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第2章 いがみ合うふたり
2-8 婚約者の裏切り③
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ルイーズは、大きく剣を振りかぶって、渾身の力でエドワードに下した。けれど、あっけなく彼に受け止められている。
まだ剣技の苦手なルイーズが、なりふり構わず本物の剣を振るっていること。
それに、教官たちが、不慣れな訓練生たちに本物の剣を持たせて訓練させることも、しっかり理由があった。
この国にはごくまれに、ヒールと呼ばれる回復魔法が使える回復魔法師が生まれる。
男子だけがその特性を持って生まれ、彼らは王室によって手厚く保護されているのだ。
回復魔法師たちは、王宮の救護室と呼ばれる部署に配属され、国王と並ぶ、最高位の立場にある。
富裕層は多額のお金を払って治療を受けられるが、庶民が気軽に希少な回復魔法師から治療は受けられない。
ただ、王宮に絡む出来事で発生したけがや病気。それらは無償で治療を受けられるため、ここの訓練生たちは、多少のけがはそっちのけで練習に打ち込めるわけだ。
3か月以上、毎日同じせりふを伝えているエドワード。
「お前のような鈍くさいのが、女騎士になんて、なれないだろう。諦めろよ」
エドワードが表情も変えずに冷たくルイーズへ言い放った。
……3か月たった今。
本心では、ルイーズを心配しているけれど、それをうまく言えないのがエドワードだった。
このまま残り3か月いても、最終的に不合格は分かり切ったこと。
だが、これだけルイーズは真剣に打ち込んでいるのだから、ショックだろうと気に掛かっている。
それを聞いたルイーズは、さらに眉間のしわが深くなった。
ルイーズと彼は、剣を交えていないときでさえ、お互いを罵っている。
それは、エドワードが、ルイーズを怒らすことばかり言うせいだった。
彼はルイーズに「心配している」とは、言える立場でもない。むしろ、この訓練から彼女を追い出そうとしており、どう伝えていいか分からずにいる。
……結局、ストレートな物言いしかできないのだ。
だけど、エドワードのぶっきら棒な言葉で言われても、ルイーズに分かるはずもなく、相変わらずルイーズにとって不愉快な存在だった。
エドワードから声を掛けられると、嫌な表情をするルイーズ。
元々、ルイーズはエドワードに教科書の恨みがある。
それは逆に、ルイーズの顔を見て、嫌な表情をする彼も同じだった。
誰から見ても、いつもけんかをしている2人。
「初めから、うまくできる人はいないのよ。あの先輩たちだって、けがを重ねて立派な女性騎士になっているんだから」
(わたしだって、騎士になった後は、自分で稼いだお金で、十分な食事を食べられる。そうすれば今とは変わるはずだもの、きっと役に立つ騎士になれる。今だけ……、今だけ何とか乗り切れば、何とかなる。エドワードは、わたしのことが嫌いなくせに、どうして練習相手にわたしを選ぶのよ。本当に迷惑だわ)
そう思っているルイーズは、彼が執拗に自分を卑下するものだから、顔も見るのも不快な程に大嫌いだった。
剣術の練習だってできれば、違う訓練生と組みたい、そう思っていた。
ルイーズがそれを言ったところでエドワードは、他の候補生の元には、何故か行かない。
どうしてか、不思議なくらいエドワードが、ぴったりと、距離感ゼロでまとわりついてくる。
「お前のような、ガサツな女じゃ、王妃様や王女様の近辺警護なんて無理だろう。そんなのろまじゃ、誰も守れないって」
ピーーッ。
訓練の終了を知らせる笛の音が鳴り響き、まるで痴話げんかであるような、ルイーズと彼の剣の訓練も終了した。
笛の音を聞いて、少し浮かれた表情をしているルイーズ。
このときから、彼女の頭の中は、婚約者のことしか考えていなかった。
