73 / 337
25・御前スイーツ
第73話 我がドーナッツをご覧あれ
しおりを挟む
「ナザルさん、何気に荷物を持ってきてますね?」
「うん、寒天の素と砂糖をね……」
屋敷の使用人が現れて、僕とエリィを通してくれる。
そして、呼ばれるまでしばし待て、と玄関で待機。
この玄関が広いんだ。
僕の部屋が三つくらい入る。
「私の実家が一軒入る玄関ですよ」
「べらぼうに広いよね。流石王族」
二人でぼーっと玄関を眺める。
あちこちに、大理石らしきドラゴンやグリフォンを模した調度品があり、絵画なんかも飾られている。
金持ちの家~って感じだ。
僕の前世だと、これくらいの家はテレビで見ることがちょいちょいあった気がする。
だが、この世界だと大変珍しい。
王太子の家はもっと大きいのだろうし、宮殿はさらに大きいのだろう。
やっぱ金持ちは違うな。
そんな事を考えていたらだ。
「殿下がお呼びです。こちらへ」
使用人の人に招かれた。
高価であろう絨毯が敷かれた廊下を歩いていく。
「あ、あ、足元がふかふかする」
エリィが戦慄していた。
僕だって緊張しているぞ。
ひと踏みできる範囲で一体幾らするんだこれは。
大陸最大の王国、アーラン。
その王家ともなると、持っている財力も桁違いなのだなあ……。
通されたのは、突き当たりにある部屋だった。
「殿下、油使いナザル殿をお連れしました」
「通してくれ!」
「はっ!」
扉が開けられ、僕らが中に通される。
その中は、まあ豪華としか言いようがない光景が広がっていた。
廊下の絨毯よりも明らかに高価そうな、色とりどりの刺繍が施された巨大な絨毯。
壁面にはずらりと、モンスターの首が剥製となって並んでいる。
これらは歴代の王子が仕留めたものらしい。
そして、さらに本棚。
印刷技術なんかないこの世界では、本は一冊で小さな家一軒ぶんくらいの価格がする。
それがぎっしりと詰まった本棚が、四つある。
つまり、価値的にはここに住宅街が一つあるようなものだ。
ええい、王族の生活の豪華さを語るのはこれくらいにしておく。
なぜなら、そんなもので腹が膨れないからだ!
それに、第二王子デュオスは爛々と輝く目で僕を見ているではないか!
「ナザル……! 私がお前を呼んだ理由は分かっていよう」
「ええ、存じ上げております」
「面白い料理を作ってくれるのですよね……? 殿下から聞いております……!」
奥方もいる。
娘さんもいる。
一家勢揃いで、僕を待っていたのだ!
「では皆さん、厨房を借りてもよろしいでしょうか」
「好きにするがいい。私は今回……毒見を付けない!!」
デュオス殿下、堂々と宣言する!
「あなた!? そこまで彼を信用して……」
「毒見なんかされたら、冷たい菓子がぬるくなってしまうものね」
娘さんはよく分かってらっしゃる。
僕は厨房へ向かい、そこでコックたちにどの食材があるかを確認した。
寒天を溶かし、用意された果実を使用する。
見た目は青白いホオズキ。
その名はアンドゥーンと言う。
これはハーブの一種で、香り付けに使われるものだ。
味はちょっと苦い。
本当に香りしか取り柄がないのだ。
だが香りは本当に素晴らしい。
清涼感のある花の香りである。
そして、この苦みは井戸水でキンキンに冷やすとかなり和らぐ。
これを寒天に溶け込ませ、砂糖をこれでもか!というくらい使う……!
