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第3章 貴女をずっと欲していた
アリーチェを手にするのは⑥
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【SIDEアリーチェ】
「姉上、起きてください」
覚醒しきらない頭の中に、マックスの声が聞こえてきた。
「眠り姫は王子様のキスで目が覚めるって、いつも言っているじゃない。まだ眠いから起きないの」
わたしは布団をグイッと掴んで顔を隠してから、もう一度寝ようと試みる。
「姉上は相変わらず寝起きが悪いな。キスで起きてくれるなら、僕としても手っ取り早い」
はいぃっ? そこはいつも、「ふざけてないで起きて!」って言うところでしょう。
――バフッっと布団を跳ね飛ばして、わたしは慌てて体を起こした。そして、マックスを強く睨んで言ってやった。
「マックスは王子様じゃないもん」
「僕も一応、姉上以外の令嬢からは憧れの王子だと言われますよ。ですが、こんな話を朝からしている時間はないので、食事にしましょう」
昨日の夜、マックスに連れられて部屋へ戻ってきた記憶はある。だけど、それ以降は覚えていない。
「どうして、マックスがわたしの布団の中にいるのよ」
「姉上がいなくなって寂しかったから、最近は、よく眠れなかったんです。だけど、昨日は久しぶりに眠れました」
この歳で、姉と弟が一緒のベッドに入るのは駄目だと叱ろうと思ったのに、マックスから寂しいと言われてしまえば、何も返せない。
いつもであれば、毎回律儀にお願いしてくるはずなのに、なぜだろう。
もしかして、わたしが気付かなかっただけで、マックスは昨日の夜も勝手に入り込んでいたのか?
そうだったとしても、マックスに限って、わたしに何かするわけはないし、まあ、いいかとあまり気に止めないことにした。
わたし達姉弟にとっては当たり前のことだし、今更かもしれない。
「姉上も準備ができたらダイニングへ来てください。僕は仕事に行きますから」
王城で暮らしていたときであれば、入念な化粧の時間。
元々、そんなことに頓着のないわたしは、顔さえ洗ってしまえば、後は正直言ってどうでもいい。
女性の嗜みの化粧がなくても、わたしを咎める人物はワーグナー公爵家の中にはいないし、別に見惚れて欲しいと思う人も、もういない。
クローゼットの中には、イエール城に持っていかなかったたくさんのワンピースが入っている。
屋敷で過ごすときに、いつも着ていたものばかりだ。
わたしは、外に出る機会がほとんどなかったから、元々ドレスは、ほとんど持っていなかった。
わたしは、幼い頃のような姉弟のじゃれ合いを見ていたメイドに、一番気に入っていたワンピースのホックを止めてもらい、朝食へ向かう。
マックスは、わたしがちゃんと来るか心配していたのだろう、ダイニングにわたしが着いた途端に、嬉しそうな顔をしている。
対面でマックスと座るのは久しぶりだけど、ごく当然にいつもの場所に腰かける。
フレデリック様の1番近くにいるマックスが、昨日のうちに、わたしへ何も言わなかったのは、それを言うべきときを待っていたのだろう。
「姉上は、フレデリック殿下の元へ戻りたい気持ちはあるの?」
「戻りたいも何も、戻れないでしょ」
「もし、戻れたらの話で」
王族条例124条の違反は、例えフレデリック殿下であっても撤回はできない。
それは、むしろ妃を守るための条項。
もしも、という話は絶対に存在しない。
それに、戻れたとしても自分の気持ちが分からない。
あんなに好きだと思っていたのに、何だか今は、それが遠い昔の話に思える。
キラキラと輝いていたリックとの想い出は、セピア色の思い出に、すっかり色褪せてしまった。
わたしの中で、カッコいいと、ときめいた王子様もどこかへ行ってしまった。
「戻れることはあり得ない。だけど、そんなことが起きても戻らないわ。マックスのせいよ! ずっとわたしのことを甘やかしていたから、王城だと暮らし方も分からなくて、明るくなる頃に目が覚めると、いっつもソファーの上か、床にいて寒かったんだから」
「くくっ、おかしいな、殿下にはいつもお願いしていたのに。姉上は自分の身の回りのことは、壊滅的に何も出来ないからよろしくって」
「壊滅的って酷いわね。わたしだって多少は自分で出来るわよ。ちゃんと毎日厨房でお菓子を作ってたのよ」
「毎日持ってきてくれたから、良く知っています」
笑っているマックスを見ていると、あのクッキーのことも、いつか本当に笑い話になる気がしている。
