【完結】ヒロインになれなかった妃の 赤い糸~突然、愛してるなんて言われて、溺愛されるのは、聞いてない!~

瑞貴◆後悔してる/手違いの妻2巻発売!

文字の大きさ
上 下
3 / 116
第1章 気が付かない3人の関係

再会①

しおりを挟む
 公爵家長女のための大きな書庫には、わたしの大好きな恋愛小説がびっしりと収められている。

 夕食を食べ終えたわたしは、そこに置かれた2人掛けソファーで、1人読書に夢中になっていた。

 今読んでいるのは、幼馴染と弟が1人のヒロインを取り合うストーリーである。
 幼馴染が圧倒的に有利な展開だけど、これはまだ序盤だ。
 この後はどんな話になるのか、と先が気になる。

 わたしはドキドキしながら本を読んでいたはずなのに、ふっと気が付いたときには、双子の弟の肩に寄りかかっていた。
 あっ……、いつの間にか、眠りに落ちていたのか……と、ぼんやりした頭で状況を理解する。

 気持ちがほっこりと温かくなったのは、弟から伝わる温もりもあるけど、わたしが自然体でいられる弟が近くにいると、心地よくて落ち着くからだ。

 わたしは、知らぬ間に弟のマックスが近くにいて、嬉しくなっていた。
 こうして2人で並んでいると、誰が見ても姉弟だと分かるだろう。
 わたし達の茶色の髪は、長さが違うだけで髪質さえも似ているし、青い瞳だけなら全く一緒に見える。
 わたしは見慣れているから弟にキュンとすることはないけど、マックスの容姿はなかなか整っているほうだ。

 だけど、性格は信じられないくらいに似ていない。
 しっかり者な弟と比べられれば、わたしは、風変わりで可笑しい姉だと思われている。
 そのせいで、たまに傷つくことも言われるけど、いちいち気にしていない。

 今は、まだ寝るには早い時間だ。
 弟のマックスも、仕事の本を読んでいるようだし、丁度いいからこのまま弟の肩を借りて続きを読もう。

 ……そう思ったけれど、今日はやたらと目が重くて開けていられない。
 そのせいで、何度も同じところを読んでいるようだ。ヒロインが同じことを繰り返して、同じ台詞を言っている。
 気合を入れて、もう一度小さな文字に目をやるけど、瞬きをすれば、どこを読んでいるか見失う。

 これはもう駄目だ。
 続きが気になって悔しいけど、今日の読書は諦めるしかない。
 そう思い、パタンッと本を閉じた。



「う~ん、まだ寝たくないのになぁ。きっと、昼に木の剪定を手伝ったせいね、もう起きていられないもの」
 弟に、あえて寝ると宣言すれば、きっと弟も一緒に立ち上がるはずだ。
 この書庫は一応わたし専用で、わたしは1度だって、マックスがここに1人でいるのを見たことはない。

 だけど今日は、言葉選びを間違えてしまったようで、マックスから説教をくらう羽目になった。
 でも、何がズレているのか、わたしには分からないから、仕方のないことだと諦めている。

「はい? 僕は、何度も木の剪定はするなと言いましたよね。暇だと言うから、姉上には別の仕事を頼んだのに、何やっているんですか!」

 例え怒っていても、マックスはわたしに怖い顔はしないし、どこか優しい。
 今だって呆れた顔をしているだけだから、実際のところ大した問題ではないのだろう。

「フレンツ王国の商人に値段交渉の手紙なんて、すぐに終わるでしょう。ついでに周辺国全てに手紙を送っておいたわ」

「姉上……、あれだけの文章を翻訳するのは、普通はすぐに終わりませんから。本当に貴女は、何をさせても僕の予想通りにはいきませんね。いいですか姉上、木に登るのは危険過ぎるから、今後は絶対にやらないでください、絶対ですよ」

 マックスが念を押すように言ったことだけは、駄目なことだと理解している。
 感性が人とは違うわたしが、危険のないように教えてくれているのだと、最近になって分るようになってきた。
 でも、そんなことを言われても、簡単に引くわたしではない。

「そんなことを言われても、わたしが別邸から戻る時にも、まだ、あのおじさんが庭の木と格闘していたのよ。わたしは暇だったんだから、あれを見過ごすなんて、できないでしょう、普通」