「おお……なんという砂糖の量!!」
「健康に悪そうだ」
第二王子のシェフたちが戦慄している。
それはそれとして、寒天が珍しいようで、みんな興味津々だ。
「ナザルさん、私も手伝うことありますか?」
「あっ、エリィも来てたのか。じゃあこっちで生地をこねてくれ。パン生地に砂糖をガッツリ混ぜて揚げる」
「ドーナッツ作るんですね! お任せください!」
彼女は腕まくりすると、手を洗った後、もりもりと生地を練る。
これを見て、シェフたちが自分たちも行けるぞ、と参戦してきた。
エリィと並んで、猛然と生地を練る。
僕は寒天をコトコト煮る横で、大鍋に油を入れて大いに熱した。
「ドーナッツを入れてくれ! シェフのお一人、井戸水用意して! 寒天を冷やす! エリィ、菜箸! あ、そういうのがまだ無いんだっけ!? トング!」
ということで、厨房で僕らは大いにバタバタした。
格闘戦は長時間に渡る。
待ちくたびれたか、奥方と娘さんがそーっと覗きに来た。
そして、漂ってくる猛烈に甘い香りに、二人が陶然とした顔になる。
「お前たち、お茶も用意しておきなさい。絶対にこの香りにはお茶が合うわ!」
「お砂糖もたっぷりね!」
分かってらっしゃる。
僕は完成したドーナッツを器に積み上げると、井戸水で冷やしている寒天の容器を丸ごと運ぶことにした。
シェフたちが協力してくれる。
「殿下はずっとつまらなそうな顔して暮らしてらっしゃったんです。それが外遊から帰ってきたら、なんだか目がキラキラしてるじゃありませんか。これが殿下のキラキラの素だっていうなら、俺達も協力しますよ!」
「ありがたい! 後でレシピを教えるので……」
「ではお礼にこちらからも、うちが使っている卵の仕入先に紹介を……」
「本当ですか!? ありがたい!」
正しくウィンウィンの関係。
じりじりとしながら待っていたデュオス殿下は、僕が姿を現すと、パッと表情を輝かせた。
「待っていたぞナザル!! ああ、とてもいい香りだ……!! たとえ毒が混じっていても、私はその香りの中で死することを後悔しないだろう! 美食バンザイ!!」
凄いテンションだ!
奥方と娘さんが、物凄く驚いて殿下を見ている。
普段はこんなはしゃぎ方しないんだろうな。
だが、これもまた、ずっと隠れてた第二王子の本当の顔なんだぞ。
それでは味わっていただこう。
僕特製ドーナッツと、スイーツハーブな寒天のマリアージュを!
まあ、ぶっつけ本番なんですが。
「うん、寒天の素と砂糖をね……」
屋敷の使用人が現れて、僕とエリィを通してくれる。
そして、呼ばれるまでしばし待て、と玄関で待機。
この玄関が広いんだ。
僕の部屋が三つくらい入る。
「私の実家が一軒入る玄関ですよ」
「べらぼうに広いよね。流石王族」
二人でぼーっと玄関を眺める。
あちこちに、大理石らしきドラゴンやグリフォンを模した調度品があり、絵画なんかも飾られている。
金持ちの家~って感じだ。
僕の前世だと、これくらいの家はテレビで見ることがちょいちょいあった気がする。
だが、この世界だと大変珍しい。
王太子の家はもっと大きいのだろうし、宮殿はさらに大きいのだろう。
やっぱ金持ちは違うな。
そんな事を考えていたらだ。
「殿下がお呼びです。こちらへ」
使用人の人に招かれた。
高価であろう絨毯が敷かれた廊下を歩いていく。
「あ、あ、足元がふかふかする」
エリィが戦慄していた。
僕だって緊張しているぞ。
ひと踏みできる範囲で一体幾らするんだこれは。
大陸最大の王国、アーラン。
その王家ともなると、持っている財力も桁違いなのだなあ……。
通されたのは、突き当たりにある部屋だった。
「殿下、油使いナザル殿をお連れしました」
「通してくれ!」
「はっ!」
扉が開けられ、僕らが中に通される。
その中は、まあ豪華としか言いようがない光景が広がっていた。
廊下の絨毯よりも明らかに高価そうな、色とりどりの刺繍が施された巨大な絨毯。
壁面にはずらりと、モンスターの首が剥製となって並んでいる。
これらは歴代の王子が仕留めたものらしい。
そして、さらに本棚。
印刷技術なんかないこの世界では、本は一冊で小さな家一軒ぶんくらいの価格がする。
それがぎっしりと詰まった本棚が、四つある。
つまり、価値的にはここに住宅街が一つあるようなものだ。
ええい、王族の生活の豪華さを語るのはこれくらいにしておく。
なぜなら、そんなもので腹が膨れないからだ!
それに、第二王子デュオスは爛々と輝く目で僕を見ているではないか!
「ナザル……! 私がお前を呼んだ理由は分かっていよう」
「ええ、存じ上げております」
「面白い料理を作ってくれるのですよね……? 殿下から聞いております……!」
奥方もいる。
娘さんもいる。
一家勢揃いで、僕を待っていたのだ!
「では皆さん、厨房を借りてもよろしいでしょうか」
「好きにするがいい。私は今回……毒見を付けない!!」
デュオス殿下、堂々と宣言する!
「あなた!? そこまで彼を信用して……」
「毒見なんかされたら、冷たい菓子がぬるくなってしまうものね」
娘さんはよく分かってらっしゃる。
僕は厨房へ向かい、そこでコックたちにどの食材があるかを確認した。
寒天を溶かし、用意された果実を使用する。
見た目は青白いホオズキ。
その名はアンドゥーンと言う。
これはハーブの一種で、香り付けに使われるものだ。
味はちょっと苦い。
本当に香りしか取り柄がないのだ。
だが香りは本当に素晴らしい。
清涼感のある花の香りである。
そして、この苦みは井戸水でキンキンに冷やすとかなり和らぐ。
これを寒天に溶け込ませ、砂糖をこれでもか!というくらい使う……!