ワーグナー公爵家の生活が快適過ぎて、城に戻れるとしても、ちっとも戻りたい気持ちには、ちっともならない。
「姉上、起きてください」
覚醒しきらない頭の中に、マックスの声が聞こえてきた。
「眠り姫は王子様のキスで目が覚めるって、いつも言っているじゃない。まだ眠いから起きないの」
わたしは布団をグイッと掴んで顔を隠してから、もう一度寝ようと試みる。
「姉上は相変わらず寝起きが悪いな。キスで起きてくれるなら、僕としても手っ取り早い」
はいぃっ? そこはいつも、「ふざけてないで起きて!」って言うところでしょう。
――バフッっと布団を跳ね飛ばして、わたしは慌てて体を起こした。そして、マックスを強く睨んで言ってやった。
「マックスは王子様じゃないもん」
「僕も一応、姉上以外の令嬢からは憧れの王子だと言われますよ。ですが、こんな話を朝からしている時間はないので、食事にしましょう」
昨日の夜、マックスに連れられて部屋へ戻ってきた記憶はある。だけど、それ以降は覚えていない。
「どうして、マックスがわたしの布団の中にいるのよ」
「姉上がいなくなって寂しかったから、最近は、よく眠れなかったんです。だけど、昨日は久しぶりに眠れました」
この歳で、姉と弟が一緒のベッドに入るのは駄目だと叱ろうと思ったのに、マックスから寂しいと言われてしまえば、何も返せない。
いつもであれば、毎回律儀にお願いしてくるはずなのに、なぜだろう。
もしかして、わたしが気付かなかっただけで、マックスは昨日の夜も勝手に入り込んでいたのか?
そうだったとしても、マックスに限って、わたしに何かするわけはないし、まあ、いいかとあまり気に止めないことにした。
わたし達姉弟にとっては当たり前のことだし、今更かもしれない。
「姉上も準備ができたらダイニングへ来てください。僕は仕事に行きますから」
王城で暮らしていたときであれば、入念な化粧の時間。
元々、そんなことに頓着のないわたしは、顔さえ洗ってしまえば、後は正直言ってどうでもいい。
女性の嗜みの化粧がなくても、わたしを咎める人物はワーグナー公爵家の中にはいないし、別に見惚れて欲しいと思う人も、もういない。
クローゼットの中には、イエール城に持っていかなかったたくさんのワンピースが入っている。
屋敷で過ごすときに、いつも着ていたものばかりだ。
わたしは、外に出る機会がほとんどなかったから、元々ドレスは、ほとんど持っていなかった。
わたしは、幼い頃のような姉弟のじゃれ合いを見ていたメイドに、一番気に入っていたワンピースのホックを止めてもらい、朝食へ向かう。
マックスは、わたしがちゃんと来るか心配していたのだろう、ダイニングにわたしが着いた途端に、嬉しそうな顔をしている。
対面でマックスと座るのは久しぶりだけど、ごく当然にいつもの場所に腰かける。
フレデリック様の1番近くにいるマックスが、昨日のうちに、わたしへ何も言わなかったのは、それを言うべきときを待っていたのだろう。
「姉上は、フレデリック殿下の元へ戻りたい気持ちはあるの?」
「戻りたいも何も、戻れないでしょ」
「もし、戻れたらの話で」
王族条例124条の違反は、例えフレデリック殿下であっても撤回はできない。
それは、むしろ妃を守るための条項。
もしも、という話は絶対に存在しない。
それに、戻れたとしても自分の気持ちが分からない。
あんなに好きだと思っていたのに、何だか今は、それが遠い昔の話に思える。
キラキラと輝いていたリックとの想い出は、セピア色の思い出に、すっかり色褪せてしまった。
わたしの中で、カッコいいと、ときめいた王子様もどこかへ行ってしまった。
「戻れることはあり得ない。だけど、そんなことが起きても戻らないわ。マックスのせいよ! ずっとわたしのことを甘やかしていたから、王城だと暮らし方も分からなくて、明るくなる頃に目が覚めると、いっつもソファーの上か、床にいて寒かったんだから」
「くくっ、おかしいな、殿下にはいつもお願いしていたのに。姉上は自分の身の回りのことは、壊滅的に何も出来ないからよろしくって」
「壊滅的って酷いわね。わたしだって多少は自分で出来るわよ。ちゃんと毎日厨房でお菓子を作ってたのよ」
「毎日持ってきてくれたから、良く知っています」
笑っているマックスを見ていると、あのクッキーのことも、いつか本当に笑い話になる気がしている。
ワーグナー公爵家の生活が快適過ぎて、城に戻れるとしても、ちっとも戻りたい気持ちには、ちっともならない。
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