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第2章 いがみ合うふたり
2-14 招かれたお茶会①
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ビリング侯爵夫人のお茶会に招かれたルイーズ。彼女は、今年社交界デビューのパトリシア侯爵令嬢から、招待を受けたのだ。
ルイーズはおしとやかなパトリシアの口調に合わせ、いつも以上に丁寧に話している。
彼女の人生で、初めて他の令嬢との交流。それもまさかのお茶会に招待されて。
礼儀作法……、そんなものはもちろん知らない。
パトリシアが見せたカーテシーを、見よう見まねでやってのけた。正しかったか? なんてものは分かるわけもない。
ルイーズが場違いな所にいる理由は、先日、騎士の訓練場の外で起きた出来事が発端だ。
深窓の令嬢が、慣れない日差しの下で熱に当てられていた。見ると男性従者しか伴っていない。
すかさずパトリシアへ駆け寄ったルイーズは、体の熱を逃がすために胸元を開いて対処した。
そうなれば、彼女の従者に任せて、自分が離れるわけにはいかない。
結局、パトリシアが落ち着くまで見守ったわけだ。
ルイーズは、パトリシアから「その日の礼だから」と、お茶会に強く誘われ、断れなかった。
正直なところ困惑した。どう考えても、まともな服装がない。それにためらったルイーズ。
だが、強く誘ったのはそちらだ。責められる筋合いはないと、開き直って今に至る。
「このお茶おいしいのよ、是非飲んでみて」
とパトリシアから勧められたアールグレイ。
その香りは、ルイーズにとっては、元婚約者と姉の行為を思い出し、体が全く受け付けていなかった。
「……とても、いい香りがする紅茶ですね」
(モーガンが好きだと言っていた紅茶と同じだ。試飲のときはおいしかったはずなのに、今は気持ち悪い……。だけど、パトリシア様に勧められて、嫌とは言えないわよね)
そう思ったルイーズは、覚悟を決めて口に含んでみる。
……だが、まるで喉がそれを異物としてせき止め、飲み込めない。
ルイーズは勢いを付けてゴックッと音を立て、やっとのことで飲んだようだ。喉の奥に紅茶を送った途端、やり切ったと満足そうな顔をしている。
けれど、どうやらその姿に気付かれていたようで、申し訳なさそうな顔をパトリシアに向けられる。
「もしかして、苦手だったかしら? 他のお茶に取り返させるわね」
「申し訳ありません、わたしには香りが強すぎたようです」
苦笑いしつつも、ルイーズはうまく話を合わせられたことに安堵している。
勧めたお茶を苦手だと言われても、憤慨しないパトリシアは、心優しい15歳の少女だった。
「ねえ、いつもルイーズ様はエドワード様と訓練されているでしょう。いいわよね」
「騎士の訓練が、ですか?」
背が低く、まだ幼い少女のようなパトリシアが、騎士の訓練に興味を持つとは思えなかったルイーズ。
彼女は、驚いてパトリシアの質問を聞き返していた。
「エドワード様が、よ。とてもカッコいいでしょう。わたしの憧れなのよ。今日のお茶会に、我が家の父から直接、エドワード様に来て欲しいと頼んでいるの」
パトリシアが、目をキラキラと輝かせながら話しており、ルイーズは理解が追い付かずギョッとする。
(ゲッ、あのエドワードのどこが良いんだろう! 人の悪口や罵ることしか言わないでしょう。かれんなパトリシア様には釣り合わないわよ。素敵なパトリシア様が、エドワードからひどいことを言われて泣かされるなんて、かわいそうだわ。それに何より、訓練以外で彼と顔を合わせるなんて……。最悪だ、もーう勘弁してよね)
内心ではそう思っていても、取りあえずは、大人の対応見せることに専念する。ただでさえ慣れない環境にいるのだ。今はとにかく気が抜けない。
彼にしてもパトリシアにしても、自分より爵位が上の人間だと、思い起している。
エドワードのことは、侯爵家の人間だとつい忘れがちになる。
……いや、ルイーズは出会った初日しか意識していない。
「そうだったのですか……。今日の訓練で、エドワードは何も言っていなかったから、知りませんでした」
「羨ましい、ルイーズ様はエドワード様のことをそんな風に呼んでいるのね」
「騎士の訓練期間中だけ、距離をなくした方が鍛錬をしやすいからと、許されているので」
パトリシアとルイーズが会話をしているところへ、緊張した顔のエドワードが、頭をかきながらやって来た。
エドワードは、ルイーズの姿を見て驚いた顔をしている。
ルイーズにとっては、騎士服以外の正装したエドワードを初めて見た。
だが、特に胸がときめくことはない。それは、振られた自分を笑うほど、性格の悪いエドワードだからだ。
浮足立つよりむしろ、こいつ本当に来たのかと、じとーっと、無表情でエドワードに視線を送る。
一方パトリシアは、エドワードの姿を見て頬を染めている。
パトリシアは緊張のあまりうまく挨拶もできず、それにショックを受けているようにルイーズには見えていた。
そのためだろうか、パトリシアは気分を変えると言って、自ら率先して彼の給仕のためにいなくなってしまった。
パトリシアが席を外し、少しの間だけ2人きりになると、エドワードがすかさず声を掛けてきた。
「ここでお前と会うとは思ってもいなかったが、いてくれて助かった。夫人と令嬢しかいない茶会に誘われて、断れずに困っていたんだ。俺以外に、もう1人男がいると分かって気が楽になった」
「はぁぁーっ、もしかしてわたしのことを、男に数えていないでしょうね? どっからどう見ても違うでしょう!」