「おお……なんという砂糖の量!!」
「健康に悪そうだ」
第二王子のシェフたちが戦慄している。
それはそれとして、寒天が珍しいようで、みんな興味津々だ。
「ナザルさん、私も手伝うことありますか?」
「あっ、エリィも来てたのか。じゃあこっちで生地をこねてくれ。パン生地に砂糖をガッツリ混ぜて揚げる」
「ドーナッツ作るんですね! お任せください!」
彼女は腕まくりすると、手を洗った後、もりもりと生地を練る。
これを見て、シェフたちが自分たちも行けるぞ、と参戦してきた。
エリィと並んで、猛然と生地を練る。
僕は寒天をコトコト煮る横で、大鍋に油を入れて大いに熱した。
「ドーナッツを入れてくれ! シェフのお一人、井戸水用意して! 寒天を冷やす! エリィ、菜箸! あ、そういうのがまだ無いんだっけ!? トング!」
ということで、厨房で僕らは大いにバタバタした。
格闘戦は長時間に渡る。
待ちくたびれたか、奥方と娘さんがそーっと覗きに来た。
そして、漂ってくる猛烈に甘い香りに、二人が陶然とした顔になる。
「お前たち、お茶も用意しておきなさい。絶対にこの香りにはお茶が合うわ!」
「お砂糖もたっぷりね!」
分かってらっしゃる。
僕は完成したドーナッツを器に積み上げると、井戸水で冷やしている寒天の容器を丸ごと運ぶことにした。
シェフたちが協力してくれる。
「殿下はずっとつまらなそうな顔して暮らしてらっしゃったんです。それが外遊から帰ってきたら、なんだか目がキラキラしてるじゃありませんか。これが殿下のキラキラの素だっていうなら、俺達も協力しますよ!」
「ありがたい! 後でレシピを教えるので……」
「ではお礼にこちらからも、うちが使っている卵の仕入先に紹介を……」
「本当ですか!? ありがたい!」
正しくウィンウィンの関係。
じりじりとしながら待っていたデュオス殿下は、僕が姿を現すと、パッと表情を輝かせた。
「待っていたぞナザル!! ああ、とてもいい香りだ……!! たとえ毒が混じっていても、私はその香りの中で死することを後悔しないだろう! 美食バンザイ!!」
凄いテンションだ!
奥方と娘さんが、物凄く驚いて殿下を見ている。
普段はこんなはしゃぎ方しないんだろうな。
だが、これもまた、ずっと隠れてた第二王子の本当の顔なんだぞ。
それでは味わっていただこう。
僕特製ドーナッツと、スイーツハーブな寒天のマリアージュを!
まあ、ぶっつけ本番なんですが。
43
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説
異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。
みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます
みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。
女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。
勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

異世界ダンジョンの地下第7階層には行列のできるラーメン屋がある
セントクリストファー・マリア
ファンタジー
日本の東京に店を構える老舗のラーメン屋「聖龍軒」と、ファルスカ王国の巨大ダンジョン「ダルゴニア」の地下第7階層は、一枚の扉で繋がっていた。


ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

どうも、賢者の後継者です~チートな魔導書×5で自由気ままな異世界生活~
ヒツキノドカ
ファンタジー
「異世界に転生してくれぇえええええええええ!」
事故で命を落としたアラサー社畜の俺は、真っ白な空間で謎の老人に土下座されていた。何でも老人は異世界の賢者で、自分の後継者になれそうな人間を死後千年も待ち続けていたらしい。
賢者の使命を代理で果たせばその後の人生は自由にしていいと言われ、人生に未練があった俺は、賢者の望み通り転生することに。
読めば賢者の力をそのまま使える魔導書を五冊もらい、俺は異世界へと降り立った。そしてすぐに気付く。この魔導書、一冊だけでも読めば人外クラスの強さを得られてしまう代物だったのだ。
賢者の友人だというもふもふフェニックスを案内役に、五冊のチート魔導書を携えて俺は異世界生活を始める。
ーーーーーー
ーーー
※基本的に毎日正午ごろに一話更新の予定ですが、気まぐれで更新量が増えることがあります。その際はタイトルでお知らせします……忘れてなければ。
※2023.9.30追記:HOTランキングに掲載されました! 読んでくださった皆様、ありがとうございます!
※2023.10.8追記:皆様のおかげでHOTランキング一位になりました! ご愛読感謝!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる