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年末私の大感謝祭編

第359話 とある来場者の独白・後編伝説

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 お料理コーナーみたいなのが始まって、ついにきら星はづきが出てきた。
 会場がワーッと盛り上がる。

 なんであいつ、こんなに人気なのよ。
 壁面にある幾つもの大画面にきら星はづきの顔が映し出される。

 あんなの、アバターで作った偽物の顔でしょ。
 みんなあんなののどこがいいんだ。

「はづきっちさ、本物も超可愛いらしいよ!」

「マジで? どこ情報?」

「友達が甲府でさ、はづきっちが変身するところを見たって」

「へえー!! じゃあ、可愛くて、歌も凄くて強くって、それで面白くて。最強じゃん」

 近くで話をする女の子たちがいる。
 私より幾つか年下。

 何が最強だ。
 そんな完全無欠みたいなのがいていいわけがない。
 それで、私みたいなのが攻撃をしても傷一つ付けられなくて、そんな理不尽があってたまるか。

 私はよく分からないムカムカを感じていた。
 だが、そこでふと気づく。

 会場、女の子が多くない……?
 もちろん男の人も多い。
 だけど、きら星はづきウチワとか、きら星はづきペンライトとかを持っているのは、女子が多い。

 あいつ、男に媚びてるキャラじゃなかったの……!?
 なんで同性人気がすごいの……!?

「いやー、やっぱはづきっちは人気だよね。うちの大学でも女子人気すごいもん」

「そっ、そうなの!?」

「そうなんだよー。仕事場で同僚とそういう話したりしない?」

「しない……」

 職場では当たり障りのない話をするようにしている。
 私は、きら星はづきが人気だなんて、そんな話を聞きたくないのだ。

 なんでみんな、あの女をチヤホヤするのか。
 あんなの、アバターが可愛いだけの……。いや、中身も可愛いのか? いやいや、それはファンだから贔屓目に見てって可能性もあるし。

「ああ~、はづきっちかわいい~! 仕事で会ってる時も可愛いけど、ファンとして見てるとまた別の可愛さを発見する~」

 近くで、妙に通るいい声の女性がいた。
 どこかで聞いたことがある声だ。

 そっと横目で見たら、黒縁メガネを掛けた二十代後半くらいの人だった。
 隣にはスラッとした若い女の人がいる。

「の、野中さん、あまり大きな声でそういう事を言うと……」

「あ、ごめんごめん……! ついつい己の中の欲望がダダ漏れた……。はづきちゃんのスイーツも美味しかったし、ファッジも買ったし……。あとはコンサートを見るだけだねえ」

 野中……?
 ま、まさか、野中さとな……!?

 私は、ステージに注目している友人をよそに、隣の二人の会話を無視できなくなった。

「本当に野中さん、はづきちゃん好きですよねえ。まあ、私がはづきちゃんのファン第一号だけど」

「そりゃあカンナちゃんはね……。でも愛の大きさなら負けませんけど」

 カンナ……!?
 まさか、きら星はづきと親友だって言う触れ込みで売ってる、カンナ・アーデルハイド!?

 そんな大物がお忍びで、二人揃って来てるなんて……。
 大ニュースじゃないか。

 周りの人たちはステージを見てわあわあ騒いでいて、彼女たちに気付いていない。
 私だけだ。
 だが……私は彼女たちの正体を口にする意味を持たない。
 隣の友人くらいしか交友関係はないし。

「あー、はづきちゃんの料理が食べたい……! おいしそー。もうもう、彼女の全部が好き……」

「あら、はづきちゃんは渡しませんよー。野中さんがアバター被って配信始めても、私の優位は揺らぎません」

「言ったなー! 年明けデビューだから勝負だ」

「いいでしょう」

 なんだか凄い情報を話しているような気もするけど。
 こんな大物二人が、きら星はづきを全肯定しているのが、私は納得行かなかった。

「あの」

 思わず声を掛けていた。
 二人がびっくりしてこちらを見る。

「いきなり話しかけてすみません。あの。きら星はづきの何がそんなにいいんですか」

「何って……ねえ。全て?」

 全て!!
 そうだった、全肯定している人たちなんだった。
 絶対、きら星はづきに騙されてるって。

「あの。私、わからないんですけど。あの、こんな大きなイベントして、たくさんファンが来て、応援してるのは凄いですけど……。大人の都合じゃないんですか。まだ高校生のきら星はづきを持ち上げて、お金を稼ごうっていう大人たちの思惑があって、乗せられてるだけなんじゃないんですか」

 私は、自分が斑鳩に散々スパチャしたりして、グッズを買い集めた過去を棚に上げていた。
 斑鳩様引退で心にぽっかり穴が空き、彼氏なるものを作ってはみたけど、やっぱり満たされなかった。
 斑鳩様は、汚い商業主義を嫌って引退したんだ。彼はずっと綺麗なままなんだ。そう思って自分を納得させていた。

 その妹だというきら星はづきは、斑鳩を遥かに超えるようなビジネスの世界で活動している。
 なんでだ!
 私の中できら星はづきのことは納得ができないでいる。
 そんな世界の中で、彼女が今築き上げている不動の人気の意味も分からなかった。

 二人は私の不躾な質問、一瞬首を傾げた。
 その後、野中さとなが微笑む。

「お金が掛かってるって言えばそうなんだけどね。なんかね、私が知っている今までのそう言う流れと違うんだよね。これは何ていうか……」

 彼女はステージ上で「あひー」とか言ってるきら星はづきを見て、こう一言。

「祈りなんだと思う」

「祈り……?」

 ここから、カンナ・アーデルハイドが話を引き継いだ。

「はづきちゃんをもっとたくさんの人に知らせなきゃ、とか。はづきちゃんのカタチを、世界にたくさん作っておきたい、とか。不思議とそういうことを感じさせる人なんですよね。だから私たちは彼女を応援してるんです。心の底から」

