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8・冒険者ギルド大掃除
第20話 春の風物詩
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冒険者ギルド春の風物詩は二つある。
一つは、新人面接。
もう一つは、ギルド構成員総出での大掃除だ。
これはギルドへの帰属意識を確認したり高めたりする意味があるのと、この場に全員が集まることで、ギルド構成員がお互いの顔を知っておくという意味がある。
僕はなにげに、この掃除が大好きだ。
なぜなら、僕の油が大活躍するからである。
油で汚れを浮かせて落とす!!
油使いの独壇場と言っても過言ではあるまい。
「へえ! ナザル、お前暗黒神の信者と戦ったのか。春だなあ……。またあいつらが出てくる季節になったのかあ」
シルバー級重戦士のバンキンも、今日は普段着だ。
タンクトッパーのような服から、鍛え上げられたムキムキの腕が覗いている。
彼は僕と一緒にギルドの床掃除や、古くなった床板の張替えを担当していた。
暗黒神教団。
それは教団と言うが、統率されているわけではない。
暗黒神を信じるに至る経緯はこうだ。
暗黒神のフリーダスという神が、フィーリングで人を選んで神託を下して回る。
フリーダスが選ぶ人間は大体自我が弱かったりするので、彼らは神の声が聞こえた自分は特別なのだと思い、フリーダスを信仰するようになる。
そして彼らの中で、よりフリーダスと同調できる者が上位の神官になる。
こういうシステムになっている……らしい。
なんともまあ、マメな神様がいたものだ。
フリーダスの教えは、『全ての束縛を断ち切り、汝自由となれ』だ。
つまり、やりたいようにやれ。ルールなんかぶっちぎれ、である。
そんなもの、人間社会と軋轢を起こすに決まっている。
というわけで、フリーダスは人を悪に落とす暗黒神として忌み嫌われている。
フリーダス自体には善悪は無いんだけどね。
それ以外には、逆恨みと復讐の女神ヘイティア、不死と蘇りの神エタニス、独善と束縛の神ジャスタルがおり、この四柱を暗黒神と呼ぶ。
ちなみに四柱の神々の仲は最悪で、フリーダス信者、ヘイティア信者、ジャスタル信者が遭遇すると殺し合いに発展することが多い。
エタニスはマイペースらしいが……。
人間に無用な不死への執着を与える神であり、あらゆるアンデッドはこのエタニスから始まっているので、やはりろくでもない神だ。
例えば長寿は喜ばしいが、多くの者が長寿になれば彼らは人的にも食料的にも資源を消費する。
エタニスの好きにさせると、色々崩壊するわけだ。
「どうしたナザル、物思いにふけって」
「いやあ、頭の中で暗黒四大神のことを整理してた」
「ああ、あれなあ。俺も地元でガキの頃、先生をしてくれてた神官様に習ったぜ。最悪だよな全く。しかもみんなそれっぽい事言って勧誘してくるんだろ? ひどいもんだぜ。ちなみにナザルが会ったのはフリーダス信者だろ?」
「ああ、間違いないね。ヘイティア信者なら殺し合いになってるし、エタニスはアンデッドを引き連れてるだろ? ジャスタルはこそこそしない」
「春先になると、厳しい冬からの解放感でフリーダスの声が聞こえちまうやつが増えてくるんだよなあ。新人どもにも言っておかねえとなあ……」
そんな話をしながら、僕は床に油を染み込ませ、汚れを浮かせる。
これをバンキンがボロ布で吸い取るのだ。
汚れはずいぶん落ちる。
板の間の張替えは他の冒険者の仕事だ。
僕らは隅々まで、床を掃除していく。
酒場コーナーでマグカップをピカピカに磨いているマスターと目が合った。
彼はにっこり微笑みながら会釈してくる。
僕も会釈を返す。
最近は、彼にドーナッツの作り方を伝授し、オリジナルの美味しいドーナッツが出来上がってくるのが楽しみな毎日なのだ。
今のところ、マスターは完璧なオールドファッションドーナッツを仕上げてきた。
お菓子に対する彼の情熱は本物だ。
