【完結】ヒロインになれなかった妃の 赤い糸~突然、愛してるなんて言われて、溺愛されるのは、聞いてない!~

瑞貴◆後悔してる/手違いの妻2巻発売!

文字の大きさ
上 下
41 / 116
第2章 届かない想い

妃のクッキー④

しおりを挟む
【SIDE  アリーチェ】

 朝から戦場のような怒号が飛び交う厨房で、わたしは今日も芳醇な香りに包まれている。

 幸せな香り漂うその空間で、小さな鍋で火にかけたバターが色付くのを1人静かに見守っていた。

 料理人たちは、わたしのことを避けるように作業に没頭して、決して近づいてこない。

 朝の忙しい時間帯に、妃の面倒を見るのが御免なんだ。
 きっと、わたしが料理人であれば同じことをするでしょうから、気にしていない。

 よしっ、黄金色になってきた!
 バターが焦げないように、慌ててその鍋を持って、大きなボールに張った水に浸けて冷やす。
 ふぅ~、今日も上手くいった。
 溶きほぐした卵の中に材料を順番に入れて、型へ流し込めば、わたしの朝の日課は粗方終わったも同然。

 後はオーブンの前で待つだけだ。

 ――う~ん、いい香りが漂ってきた。
 いつだってほとんど変わることのない焼き時間。
 毎度のことながら、早く焼けないかと気持ちが落ち着かない。

 顔が熱いのは、もちろんオーブンのガラス扉から伝わる熱のせいもある。
 だけど、愛しの王子様がこれを美味しく食べてくれる姿を想像すると、いつだって胸がキュンとして、頬に熱を感じてしまう。

 そうして、焼き上がったフィナンシエを、ぱくっと味見して、わたしの朝食は終わりだ。
 気が付けば、こんな生活を続けて1か月以上が経っている。

 フィナンシエが冷めたら、わたしの夫であるフレデリック王子の所へ運ぶだけ。

 たった今、わたしは朝食を済ませた。
 けれど、この厨房は白い城壁に青い屋根のイエール城で暮らす、王族達の朝食を作るのに、猫の手だって借りたいあり様になっている。

 それでなくても、朝の一番忙しい時間帯だもの、王城の料理人達の手を煩わせるわけにはいかない。
 わたしは、使った鍋やボールを綺麗に洗って拭きあげ、いつもの場所へ戻す。
 これで、明日の準備も万端だ。

 次は、フレデリック様の所へ行く前に、部屋へ戻って、おめかしをしなくてはいけない。
 焼き上がったフィナンシエを両手で抱えて、急いで自分の部屋へ向かう。

 まるで迷路のような王城は、厨房と部屋を移動するだけで、10分は掛かる。

 2階にある厨房から、階段を下りれば、日中は貴族達が仕事をしている執務室がずらりと並ぶ。

 その長い廊下を一気に走り抜けた。

 そして、その奥へと続く回廊を抜ければ、貴族達が寝泊まりしている部屋が続く。

 朝から息も切れ切れで……、疲れた……。
 それもそのはず、日が昇るか登らないかの頃に、わたしはこの回廊を逆向きに走っていた。
 そして、厨房で立ちっぱなしで、ここまで戻ってきた。
 朝から既に足がパンパンだ。

 あ~、やっとだ。
 王族居住区へ続く、登り階段。

 階段を守る護衛騎士へ「ご苦労様」と声を掛けて、フィナンシエを口へ入れてあげる。
 彼の横を通り過ぎると、わたしの部屋が近づいてきたことを実感する。

 部屋へ戻れば疲れて休みたい気持ちに負けそうになる。
 だけどわたしには、まだ最後の仕事が残っている。

 床を見ていた視線を前に向けて、気合を入れ直す。
 鏡に映る自分。

 昔は母譲りの緑色の瞳だったけど、今ではこの国でよく見かける青い瞳。
 それも小動物のようにクリッとした丸い眼をしている。

 元々、桜色の小さな唇に白い肌は綺麗だなって、自分では思っていたけど、今は何か違って色がない。

 幼い頃のストロベリーブロンドのうねりのあった髪は、思春期を迎える前には、茶色い真っ直ぐな髪に変わった。

 大人っぽくなった髪は気に入っている。
 自分では鏡に見えている姿は、それなりに整っている方だと思っている。

 だけど、顔のパーツは、あどけない女の子の顔から卒業できず、魅惑的な美人に成長できていない気がする。

 本当は、色っぽい目元に魅惑的な唇、知的な印象のシュッとしまったフェイスラインを欲しているんだけど。

 フレデリック様の好みは、前王妃様のような、美しくて魅惑的な女性。
 その容姿へ少しでも近づけるように、念入りな化粧を施す必要がある。
 芸術的センスがいまいちなわたしは、毎日悪戦苦闘を繰り返している。

 侍女達は揃いも揃って、もう少し控えめな化粧の方が良いと助言を呈してくる。
 そのお小言のような指摘が、ちょっとイライラする。
 わたしだって、魅惑的な美人なら化粧に時間をかけないし、したくてしているわけじゃない。
 しないと顔色が違って、内心穏やかではないから。

 侍女たちを説得するのが面倒になって、わたしの容姿には口を出さないように、言い聞かせた。

 よしっ! 完璧なまでの武装。
 さっきまで鏡に映っていた自分とは、嘘のように違う。
 力強さのある目元に、熟成されたワインのような唇。
 この1時間で、魅惑的な大人の女性に変身した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。  一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。  そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

【完結】二度目の恋はもう諦めたくない。

たろ
恋愛
セレンは15歳の時に16歳のスティーブ・ロセスと結婚した。いわゆる政略的な結婚で、幼馴染でいつも喧嘩ばかりの二人は歩み寄りもなく一年で離縁した。 その一年間をなかったものにするため、お互い全く別のところへ移り住んだ。 スティーブはアルク国に留学してしまった。 セレンは国の文官の試験を受けて働くことになった。配属は何故か騎士団の事務員。 本人は全く気がついていないが騎士団員の間では 『可愛い子兎』と呼ばれ、何かと理由をつけては事務室にみんな足を運ぶこととなる。 そんな騎士団に入隊してきたのが、スティーブ。 お互い結婚していたことはなかったことにしようと、話すこともなく目も合わせないで過ごした。 本当はお互い好き合っているのに素直になれない二人。 そして、少しずつお互いの誤解が解けてもう一度…… 始めの数話は幼い頃の出会い。 そして結婚1年間の話。 再会と続きます。

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

処理中です...