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冴えない私の助走編

第16話 ダンジョン内スパチャ伝説

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 ダンジョン……やって来ました!
 前回の続きで、まだ攻略が終わってない事故物件マンション。

「バーチャライズしてっと……。あ、きょ、今日もよろしく、お、お願いします」

 管理人さんに挨拶をする。
 彼は微笑むと、

「アーカイブ見たよー! 大盛りあがりだったね! 今日は一人? 頑張ってね!」

 と声を掛けてくれた。
 あったけえー。

 そう、今回の私は一人。
 チャラウェイさんは大怪我をしてしまい、しばらくは休養なのだ。
 雑談配信はするみたいだけど。

 それから昨日の収益化配信の後、カンナちゃんからもLUINEが来た。

『おめでとうはづきちゃん! 今度喫茶店でフラペチーノ奢るね! あと、近々私も重大発表できるかも』

 重大発表。
 今、アカデミー……つまりは養成所にいる彼女の重大発表なんて言ったら決まってる。
 楽しみに待つしかない。

 さて、エレベーターの中で配信開始!
 だってこのエレベーター、ラップ音がするんだもん!
 配信してないと怖くてたまらない。

「お前らー! こんきらー! 新人冒険配信者のきら星はづきです~!」

※『こんきら~!』『こんきらー!』『こんきらー!』

【スパチャ】【スパチャ】【スパチャ】

「おぎゃーっ」

 いきなり挨拶スパチャ!?

※『赤ちゃんみたいな声あげてる』『これ聞くために投げ銭する価値あるよな』

【スパチャ¥3.333:『はははもっといい鳴き声を聞かせてくれ』】

 や、やめろーっ。
 スパチャされるたびに、動悸が激しくなるぞ。
 有名な配信者の人たち、よくこれに耐えられるな……!?
 だけど、自分に期待してスパチャしてくれるということは、なんか自己肯定感が上がっていく気がする。

「と……とりあえず! 今日は一人です。チャラウェイさんに色々教えてもらった事を活かして、頑張って行こうと思います! えーと、今日の武器はですねー。ゴボウがお約束だったんだけど、色々考えて……」

※『リュックから突き出している細長い緑色のものは……』『長ネギ……!?』『ざわざわ』

「はい! 基本は長ネギで行きます! あとこれ、コンビニで買ってきた新聞です。アンドロコックローチ用ね。それから、今日はいただいたスパチャで、ダンジョン内で買い物してみようかなって思います」

※『買い物配信楽しみ!』『配信者の個性が出るんだよな』

 そう。
 冒険配信者は、もらったスパチャを即座に消費し、ダンジョン内でお買い物ができるのだ。
 その気になれば、状況に応じた商品を即座に取り寄せて戦闘に使ったりもできる。

 私もあれをやってみようかなって。

 チャット欄はワイワイと賑わってる。
 いつもより随分進みも早いなー。
 同接が多いのかも。

 えーと、5643人……。
 5643人!?
 なんで!?
 この間のお祭りと違って、普通の配信でしょ!?

※『同接数見た顔してる』『分かりやすい』『配信者が無言で顔芸するのやめろ』『収益化後のダンジョン配信だからねー』

 そ、そうか。
 収益化直後のダンジョン配信だから、記念配信みたいなものなんだ。
 状況を理解して、ホッとした私。

 だけど、これだけの同接数があると……。

 エレベーターでガタガタとラップ音がする。
 天上に嵌められた蓋が揺れ動く。
 私はネギを手に取り、それをツン、と突いた。

 すると、長ネギがエメラルドグリーンに光り輝き、蓋をガタガタ言わせていた何者かを、有無を言わせず消滅させた。

『ウグワーッ!?』

 断末魔が聞こえる。

「うわあー、えげつな……!」

 これが、5643人……あ、もう5700人になってるわ。
 それだけの人が配信を見ているという力。

 どうやら同接だけじゃなく、SNSでトレンドになって、多くの人がそれでツブヤキをするとさらに強くなりもするらしいんだけど。
 伝説、伝承、そういうものが生まれて、冒険配信者に力を与えるわけだ。