そろそろ、砂糖を溶かしたクリームでコーティングしたドーナッツ辺りを編み出してくるんじゃないだろうか。
マスターと言えば。
安楽椅子冒険者がいないな。
どうやら外の掃除担当に回されたらしい。
今頃ぶうぶう言いながら側溝の掃除なんかしているのだろう。
「ナザルさん、ナザルさん」
いつものお下げの受付嬢がやって来た。
「先日は暗黒神信者の報告ありがとうございます。また暗黒神の季節が来たということで、本部まで通達が回りました」
「あ、それは良かった。みんな注意喚起しないとね。そうしても、毎年何人か勧誘されて堕ちるんだけど」
「ええ。ほんとに困ったものです」
むー、と唸る受付嬢。
そこへ、油を吸わせた布を片付けたバンキンが戻ってくる。
「おっ! お嬢、ナザルと何の話だ? 万年カッパー級のこいつと仲良くしても、美味い飯は奢ってもらえないぜ。どうだい、俺と飯でも食いに……」
「遠慮しておきます、バンキンさん!」
「ガーン! また振られてしまった」
「バンキン、毎回僕をダシに使うのかなり向こうからすると感じ悪いぞ」
「そうかなあ……。そうかも……。なんでカッパー級のお前はいつも周りにちょこちょこ女子がいるんだ……?」
「リップルと受付嬢とドロテアさんくらいだが」
「ドロテアさん……そうだ!」
お下げの受付嬢が、ポンと手を叩いた。
「ナザルさん、最近ドロテアさんと一緒に御飯を食べに行ったりしてるでしょう! それ、ギルマスの耳に入ったんですよ!」
「なにぃっ!!」
僕は飛び上がるほど驚いた。
我が最大の理解者たるドロテアさんと仲良くなるべく、ちょこちょこお誘いしていたのだが……。
目撃されていたとは。
「そりゃあ見つかるだろ。アーランは広いが、どこにだって冒険者はいるぞ。それにドロテアの奥さんはすげえ美女だからな……」
そこで、ギルマスの部屋の扉が大きな音を立てて開いた。
「ナザル!! ちょっと話を聞かせろ! うちのと随分仲良くしてたみたいじゃねえか!!」
「うおわーっ!! ぼ、僕はこれから外の清掃に向かうよ! 安楽椅子冒険者に任せてはおけないからね! それじゃあ!」
僕は猛スピードでギルドを飛び出すのだった。
一つは、新人面接。
もう一つは、ギルド構成員総出での大掃除だ。
これはギルドへの帰属意識を確認したり高めたりする意味があるのと、この場に全員が集まることで、ギルド構成員がお互いの顔を知っておくという意味がある。
僕はなにげに、この掃除が大好きだ。
なぜなら、僕の油が大活躍するからである。
油で汚れを浮かせて落とす!!
油使いの独壇場と言っても過言ではあるまい。
「へえ! ナザル、お前暗黒神の信者と戦ったのか。春だなあ……。またあいつらが出てくる季節になったのかあ」
シルバー級重戦士のバンキンも、今日は普段着だ。
タンクトッパーのような服から、鍛え上げられたムキムキの腕が覗いている。
彼は僕と一緒にギルドの床掃除や、古くなった床板の張替えを担当していた。
暗黒神教団。
それは教団と言うが、統率されているわけではない。
暗黒神を信じるに至る経緯はこうだ。
暗黒神のフリーダスという神が、フィーリングで人を選んで神託を下して回る。
フリーダスが選ぶ人間は大体自我が弱かったりするので、彼らは神の声が聞こえた自分は特別なのだと思い、フリーダスを信仰するようになる。
そして彼らの中で、よりフリーダスと同調できる者が上位の神官になる。
こういうシステムになっている……らしい。
なんともまあ、マメな神様がいたものだ。
フリーダスの教えは、『全ての束縛を断ち切り、汝自由となれ』だ。
つまり、やりたいようにやれ。ルールなんかぶっちぎれ、である。
そんなもの、人間社会と軋轢を起こすに決まっている。
というわけで、フリーダスは人を悪に落とす暗黒神として忌み嫌われている。
フリーダス自体には善悪は無いんだけどね。
それ以外には、逆恨みと復讐の女神ヘイティア、不死と蘇りの神エタニス、独善と束縛の神ジャスタルがおり、この四柱を暗黒神と呼ぶ。
ちなみに四柱の神々の仲は最悪で、フリーダス信者、ヘイティア信者、ジャスタル信者が遭遇すると殺し合いに発展することが多い。
