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冴えない私の助走編

第13話 アカウントBANから始まる、本当の伝説

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 該当の階に近づくに連れて、エレベーターの表示がおかしくなった。
 デジタルなのに、でたらめな模様みたいなのが映し出されて、エレベーターの箱自体も途中で減速したり加速したりをひっきりなしに繰り返す。

 天井がバンバンと、外から叩かれる音。
 明滅する明かり。

「あひー! す……凄く怪奇スポットっぽい現象だけど!?」

「ヒャッハー! こいつが本場のダンジョンだぜえーっ! ちなみにこれはダンジョン入り口の虚仮威しだから、見た目だけで全く被害はないよ」

 チャラウェイさんが落ち着いてる。
 私のチャット欄は、お祭りみたいに盛り上がっていた。

※『これこれ』『実家のような安心感』『今までが平和すぎた』『ここが地獄だ』

 怖いこと書くな!?
 そう言えば、怪奇スポットがことごとくダンジョン化してるんだった。
 この間の小さいダンジョンが、あまり怖くなかったので安心してしまっていた……!

 本来の私はビビリなので、こう言うところでは怯えてしまって何も喋れないんだけど……。

「あひー! こわーい! でも私は冒険配信者なので、なけなしの勇気を振り絞って突撃しまーす!」

※『がんばれー!』『ごぼうの準備は万端か?』『今日もごぼうが見られるのか!』

 期待されてる!
 怯えてなどいられない。
 そして別の意味でも期待されてる……。

「あれえ……? 私のボストンバッグから覗く、この茶色い野菜は……」

 ゴボウがカメラに映ると、チャット欄が一気に流れ出した。
 このゴボウ……私より人気があるんじゃないか……!?

「へえ! そいつが数々のモンスターをなぎ倒してきた伝説のゴボウか! はづきちゃんがゴボウで怨霊を殴り倒してから、世界の冒険配信に新しい流れが生まれたんだぜ!」

「えっ、そうなんですか!?」

 チャラウェイさんからの新情報!

「ああ! それ用に作られた武器や道具じゃなくても、同接稼げれば戦えるってな! 今、武器じゃないもので戦うチャレンジブームが巻き起こりつつある。まあ、専門家は危険だからやめろって言ってるんだけどな」

「そうだったんですかあ……。あ、確かにニュースになってます! 最近、登録者数とフォロワー数しか見て無くて……アギャー! と、登録者が4000人になってる!!」

「はづきちゃんの話題性からすると、もっと増えててもおかしくないけどな!」

 そんなやり取りをしつつ、エレベーターは目的の階に到着した。
 扉が開くと、明らかに外よりもひんやりした空気が流れ込んでくる。
 ひんやりしているのに、ジトッと湿っているというか。

「生臭くね?」

「く、臭いですねー! 超臭いです!」

 冒険配信者はリアクションが命!
 私も本当に頑張って、先輩であるチャラウェイさんの振りに応えて……。

「って、うっわ!! 本当にくっさ! ひどい! これはひどい! 生ゴミを放置し続けたみたいな臭いですよこれー!! あひー! お、汚物は燃やして消毒したーい!!」

※『ガチリアクションキタア!!』『くさそう』もんじゃ『ここはマンションだから火を放ってはならんぞ』たこやき『これは切り抜かれる』

 たこやき!
 お前が切り抜き職人だろう!

 なんてところを提供してしまったのだ……。
 アーカイブは編集して……いやいや、なんかこういうところは残しておけって兄が言ってたし。
 本当にいいのか……?

 着々とアーカイブと言う名の黒歴史が積み上がっていくぞ……?
 再生数もどんどん伸びてるみたいだし。
 ……あれ? 再生数が伸びると何かいいことなかったっけ?

