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第1章 別世界のふたり
1-3 減っていくもの
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フォスター伯爵家の次女であるルイーズは、父と継母、異母姉、異母弟と共に食卓に着いている。
……が、ある悩みで心臓をドキドキと大きく拍動させ、手に汗をかいている。
彼女は、目の前に並ぶパンや卵を食べることよりも、何としても、自分の願いを聞き入れてもらいたい。
さっきからずっと、それを当主へ必死に目配せをしていた。
17歳になっていたルイーズ。彼女が相当前に姉からもらったお下がりのワンピースでは、彼女の体は、膝さえも隠せなくなっている。
今着ているそれも、彼女の太ももが露わになっているのだ。
ルイーズは、自分の細くて白い脚が見えているのが、はしたなく感じている。今もスカートの裾をぐいぐいと何度も引っ張り、少しでも隠そうとしていた。
彼女は洋服の丈が合わないのを、3か月以上も悩みに悩んで、やっとの思いで当主に頼む決意をした。
「あっ、あの、お父様にお願いがありまして……。服が短くて着られないので、新しいのを買ってくれませんか? どうか1枚でいいので」
父も現状に気付いているはずで、父に頼めば何とかなると信じている。だが、他の家族の前で頼み事を伝える勇気が出ない。
それを、やっと伝えたことで、つかの間の安心感を得ていた。
……でもまさか、彼女の思ってもいない反応が返ってくる。
「それは、お母さんへ言いなさい。お金を管理しているのは私ではないから、何もできない」
それを聞いたルイーズは耳を疑い、落胆の色を隠せない。
この後、継母からどんな罵声を浴びさせられるのかと想像し、既におびえて手汗がひどい。
(お父様……どうして空気を読んでくれないの……。
継母のフォークとナイフの動きが止まってしまったわよ……。失敗だわ……。これで、わたしの食事がまた1つ減るのね)
……ルイーズから目を背けた父。
父からそう言われたルイーズは、視線をゆっくり継母へ向ける。すると、体でビシビシと感じていた眼光と、自分の視線が1直線に重なった。
目を伏せたい、そう思ったけれど、それをするとますます怒られることを知っている。彼女は、うかつに反応もできない。
食卓の空気が一気に凍り付くのを感じたルイーズの背筋に、冷たいものが伝う。
つり上がった目をした継母がピシャリと自分へ言い放つ。
「姉より背が高くなった、あんたが悪いのでしょう。お前なんかのために使うお金はないのよ。それに、意見を言う権利はないと何度も言っているのに、まだ分からないの? お前は、要らない栄養の取り過ぎね」
ルイーズはその瞬間、息をのんだ当主と弟の気配を感じた。
(高い服が欲しいと言っているわけではないのに。姉には昨日、新しいドレスを買っていたはず……。それなのに、わたしは安物の服さえ与えてもらえないのか……。仕事を探したくたって、さすがに、このワンピースの丈では外を歩けない。やっぱり、自分でどうにかするしかないか)
母の言葉を聞いた姉はうれしそうに、ニヤニヤしている。
「そうよ。無駄に背が高くて目障りなのよ。――ちょっと、そこっ! 今後ルイーズのグラスには、何も注がなくてもいいわ」
姉は、ミルクの入ったピッチャーを持つ従者を指差し、そう命令した。
その指示を受けた従者は戸惑いつつも、ルイーズ以外の家族のグラスへミルクを注ぎ終われば、ピッチャーを下げていた。
姉の嫌がらせに、ルイーズはすっかり慣れている。いちいち知った事かと、顔色一つ変えていない。
ルイーズは以前も同様のことがあり、そのとき以来、ルイーズだけ甘味は与えてはもらえなくなった。目の前で他の家族がおいしそうに食べるのを、毎日見ているだけ。
自分の大好きなリンゴを、姉が音を立てて食べているときは、自分の置かれている立場に物悲しくなっていた。
発言権のないルイーズは、服を買ってもらえないことも、飲み物が1つなくなったことぐらい反論できないのは明白。これ以上、何を言っても無駄。
既にルイーズの頭の中は、新しい服は買ってもらえないことがはっきり分かり、膝が見えるワンピースをどうするか? それしか考えていなかった。
急いで朝食を済ませたルイーズは、悩んだ結果、メイドから裁縫道具を借りた。
そして、ワンピースのスカートの裾を切り、もう1着のワンピースのスカートへ縫い付けて丈を長くする。
