは、貴族たちの思考を全く理解していないから、彼は騎士になりたいと信じているけれど。
その単純な思考が、エドワードに馬鹿やあほと言われる原因。
エドワードは、父である宰相にルイーズが訓練で死なないように見張れと命じられ訓練場にいた。
そして、自分のために、できれば早く終わらせたい。一刻も早くルイーズに音を上げさせ、辞退届を書かせる魂胆だった。
だが、朝から動くのは嫌だと言っていたエドワードは、すっかり楽しそうに、この訓練場に足を運んでいる。
そんなことは、当の本人は気付いていないから、いまだにめんどうに思っているけれど。
久しぶりに訓練に参加したルイーズは、公爵家の3男のカーティスに声を掛けられた。
「ルイーズのことを心配していたんだよ。今日来なければ、見舞いに行こうと思っていた」
「もう、見舞いなんて大袈裟ね。ただの風邪だったのよ」
「今日は体力も落ちていることだし、訓練は無理してはいけないよ」
聞き慣れない優しい言葉を掛けられているルイーズは、完全に姉と元婚約者のことを吹っ切っており、モーガンのことを思い返すこともない。
だから、今までは少しも意識しなかった同期の言葉で、ぽっと頬を紅潮させていた。いや、おそらく彼が持つものに興味があっただけ。
カーティスはルイーズが抱えきれない程のリンゴを「今日届ける予定だった」と言って渡してくれたのだ。
「元気になったのだから、これは受け取れないわ」
「じゃあ、僕からの快気祝いだと思って受け取って」
ルイーズから突き返されないように、半ば強引に渡し、間もなく訓練が始まるからと立ち去ったカーティス。
どうすることもできずに困ったルイーズは、リンゴの入った紙袋をどこかに置いて、訓練に向かおうとしていた。
そのとき、袋の中からリンゴが1個転がり、それを拾ったのがムッとしているエドワードだ。
ルイーズは、エドワードから掛けられた言葉に耳を疑い、しばらくぶりに会ってこれか、と白目を向く。
「お前は婚約者がいなくなった途端これなのか。早速、違う男を引っかけるために、仮病を使って同情を買っているのだろう」
「はぁぁっ! そんなわけないでしょう。本当に具合が悪かったの」
「うまく、男が引っかかったようで良かったな。まあ、せいぜい逃げられないように、今度は、もっと健気な路線で同情を買えばいいだろう」
そう言いながら、紙袋の中からあふれるリンゴの山へ、拾ったのを戻すエドワード。
「ひっどーい、何それ。って、エドワードと話していたら、もう他の候補生たちは組む相手を決めているじゃない」
ルイーズは、周囲をキョロキョロと見回し、これまでと同じ状況にぼうぜんとする。
肩を落とし嫌な顔をするルイーズは、心底今日は彼と組むのが嫌だった。
それは、エドワードはこの候補生の中でも群を抜いて力がある。
その彼を相手に、今日の自分の体力が、最後まで持つ自信が少しもなかったのだ。
彼が剣を握っているその腕は、筋肉の筋が分かるくらいだった。まるで剣士になるために創り上げているような体。
ルイーズと剣を交えても、彼の黒髪は少しも汗にぬれることもなく、黒い瞳は至って冷静に自分を捉えていた。
(どうしてこんな人が、いつもわたしと組んで剣術をみがいているのか分からないわ。
わたしよりも、他の熟練した候補生と組まないとエドワードのためにならないのに)
エドワードが訓練に参加している理由を疑っていないルイーズは、彼に持つ必要のない罪悪感を抱いてしまっている。
エドワードは、幼い頃から回復魔法師の素質に気付いており、自分の身を守るために習得した剣技。
だがそんなことは、エドワード本人とこの国の宰相である父しか知らないことだ。
その間に、ルイーズの婚約解消は候補生の間で有名になり、少々ざわめきが起きている。
あいきょうのあるルイーズは、本人が思っている以上に他の訓練生から人気が高い。
これまでモーガンしか見えていないルイーズは、そんなことは全く意識していなかった。
どうやら、真面目に騎士を目指す姿に好感を持たれていたようだ。
エドワードが馬鹿にするルイーズの容姿も、化粧せずともかわいらしく整っている。
ただ、ルイーズが痩せ過ぎなのは間違いなく、ルイーズも訓練に参加してから、さらに細くなっていることを気にしていた。十分な食事も取らず日差しの下で過ごし、髪もぼさついていた……。
伯爵夫人と姉ミラベルの意地悪は、目に見える形で確かに表れている。
……だが、屋敷の中の話は誰も知らない。
素直でかわいらしいルイーズは、騎士の仕事に理解がある。
もし結婚するのであれば、ルイーズは理想的だろうと休憩室で話題になった。