『ヲ"ヲ"ヲ"~!!』 

「はづきちゃん! 怨霊出てきた! いきなり出てきたから! はづきちゃんがでけえ声で挑発したからなあ! めっちゃ怒ってるじゃん! ヒャッハー! 除霊だあーっ!!」

 しまった!
 私が自分の世界に入っているうちに、チャラウェイさんが戦闘を始めてしまっている。
 彼の武器は斧とクロスボウ。

 今は接近してくる怨霊に、クロスボウを射っているところだ。
 これ、ダンジョンの外の世界では免許が無いと使えないんだよね。 

「あ、わ、私も行きまーす!」

 駆け出す私。
 飛び道具を使うにもあてがないし、何か武道の心得があるわけでもない。
 魔法を使う素養もないし……。

 駆け寄って殴るしかないのだ!

「あちょーっ!!」

 ボストンバッグから抜き打ちに放つ、ゴボウ!

※『でたああああああああああああ!!』

 流れるチャット欄!
 と思ったら、同接人数がもりもり増えていく!
 あれっ?
 私のゴボウ、光ってない!?

 戸惑いながら、そのまま這いずる怨霊をゴボウでひっぱたいた。

『ウグワーッ!? スイートホームをバカにするやつに一太刀も浴びせられずに……!』

 何か言いながら消滅していった。
 残ったのは、キラキラ光るダンジョンコア。

 小さい。

「おおー、このサイズだと、怨霊はダンジョンの主じゃねえなあ! まだまだいやがるぜ」

 天井から、壁から、床から、怨霊が染み出すように出現する。
 みんな、人間の姿じゃなくなり始めている。
 ダンジョン化して長くなると、そこにいる怨霊たちは上位のモンスターの姿に変わるらしい。

 そういうのは、デーモンと呼ばれるようになる。

「な、なんか次々にポコポコ出てきてますけど……! でも、お前らが応援してくれるこのゴボウがあれば私も……!」

 その時だった。
 チャット欄に、妙なのが現れた。

 変なURLを貼りまくったり、いきなり場に似つかわしくない、口に出すのもはばかられるような言葉を吐き散らす……。
 な、なにこれ!?
 この状況で何が!?

※たこやき『荒らしだ!』もんじゃ『いかん! アワチューブのAIはガバ判定……! 見つかると……』おこのみ『凍結ですか?』

 原初のリスナー三人!!
 彼らの言葉が預言になった。

 突然、私の配信はオフラインになってしまったのだった。
 光が失われ、ゴボウがただのゴボウになる。

 バーチャライズしていた私の体が、元の姿に戻ってしまう。

「あ、これ……、これヤバい……!?」

「はづきちゃん!? カメラはバーチャライズしてない人を映さないから身バレは安心だけど……ここで生身になるのはやべえぞ!!」

 バーチャライズは、ダンジョンから実を守るための鎧みたいなものだ。
 それがないということは、ゴボウを握りしめただけの女子高生が、生身でモンスターがあふれるダンジョンに飛び込むということになる。

 そんなの、万に一つも生き残れるはずがない……!!

「あ、あひー」

 私は思わず情けない悲鳴を上げていた。

 その時、私のAフォンが鳴り響く。
 これ、兄からのコール……!

「お兄ちゃん……!?」

『アワチューブ運営に直でチャットを送り付けてる。二十秒耐えろ。お前をダンジョン内で終わらせたいバカどもがいるんだ。奴らの思い通りになるな!』

「う、うん!!」

『頼むぞチャラウェイ!』

「うっす! 任せてくださいよ斑鳩さん!!」




 チャラウェイは、自分の配信が続いていることを一瞬だけ失念していた。
 彼が口にした名前は、引退後も多くのファンがいる、偉大なる冒険配信者の名だ。

 それと同時に、チャット欄に現れた荒らしによって配信が途絶したきら星はづき。
 ダンジョン内での配信途絶、もしもそれがアカウントBANであった場合、それは冒険配信者の死を意味する。

 SNSで、情報が駆け巡る。
 ツブヤキッタートレンドに、きら星はづきの名が登場し、それに気付いた人々が次々に彼女の名を呟く。

『はづきって、あのゴボウ振り回してた子?』
『垢BANってマジ!?』
『嘘、それって死ぬじゃん』
『荒らしが出たらしいよ!』
『人が死ぬって分かっててやってるのか!?』