2週間ぶりに会えるのを心待ちにしていた。というのも、先週、モーガンが訪ねてきたときは、ルイーズは訓練中で屋敷にいなかった。
しばらく帰りを待っていたけど、待ちきれなかった婚約者は帰ってしまったと、聞かされている。けれど、実際のところは姉の部屋にいて、用事を済ませて帰っていた。
そんなこととは知らないルイーズは、今日はとても張り切っていた。
婚約者の誕生日を祝うのを、しばらく前から楽しみにしていたのだ。
何をして過ごすか、色々考えていたルイーズだけど、あまりいい考えも思い浮かんでいなかった。
色んな話を聞かせてくれる年上の婚約者とは、2人でお茶を飲めば、話題にことは欠かないと、気にしてはいなかったから。
婚約者がルイーズの訓練の時間中から、ルイーズの家であるフォスター伯爵の屋敷を訪ねることで、2人は会う約束をしていた。
ルイーズが訓練から帰ってくるのを婚約者が部屋で待っている。
それは、婚約者モーガンがルイーズの帰宅する1時間前を指定したからだった。
婚約者と会うことを心待ちにして、笑みがこぼれているルイーズは、今にも鼻歌をうたいそうなほどうれしそうだ。
(来年の今頃は騎士になって、それなりの給金をもらっているはずだから、もっと盛大にお祝いしてあげられるわね。今はまだ、わたしはモーガンに何もしてあげられないけど、一緒にいられるだけでわたしは十分に幸せだもの)
そのルイーズの姿を、エドワードが見ているとは全く気付かずに、家路に就いたルイーズ。
それとその頃、その婚約者は、姉の部屋で一糸まとわぬ姿でいた。
婚約者が服を着るのと、ルイーズが屋敷へ到着する時刻。
その、どちらが先になるかは、服を着ていない2人の気分次第だから、まだ分からない。
陛下の側近であるブラウン公爵が、ルイーズの背中を見ているエドワードに恐る恐る声を掛けてきた。
「あのー、エドワード様、陛下がお呼びです」
「はぁぁーっまたか、あのじじぃー、大したことはないくせに。誰か救護室にいただろう」
「それが、エドワード様が一番癒やされるとのことで、ご指名です」
「めんどくさいな」
そう言って、エドワードは頭をかきながら陛下の私室へ向かっていた。
まだ剣技の苦手なルイーズが、なりふり構わず本物の剣を振るっていること。
それに、教官たちが、不慣れな訓練生たちに本物の剣を持たせて訓練させることも、しっかり理由があった。
この国にはごくまれに、ヒールと呼ばれる回復魔法が使える回復魔法師が生まれる。
男子だけがその特性を持って生まれ、彼らは王室によって手厚く保護されているのだ。
回復魔法師たちは、王宮の救護室と呼ばれる部署に配属され、国王と並ぶ、最高位の立場にある。
富裕層は多額のお金を払って治療を受けられるが、庶民が気軽に希少な回復魔法師から治療は受けられない。
ただ、王宮に絡む出来事で発生したけがや病気。それらは無償で治療を受けられるため、ここの訓練生たちは、多少のけがはそっちのけで練習に打ち込めるわけだ。
3か月以上、毎日同じせりふを伝えているエドワード。
「お前のような鈍くさいのが、女騎士になんて、なれないだろう。諦めろよ」
エドワードが表情も変えずに冷たくルイーズへ言い放った。
……3か月たった今。
本心では、ルイーズを心配しているけれど、それをうまく言えないのがエドワードだった。
このまま残り3か月いても、最終的に不合格は分かり切ったこと。
だが、これだけルイーズは真剣に打ち込んでいるのだから、ショックだろうと気に掛かっている。
それを聞いたルイーズは、さらに眉間のしわが深くなった。
ルイーズと彼は、剣を交えていないときでさえ、お互いを罵っている。
それは、エドワードが、ルイーズを怒らすことばかり言うせいだった。
彼はルイーズに「心配している」とは、言える立場でもない。むしろ、この訓練から彼女を追い出そうとしており、どう伝えていいか分からずにいる。
……結局、ストレートな物言いしかできないのだ。
