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19・安楽椅子冒険者、久しぶりに動く
第54話 魔導書のお見送り
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驚くほど、魔導書たちは静かだった。
やはり魔導書には自由意志などないのだ。
僕はそう思った。
思ったのだが……。
リップルが近づくと、ピクッと反応する魔導書がいる。
あっ、こいつら……!!
「お前ら、ヤバいやつが近づいてくるのを察して息を潜めていたのか……」
なんといういじらしい連中だろうか。
きっと、一冊一冊は、さっきの呪詛の魔導書のように高い能力を持っているのだろう。
だが相手が悪い。
僕は前々から疑念を抱いていたのだが、この間世話をしたビータという少年。
彼はチャームのギフト持ちだった。多分。
誰もがメロメロになった彼のチャームを受けて、一切通じていなかったのは僕ともう一人、リップルだけだ。
この安楽椅子冒険者、ギフト持ちなんじゃないか……?
恐らく魔導書も、興味があるというだけで本来は読む必要もないんじゃないだろうか。
だとしたら……。
このハーフエルフ、その凄まじい才能を無駄にギルドの奥深くで寝かせながら何もしないで日々を送ってきたのか!
なんという能力の無駄遣い……いや、無駄な貯蔵であろうか!
シルバー級の魔法使いを殺した呪詛の魔導書を、まるっきり子供扱い……いや赤ちゃん扱いだった。
プラチナ級はすげえなあと思っていたが、そもそもプラチナ級は彼女の能力に見合っているから与えられた等級ではない。
ドラゴンを退治してくれてありがとうという、お礼の等級である。
片手で呪印を結んで、魔導書の使う魔法を捌く。
そういうの、できるものなのか?
キャロティには無理だよな。種族の限界もあるし。
うーむ……。
「おやおやどうしたんだいナザル。私に熱い視線を送ってきて。はっ、ま、まさかいつもよりも活動的な私に思わずムラムラと……!? ひい、ケダモノぉ」
「なんて人聞きの悪い!」
「ははははは。まあ小さい頃から知っている君がそんなケダモノではないことを私はよく知っているけどね! でも、男には強引さも必要だぞー?」
僕としては、リップルに若い頃の弱みを握られているので、こういう話になると分が悪い。
ええい、今に見ていろ。
ともかく、掃除だ。
リップルが魔導書をこれ以上痛めつけないうちに、僕は掃除を終える必要がある。
ハタキで埃を落としきり、これを箒で集めてちりとりに。
魔導書たちが協力的で大人しくしてくれているから、このチャンスを逃してはいけない。
掃除は実にスムーズに進んでいった。
ついに全ての部屋を清掃しきった時には、昼を少し回ったところだった。
昨日よりも清掃の量が多かったのだが、思った以上に作業の進みが早かったな。
これは、魔導書を警戒しながら作業しなくて良くなったことが大きい。
ご協力感謝します!