「だからっ、それを余計なお世話と言うんです。庭師のためには見過ごすべきなんです。彼は姉上が木から落ちないか見守るだけで仕事が進まない挙句、寿命も縮まったでしょうね、可哀想に。まったくっ、姉上のことを放っとくと、ろくなことをしないんですから。もう、心配するこっちの身にもなってください、姉上がいないと、僕は困るんですから。その後は大人しくしていたんですか」

「そうよ、ちゃんと庭でまったりしていたもの。でも聞いて、野良にゃんこが庭にいたの! 捕まえたくて追っかけたんだけど逃げられちゃった。あれはもしかしてっ、王子様だったかもしれないわよっ! だって、猫が王子様って話を読んだことがあるもの」

「そんなこと、現実にあるわけないでしょう。その辺の猫に触ったら、引っ掻かれますよ。危ないから近づかないでください」

「大丈夫よ、こう見えてしっかりしているから」

「はいはい。1人にしておくと、その辺で寝ている人がよく言いますね。ほら、こんな所でうたた寝していないで、姉上のベッドに行きますよ」

 ごく自然に差し出される弟の手。
 それを、何の躊躇いもなくつなぎ、わたしの寝室へ向かい始めていた。

 わたしが眠りに付くまで、いつも一緒にいるマックス。
 幼い頃の弟は、わたしがいないと寝られない子どもだった。
 だけど、未だに弟は、幼い頃の感覚が、抜けていない。
 マックスは、今だって、わたしを探していたようだ。
 18歳にもなって、わたしの姿が見えないと姉を求めて屋敷中を探している。
 弟は、従者達の前では、次期公爵家当主として、いつも気取っている。
 だけど実は、甘えん坊であることは、弟の面子のために秘密にしている。

 成人するまでわたし達は、姉弟で一緒の布団で眠っていた。
 それは、6歳の頃のマックスが寂しいと言い出したのがきっかけで、それからずっと、くっついていたわたし達。

 マックスは、辛いことがあった日には、姉に縋るように抱き付いて眠っていた。
 わたしも、弟から頼られている感じが何だか嬉しかった。

 姉弟離れが必要だと母から止められ、今では朝まで一緒に寝ることはなくなった。

 だけどマックスは、わたしが寝付くまで、時々布団に潜り込んで来ることがある。
 誰にだって、そんな寂しい夜はあるから、あまり気にしていない。
 わたしもあるから。

 そう思いながら自分の部屋へ向かっていると、執事長から呼び止められた。

「アリーチェお嬢様のことを、ご主人様がお呼びです」
「わたしだけ?」

 コクッと頷く執事長を見て、露骨にがっかりしてしまった。それに横には不機嫌な顔のマックス。

 マックスは、よほど嫌なことがあって人恋しく、わたしに頭でも撫でて欲しかったのかもしれない。

 マックスから縋るような顔を向けられているけど、わたしだって、温かい布団で横になりたかったし、気分は、もうすっかり夢の中だったんだから。

 執事長に連行されて、父の書斎へ向かう。
 わたしの気が沈んでいるのは、眠いせいではない。

 父とは、我が家の事業の話を昼間のうちにしたばかり。
 それなのに、わざわざこんな時間に呼び出す話であれば、縁談話だろう。

 ワーグナー公爵家の当主が、国外の王侯貴族と、娘の縁談をまとめたに違いないと確信している。

 父は、わたしの婚姻相手に相応しい人間が、このメレディス王国に、いないと思っている。

 父の目論見は、わたしの結婚によって、できれば我が家と有益な国と関係を作るつもりだ。
 
 ワーグナー公爵家は、このメレディス王国と他国との取引を独占している。
 そのため、わたしの政略結婚の相手として、この国の王侯貴族達に価値がないと思っているのだから。

 わたしは、その父の影響で社交の場にも行ったことがない。
 悲しいことに、友人と呼べる人もいないから、同じ年頃で対等に話せる存在は双子の弟マックスだけ。
 弟のマックスとじゃれ合って育ったわたしも、気が付けば婚約者を決める年になったのを寂しく思う。

 その理由は……。
 実はわたしには、運命を感じた王子様がいる。

 自称、商人の子リックが、白馬に乗って迎えに来てくれると、いつも心の片隅で期待していたからだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。  一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。  そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

処理中です...