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本章5 手に入れたもの

次期国王

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 リディが私の部屋へ飛び込んで来てから約1か月。その日から、彼女は私の部屋で過ごすことになった。
 とは言っても、彼女は毎日竜に乗って、国中を駆け回っているから、夜に戻って来るだけだが。
 

「殿下、本当にリディアンヌ様とは何もないんですか?」
「何もないとは? ……互いに愛し合っているし、毎日口づけを交わしているんだから、何もない訳がないだろう」
「…………殿下、どこか、体がお悪いのですか? 医師か薬師でも呼びましょうか?」

「私はどこも悪い所はない。言いたいことは分かっている。リディに手を出せなくなったのは、お前が嫌みを言ったせいだからな、クルリ。その責任は、しっかりとってもらうつもりだ」
「えぇっっ! むっ無理です! 僕は殿下の事を受け入れることは出来ません」
「何を受け入れる気が無いのか分からないが、お前のせいで、毎日生殺しのような夜を過ごしてるんだぞ。婚姻前の令嬢に手を出すなと言うなら、1日も早くリディとの婚姻の準備を整えろ。私としては、今日でも遅いぐらいだ」

「そんな無茶を言わないでください。それなら、さっさとリディアンヌ様と好きな事を、勝手にしちゃってください。殿下の変なプライドに、僕を巻き込まないでくださいよ!」
「いや、無理だ。私としたことが、うっかりリディにも伝えてしまったからな。今更無かったことにしてくれなんて言えるわけないだろう」

「僕も無理ですよ! 弟殿下が15歳の誕生日を迎えれば、直ぐにご自身の戴冠式ですよ。その準備期間だって半年もないのはお分かりですよね。大至急で準備を進めても、正直なところ間に合うか分からないと言うのに」
「それは、私が急ぎたいことではない。リディとの結婚式が最優先だ」
「本当に殿下は……リディアンヌ様が絡むと、どうしてこうも冷静じゃないんですか?」
「当たり前だろう。リディ以上に大切なものは無いからな」


****

 
 カモメイルの処刑が行われた後、国王が退任の意を表明された。
 まだ王太子さえ決まっていないのに、王が退任を宣言するなど前代未聞だった。
 弟の第3王子が政務に就ける15歳の成人を迎え次第、父は退任されることになった。

 そして、私がこの国の王となる。

 国王が退任の意を公言されたのは、カモメイルが使った魔法の事を私が報告する直前だった。魔法の件は、退任を理由に、国王から報告を拒まれた。
 国王へ報告するとなると、立会人にも報告内容を知られることになる。
 攻撃魔法を使ったのは、この国の公爵だったのだ。正直なところ、高い身分のある重鎮達と言え、心からの信用は出来ない。
 私は、報告内容を数日かけて吟味して準備したのだから、国王の退任の表明には驚きを隠せなかった。退任の理由を聞いても、国王は「ゆっくり過ごしたいだけ」と、明言を避けている。

 あの日、兄が王都の騎士達をカモメイルの直轄地に置いてきたことで、あの場に宰相や兄の側近がいなかったことも、結果的に好都合だった。
 カモメイルの断罪の場で起きた、攻撃魔法による事件の記録は、クルリが魔法に関する事実を伏せたものを、大臣達に報告した。
 あの場で遭遇した者以外は、激昂したカモメイルが、剣で兄に切りかかったと認識している。
 そして、聖女の生き写しのようなリディだけが、人外の魔法と規格外の癒しの力を使え、兄の欠損した体さえ癒したと伝えられた。
 おかげで、国中の至る所から、彼女の癒しの力を求める書簡が毎日王城に届いている。

 現状で、魔法を発動するために必要な術式を知っている者は、元々の知識の所有者であるシェルブール家、リディ、そして、私が心から信頼している臣下2人のみである。


 だが、あの日から気にかかることが、そのままになっている。
 あの力を目の当たりにした兄が、その日以降何も言って来ないのはどういうことだ……。
 あれ程、聖女や精霊の力に執着していたのに、力の事さえ聞きに来ないのも府に落ちない。
 兄の考えている事が分からない。


 王城で身柄を確保しているカモメイルの娘は、クルリによる度重なる尋問でも、国費の横領と魔法の事を、全てにおいて、知らぬ存ぜぬを貫き通していた。
 悔しいが、この国には、家族が犯罪者であっても、その家族まで処刑することは出来ない。
 それでも横領の返済責務は生じる。国費横領の額は、家財全てを売り払っても弁済できない額だ。
 唯一残ったあの娘が、父親による負債を抱えて、この先生きていく訳だ。
 あの娘は、カモメイルの魔法を目の当たりにした、数少ない人物であり、不安は払拭し切れない。何処で、どんな生活を選ぶか注視する必要がある。
 
 その娘が、兄の子を宿していると言い張っている。もし、事実であるなら、兄は王籍を剥奪され、カモメイルの娘とその子どもと暮らしていく事になる。
 兄は全力で否定していたが、間もなく明らかになるだろう。
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