「いやあ……終わってしまえばあっという間だったねえ。私は久々に動いたから、また明日は筋肉痛だ……」
「リップル、もっと体を鍛えたほうがいい。体を動かさないのは本当に体に悪いから。年を考えるんだ」
「な、なんてことを言うんだ! 私はハーフエルフとしてはまだ人生の半ばほどまでしか生きていないぞ」
「そうだったのか……。僕が初めて会った時に、僕の両親よりもずっと年上だと言っていたけど……。正確には何歳?」
「なっ!? ナザル、君はレディに年齢を聞くなんて、こんな年になるまで何を学んで来たと言うんだ……。うう、私は悲しいよ」
「ハーフエルフが二百年くらい生きるから、百歳?」
「うっ、ううっ、百十二歳だ……」
な、なるほど……。
もう僕の感覚を越えていて、長生きなのかどうなのかも分からない。
ちなみに人間の平均寿命が五十年。
長生きする個体は七十年は生きる。
ドワーフがその二倍。
そう考えると、かなりの長生き……。
「ほらあ! 私をそんな目で見る! 忘れろ! 私の年齢のことは忘れるんだ!」
「いたいいたい! 頭をぺちぺち叩かないでくれ!」
「あのー、お二人でいちゃついているところで口を挟むのは心苦しいんですが」
おっと、魔導書庫の扉の前でわちゃわちゃしていたら、管理人がやってきていた。
「清掃が終わったようで。ありがとうございます。これでまた十年は魔導書もおとなしいことでしょうな……」
「十年毎だったんだ……」
「なるほど、それはノウハウが積み上がっていないはずだねえ……」
今回はたまたま担当者が不用意で死亡し、僕らに仕事が回ってきたというわけだ。
十年後の担当者は、無事に仕事を終えてくれるように祈っている……。
さて、仕事が終われば、この仕事の高額な報酬が楽しみになってくる。
これだけ危険がある仕事なら、報酬が高いのも理解できる。
いや、むしろ僕はリップルから魔導書を守る立場だったような気がするが……。
魔導書庫から立ち去る時、ふと振り返ると……。
硬く閉ざされているはずの鎧戸が僅かに開き、そこから無数の魔導書がぎっしりと並んでこちらを見ていた。
あ、これはお見送りだな……?
危険極まりない魔法使いが立ち去り、十年の平穏を得たことで魔導書はホッとしているのだ。
だが、そんな魔導書も十年かけてホコリが積もりに積もると居心地が悪くなり、暴れ出す。
そして不承不承ながら掃除担当者を迎え入れるわけだ。
「ナザル、何を見ているんだい? 帰ってマスターのケーキの一番豪勢なやつを食べようじゃないか! いやあ、これでまた一ヶ月は仕事をしなくていいぞ!」
「ああリップル! 振り返らなくていい! 君は振り返らなくていいぞ。そうだな。ケーキで腹をふくらませるのは不健康だが、今日くらいはいいだろうなあ……。行こう行こう」
僕らの背後で、鎧戸がパタンと音を立てて一斉に閉じる音がした。
さらば魔導書たちよ。
また十年後。
やはり魔導書には自由意志などないのだ。
僕はそう思った。
思ったのだが……。
リップルが近づくと、ピクッと反応する魔導書がいる。
あっ、こいつら……!!
「お前ら、ヤバいやつが近づいてくるのを察して息を潜めていたのか……」
なんといういじらしい連中だろうか。
きっと、一冊一冊は、さっきの呪詛の魔導書のように高い能力を持っているのだろう。
だが相手が悪い。
僕は前々から疑念を抱いていたのだが、この間世話をしたビータという少年。
彼はチャームのギフト持ちだった。多分。
誰もがメロメロになった彼のチャームを受けて、一切通じていなかったのは僕ともう一人、リップルだけだ。
この安楽椅子冒険者、ギフト持ちなんじゃないか……?
恐らく魔導書も、興味があるというだけで本来は読む必要もないんじゃないだろうか。
だとしたら……。
このハーフエルフ、その凄まじい才能を無駄にギルドの奥深くで寝かせながら何もしないで日々を送ってきたのか!
なんという能力の無駄遣い……いや、無駄な貯蔵であろうか!
シルバー級の魔法使いを殺した呪詛の魔導書を、まるっきり子供扱い……いや赤ちゃん扱いだった。
プラチナ級はすげえなあと思っていたが、そもそもプラチナ級は彼女の能力に見合っているから与えられた等級ではない。
ドラゴンを退治してくれてありがとうという、お礼の等級である。
片手で呪印を結んで、魔導書の使う魔法を捌く。
そういうの、できるものなのか?