 今まで、アカウントBANによって命を落とした冒険配信者は何人もいる。
 だが、そのほとんどは自業自得によるもの。
 ダンジョン内でアワチューブコンプライアンス違反を犯し、配信を停止されたのだ。

 きら星はづきは違う。
 外部からの悪意によって配信を停止させられた。
 これは殺人である。

『アワチューブ何やってんだ!』
『AI判定無能すぎだろ!』
『抗議しろ、抗議!』

『っていうか、チャラウェイとコラボしてたのか?』
『チャラウェイ、斑鳩って呼んでなかった?』
『最後に聞こえた声、明星斑鳩(あかぼし-いかるが)のものじゃなかった?』
『あれ? きら星はづきって、じゃあ斑鳩の妹……?』

 怒りと、戸惑いと、希望と、様々な思惑がアワチューブ、きら星はづきチャンネルに集まっていく。



「ウグワーッ!? ま、まだまだーっ!!」

※『だってチャラウェイ! 腕が……!!』

「まだまだ腕のバーチャライズが剥げただけだ! 俺はまだやるぜぇーっ! ヒャッハー!!」

 襲いかかってくるデーモン化した怨霊たちを、必死に退けるチャラウェイさん!
 私のゴボウなんか怨霊には効くはずもなく、それどころか、一発浴びたら霊障で死んでしまうかも知れない……!

 こわーっ!!
 でも、チャラウェイさんが明らかに無理してて心配!
 それから、チャット欄が無いと、不安……!

 お、お前らー!
 反応してくれーっ!!

「ウグワーッ!」

※『チャラウェイ、頭が……! バーチャライズ解けてモザイクに!』『絵面だけでヒワイだ!!』

「こんな命の危機にも面白いやりとりしてるなあ……。理想の配信者とリスナーの関係だあ……。っていうか、もうチャラウェイさん限界じゃん……! くっそー! 私のゴボウも少しくらい……!!」

 握りしめているのはただのゴボウだ。
 だけど、こいつは私の危機を何回も救ってくれた。
 同接がいて、みんなが信じてくれないと威力を発揮できないんだとしても……私一人だけがこのゴボウの力を信じているんだとしても……!

「今、助けるから! チャラウェイさーん!!」

『はづき、チャラウェイ! 運営からの返答だ! 緊急でアカウント凍結を解除するぞ! きら星はづきチャンネル、再始動!』

 Aフォンから兄の声が響き渡った。
 次の瞬間、私の周囲に光が点った。

※『はづきっち!』『はづきちゃん!』『きら星~!!』『はづきーっ!!』『良かった生きてる!』『ツブヤキッターから来ました』『うおおおお荒らし許せねえ!』たこやき『拡散しますた』もんじゃ『お前ら、ゴボウに力を!』おこのみ『いいですとも! ゴボウ! ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』『ゴボウ!』……………!!

 まるで、嵐の中の川の流れみたいに、チャット欄を怒涛のコメントが流れていく。
 下に見える同接数に、私は目を疑った。
 その数が跳ね上がっていく。

 百人そこそこだった同接が、200、400、1000、2000、3000……!

 元のままの姿だった私に、バーチャライズが戻った。
 ピンクの髪に、青の瞳。ジャージ姿の私、きら星はづき。

 手にしたゴボウは振りかぶられ、周囲を明々と照らす輝きに満ちている。

 背後から近づいていたデーモンが、ゴボウに触れて『ウグワーッ!?』と溶けて消えた。

「みっ……みなさーん! こんにち……きら星ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 全力でスイングしたゴボウが、周囲を薙ぎ払う。
 光が広がっていく。
 それに触れた怨霊が、デーモンが、次々に『ウグワーッ!?』と断末魔を上げながら砕け散っていく。

「す……すげえ……!!」

 チャラウェイさんが呟いた。
 今まで、私を守ってくれていた彼。
 今度は私が守る番だ。

 跳ね上がっていく同接数は、15000人に達している。

 今この瞬間。
 15000人の力を受けたゴボウは、どんな聖剣よりも強くなっていた……!
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