※『低級霊鎧袖一触』もんじゃ『だが常に新しい武器を使うと伝説が追いつかずにパワーアップが中途半端になるぞ』『教え魔来た』

 もんじゃ!
 そうかあ、勉強になるなあ。
 そしてまた教え魔帰れとのコメントに押し流されていく、もんじゃの発言。

 不憫だなあ。

 その後、ラップ音や壁をガタガタ言わせるやつを、ネギで叩いて浄化していたら目的の階に到着した。
 エレベーターが古いから、遅いんだよね……!!
 この遅さが恐怖感を煽ってたんだなあ。

 フロアまるごとが怪奇スポット……つまりダンジョン化しているこの場所。
 この間攻略した部屋を通過して、次の部屋へ。

「こんにちはー」

 管理人さんから預かったマスターキーで扉を開けたら、『じょう……!!』とアンドロコックローチが飛びかかってきた。

 私は!
 ゴキブリには!
 かなり強い女子なのだ!

 人間じゃないなら怖くない。
 私はリュックに突き刺さっていた、丸めた新聞紙を引き抜いた。

 既に、新聞紙は光り輝いている。

『じょう!?』

「ゴキブリは逃げるのに!」

 ひっぱたかれたアンドロコックローチは、私の何倍もある体格なのに、地面に叩き落されてペシャアッと音を立てて『ウグワーッ!!』と潰れる。

『じょうじょう!!』

 さらに飛びかかるアンドロコックローチたち!

「アンドロコックローチって、向かってくるから!!」

 振り回す新聞紙を丸めたので、次々と叩き落していく。

『ウグワーッ!』『ウグワーッ!』

※『なんちゅう絵面だ』『Aフォンが自動的にモザイクかけてるぞ!』『閲覧注意』

 さすがに、この間のウン万人の同接よりは攻撃の威力が下がってる。
 前のは一発で、部屋ごと浄化したもんね。

 だけど、6000人に届こうかという同接なら、アンドロコックローチなんか新聞紙で一発なのだ。
 それでも、一匹見たら十匹はいるわけだし、とても手間がかかる!

 どうしたらいいんだろう……?

※『今がチャンスですぞ』『俺たちのスパチャを使え!』『ゴキブリと言ったら!』

 ゴキブリと言ったら……!!
 私は、周辺を飛びながら撮影してくれているAフォンに手をかざした。

「スパチャ使います! お買い物ターイム!」

※『初めてのお買い物』『上手に買えるかな?』

 初めてのお使いみたいに言うなー!
 Aフォンが状況を判断し、最適なおすすめ品を提示してくれる。
 私は素早くそれに目を通した。

「決めた! ゴキブリ浄化スプレーっ!!」

 名前を叫びながら、カゴに入れるアイコンの横の、すぐに買うアイコンをつんっと触る。
 すると、私の目の前に光り輝く緑色のスプレー缶が出現した。

 Aフォンに表示されていたスパチャの金額が、ちょっぴり減る。

『じょう!!』『じょうじょう!!』

 アンドロコックローチたちは、私が何をしようとしているのか理解したらしい。
 血相を変えて、真っ黒な顔を更に真っ黒にして襲いかかってくる。

「おそーい! 殺虫、あちょーっ!」

※『怪鳥音出た!』『魔法攻撃だな』『毒属性だ』

 プシューッと吹き出した殺虫剤が、光り輝きながら部屋を満たす。

『ウグワーッ!!』

 アンドロコックローチたちが一斉に地面に落ちて、ピクピクと痙攣を始めた。
 ただの殺虫剤なら効かない。
 だけど、同接数によって強化された殺虫剤は、まさしく魔法と同じ効果を発揮するんだ。

 今度、凍らせて殺虫するタイプのも試してみよう。 
 そう思う私なのだった。

※『弊社の製品を使っていただきありがとうございます!』

 そしてこれが、新たな出会いの入口になるわけなんだが。
 そんなこと、私が気付くはずないのだった。
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