キャロティには無理だよな。種族の限界もあるし。
うーむ……。
「おやおやどうしたんだいナザル。私に熱い視線を送ってきて。はっ、ま、まさかいつもよりも活動的な私に思わずムラムラと……!? ひい、ケダモノぉ」
「なんて人聞きの悪い!」
「ははははは。まあ小さい頃から知っている君がそんなケダモノではないことを私はよく知っているけどね! でも、男には強引さも必要だぞー?」
僕としては、リップルに若い頃の弱みを握られているので、こういう話になると分が悪い。
ええい、今に見ていろ。
ともかく、掃除だ。
リップルが魔導書をこれ以上痛めつけないうちに、僕は掃除を終える必要がある。
ハタキで埃を落としきり、これを箒で集めてちりとりに。
魔導書たちが協力的で大人しくしてくれているから、このチャンスを逃してはいけない。
掃除は実にスムーズに進んでいった。
ついに全ての部屋を清掃しきった時には、昼を少し回ったところだった。
昨日よりも清掃の量が多かったのだが、思った以上に作業の進みが早かったな。
これは、魔導書を警戒しながら作業しなくて良くなったことが大きい。
ご協力感謝します!
「いやあ……終わってしまえばあっという間だったねえ。私は久々に動いたから、また明日は筋肉痛だ……」
「リップル、もっと体を鍛えたほうがいい。体を動かさないのは本当に体に悪いから。年を考えるんだ」
「な、なんてことを言うんだ! 私はハーフエルフとしてはまだ人生の半ばほどまでしか生きていないぞ」
「そうだったのか……。僕が初めて会った時に、僕の両親よりもずっと年上だと言っていたけど……。正確には何歳?」
「なっ!? ナザル、君はレディに年齢を聞くなんて、こんな年になるまで何を学んで来たと言うんだ……。うう、私は悲しいよ」
「ハーフエルフが二百年くらい生きるから、百歳?」
「うっ、ううっ、百十二歳だ……」
な、なるほど……。
もう僕の感覚を越えていて、長生きなのかどうなのかも分からない。
ちなみに人間の平均寿命が五十年。
長生きする個体は七十年は生きる。
ドワーフがその二倍。
そう考えると、かなりの長生き……。
「ほらあ! 私をそんな目で見る! 忘れろ! 私の年齢のことは忘れるんだ!」
「いたいいたい! 頭をぺちぺち叩かないでくれ!」
「あのー、お二人でいちゃついているところで口を挟むのは心苦しいんですが」
おっと、魔導書庫の扉の前でわちゃわちゃしていたら、管理人がやってきていた。
「清掃が終わったようで。ありがとうございます。これでまた十年は魔導書もおとなしいことでしょうな……」
「十年毎だったんだ……」
「なるほど、それはノウハウが積み上がっていないはずだねえ……」
今回はたまたま担当者が不用意で死亡し、僕らに仕事が回ってきたというわけだ。
十年後の担当者は、無事に仕事を終えてくれるように祈っている……。
さて、仕事が終われば、この仕事の高額な報酬が楽しみになってくる。
これだけ危険がある仕事なら、報酬が高いのも理解できる。
いや、むしろ僕はリップルから魔導書を守る立場だったような気がするが……。
魔導書庫から立ち去る時、ふと振り返ると……。
硬く閉ざされているはずの鎧戸が僅かに開き、そこから無数の魔導書がぎっしりと並んでこちらを見ていた。
あ、これはお見送りだな……?
危険極まりない魔法使いが立ち去り、十年の平穏を得たことで魔導書はホッとしているのだ。
だが、そんな魔導書も十年かけてホコリが積もりに積もると居心地が悪くなり、暴れ出す。
そして不承不承ながら掃除担当者を迎え入れるわけだ。
「ナザル、何を見ているんだい? 帰ってマスターのケーキの一番豪勢なやつを食べようじゃないか! いやあ、これでまた一ヶ月は仕事をしなくていいぞ!」
「ああリップル! 振り返らなくていい! 君は振り返らなくていいぞ。そうだな。ケーキで腹をふくらませるのは不健康だが、今日くらいはいいだろうなあ……。行こう行こう」
僕らの背後で、鎧戸がパタンと音を立てて一斉に閉じる音がした。
さらば魔導書たちよ。
また十年後。
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