それからしばらくして、彼女は出来上がったワンピースを着て、鏡の前でクルクルと回ると、満足げな顔をしている。
「うまくできたじゃない。こう見ると、生地の違う感じもおしゃれでいいわね。何でもやってみるものだわ」
つぎはぎのワンピースで喜び、独り言を楽しそうに話しているルイーズ。
その後も何着か同じように手直ししたため、元々少ないルイーズの服はさらに数が減っていた。
それでもルイーズには、無いよりはましだ。
ルイーズは、裾を切って使えなくなったワンピースの切れ端でさえ、まだ何かに使えるはずだと、きれいに保管していた。
姉がルイーズを虐めても、ルイーズが全然平気そうにしているから、それもまた面白くない。
ルイーズなんか絶望すればいいと、これ以降も、ルイーズを目の敵にする姉が、ことある度に嫌がらせを続ける。
……そうしてルイーズの食事は、あっと言う間にパン1個と具無しスープのみになった。
フォスター伯爵家の当主は、財布を握る夫人へ強くものを言えない、絵に描いたような甲斐性なし。
夫人と、性格の悪い長女のせいで、伯爵家の家計はゆがんで破綻寸前。
それにもかかわらず、当主はどうすることもできずにいる。
伯爵夫人は幼い頃のミラベルへ「あなたの存在が入り婿を招くのだから、美しく着飾って、女を磨くだけでいいのよ」と、教え続けていた。
その当時は、8歳年の離れた弟が誕生するとは思っておらず、それで良かった。
けれど、今はそんな悠長なことを言っていられない。
姉の形成されたわがままな性格は、屋敷の情勢が変わっても、そう簡単には変わらなかった。姉は生まれてきた弟が、自分の立場を奪ったと捉え、次期当主の弟でさえ気に食わないのだ。
そんなこともあって、ルイーズと弟は仲が良い。
見た目だけでなく、性格も実の母親譲りのルイーズ。
彼女を置いて出ていった母親は、物おじしない気の強いメイドだった。本来のルイーズは快活な性格。
けれど、快活なルイーズの姿は屋敷の中で見ることはできない。
ルイーズがまさか……。
スペンサー侯爵家のエドワードと、毎日激しく罵倒することになるとは、このときは誰も知らなかった。
……そのハンカチの貴公子であるエドワードは、国王陛下の私室にいた。
彼は今、国王陛下をじじぃと呼び、しかり付けている。
そんな彼の貴重な姿は、ごく限られた国の重要人物しか知らない。
……が、ある悩みで心臓をドキドキと大きく拍動させ、手に汗をかいている。
彼女は、目の前に並ぶパンや卵を食べることよりも、何としても、自分の願いを聞き入れてもらいたい。
さっきからずっと、それを当主へ必死に目配せをしていた。
17歳になっていたルイーズ。彼女が相当前に姉からもらったお下がりのワンピースでは、彼女の体は、膝さえも隠せなくなっている。
今着ているそれも、彼女の太ももが露わになっているのだ。
ルイーズは、自分の細くて白い脚が見えているのが、はしたなく感じている。今もスカートの裾をぐいぐいと何度も引っ張り、少しでも隠そうとしていた。
彼女は洋服の丈が合わないのを、3か月以上も悩みに悩んで、やっとの思いで当主に頼む決意をした。
「あっ、あの、お父様にお願いがありまして……。服が短くて着られないので、新しいのを買ってくれませんか? どうか1枚でいいので」
父も現状に気付いているはずで、父に頼めば何とかなると信じている。だが、他の家族の前で頼み事を伝える勇気が出ない。
それを、やっと伝えたことで、つかの間の安心感を得ていた。
……でもまさか、彼女の思ってもいない反応が返ってくる。
「それは、お母さんへ言いなさい。お金を管理しているのは私ではないから、何もできない」
それを聞いたルイーズは耳を疑い、落胆の色を隠せない。
この後、継母からどんな罵声を浴びさせられるのかと想像し、既におびえて手汗がひどい。
(お父様……どうして空気を読んでくれないの……。
継母のフォークとナイフの動きが止まってしまったわよ……。失敗だわ……。これで、わたしの食事がまた1つ減るのね)
……ルイーズから目を背けた父。
父からそう言われたルイーズは、視線をゆっくり継母へ向ける。すると、体でビシビシと感じていた眼光と、自分の視線が1直線に重なった。
目を伏せたい、そう思ったけれど、それをするとますます怒られることを知っている。彼女は、うかつに反応もできない。
食卓の空気が一気に凍り付くのを感じたルイーズの背筋に、冷たいものが伝う。
