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序章 日の目をみない「奇跡の力」と憂鬱

新たな始まり

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 このノマーン王国の北には、今でも、500年前の聖女様と魔王が互いの両手を取り、見つめあう石像がある。
 歴史を知らないものが見れば、唯の石像にしか見えない。
 500年前には誰もが使えた魔法なのに、今では誰も使う事ができない。
 そして、昔は人間達が魔法を使えたということさえも、王族や貴族のような、高等教育を受けたものしか知らない。

 その昔にいた、パールの髪色をした聖女様は真実なのか? おとぎ話なのか? 
 実際のところは大半の者が知らなかった。国民は都市伝説のように思っている。

 長い歴史の中で、魔法に関する情報も知識も人々の中から消えてしまった。
 
 王族や貴族の教育では、「魔王が封印された後、この世界にあった、魔力が急激に弱まり、魔物しか魔法を使えなくなった」と、教えられている。

 人々の生活を脅かしていた魔物達。今では、その数も極端に減り、人が近づかない北の深い森の奥にしか生息していない。
 人間側も、深い森には魔物がいるため、立ち入らない。
 人々と魔物達が、完全に住み分けた時代になった。

 もう、無駄な争いが起きることはなかった。

 人々の傷や病を癒せる精霊の力も、聖女様と魔王の対戦以降、後世になるほど、弱まってしまった。
 この時代では、自分たちの尊さに誇りを持ち、血の濃さにこだわりのある王族や貴族にだけ、わずかな癒しの力を使えるものがいる程度。
 大半の国民は癒しの力を見ることもない世界に様変わりしていた。

****

 平和な時代に、リディアンヌ・シェルブールは、伯爵家の長女として、堅実で優しい両親に育てられた。
 後継者を切望していたシェルブール家には、リディアンヌの誕生から13年経って、男児が生まれ、今後の安泰が期待されていた。

 伯爵家としては質素な家で、平民と同じように、家族同士が同じ空間で、同じ時間を過ごしながら、幸せに暮らしていた。
 一般的に貴族の屋敷とは、何部屋あるのか分からない作りに、食堂やサロン、葉巻部屋など、その目的にしか使用しない部屋がいくつもある。
 だが、それに価値を感じないシェルブール伯爵家では、自慢できるのは、長い歴史を後世に残し続ける書物の数だけ。
 貴族の中では間違いなく一番といえる蔵書の数々は、日ごろ使わない、地下室全てを埋め尽くすし、その内容は、王級の文書庫でさえ、かなわない貴重なものばかり。

 シェルブール家は500年前に、聖女様の亡き後に、聖女様の父が爵位を賜った家柄。
 爵位は、聖女様の父から兄へ、兄の子ども……と、脈々と聖女様の残したものを、引き継いでいた。

 当時の聖女様は、平民であったため、家名は持たず、ミレーという名前のみだった。
 魔王を倒した功績により、平民から男爵や子爵を超えて伯爵位となったのである。

 リディアンヌ・シェルブールは、先日迎えた誕生日で15歳になっていた。
 家族や親しいものは、彼女をリディと愛称で呼んでいる。
 ノマーン王国での15歳といえば、もう成人であり、結婚して子を成すことも求められる年齢。
 貴族であれば、政略結婚が当たり前で、よりよい婚姻を結ぶのが当主の力量ともいえる。
 リディの両親は、本人の気持ちを優先した結婚を望んでいた。
 とはいえ、すでに本人の意図とは反して婚約者がいた。

 リディの婚約者は、ノマーン王国にいる3人の王子のうちの一人、第1王子のカールディンで、リディの3歳年上になるため、すぐにでも結婚したいところ。
 2人の出会いから、そして婚約者となって、すでに8年が経っていた。

****
 
 今から8年前。
 カールディン王子の誕生日直前まで遡る……。

 王族にとって、10歳を迎える誕生日は、重要な日となる。
 10歳の誕生日パーティーだけは、国中の全ての貴族とその家族を招待し、最も盛大なパーティーが行われる。
 全ての貴族の令息、令嬢が一堂に会する。

 祝いの場とは、表面上のこと。
 本質は、将来の側近と成り得る人物の選定や、婚約者の選定に向け、王族がその家の子どもたちを、見定めている思惑がある。

 もちろん、王族の狙いを貴族たちも分かっており、貴族たちは、そのパーティーに間に合うよう策を講じる。
 優秀な家庭教師を雇い、マナーや教養、知識、令息には剣術を身につけさせ、娘を持つ貴族たちは、美しく着飾ることに力を入れる。
 
 国にとって重要なパーティーのために、特別なドレスや宝飾品など……用意することはなく、義務なので、少し……めんどうに思いながら、ただ参加するだけ。
 その誕生日に、図らずも、面倒に巻き込まれてしまう事を、まだリディも両親も知らなかった。





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 第2話を最後までお読み頂きありがとうございます。
 背景描写のため、地味な第2話ですが(´∀`; ) 、
 次のお話から、いよいよリディが登場いたします。
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