上 下
274 / 517
ハッピーバースデーな私と激動の世の中編

第274話 きら星はづき、東京湾に現る伝説

しおりを挟む
 迷宮省は当該の魔将を、カテゴリー大魔将、識別名オクトデーモンと命名。
 オクトデーモンが召喚を続ける、刃のような魚群は尽きることなし。
 既に迎撃を行っていたカラスの数機が撃墜されている。

 さらに、水中からは大型の半魚人型デーモンが多数上陸。
 それぞれが同接数2000人級の強力な力を持つ怪物だ。

 これを食い止めるために、集められた配信者たちの力を割くことを余儀なくされる。

「まずい、まずいってこれー! 思ってたのの何倍もまずい状況だよー!!」

 思わず弱音を吐いたのは、なうファンタジー所属、トライシグナルの卯月桜。
 彼女たちトライシグナルなら、一人で2000人級デーモンと対等に戦える。
 その中でも強いカンナ・アーデルハイドであれば、二体までを相手取れるかも知れない。

 だが、彼女たちは上澄みだ。
 他の大多数の配信者は、きら星はづきフィギュアを携帯してようやく、同接数200から400人に達するかどうかというレベル。

 実際に、戦線は押されていた。
 次々に半魚人型デーモンの上陸を許している。

 配信者たちが押されている。
 だが、彼ら以外にこの、海から来たダンジョンハザードに対抗できる者はいないのだ。

 ゆっくり、オクトデーモンが陸に近づいてくる。
 あれが上陸したら終わりだ。
 オクトデーモンの眷属ですら、これほど恐ろしい強さを持っているのだ。

 さらに、オクトデーモンの両脇に巨大な半魚人型の個体が二体顔を出しているではないか。

 果たして、敵はどれほどの戦力を有しているのか?
 ゆっくりと、戦場に絶望の空気が漂いつつあった。

 圧倒的。
 異世界から侵略してきた魔将の力は、あまりにも圧倒的。

 リスナーがスマホの前で、PCの前で唸る。

「はづきっちがコツンとやっつけてたのに」「そんなに強くないと思ってたのに」「これ、こんな強いのか!?」「冗談でしょ」「まじで終わっちゃう? この国、終わっちゃう?」「東京もんが騒いでて気分がいいですなあ」

 まあ色々である。
 この危機的状況に、迷宮省は所有する全戦力を投入した。

 各企業と協力しているエージェントはもちろん。
 ついに、迷宮省最強戦力たる長官、大京嗣也が出撃する。

 大京長官がスーツを脱ぎ捨て、ワイシャツの袖をまくった。
 ネクタイを緩め、ボタンを外す。

 秘書が差し出したアタッシュケースから、得物を取り出した。
 それは幾重にも封印が施されたウォーハンマー。
 大京長官専用に調整された、デーモンバスターに特化した逸品である。

「同接数が厳しい個人配信者は援護に回れ。ここからは俺が出る」

 そう告げると、大京長官が走り出す。
 彼を目掛けて降り注ぐ、刃の魚群。
 長官はこれを、ウォーハンマーの一閃で粉砕した。

 一撃が猛烈な風を産み、魚たちはそれに当たるや否や砕け散っていくのだ。

 国内に数名の存在が確認されている、同接数なしで強大な戦闘力を発揮する迷宮踏破者と呼ばれる存在。
 大京長官はその一人であり、彼らの中でも最強の男だった。

 むしろ、迷宮踏破者こそが冒険配信者のオリジナルと言えよう。
 冒険配信者とは、彼らを再現するために生み出されたシステムなのだ。

 そのオリジナルの最強が、大魔将オクトデーモンへ挑む!
 今、同接数2000人級の半魚人デーモンがウォーハンマーで顔面をかち割られ、長官に蹴り倒されて海へ転げ落ちていく。

 オクトデーモンは大京長官を指さした。
 襲いかかってくるのは、可視レベルまで濃密になった瘴気。
 常人であれば一瞬で狂気に陥り、狂死するレベルの邪悪なオーラだ。

 だが、大京長官はこれを耐えきる。

 次にオクトデーモンが指示したのは、両脇に侍る二体の腹心からの攻撃だ。
 小さなビルほどもある二体の強力なデーモンは、それぞれが並の魔将を上回る力を持つ。

「こいつは……少々厳しいな……」

 ただでさえ、久々の実戦。
 大京長官の顔に余裕の色はない。

 その間にも、オクトデーモンは陸地へ近づいていた。
 あと数分。
 それで、東京湾沿岸はこの大魔将の手に落ちる。

 そんな時であった。

 エンジン音が響く!
 無人の東京湾岸道路を突っ走る、青く輝く車体。
 これを認識した魚群が迎撃しようと降り注ぐが、遅い。
 あまりにも遅くスローリーだ。

 その男が駆るスーパーカー、VMAX2000は今、潮風と一体となっていた。
 潮風が駆け抜けた一帯は、魔将が放っていた邪気が一掃されている。
 そこにあるのは、爽やかな夏の海風だ。

 明らかに、この戦場の空気が変わっていく。
 あの車は、走るだけで戦場に満ちる絶望をなにか違うものに塗り替えてしまう存在だ。

「ようやく来たか、斑鳩! そしてはづきちゃん!」

 空中で魚群と渡り合っていた配信者、八咫烏。
 彼の顔に笑みが浮かぶ。

 オクトデーモンが新たな指示を下す。
 大京長官と戦っていた、オクトデーモンの腹心。
 それが、迫りくるVMAX2000を捻り潰そうと動きを変えたのだ。

「くそっ! させんぞ!! ぬう!」

 それを止めようとする大京長官だが、もう一体の腹心を無視はできない。
 この腹心は、おそらく同接数100,000人級。
 トップランクの配信者が集まらねば相手もできまい。