「そうだねえ。最初はお金目当てで近づいた人も多いかも知れないけど……。気がつくと、本気で応援してるんだよね。これは本当に不思議」

 そんな……そんなことがあるわけが……。
 私はステージ上のきら星はづきを見る。
 彼女は完成した料理を、いただきまーす、と食べるところだった。

 とても美味しそうに食べる。
 山盛りの料理が消えていく。

「おおーっ! 本当に食ってる!!」「マジモンの大食いだったんだな……」「味わって食べてる系の食べ方だ」「一口がでかい」

 ポジティブな言葉が広がっていく。
 そうなのか?
 きら星はづきは見る人を魅了して、みんなが推したくなるからこれほど大きな存在になっているということ……?

 友人がちらっと私を見た。

「あんた、必死に自分でフィルター掛けてるんだもん。一回それを外して、楽しもうって気持ちで見てみなよ。全然違うからさ」

 そんな事を言われても。
 気に入らないものは気に入らない。
 人間、嫌いになったものをすぐ好きになることは……。

 と思っているところで、会場中のスマホから警報音が鳴り響いた。
 これ……。

 ダンジョンハザード警報だ……!!

 迷宮省からの緊急通達。
 地の大魔将出現、日本中のダンジョンがダンジョンハザードを起こしたって……!

 だけど、同時に迷宮省がこう言ってる。

 今やっているイベントや楽しいことを、絶対にやめないでって。
 自分たちが日常を捨てたら、そこから敵が侵食してくるって。

 どうしろって言うのか。

 会場にどよめきが広がっていく。
 今は出し物が一通り終わり、このあとはコンサートが待つばかりだ。

 だけど、こんな空気になって、それができるものだろうか……?
 無理だ。
 イカルガの大感謝祭はこれで台無しだ。

 みんなが不安に包まれて、日本中がぐちゃぐちゃになる。
 そういう諦観と、世の中がリセットされてしまえばいい、みたいな気持ちが私の中でいっぱいになる。

『えー! プログラムを変更します!!』

 声が響き渡った。
 ざわつきが、一瞬で収まる。
 だってその声は、あいつだったからだ。

 きら星はづきだ。

 ステージ上ではおどおどしてたくせに、いきなりハッキリとどこまでも聞こえる声でアナウンスしてきた。

『私の歌をやります!! オリ曲で! 行きます!』

 一瞬の静寂。
 その直後に、会場がうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!という大歓声に満ち溢れた。

 なんだなんだなんだ!?
 なんだこれ!?

「はい、あんたの分のペンライト! はづきっちのカラーはピンクだからね!」

「い、いや、私、こんなのは……」

「いいから! 頭で考えてないで、たまにおばかになって場の空気と一緒になってみなよ!」

 会場側面の大画面は、コメントの奔流だ。
 ウェブチケットを買った人たちが大盛りあがり。

 それでも、こんな中でもスマホでニュースをチェックしてる人がいる。
 みんなあちこちで発生したダンジョンハザードに怯え、不安がっている。

 盛り上がる空気じゃない人もいるってのに。
 何を考えて……。

 私がまた内心で毒づきそうになったら、
 いきなり会場が暗転した。

 そしてスポットライト。
 ステージの上に二人のはづきがいる。

 きら星はづきが二人。

 白と黒をイメージした正反対のステージ衣装を身に纏って、いきなり歌が始まった。

 きら星はづきのバックで、大きなスクリーンにPVが流れ出し、BGMが始まった。

 大歓声……!!
 私の毒づこうとした思いが吹き飛ばされる。

 歌が、きら星はづきが、私の中に入り込んでくる……!!

 後ろにいる、ずっとスマホでニュースを気にしていた男性がぼそっと呟いた。

「は……反撃が始まった……!! ダンジョンハザードの勢いが一発で半分になった……!! 配信者にすげえバフが乗ってる……! なんだ、なんだこれ……! 歌一発で、日本の危機がひっくり返る……!!」

 何が起こっているのか?
 私は混乱する。
 だけど、どうしてこうなったかは完全に分かっていた。

 混乱していたのは、私の中の彼女を憎いと思う気持ちと、そうじゃない気持ちが混ざり合い始めていたからだ。
 嫌いなまま応援したっていいじゃない。

 あいつ、この歌で、絶望をどうにかしてしまうつもりなのだ。

『祈りなんだと思う』

 野中さとなの言葉が蘇ってきた。
 祈るって、何に祈るのか。
 神様に?

 祈って、ご利益がある神様。
 眼の前で歌って踊る彼女は、だとしたら女神様そのものなんじゃないか。

 舞台袖から、イカルガの配信者たちが出てきて、バックコーラスやダンスをする。
 コンサートの盛り上がりは最高潮だ。

「まだ歌開始から一分経ってないぞ! なのに、ダンジョンハザードの半分が終わりつつある! なんだこれ、なんだこれ……! すげえ、すげえよはづきっち!!」

 後ろの男性はもう泣いていた。
 私は、ずっと自らの意思で下ろしていた腕が上がっていくのを感じている。

 だめだ。
 もう制御できない。

 私の口が開く。
 叫んでいた。

「きら星、はづきーっ!! いけーっ、気に入らない女神様っ!! もっと、もっと歌えーっ!!」

 曲は今、サビに差し掛かる────!
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