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16・来たぞ、地下の討伐依頼だ

第43話 クァール撃退戦

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 ぶっといムチみたいなのが飛んできた。
 クァールの触手だ。

 僕は全力で後退しつつ、触手目掛けて油を飛ばした。
 びちゃびちゃと掛かる。

『フシャアアアア!!』

 クァールは油を嫌がって、僕からちょっと離れた。
 明かりの中に、巨大な黒豹めいた姿があらわになる。
 なお、この世界には豹は存在しないので、これはクァールオリジナルの姿ということになる。

「よっしゃ、前衛は俺な。だが、クァール相手だろ? ちゃんと手助けしろよ? 放置するなよ? 俺が死ぬから」

「おうおう、任せてくれバンキン」

「本当かあ……? うおっ、触手が!」

 バンキンが盾をかざして、縁の部分で触手の一撃を受けた。
 彼の巨体がちょっと浮く。
 つまり、クァールは凄まじい馬鹿力で、あの触手に殴られたら一撃で死にかねないということだ。

「やべえな、盾が歪んだ。せっかく貼ってきた板が吹っ飛んじまった」

「まあクァールだからねえ」

 黒豹に似たモンスターは、その凶悪な顔に笑みみたいなのを浮かべているように見えた。
 バンキンの戦力から、勝利を確信したんだろう。
 ゆっくりと近づいてくる。

 足音がしない。
 猫科だからね。

「うっし!! あたしの攻撃を喰らえ!! ダーッシュ! からのー! ガンド八連!」

 キャロティが壁を駆け上がりながら、クァール目掛けて指さした。
 呪いの弾丸がずばばばばばばばばっと放たれる。
 だが、クァールはまるでこれが全て見えていたかのように、素早く後ろへジャンプして回避した。

 そのついでに、キャロティがいたところ目掛けて触手が飛んでくる。

「あひー!」

 キャロティが触手寸前でギリギリ回避して、しかし風圧にふっ飛ばされた。
 くるくる回りながら落ちてくる。
 僕はそこまで油で滑っていって、彼女をキャッチした。

「あ、あいつ、多分心を読んでる! あたしが動こうとしたところに触手が来たもん! それに、あの大きさでガンドを避けるって何よ!」

「ははあ、それはたちが悪い!」

 人間を一撃で戦闘不能にする怪力、伸びる触手、そして巨体だからタフだろう。
 さらに俊敏性に読心能力。
 さらにマインドブラストまであるんだろう?
 ハハハ、普通ならこんなのには勝てまい。

 クァールは完全に勝利を確信したようだ。
 音もなく前進してきて、肩から生えた太い触手を振り回した。

「うおおーっ! ナザル!」

「了解だ! 油よ!!」

 この一撃で盾を吹き飛ばし、さらに一撃でバンキンを殺す!
 そう思って攻撃を仕掛けたんだろう。
 だが、僕はバンキンのかざしたシールドに油を張っていた。

 直撃したはずの触手が……ツルッと滑った。
 どれほど強力な攻撃であろうが、摩擦ゼロの場所に打撃を加えることはできない。
 触手は自分のパワーと勢いで自らをふっ飛ばし、したたかに天井を叩いた。

 僕らのいるフロアが揺らぐ。
 さらに、もう一本の触手は、バンキンが的確に盾の表面で滑らせた。
 僕の油を纏っているんだ。
 あらゆる打撃は滑る……!!

『キシャアアアアア!?』

 連続で触手をすかされ、クァールの巨体がバランスを崩した。
 四足ですらバランスを保てないほど、油まみれの盾による連続すかしが効いたらしい。

 僕は既に、バンキンの横から進み出ている。

「油を!」

 僕はクァールの足元全体に油を撒いた。

『シャッ!!』

 僕の心を読んでか、クァールは慌てて後退した。
 賢い。
 だが、僕の能力の範囲は計算外だったんだろう。
 僕はクァールが後退するだろうなという場所全体を、油まみれにしたのだ。

 読心がどうとかいうレベルではない。
 物理的に油ゾーンから抜けられなくしたので、特にその心を読む行為に意味が無いのだ!

「今だぞキャロティ!!」

「ほいほーい!! おりゃりゃー!!」

 キャロティは足に僕の油を纏い、本人もわけが分からなくなっている速度でクァールの側面に突っ込んでいく。
 自ら敵の懐に飛び込んで魔法を使う魔法使いがどれほどいる?
 キャロティがラビットフットという種族の特性を活かしながら編み出したスタイルがこれだ。

「ガンド! 三十二連~!!」

 突っ走りながら、クァールの側面にめったやたらにガンドを叩き込んでいく。
 多くは、クァールが持つ魔法の防御によって弾かれている。
 だが、たまーに防御が弱いところに突き刺さるのだ。

『キシャッ! シャアアアアアッ!!』

 吠えるクァール。
 だが、油でつるっつるに滑って態勢を立て直すことができない。
 絶対に安定できる三半規管とか持ってそうだが、そんなもんがあっても摩擦ゼロの場所にいるんだから立っていられるわけがない。
 転がった巨大な黒豹は、触手を振るってはその勢いで自分がくるくる回り、立ち上がろうとしてはツルッと滑って頭を打ち、散々な有り様だ。

 ここにバンキンと僕は踏み込んでいった。
 僕らの足の下だけ、油がない。

「いやあ、魔力が尽きそうだ! さっさとケリをつけたいなあ」

「全くだ。ナザルが魔力切れになったら終わりだからな……っと!」

 バンキンはさっきまでリビングメイルが振るっていた剣を手にして、クァール目掛けて突き出した。
 これが、自由の効かないモンスターの口の中にねじ込まれる。

『ガッガガガガガガガガガ!!』

 口が閉じなくなったな。
 ゴボゴボと血を吐きながら、クァールが物凄い目つきで僕を睨んだ。

 僕はその瞬間、クァール周辺以外の油を回収した。
 そして直後に、周囲に油の霧を張る。

 そこへ、見えない衝撃が飛んできた。
 油が跳ねる。
 不可視のはずのそれが、油にまみれて視認できる。
 なので、僕は地面に身を投げだして避けた。

 頭上を衝撃が飛んでいく。
 消えた。

「あれがマインドブラストだね」

「見えるのか!?」

「僕の油はギフトだから、精神攻撃だろうとこれに当たるとぬるっと滑るんじゃないかな……?」

「とんでもねえなあ……」

 呆れながら、バンキンは手斧でクァールの脳天を割る。

「到着!! 飲み込め! ガンド二十四連!!」

 同時に、戻ってきたキャロティがありったけのガンドをクァールの口の中に叩き込んだ。
 触手が激しくのたうちまわり、クァールは動かなくなった。

「死んだ振りかも知れないな。首落としておこうぜ」

「そうしよう。クァールだもんなあ」

「ほんと、とんでもない化け物よねこいつ! 死ぬかと思ったわ!」

 僕らは賑やかに騒ぎつつ、クァールの頭を落とした。
 これにて任務は完了。
 凱旋だ。

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