 オクトデーモンでなくても、上陸させてはならない相手だった。

「くっ……頼むぞ! こいつらを止めてくれ!!」

 大京長官は眼の前に相手と戦いながら、祈ることしかできない。
 だが、その祈りは届く。

 恐るべき速度で水中を駆け抜け、腹心の一体がVMAX2000に襲いかかる。
 そこは水上に掛かった橋のようになっている部分であり、橋ごと車を粉砕しようと、腹心は空中に飛び上がったのである。
 巨体を丸め、回転ノコギリのようになったそれがスーパーカーに襲いかかる。

 その時であった。

「じゃあですね、ここまで挨拶をしてなかったので、まとめて挨拶をして行こうと思うんですが」

 間の抜けた声が響き渡った。
 全く緊張感を感じさせない、彼女の声が、戦場の空気を一瞬で塗り変える。

 疾走するVMAX2000の上に、人が立っていた。
 ピンクの髪に、ジャージをマントのように纏い、身につけているのは体操服。
 盛り上がった胸元のゼッケンには、きら星はづきの名前。

 手にするのは伝家の宝刀。
 今朝採れたてのゴボウ。

「お前らー! こんきらー!」

 次の瞬間、彼女の周囲に無数のコメント欄が出現した。

※『こんきらー!!』『こんきらー!!』『こんきらー!!』『こんきらー!!』『こんきらー!!』
『こんきらー!!』『こんきらー!!』『こんきらー!!』『こんきらー!!』『こんきらー!!』
『こんきらー!!』『こんきらー!!』『こんきらー!!』『こんきらー!!』『こんきらー!!』
『こんきらー!!』『こんきらー!!』『こんきらー!!』『こんきらー!!』『こんきらー!!』
『こんきらー!!』『こんきらー!!』『こんきらー!!』『こんきらー!!』『こんきらー!!』
『こんきらー!!』『こんきらー!!』『こんきらー!!』『こんきらー!!』『こんきらー!!』
『こんきらー!!』『こんきらー!!』『こんきらー!!』『こんきらー!!』『こんきらー!!』
『こんきらー!!』『こんきらー!!』『こんきらー!!』『こんきらー!!』×……たくさん!

 周囲を包みこんでいた、深海の色をするダンジョンが別の色になる。
 それは、ファンシーさすら覚えるピンク色。

 腹心はこれに気付くが、急速で落下する勢いを変えられない。
 なに、気にすることはない。
 我が主たる偉大なる大魔将Cのために、このわけの分からぬ小さな人間を粉砕して……して……て……。その手にした細い物を振りかぶってどうしようというのか?
 細いものが光り輝きながら、纏うオーラが大きく伸びて、まるで長い棍棒のような。
 足を大きく振り上げて、こちらの落下にタイミングを合わせてその女は。

「あちょー!」

 カキーン!!

 気持ちのいい音が響き渡った。
 東京湾沿岸まで迫っていた大魔将オクトデーモンは、一瞬何が起こったのか理解できないでいる。
 
 腹心の一体が橋に飛びかかったと思ったら、次の瞬間には上空高く打ち上げられていた。

『ウグワーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!』

 腹心からついぞ聞いたことのない悲鳴……断末魔が聞こえてくる。
 彼、あるいは彼女は、遥か上空まで吹っ飛び、いや、さらに雲を突き抜けてどこまでも吹き飛んでいく。
 やがて空気が無いところまで到達したようで、声が聞こえなくなって……。
 そこで爆発した。

 その爆発が、ダンジョン化していた東京湾沿岸に明確な風穴を開ける。

『─────────!!』

 オクトデーモンが吠えた。
 それはなんであろうか。
 怒り、悲しみと言った感情が入り混じった叫びだ。
 長く付き従ってきた腹心の一体が、意味のわからない状況で倒された。

 そう、一番強い感情は戸惑いだ。
 何が……何が起こっている!?

 VMAX2000が海に飛び降りた。
 あろうことか、水上を走り始める。
 向かうのはオクトデーモン。

 スーパーカーに続いて走ってきたマイクロバスから、わらわらと配信者たちが降りてきた。
 彼女たちからも、強大な力を感じる。

 この世界の人間たちは、まだ隠し玉を持っていたのか。

 いや、それどころではない。
 己に迫る車両を見て、その上に立つ少女を見て、オクトデーモンは気付く。

 星々の海を超え、悠久の時を生きてきた己に終わりを告げる力を持った何者か。
 それが今、眼の前にいるのだと。

 今、大魔将は己の慢心のツケを払わねばならぬ状況に叩き込まれていた。

「えー、それではですね、誕生日配信の続きをやっていこうと思います。逆凸したいんですが凸も大歓迎です~! ……で、配信しながらなんですが、じゃ、倒しますね」

 オクトデーモンにとって、魔王以来の最大の敵、きら星はづきはそう告げて……。
 露骨に大魔将を無視してAフォンをポチポチ始めたのである。
しおりを挟む
感想 189

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

おじさんが異世界転移してしまった。

月見ひろっさん
ファンタジー
ひょんな事からゲーム異世界に転移してしまったおじさん、はたして、無事に帰還できるのだろうか? モンスターが蔓延る異世界で、様々な出会いと別れを経験し、おじさんはまた一つ、歳を重ねる。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

処理中です...