それに、いつも近くにいるエドワードとは、犬猿の仲なのだ。うまくいけば自分が心を射止められる。そう思う令息が現れていた。
そもそも、騎士を目指すのは、長男ではなく次男か大半は3男以降の出生。家を継げず、家令として残るわけにもいかない者が、騎士爵を欲して目指すことが多い。
そんな中、この騎士の訓練に参加している嫡男が1人だけいた。
その珍しい人物が、エドワードだ。
他の訓練生からは、侯爵家次期当主のエドワードは、騎士になる気はないけれど、お遊びで訓練に参加している。それくらいに思われていた。
訓練場でルイーズと遊んでいる彼は、誰から見ても騎士になるとは思えず、どうせ、噂どおり将来は宰相だろう。と、見立てている。
のらりくらりと、ルイーズと遊ぶように訓練に参加しているエドワードは、別に騎士を目指しているわけではなかったから、その認識はある意味正しかった。
ルイーズは、貴族たちの思考を全く理解していないから、彼は騎士になりたいと信じているけれど。
その単純な思考が、エドワードに馬鹿やあほと言われる原因。
エドワードは、父である宰相にルイーズが訓練で死なないように見張れと命じられ訓練場にいた。
そして、自分のために、できれば早く終わらせたい。一刻も早くルイーズに音を上げさせ、辞退届を書かせる魂胆だった。
だが、朝から動くのは嫌だと言っていたエドワードは、すっかり楽しそうに、この訓練場に足を運んでいる。
そんなことは、当の本人は気付いていないから、いまだにめんどうに思っているけれど。
久しぶりに訓練に参加したルイーズは、公爵家の3男のカーティスに声を掛けられた。
「ルイーズのことを心配していたんだよ。今日来なければ、見舞いに行こうと思っていた」
「もう、見舞いなんて大袈裟ね。ただの風邪だったのよ」
「今日は体力も落ちていることだし、訓練は無理してはいけないよ」
聞き慣れない優しい言葉を掛けられているルイーズは、完全に姉と元婚約者のことを吹っ切っており、モーガンのことを思い返すこともない。
だから、今までは少しも意識しなかった同期の言葉で、ぽっと頬を紅潮させていた。いや、おそらく彼が持つものに興味があっただけ。
カーティスはルイーズが抱えきれない程のリンゴを「今日届ける予定だった」と言って渡してくれたのだ。
「元気になったのだから、これは受け取れないわ」
「じゃあ、僕からの快気祝いだと思って受け取って」
ルイーズから突き返されないように、半ば強引に渡し、間もなく訓練が始まるからと立ち去ったカーティス。
どうすることもできずに困ったルイーズは、リンゴの入った紙袋をどこかに置いて、訓練に向かおうとしていた。
そのとき、袋の中からリンゴが1個転がり、それを拾ったのがムッとしているエドワードだ。
ルイーズは、エドワードから掛けられた言葉に耳を疑い、しばらくぶりに会ってこれか、と白目を向く。
「お前は婚約者がいなくなった途端これなのか。早速、違う男を引っかけるために、仮病を使って同情を買っているのだろう」
「はぁぁっ! そんなわけないでしょう。本当に具合が悪かったの」
「うまく、男が引っかかったようで良かったな。まあ、せいぜい逃げられないように、今度は、もっと健気な路線で同情を買えばいいだろう」
そう言いながら、紙袋の中からあふれるリンゴの山へ、拾ったのを戻すエドワード。
「ひっどーい、何それ。って、エドワードと話していたら、もう他の候補生たちは組む相手を決めているじゃない」
ルイーズは、周囲をキョロキョロと見回し、これまでと同じ状況にぼうぜんとする。
肩を落とし嫌な顔をするルイーズは、心底今日は彼と組むのが嫌だった。
それは、エドワードはこの候補生の中でも群を抜いて力がある。
その彼を相手に、今日の自分の体力が、最後まで持つ自信が少しもなかったのだ。
彼が剣を握っているその腕は、筋肉の筋が分かるくらいだった。まるで剣士になるために創り上げているような体。
ルイーズと剣を交えても、彼の黒髪は少しも汗にぬれることもなく、黒い瞳は至って冷静に自分を捉えていた。
(どうしてこんな人が、いつもわたしと組んで剣術をみがいているのか分からないわ。
わたしよりも、他の熟練した候補生と組まないとエドワードのためにならないのに)
エドワードが訓練に参加している理由を疑っていないルイーズは、彼に持つ必要のない罪悪感を抱いてしまっている。
エドワードは、幼い頃から回復魔法師の素質に気付いており、自分の身を守るために習得した剣技。
だがそんなことは、エドワード本人とこの国の宰相である父しか知らないことだ。
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