【完結】ヒロインになれなかった妃の 赤い糸~突然、愛してるなんて言われて、溺愛されるのは、聞いてない!~

瑞貴◆後悔してる/手違いの妻2巻発売!

文字の大きさ
上 下
65 / 116
第3章 貴女をずっと欲していた

アリーチェを手にするのは⑥

しおりを挟む
【SIDEアリーチェ】

「姉上、起きてください」
 覚醒しきらない頭の中に、マックスの声が聞こえてきた。

「眠り姫は王子様のキスで目が覚めるって、いつも言っているじゃない。まだ眠いから起きないの」
 わたしは布団をグイッと掴んで顔を隠してから、もう一度寝ようと試みる。

「姉上は相変わらず寝起きが悪いな。キスで起きてくれるなら、僕としても手っ取り早い」

 はいぃっ? そこはいつも、「ふざけてないで起きて!」って言うところでしょう。
 ――バフッっと布団を跳ね飛ばして、わたしは慌てて体を起こした。そして、マックスを強く睨んで言ってやった。

「マックスは王子様じゃないもん」
「僕も一応、姉上以外の令嬢からは憧れの王子だと言われますよ。ですが、こんな話を朝からしている時間はないので、食事にしましょう」

 昨日の夜、マックスに連れられて部屋へ戻ってきた記憶はある。だけど、それ以降は覚えていない。

「どうして、マックスがわたしの布団の中にいるのよ」
「姉上がいなくなって寂しかったから、最近は、よく眠れなかったんです。だけど、昨日は久しぶりに眠れました」
 この歳で、姉と弟が一緒のベッドに入るのは駄目だと叱ろうと思ったのに、マックスから寂しいと言われてしまえば、何も返せない。
 いつもであれば、毎回律儀にお願いしてくるはずなのに、なぜだろう。
 もしかして、わたしが気付かなかっただけで、マックスは昨日の夜も勝手に入り込んでいたのか?
 そうだったとしても、マックスに限って、わたしに何かするわけはないし、まあ、いいかとあまり気に止めないことにした。
 わたし達姉弟にとっては当たり前のことだし、今更かもしれない。
 

「姉上も準備ができたらダイニングへ来てください。僕は仕事に行きますから」

 王城で暮らしていたときであれば、入念な化粧の時間。
 元々、そんなことに頓着のないわたしは、顔さえ洗ってしまえば、後は正直言ってどうでもいい。
 女性の嗜みの化粧がなくても、わたしを咎める人物はワーグナー公爵家の中にはいないし、別に見惚れて欲しいと思う人も、もういない。

 クローゼットの中には、イエール城に持っていかなかったたくさんのワンピースが入っている。
 屋敷で過ごすときに、いつも着ていたものばかりだ。
 わたしは、外に出る機会がほとんどなかったから、元々ドレスは、ほとんど持っていなかった。
 

 わたしは、幼い頃のような姉弟のじゃれ合いを見ていたメイドに、一番気に入っていたワンピースのホックを止めてもらい、朝食へ向かう。

 マックスは、わたしがちゃんと来るか心配していたのだろう、ダイニングにわたしが着いた途端に、嬉しそうな顔をしている。
 対面でマックスと座るのは久しぶりだけど、ごく当然にいつもの場所に腰かける。

 フレデリック様の1番近くにいるマックスが、昨日のうちに、わたしへ何も言わなかったのは、それを言うべきときを待っていたのだろう。

「姉上は、フレデリック殿下の元へ戻りたい気持ちはあるの?」
「戻りたいも何も、戻れないでしょ」
「もし、戻れたらの話で」

 王族条例124条の違反は、例えフレデリック殿下であっても撤回はできない。
 それは、むしろ妃を守るための条項。
 もしも、という話は絶対に存在しない。
 それに、戻れたとしても自分の気持ちが分からない。

 あんなに好きだと思っていたのに、何だか今は、それが遠い昔の話に思える。

 キラキラと輝いていたリックとの想い出は、セピア色の思い出に、すっかり色褪せてしまった。
 わたしの中で、カッコいいと、ときめいた王子様もどこかへ行ってしまった。

「戻れることはあり得ない。だけど、そんなことが起きても戻らないわ。マックスのせいよ! ずっとわたしのことを甘やかしていたから、王城だと暮らし方も分からなくて、明るくなる頃に目が覚めると、いっつもソファーの上か、床にいて寒かったんだから」

「くくっ、おかしいな、殿下にはいつもお願いしていたのに。姉上は自分の身の回りのことは、壊滅的に何も出来ないからよろしくって」

「壊滅的って酷いわね。わたしだって多少は自分で出来るわよ。ちゃんと毎日厨房でお菓子を作ってたのよ」
「毎日持ってきてくれたから、良く知っています」

 笑っているマックスを見ていると、あのクッキーのことも、いつか本当に笑い話になる気がしている。

 ワーグナー公爵家の生活が快適過ぎて、城に戻れるとしても、ちっとも戻りたい気持ちには、ちっともならない。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。  一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。  そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】二度目の恋はもう諦めたくない。

たろ
恋愛
セレンは15歳の時に16歳のスティーブ・ロセスと結婚した。いわゆる政略的な結婚で、幼馴染でいつも喧嘩ばかりの二人は歩み寄りもなく一年で離縁した。 その一年間をなかったものにするため、お互い全く別のところへ移り住んだ。 スティーブはアルク国に留学してしまった。 セレンは国の文官の試験を受けて働くことになった。配属は何故か騎士団の事務員。 本人は全く気がついていないが騎士団員の間では 『可愛い子兎』と呼ばれ、何かと理由をつけては事務室にみんな足を運ぶこととなる。 そんな騎士団に入隊してきたのが、スティーブ。 お互い結婚していたことはなかったことにしようと、話すこともなく目も合わせないで過ごした。 本当はお互い好き合っているのに素直になれない二人。 そして、少しずつお互いの誤解が解けてもう一度…… 始めの数話は幼い頃の出会い。 そして結婚1年間の話。 再会と続きます。

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

処理中です...