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第1章 気が付かない3人の関係
陛下と王妃への婚約報告①
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わたしとフレデリック様の婚約が、正式に国中に公表された。
だけど国民は皆、公表される日が分からなかっただけで、相手がワーグナー公爵家の令嬢だと知っていた。
サプライズ感のない伝令は、誰も騒がずに、ごく当たり前のように受け止められていた。
わたし達の婚約発表で、国中がお祭りみたいな雰囲気になるのを期待したけど、そんな空気ではなかったし、王城の中も日常と至って変わらない雰囲気のまま。
それもそのはず。
約3年前にフレデリック様は、約30人の令嬢達を集めて妃試験を始めた。
開始から1年で5人になり、その半年後には、わたしだけだった。
実際のところ、婚約者として決まったのは1年半前なんだから。
それからは、妃の素質を確認する期間として、当初は聞かされていなかった妃教育を受けた。
課題が終わったと思っても、次から次へと色んなことを言い出す講師達。
刺繍の講義は、ハンカチなんてまどろっこしいものより、いつもフレデリック様がいつも目にするように、カーテンにびっしりと模様を描いた。
あれは、わたしなりに良いできだった。
王子と結婚するには、つくづくまどろっこしい課題が山積みなのだと、途中で何度も放り出しそうになった。
そうして今日、国王陛下と王妃殿下への顔合わせに至った。
やっと、2人の関係が夫婦になる直前まで進んでいる。
でも、今日のわたしは、ガクガクのブルブルに震えている。
実は、公爵家の中しか知らないわたしには、こういうことが苦手だ。
決して偉ぶる気はないけど、このメレディス王国内に限っていえば、他の貴族との交流なんて必要がなかったから。
ワーグナー公爵家は、他の貴族達と必要以上の関係を深める社交に参加したことがない。
こちらから求めなくても、必然的に他の貴族達が、我が家との関係を求めてくる。
ワーグナー家では、それに応じるだけで十分だった。
形式的な場に顔を出したことがないわたしにとっては、今のこの空間は最高に居心地が悪い。
それに、王妃殿下がとにかく、わたしのことを睨んでいる。
国王陛下からは、わたしとフレデリック様との婚約の祝いの言葉をもらった。
陛下の表情は少しも変わらないし、口調も随分と淡々としている印象だけど、そんなことは気にしなくていい。
陛下が認めた。その事実で、この場は十分だからホッとした。
今日、一番の山場だと思っていたことが取り敢えず終わったのだから。
眉間に皺の寄った王妃の言葉は、棘しかなかった。
「ワーグナー公爵令嬢のような社交を知らない人間は、王室には不向きなんじゃないかしら。それでフレデリックの横に並べると思っているの!」
祝福とはかけ離れた口調の王妃殿下。明らかにわたしのことを馬鹿にしていた。
言い返すべきか少し迷ったけど、騒ぐだけならどうでもいいなと、聞き流すことにした。
何かの本で読んだことがある。嫁をいびるのが姑の仕事だって。おとぎ話だと思っていたことが、現実に起きて笑えてきた。
こんな真面目な場所で笑ってしまったら、ふざけていると思われる。
笑わないように堪えれば、変に顔が引きつってしまって、益々顔に力が入る。
「あなたのその顔、どうにかならない? 見ているこっちがイライラしてくるわ」
王妃殿下は、『感情を顔に出すな』と言いたいのだろう。だけど、妃教育で習い始めたばかりのことを、そう上手くはこなせないし、王妃様の分かりやすい嫁いびりが、わたしには滑稽でしょうがないのに。
「勉強が足りないもので。近いうちに習得していきます故、ご容赦願います」
と、当たり障りのない言葉で誤魔化した。緊張していたわたしにしては、上出来だと思う。
「あなたの妃教育は、もう長い時間は経っているんじゃなくて。そんなんで、ご自分の家名に恥ずかしくないのかしら。それに、今度は王室の恥になるわ。私としては、ワーグナー公爵令嬢とフレデリックの結婚は認めません」
強く言い切られた言葉。それにはちょっと、カチンと来た。
少し顔が引きつったくらいで、勉強を疎かにしていると、否定されるような生き方はしていない。それに、国王とフレデリック様が認めた婚約に水を差すなんて、許せない。
「いえ、何があろうと――」
「2人の会話に割って入り申し訳ないが、私がアリーチェを望んでいるんです。それに、既に陛下から祝いの言葉をもらいましたので、王妃殿下であっても覆すことはできません。これ以上、ここで話すことはありませんから失礼します。――アリーチェ、戻るぞ」