エタニスはマイペースらしいが……。
人間に無用な不死への執着を与える神であり、あらゆるアンデッドはこのエタニスから始まっているので、やはりろくでもない神だ。
例えば長寿は喜ばしいが、多くの者が長寿になれば彼らは人的にも食料的にも資源を消費する。
エタニスの好きにさせると、色々崩壊するわけだ。
「どうしたナザル、物思いにふけって」
「いやあ、頭の中で暗黒四大神のことを整理してた」
「ああ、あれなあ。俺も地元でガキの頃、先生をしてくれてた神官様に習ったぜ。最悪だよな全く。しかもみんなそれっぽい事言って勧誘してくるんだろ? ひどいもんだぜ。ちなみにナザルが会ったのはフリーダス信者だろ?」
「ああ、間違いないね。ヘイティア信者なら殺し合いになってるし、エタニスはアンデッドを引き連れてるだろ? ジャスタルはこそこそしない」
「春先になると、厳しい冬からの解放感でフリーダスの声が聞こえちまうやつが増えてくるんだよなあ。新人どもにも言っておかねえとなあ……」
そんな話をしながら、僕は床に油を染み込ませ、汚れを浮かせる。
これをバンキンがボロ布で吸い取るのだ。
汚れはずいぶん落ちる。
板の間の張替えは他の冒険者の仕事だ。
僕らは隅々まで、床を掃除していく。
酒場コーナーでマグカップをピカピカに磨いているマスターと目が合った。
彼はにっこり微笑みながら会釈してくる。
僕も会釈を返す。
最近は、彼にドーナッツの作り方を伝授し、オリジナルの美味しいドーナッツが出来上がってくるのが楽しみな毎日なのだ。
今のところ、マスターは完璧なオールドファッションドーナッツを仕上げてきた。
お菓子に対する彼の情熱は本物だ。
そろそろ、砂糖を溶かしたクリームでコーティングしたドーナッツ辺りを編み出してくるんじゃないだろうか。
マスターと言えば。
安楽椅子冒険者がいないな。
どうやら外の掃除担当に回されたらしい。
今頃ぶうぶう言いながら側溝の掃除なんかしているのだろう。
「ナザルさん、ナザルさん」
いつものお下げの受付嬢がやって来た。
「先日は暗黒神信者の報告ありがとうございます。また暗黒神の季節が来たということで、本部まで通達が回りました」
「あ、それは良かった。みんな注意喚起しないとね。そうしても、毎年何人か勧誘されて堕ちるんだけど」
「ええ。ほんとに困ったものです」
むー、と唸る受付嬢。
そこへ、油を吸わせた布を片付けたバンキンが戻ってくる。
「おっ! お嬢、ナザルと何の話だ? 万年カッパー級のこいつと仲良くしても、美味い飯は奢ってもらえないぜ。どうだい、俺と飯でも食いに……」
「遠慮しておきます、バンキンさん!」
「ガーン! また振られてしまった」
「バンキン、毎回僕をダシに使うのかなり向こうからすると感じ悪いぞ」
「そうかなあ……。そうかも……。なんでカッパー級のお前はいつも周りにちょこちょこ女子がいるんだ……?」
「リップルと受付嬢とドロテアさんくらいだが」
「ドロテアさん……そうだ!」
お下げの受付嬢が、ポンと手を叩いた。
「ナザルさん、最近ドロテアさんと一緒に御飯を食べに行ったりしてるでしょう! それ、ギルマスの耳に入ったんですよ!」
「なにぃっ!!」
僕は飛び上がるほど驚いた。
我が最大の理解者たるドロテアさんと仲良くなるべく、ちょこちょこお誘いしていたのだが……。
目撃されていたとは。
「そりゃあ見つかるだろ。アーランは広いが、どこにだって冒険者はいるぞ。それにドロテアの奥さんはすげえ美女だからな……」
そこで、ギルマスの部屋の扉が大きな音を立てて開いた。
「ナザル!! ちょっと話を聞かせろ! うちのと随分仲良くしてたみたいじゃねえか!!」
「うおわーっ!! ぼ、僕はこれから外の清掃に向かうよ! 安楽椅子冒険者に任せてはおけないからね! それじゃあ!」
僕は猛スピードでギルドを飛び出すのだった。
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