つり上がった目をした継母がピシャリと自分へ言い放つ。
「姉より背が高くなった、あんたが悪いのでしょう。お前なんかのために使うお金はないのよ。それに、意見を言う権利はないと何度も言っているのに、まだ分からないの? お前は、要らない栄養の取り過ぎね」
ルイーズはその瞬間、息をのんだ当主と弟の気配を感じた。
(高い服が欲しいと言っているわけではないのに。姉には昨日、新しいドレスを買っていたはず……。それなのに、わたしは安物の服さえ与えてもらえないのか……。仕事を探したくたって、さすがに、このワンピースの丈では外を歩けない。やっぱり、自分でどうにかするしかないか)
母の言葉を聞いた姉はうれしそうに、ニヤニヤしている。
「そうよ。無駄に背が高くて目障りなのよ。――ちょっと、そこっ! 今後ルイーズのグラスには、何も注がなくてもいいわ」
姉は、ミルクの入ったピッチャーを持つ従者を指差し、そう命令した。
その指示を受けた従者は戸惑いつつも、ルイーズ以外の家族のグラスへミルクを注ぎ終われば、ピッチャーを下げていた。
姉の嫌がらせに、ルイーズはすっかり慣れている。いちいち知った事かと、顔色一つ変えていない。
ルイーズは以前も同様のことがあり、そのとき以来、ルイーズだけ甘味は与えてはもらえなくなった。目の前で他の家族がおいしそうに食べるのを、毎日見ているだけ。
自分の大好きなリンゴを、姉が音を立てて食べているときは、自分の置かれている立場に物悲しくなっていた。
発言権のないルイーズは、服を買ってもらえないことも、飲み物が1つなくなったことぐらい反論できないのは明白。これ以上、何を言っても無駄。
既にルイーズの頭の中は、新しい服は買ってもらえないことがはっきり分かり、膝が見えるワンピースをどうするか? それしか考えていなかった。
急いで朝食を済ませたルイーズは、悩んだ結果、メイドから裁縫道具を借りた。
そして、ワンピースのスカートの裾を切り、もう1着のワンピースのスカートへ縫い付けて丈を長くする。
それからしばらくして、彼女は出来上がったワンピースを着て、鏡の前でクルクルと回ると、満足げな顔をしている。
「うまくできたじゃない。こう見ると、生地の違う感じもおしゃれでいいわね。何でもやってみるものだわ」
つぎはぎのワンピースで喜び、独り言を楽しそうに話しているルイーズ。
その後も何着か同じように手直ししたため、元々少ないルイーズの服はさらに数が減っていた。
それでもルイーズには、無いよりはましだ。
ルイーズは、裾を切って使えなくなったワンピースの切れ端でさえ、まだ何かに使えるはずだと、きれいに保管していた。
姉がルイーズを虐めても、ルイーズが全然平気そうにしているから、それもまた面白くない。
ルイーズなんか絶望すればいいと、これ以降も、ルイーズを目の敵にする姉が、ことある度に嫌がらせを続ける。
……そうしてルイーズの食事は、あっと言う間にパン1個と具無しスープのみになった。
フォスター伯爵家の当主は、財布を握る夫人へ強くものを言えない、絵に描いたような甲斐性なし。
夫人と、性格の悪い長女のせいで、伯爵家の家計はゆがんで破綻寸前。
それにもかかわらず、当主はどうすることもできずにいる。
伯爵夫人は幼い頃のミラベルへ「あなたの存在が入り婿を招くのだから、美しく着飾って、女を磨くだけでいいのよ」と、教え続けていた。
その当時は、8歳年の離れた弟が誕生するとは思っておらず、それで良かった。
けれど、今はそんな悠長なことを言っていられない。
姉の形成されたわがままな性格は、屋敷の情勢が変わっても、そう簡単には変わらなかった。姉は生まれてきた弟が、自分の立場を奪ったと捉え、次期当主の弟でさえ気に食わないのだ。
そんなこともあって、ルイーズと弟は仲が良い。
見た目だけでなく、性格も実の母親譲りのルイーズ。
彼女を置いて出ていった母親は、物おじしない気の強いメイドだった。本来のルイーズは快活な性格。
けれど、快活なルイーズの姿は屋敷の中で見ることはできない。
ルイーズがまさか……。
スペンサー侯爵家のエドワードと、毎日激しく罵倒することになるとは、このときは誰も知らなかった。
……そのハンカチの貴公子であるエドワードは、国王陛下の私室にいた。
彼は今、国王陛下をじじぃと呼び、しかり付けている。
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