だけど、エドワードのぶっきら棒な言葉で言われても、ルイーズに分かるはずもなく、相変わらずルイーズにとって不愉快な存在だった。
エドワードから声を掛けられると、嫌な表情をするルイーズ。
元々、ルイーズはエドワードに教科書の恨みがある。
それは逆に、ルイーズの顔を見て、嫌な表情をする彼も同じだった。
誰から見ても、いつもけんかをしている2人。
「初めから、うまくできる人はいないのよ。あの先輩たちだって、けがを重ねて立派な女性騎士になっているんだから」
(わたしだって、騎士になった後は、自分で稼いだお金で、十分な食事を食べられる。そうすれば今とは変わるはずだもの、きっと役に立つ騎士になれる。今だけ……、今だけ何とか乗り切れば、何とかなる。エドワードは、わたしのことが嫌いなくせに、どうして練習相手にわたしを選ぶのよ。本当に迷惑だわ)
そう思っているルイーズは、彼が執拗に自分を卑下するものだから、顔も見るのも不快な程に大嫌いだった。
剣術の練習だってできれば、違う訓練生と組みたい、そう思っていた。
ルイーズがそれを言ったところでエドワードは、他の候補生の元には、何故か行かない。
どうしてか、不思議なくらいエドワードが、ぴったりと、距離感ゼロでまとわりついてくる。
「お前のような、ガサツな女じゃ、王妃様や王女様の近辺警護なんて無理だろう。そんなのろまじゃ、誰も守れないって」
ピーーッ。
訓練の終了を知らせる笛の音が鳴り響き、まるで痴話げんかであるような、ルイーズと彼の剣の訓練も終了した。
笛の音を聞いて、少し浮かれた表情をしているルイーズ。
このときから、彼女の頭の中は、婚約者のことしか考えていなかった。
2週間ぶりに会えるのを心待ちにしていた。というのも、先週、モーガンが訪ねてきたときは、ルイーズは訓練中で屋敷にいなかった。
しばらく帰りを待っていたけど、待ちきれなかった婚約者は帰ってしまったと、聞かされている。けれど、実際のところは姉の部屋にいて、用事を済ませて帰っていた。
そんなこととは知らないルイーズは、今日はとても張り切っていた。
婚約者の誕生日を祝うのを、しばらく前から楽しみにしていたのだ。
何をして過ごすか、色々考えていたルイーズだけど、あまりいい考えも思い浮かんでいなかった。
色んな話を聞かせてくれる年上の婚約者とは、2人でお茶を飲めば、話題にことは欠かないと、気にしてはいなかったから。
婚約者がルイーズの訓練の時間中から、ルイーズの家であるフォスター伯爵の屋敷を訪ねることで、2人は会う約束をしていた。
ルイーズが訓練から帰ってくるのを婚約者が部屋で待っている。
それは、婚約者モーガンがルイーズの帰宅する1時間前を指定したからだった。
婚約者と会うことを心待ちにして、笑みがこぼれているルイーズは、今にも鼻歌をうたいそうなほどうれしそうだ。
(来年の今頃は騎士になって、それなりの給金をもらっているはずだから、もっと盛大にお祝いしてあげられるわね。今はまだ、わたしはモーガンに何もしてあげられないけど、一緒にいられるだけでわたしは十分に幸せだもの)
そのルイーズの姿を、エドワードが見ているとは全く気付かずに、家路に就いたルイーズ。
それとその頃、その婚約者は、姉の部屋で一糸まとわぬ姿でいた。
婚約者が服を着るのと、ルイーズが屋敷へ到着する時刻。
その、どちらが先になるかは、服を着ていない2人の気分次第だから、まだ分からない。
陛下の側近であるブラウン公爵が、ルイーズの背中を見ているエドワードに恐る恐る声を掛けてきた。
「あのー、エドワード様、陛下がお呼びです」
「はぁぁーっまたか、あのじじぃー、大したことはないくせに。誰か救護室にいただろう」
「それが、エドワード様が一番癒やされるとのことで、ご指名です」
「めんどくさいな」
そう言って、エドワードは頭をかきながら陛下の私室へ向かっていた。
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