64 / 116
第3章 貴女をずっと欲していた
アリーチェを手にするのは⑤
しおりを挟む
【SIDE アリーチェ】
わたしの仕事部屋だった、ワーグナー公爵家の別邸。
午前中は誰も来ないから、静かに仕事に集中できるのが好きだった。
結婚したあとから見ていなかった、ワーグナー公爵家の資料全てに目を通すことにした。
新しい情報は相当にあるけど、我が家の事業に大きな変化はないようだ。
マックスは、事務官長としていつも忙しいはずなのに、1人で我が家のことをやっていたんだと嬉しくなる。
わたしは、城の中で迷子になったあの日、自分を助けてくれたマックスへ、姉の恋を応援しろと駄々をこねたんだ。
あの日以降、弟はただ静かにわたしを見守ってくれていた。
わたしがいないと、屋敷中を探し回り、姉に甘えていたマックスなのに……。
2か月間目を通していなかった書類を見終わる頃には、以前の勘を取り戻してきたようだ。あることが頭の中に閃いてきた。
そしてわたしは契約書に目を通し、利益の出そうな投資を見繕う。
フレンツ王国は既に動き出していたようだ。
妃になったけど、誰からも知らされることがなかったそのことに、今更ながら悲しくなる。
わたしが異変に気付いたあの頃は、自分がこの国の力になれる、そう確信していたのに……。
国土が広く農耕産業で急激に国力を増しているフレンツ王国は、メレディス王国との同盟に価値がないと判断している。
メレディス王国は、一方的にフレンツ王国からの食糧需給に頼りきっているせいで、人口増加が著しいフレンツ王国と力の均衡が崩れている。
けれど一気に増えすぎた燃料消費はフレンツ王国内で賄いきれていない。
この周辺で炭鉱に余裕があるソメヌ帝国だけ。
だけど、敗戦国であるフレンツ王国はソメヌ帝国と国交を絶っている。
ワーグナー公爵家がその間を介入できれば、と思っていたけど、1貴族がもの言える立場ではない。
このままでは悪くて国交断絶。良くて属国、そんな感触だ。
フレンツ王国の農耕に頼りきっているこの国が、この先どうなるのか少し気掛かりだけど、まあいいか、と見過ごすことにした。
もう私には、関われない話だし、マックスと父は我が家の事業に問題なければ、こんなことに興味はないのだから。
よし、後はもう、まったりするか。
公爵家長女のプライベートな書庫は、相変わらずそのまま。
今、手に取って読みたい本は見つからない。
だけど、ワーグナー公爵家には、どこへ行ってもわたしの居場所がある。
それに浸っていたくて、ぼんやりとソファーで本棚を眺めていた。
どうしてマックスが慌てているのか分からないけど、額に汗を滲ませている弟に声をかけられて、ハッとした。
「姉上、ここにいたんですね。部屋にいないから探しましたよ」
「うん、もうそろそろ寝ようと思っていたところ」
「それでは、部屋に行きますよ」
わたしは当たり前にマックスに手を引かれて懐かしく思う。
こうやって、何にも言わなくても、わたしが夜に部屋にいないとマックスが探してくれるから、ワーグナーの屋敷では床で寝落ちすることも、なくなったんだ。
でもいつからだろう、こんなにマックスが大きくなっていたのは?
わたしの記憶に残っている背中とは、もう違って見える。
もう、一緒にくっ付いて眠っていた、かわいい弟の姿ではない。
温かいマックスの手も、こんなに力強くなっていたなんて、気付かなかった。
「姉上どうかしましたか?」
「ううん、何でもないわ、ふふっ」
まるで、わたしがマックスのことを考えていたのを、見透かしているかのようなタイミングで振り向いたマックスに、ドキッとした。
わたしが浮かれて嫁いだお城は、白い壁に青い屋根が美しかった。
色んなものがキラキラしているように見えたけど、自分だけが輝いていなかった。
あの人は、初めから、わたしと結婚する気はなかった。どうしてわたしは、彼に愛されると思っていたんだろう。
わたしの元へ、訪ねてくるはずのなかった夫を、毎晩待ち続けていたことが、愚か過ぎたと笑えてきた。
わたしは立派な舞台には不釣り合いな妃だったと、やっと気がついた。
わたしの仕事部屋だった、ワーグナー公爵家の別邸。
午前中は誰も来ないから、静かに仕事に集中できるのが好きだった。
結婚したあとから見ていなかった、ワーグナー公爵家の資料全てに目を通すことにした。
新しい情報は相当にあるけど、我が家の事業に大きな変化はないようだ。
マックスは、事務官長としていつも忙しいはずなのに、1人で我が家のことをやっていたんだと嬉しくなる。
わたしは、城の中で迷子になったあの日、自分を助けてくれたマックスへ、姉の恋を応援しろと駄々をこねたんだ。
あの日以降、弟はただ静かにわたしを見守ってくれていた。
わたしがいないと、屋敷中を探し回り、姉に甘えていたマックスなのに……。
2か月間目を通していなかった書類を見終わる頃には、以前の勘を取り戻してきたようだ。あることが頭の中に閃いてきた。
そしてわたしは契約書に目を通し、利益の出そうな投資を見繕う。
フレンツ王国は既に動き出していたようだ。
妃になったけど、誰からも知らされることがなかったそのことに、今更ながら悲しくなる。
わたしが異変に気付いたあの頃は、自分がこの国の力になれる、そう確信していたのに……。
国土が広く農耕産業で急激に国力を増しているフレンツ王国は、メレディス王国との同盟に価値がないと判断している。