言い切るや否や、ルイーズは足を開き、パタパタとつぎはぎされたワンピースのスカートを振り、服装を見ろと言いたげに訴えている。
何をぬけぬけと言っているんだと、放心状態で固まるエドワード。
ルイーズはおしとやかなパトリシアの口調に合わせ、いつも以上に丁寧に話している。
彼女の人生で、初めて他の令嬢との交流。それもまさかのお茶会に招待されて。
礼儀作法……、そんなものはもちろん知らない。
パトリシアが見せたカーテシーを、見よう見まねでやってのけた。正しかったか? なんてものは分かるわけもない。
ルイーズが場違いな所にいる理由は、先日、騎士の訓練場の外で起きた出来事が発端だ。
深窓の令嬢が、慣れない日差しの下で熱に当てられていた。見ると男性従者しか伴っていない。
すかさずパトリシアへ駆け寄ったルイーズは、体の熱を逃がすために胸元を開いて対処した。
そうなれば、彼女の従者に任せて、自分が離れるわけにはいかない。
結局、パトリシアが落ち着くまで見守ったわけだ。
ルイーズは、パトリシアから「その日の礼だから」と、お茶会に強く誘われ、断れなかった。
正直なところ困惑した。どう考えても、まともな服装がない。それにためらったルイーズ。
だが、強く誘ったのはそちらだ。責められる筋合いはないと、開き直って今に至る。
「このお茶おいしいのよ、是非飲んでみて」
とパトリシアから勧められたアールグレイ。
その香りは、ルイーズにとっては、元婚約者と姉の行為を思い出し、体が全く受け付けていなかった。
「……とても、いい香りがする紅茶ですね」
(モーガンが好きだと言っていた紅茶と同じだ。試飲のときはおいしかったはずなのに、今は気持ち悪い……。だけど、パトリシア様に勧められて、嫌とは言えないわよね)
そう思ったルイーズは、覚悟を決めて口に含んでみる。
……だが、まるで喉がそれを異物としてせき止め、飲み込めない。
ルイーズは勢いを付けてゴックッと音を立て、やっとのことで飲んだようだ。喉の奥に紅茶を送った途端、やり切ったと満足そうな顔をしている。
けれど、どうやらその姿に気付かれていたようで、申し訳なさそうな顔をパトリシアに向けられる。
「もしかして、苦手だったかしら? 他のお茶に取り返させるわね」
「申し訳ありません、わたしには香りが強すぎたようです」
苦笑いしつつも、ルイーズはうまく話を合わせられたことに安堵している。
勧めたお茶を苦手だと言われても、憤慨しないパトリシアは、心優しい15歳の少女だった。
「ねえ、いつもルイーズ様はエドワード様と訓練されているでしょう。いいわよね」
「騎士の訓練が、ですか?」
背が低く、まだ幼い少女のようなパトリシアが、騎士の訓練に興味を持つとは思えなかったルイーズ。
彼女は、驚いてパトリシアの質問を聞き返していた。
「エドワード様が、よ。とてもカッコいいでしょう。わたしの憧れなのよ。今日のお茶会に、我が家の父から直接、エドワード様に来て欲しいと頼んでいるの」
パトリシアが、目をキラキラと輝かせながら話しており、ルイーズは理解が追い付かずギョッとする。
(ゲッ、あのエドワードのどこが良いんだろう! 人の悪口や罵ることしか言わないでしょう。かれんなパトリシア様には釣り合わないわよ。素敵なパトリシア様が、エドワードからひどいことを言われて泣かされるなんて、かわいそうだわ。それに何より、訓練以外で彼と顔を合わせるなんて……。最悪だ、もーう勘弁してよね)
内心ではそう思っていても、取りあえずは、大人の対応見せることに専念する。ただでさえ慣れない環境にいるのだ。今はとにかく気が抜けない。
彼にしてもパトリシアにしても、自分より爵位が上の人間だと、思い起している。
エドワードのことは、侯爵家の人間だとつい忘れがちになる。
……いや、ルイーズは出会った初日しか意識していない。
「そうだったのですか……。今日の訓練で、エドワードは何も言っていなかったから、知りませんでした」
「羨ましい、ルイーズ様はエドワード様のことをそんな風に呼んでいるのね」
「騎士の訓練期間中だけ、距離をなくした方が鍛錬をしやすいからと、許されているので」
パトリシアとルイーズが会話をしているところへ、緊張した顔のエドワードが、頭をかきながらやって来た。
エドワードは、ルイーズの姿を見て驚いた顔をしている。
ルイーズにとっては、騎士服以外の正装したエドワードを初めて見た。
だが、特に胸がときめくことはない。それは、振られた自分を笑うほど、性格の悪いエドワードだからだ。
浮足立つよりむしろ、こいつ本当に来たのかと、じとーっと、無表情でエドワードに視線を送る。
一方パトリシアは、エドワードの姿を見て頬を染めている。
パトリシアは緊張のあまりうまく挨拶もできず、それにショックを受けているようにルイーズには見えていた。
そのためだろうか、パトリシアは気分を変えると言って、自ら率先して彼の給仕のためにいなくなってしまった。
パトリシアが席を外し、少しの間だけ2人きりになると、エドワードがすかさず声を掛けてきた。
「ここでお前と会うとは思ってもいなかったが、いてくれて助かった。夫人と令嬢しかいない茶会に誘われて、断れずに困っていたんだ。俺以外に、もう1人男がいると分かって気が楽になった」
「はぁぁーっ、もしかしてわたしのことを、男に数えていないでしょうね? どっからどう見ても違うでしょう!」
言い切るや否や、ルイーズは足を開き、パタパタとつぎはぎされたワンピースのスカートを振り、服装を見ろと言いたげに訴えている。
何をぬけぬけと言っているんだと、放心状態で固まるエドワード。
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