だけど国民は皆、公表される日が分からなかっただけで、相手がワーグナー公爵家の令嬢だと知っていた。
サプライズ感のない伝令は、誰も騒がずに、ごく当たり前のように受け止められていた。
わたし達の婚約発表で、国中がお祭りみたいな雰囲気になるのを期待したけど、そんな空気ではなかったし、王城の中も日常と至って変わらない雰囲気のまま。
それもそのはず。
約3年前にフレデリック様は、約30人の令嬢達を集めて妃試験を始めた。
開始から1年で5人になり、その半年後には、わたしだけだった。
実際のところ、婚約者として決まったのは1年半前なんだから。
それからは、妃の素質を確認する期間として、当初は聞かされていなかった妃教育を受けた。
課題が終わったと思っても、次から次へと色んなことを言い出す講師達。
刺繍の講義は、ハンカチなんてまどろっこしいものより、いつもフレデリック様がいつも目にするように、カーテンにびっしりと模様を描いた。
あれは、わたしなりに良いできだった。
王子と結婚するには、つくづくまどろっこしい課題が山積みなのだと、途中で何度も放り出しそうになった。
そうして今日、国王陛下と王妃殿下への顔合わせに至った。
やっと、2人の関係が夫婦になる直前まで進んでいる。
でも、今日のわたしは、ガクガクのブルブルに震えている。
実は、公爵家の中しか知らないわたしには、こういうことが苦手だ。
決して偉ぶる気はないけど、このメレディス王国内に限っていえば、他の貴族との交流なんて必要がなかったから。
ワーグナー公爵家は、他の貴族達と必要以上の関係を深める社交に参加したことがない。
こちらから求めなくても、必然的に他の貴族達が、我が家との関係を求めてくる。
ワーグナー家では、それに応じるだけで十分だった。
形式的な場に顔を出したことがないわたしにとっては、今のこの空間は最高に居心地が悪い。
それに、王妃殿下がとにかく、わたしのことを睨んでいる。
国王陛下からは、わたしとフレデリック様との婚約の祝いの言葉をもらった。
陛下の表情は少しも変わらないし、口調も随分と淡々としている印象だけど、そんなことは気にしなくていい。
陛下が認めた。その事実で、この場は十分だからホッとした。
今日、一番の山場だと思っていたことが取り敢えず終わったのだから。
眉間に皺の寄った王妃の言葉は、棘しかなかった。
「ワーグナー公爵令嬢のような社交を知らない人間は、王室には不向きなんじゃないかしら。それでフレデリックの横に並べると思っているの!」
祝福とはかけ離れた口調の王妃殿下。明らかにわたしのことを馬鹿にしていた。
言い返すべきか少し迷ったけど、騒ぐだけならどうでもいいなと、聞き流すことにした。
何かの本で読んだことがある。嫁をいびるのが姑の仕事だって。おとぎ話だと思っていたことが、現実に起きて笑えてきた。
こんな真面目な場所で笑ってしまったら、ふざけていると思われる。
笑わないように堪えれば、変に顔が引きつってしまって、益々顔に力が入る。
「あなたのその顔、どうにかならない? 見ているこっちがイライラしてくるわ」
王妃殿下は、『感情を顔に出すな』と言いたいのだろう。だけど、妃教育で習い始めたばかりのことを、そう上手くはこなせないし、王妃様の分かりやすい嫁いびりが、わたしには滑稽でしょうがないのに。
「勉強が足りないもので。近いうちに習得していきます故、ご容赦願います」
と、当たり障りのない言葉で誤魔化した。緊張していたわたしにしては、上出来だと思う。
「あなたの妃教育は、もう長い時間は経っているんじゃなくて。そんなんで、ご自分の家名に恥ずかしくないのかしら。それに、今度は王室の恥になるわ。私としては、ワーグナー公爵令嬢とフレデリックの結婚は認めません」
強く言い切られた言葉。それにはちょっと、カチンと来た。
少し顔が引きつったくらいで、勉強を疎かにしていると、否定されるような生き方はしていない。それに、国王とフレデリック様が認めた婚約に水を差すなんて、許せない。
「いえ、何があろうと――」
「2人の会話に割って入り申し訳ないが、私がアリーチェを望んでいるんです。それに、既に陛下から祝いの言葉をもらいましたので、王妃殿下であっても覆すことはできません。これ以上、ここで話すことはありませんから失礼します。――アリーチェ、戻るぞ」
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