メレディス王国は、一方的にフレンツ王国からの食糧需給に頼りきっているせいで、人口増加が著しいフレンツ王国と力の均衡が崩れている。
けれど一気に増えすぎた燃料消費はフレンツ王国内で賄いきれていない。
この周辺で炭鉱に余裕があるソメヌ帝国だけ。
だけど、敗戦国であるフレンツ王国はソメヌ帝国と国交を絶っている。
ワーグナー公爵家がその間を介入できれば、と思っていたけど、1貴族がもの言える立場ではない。
このままでは悪くて国交断絶。良くて属国、そんな感触だ。
フレンツ王国の農耕に頼りきっているこの国が、この先どうなるのか少し気掛かりだけど、まあいいか、と見過ごすことにした。
もう私には、関われない話だし、マックスと父は我が家の事業に問題なければ、こんなことに興味はないのだから。
よし、後はもう、まったりするか。
公爵家長女のプライベートな書庫は、相変わらずそのまま。
今、手に取って読みたい本は見つからない。
だけど、ワーグナー公爵家には、どこへ行ってもわたしの居場所がある。
それに浸っていたくて、ぼんやりとソファーで本棚を眺めていた。
どうしてマックスが慌てているのか分からないけど、額に汗を滲ませている弟に声をかけられて、ハッとした。
「姉上、ここにいたんですね。部屋にいないから探しましたよ」
「うん、もうそろそろ寝ようと思っていたところ」
「それでは、部屋に行きますよ」
わたしは当たり前にマックスに手を引かれて懐かしく思う。
こうやって、何にも言わなくても、わたしが夜に部屋にいないとマックスが探してくれるから、ワーグナーの屋敷では床で寝落ちすることも、なくなったんだ。
でもいつからだろう、こんなにマックスが大きくなっていたのは?
わたしの記憶に残っている背中とは、もう違って見える。
もう、一緒にくっ付いて眠っていた、かわいい弟の姿ではない。
温かいマックスの手も、こんなに力強くなっていたなんて、気付かなかった。
「姉上どうかしましたか?」
「ううん、何でもないわ、ふふっ」
まるで、わたしがマックスのことを考えていたのを、見透かしているかのようなタイミングで振り向いたマックスに、ドキッとした。
わたしが浮かれて嫁いだお城は、白い壁に青い屋根が美しかった。
色んなものがキラキラしているように見えたけど、自分だけが輝いていなかった。
あの人は、初めから、わたしと結婚する気はなかった。どうしてわたしは、彼に愛されると思っていたんだろう。
わたしの元へ、訪ねてくるはずのなかった夫を、毎晩待ち続けていたことが、愚か過ぎたと笑えてきた。
わたしは立派な舞台には不釣り合いな妃だったと、やっと気がついた。
1
お気に入りに追加
159
あなたにおすすめの小説

【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

【完結】愛してるなんて言うから
空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」
婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。
婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。
――なんだそれ。ふざけてんのか。
わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。
第1部が恋物語。
第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ!
※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。
苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。
一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。
そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

【完結】二度目の恋はもう諦めたくない。
たろ
恋愛
セレンは15歳の時に16歳のスティーブ・ロセスと結婚した。いわゆる政略的な結婚で、幼馴染でいつも喧嘩ばかりの二人は歩み寄りもなく一年で離縁した。
その一年間をなかったものにするため、お互い全く別のところへ移り住んだ。
スティーブはアルク国に留学してしまった。
セレンは国の文官の試験を受けて働くことになった。配属は何故か騎士団の事務員。
本人は全く気がついていないが騎士団員の間では
『可愛い子兎』と呼ばれ、何かと理由をつけては事務室にみんな足を運ぶこととなる。
そんな騎士団に入隊してきたのが、スティーブ。
お互い結婚していたことはなかったことにしようと、話すこともなく目も合わせないで過ごした。
本当はお互い好き合っているのに素直になれない二人。
そして、少しずつお互いの誤解が解けてもう一度……
始めの数話は幼い頃の出会い。
そして結婚1年間の話。
再会と続きます。

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様
オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる