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第1章 あなたは誰

出会い③

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 男性の大きな声が耳に届き、ハッとして目を開けた。
 すると目の前には、こちらをじっと見つめるアンドレの顔がある。その上には水色の空も。

 芝に寝そべっていたはずなのに、どういうわけか、目が覚めると彼の胸に顔を埋めている。彼の肌触りのいいセーターが、頬にやわらかく触れているではないか!

 エエェェー。なんで彼の肩を枕にしているのよ‼︎

「きゃあぁ――。な、なんですの!」
 握りしめていた彼のセーターを離し、慌てて起き上がる。
 そうすれば、厄介者がようやっと離れたと安堵する彼も動いた。

「大きな声を出すのはやめてください」
「やだ、寝ているわたしに何をする気だったのよ! 変態! 痴漢!」

「その言い方……お宅のことを心配して損しましたね」
「心配?」

「お宅に警戒心はないんですか?」
「そりゃぁ~あるわよ」

「その割には軽率ですね。妙齢の女性がこんな所で、すやすやと眠りこけて……危ないですよ」

 彼は周囲を気にするように見回す。
 それに続くように辺りを見れば、老齢夫婦の仲睦まじい姿の他に、兵士だろうか? 隊服の男たちが、やたらと多い。

 彼らはこちらを窺うようにしながら、こそこそと何か喋っている。

「アンドレがどうしてここに?」

「どうしても何も、黙って見ていれば、お宅がその辺で寝るからですよ。致し方なくお宅の様子を見張っていただけです。お宅……本当に仲間はいないみたいですね」

「だから言ったでしょう、詐欺師じゃないって」
 アンドレが「疑ってすみませんでした」と、面目なさげに苦笑いを見せる。

「だけど――あんなに怒っていたのに、一晩中、一緒にいてくれたの?」

「あ……まあ……。拾ってきた手前、気になったので」
「ふふっ、随分と暇なのね」

「……あのねぇ。すぐに起きると思って待っていたんですよ。結局、朝まで寝続けるって……。お宅は、どういう神経をしているんですか。おかげで僕の体が痛くて仕方ない」
 そう言うと、彼がふいっとわたしから顔を背ける。

「頼んでもいないのに、ご親切にありがとう。だけど、今は何時ですの?」

「朝の八時ですが、お宅のその言い方……。僕に少しも感謝していませんね。全く呆れた方です」

「別に感謝はしているけど……。お宅って……酷い呼び方をするからですわ」

「だったら何て呼べばいいんですか?」
「う~ん、おかしいわね。今だにちっとも思い出せないわ。あはは」

「笑い事じゃないでしょう。名前も名乗らないくせに、要求だけは偉そうにして。そういえば、何か名前の分かる物を持っていないんですか?」

 少しイライラしている彼は、外套のポケットへチラリと視線を向けると、気遣わし気な質問をした。

 一方のわたしは彼に聞かれてハッとする。
 頭の中が混乱していたせいで、そんな初歩的なこともせずに、一晩経過していたのだ。

 アンドレは面倒そうな顔を向けているけど、見知らぬ女の身を、一晩中、案じてくれるなんて、やっぱり優しい人ね。

 きっと悪人ではないだろう。そんな気がする。

「確かにそうよね。何か入ってないかなぁ――」
 と、浮かれ気味に外套に付いている左右のポケットへ、同時に手を突っ込んだ。

 すると、手に触れるのは、硬くて丸い小さい何か。

 身分証の一つでも入っていることを期待して、ポケットの口を広げて覗き込むけど、全くもって期待ハズレだ。

 なんの役にも立たなそうな、青いビー玉がいくつも入っている。

 何これ? 残念すぎる所持品が、無駄にいっぱい入っているんだけど。
 意図的に集めていたくらいの量がある。

 見せたところで意味はないだろうと思いながら、とりあえず一つ摘まんで彼に見せる。

「何だろうこれ?」

「大司教のガラス玉……ですね」
「大司教のガラス玉って……何?」

「この国の道具は全て、魔力を通して動かすのは知っていますか?」

「ええ、もちろん。それくらい知らずにどうやって暮らしてきたって言うのよ」

「その言い方……。名前は知らないのに本当、偉そうな方ですね」
「偉そうね……なんでだろう」

「それに、おたくのその記憶、随分と都合よく忘れていますね」

「何よ。このビー玉と道具の話は関係ないでしょう」
「関係あるからお伝えしたんですけどね」

「このビー玉が⁉」

「ええ。この国では、魔力がないと生活がままならないでしょう。そういう人たちを救うために、大司教が魔力を固めて無償で配布しているんですよ。それがそのビー玉みたいな『大司教のガラス玉』ってことです。お宅がガラス玉を持っているってことは、魔力が元々ないんでしょうね」

 少数派の魔力なしに遭遇したのがよほど珍しいのか、しつこいくらいに観察される。

「ねぇねぇ見て。両方のポケットにぎっしりと入っているわ」
 両方のポケットのふくらみを強調させて、「ほらっ」と、アンドレに見せる。

 それを目にした彼が顔を引きつらせ、急に冷めた視線で見つめてくる。

「……何者ですか? 仮に魔力なしでも、そのガラス玉が一つあれば、上級魔法でさえ余裕で発動できるんですよ。魔道具を動かすだけなら、一か月は困らない魔力の塊をそんなに持っているって……」

「えっ! そうなの! すごいわね」
 宝の山に違いないと察し、喜んだ声を上げる。
 だが、そんな浮かれた空気が一変。またしても彼がピリピリとした空気を放つ。

「ふっ、とんだお馬鹿な人物ですね。お宅は呑気に言っていますが『大司教のガラス玉』を闇で売って、犯罪まがいのことをしていたんでしょう」
 さめざめとした口ぶり。

 アンドレはまたしても、犯罪者説を唱え始めたのか。しつこいな。

「何を言っているのよ。きっと違うわ」
「記憶がないのに何故違うと言い切れるんですか? どうみても、個人の所有量を越えていますよ、それは……」

「ちょっとぉ、怖い顔をしないでよ。どうしてか分からないけど、いっぱい入っているんだもの……。だけど多分、そんな悪いことはしていないわ」

「そこまで言うなら、さっさと立ちなさい。お宅の魔力を確認する」
「急に何よ!」

 本気で怒っているのだろう。声が大きくなったアンドレが、わたしを無理やり立ち上がらせると、ぐいぐいと腕を引いて歩き始めた。

「ま、待っててば……」

「大司教のガラス玉を売るのは法律で禁じられているんです。お宅が『魔力なし』でなければ。間違いなく金儲けのために貰ってきたか……あるいは僕の……」

「何ッ! 何?」

 再び詐欺師の容疑をかけられているのか⁉

 全く理解できない展開に、何がどうなっているっていうのよ?
 初めからぐちゃのぐちゃの頭の中が、アンドレの取り乱す様子を目の当たりにして、さらに混乱を起こす。
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