TSして魔法少女になった俺は、ダンジョンをカワイく攻略配信する~ダンジョン配信は今、カワイイの時代へ~

あけちともあき

文字の大きさ
上 下
90 / 146
スパイス完全復活編

第90話 思い……出した!!

しおりを挟む
 本日は大魔将とやらが東京湾にやって来る日。
 関東圏の企業に勤める大多数の会社員は休みになっていた。

 完全な休みではない。
 彼らには義務が課せられている。

 冒険配信を見て、大魔将と戦う配信者を応援することだ。
 だが、休みといえば休みみたいなものなので、彼はその状況に感謝していた。

「今日も働き続ける電力会社と、通信関係の会社の方には頭が上がらんな……」

 R氏は何本ものビールとおつまみを用意し、ノートPCの前に陣取っていた。
 戦いは余談を許さない状況だ。

「うーむむむ……。苦しいもんだな、配信者は」

 ぐびっとビールを飲む。
 美味い。
 会社を休んで飲むビールのなんと美味いことか。

 画面の中で必死に戦う配信者には悪いが、R氏はこの状況を楽しんでいた。
 なにせ、これと言って推しの配信者などいないし。

「いない……? そうだったかな……。俺は確か、去年にはダンジョン配信を見てたはずなんだけど」

 見始めたキッカケは、チャラウェイという配信者のアーカイブだった。
 そこでチャラウェイは誰かとコラボしてたはずで……。
 思い出せない。

 一年弱に渡り、配信を見てきた記憶がすっぽりと抜け落ちている。

「……まあ、いいか」

 あたりめをかじりつつ、R氏は唸った。
 以前からずっとそうだ。
 心の中にポッカリと穴が空いたような。

 確か、二ヶ月前はそんなではなかった。
 もっと充実していた気がする。

 時を同じくして、同じ会社の若手社員もなんか精気のない顔をするようになった。
 マシロとかいう名前の女子だ。
 若い子がそんな顔をしているのは気の毒でならない。

 だが、下手な声掛けはセクハラである。
 R氏には見守ることしかできなかった。

「配信者、頑張れー。うーむ。なんだかこう……前はもっと情熱的に応援していた気がするのに」

 画面の中の配信者たちは必死に戦っている。
 海からやってくる、悪意に満ちた海産物みたいなモンスターは数限りなし。
 次々に小規模な配信者から倒れていく。

 大丈夫か?
 大丈夫なのか?

 心配になって、つまみの味も分からなくなってくる。

 画面の中では、唯一配信者ではない人物……。
 迷宮省長官の大京嗣也が、巨大な怪物たちと戦っているところだった。
 一体ならまだしも、二体が相手となると分が悪そうだ。

「長官頑張れっ! 珍しく現場で戦う議員!」

 思わず応援に熱が入る。
 だが、やはり状況は厳しいか……!

 その時だ。
 きら星はづきがやってきた。

 R氏もよく知っている、世界でもトップの配信者である。
 彼女の登場から、状況の雰囲気が変わった。
 勢いづいた配信者たちは、モンスターの群れを押し返し始めたのだ。

 ホッとするR氏。
 椅子に深く腰掛けて、ビールをあおった。
 ふた缶めが空になる。

 良かった。
 これでつまみを楽しめる。
 だけどなんだろう、この胸の中にポッカリ空いてしまった穴は。

 とても盛り上がるシーンなのに、自分はいまいち乗り切れない。
 その理由を言語化できず、R氏は唸っていた。

 相変わらず、つまみのナッツは味がしない。

 画面の中では、巨大なモンスターを撃破したきら星はづきが凸待ちをするところだった。
 この状況で凸待ちとは剛毅な。
 ちょっと笑ってしまうR氏。

 そんな彼の表情は、凸ってきた配信者を見た瞬間に固まった。

『あのっ、自分、この間初配信した黒胡椒スパイスって言います! おじさんなんですけどバ美肉して、一念発起して配信したんです! あのはづきっちさんと話せるなんて光栄っす!』

 新人っぽい、緊張した喋り。
 だけど、何となく分かる。
 そこには計算が混じっている。

 見た目は小さな女の子。
 だけど中身は社会人経験のあるおじさん。

 可愛いツインテールの黒髪に、エプロンドレス姿のその配信者は……。

 何か、何か出てきそうだった。
 彼女のピックアップが終わった後、R氏はその配信者、スパイスのチャンネルを探していた。

 いや、アワチューブトップ画面に戻った瞬間、おすすめ動画として先頭に存在している!
 R氏はすぐにそれをクリックした。
 流れるようにチャンネル登録。

 眼の前で、彼女のチャンネルの登録者数が跳ね上がっていくところだった。
 彼女は別の衣装に変身し、魔法を使う。
 さらに衣装チェンジ。
 このオレンジのドレスは知ってる気がする……。

 そして、最初のエプロンドレスに戻る黒胡椒スパイス。
 新人がこれほどの衣装を持っているものだろうか?

 そんな彼女の周囲を、飛頭蛮マイクと言われるASMR機器が飛び回った。

『そんじゃあ、いっくぞー! 記憶をぶっ飛ばされてるねぼすけの君たちに……スパイスがとびっきりのお目覚めボイスをプレゼントしちゃう! すーっ』

 息を吸い込むスパイス。
 飛頭蛮マイクがやって来た瞬間、彼女が口を開いた。

『まーだざこざこ魔女の記憶操作にやられちゃってるのぉ? ほんっと、お兄ちゃんとお姉ちゃんの魔法抵抗力ってざーこ。ほらほら。せーっかくスパイスが戻ってきたんだから、思い出せー。思い出せー、スパイスのことー。それともうこう言わないと思い出さないかなー?』

 電撃に打たれたようだった。
 R氏の脳裏に、存在しなかったはずの記憶が溢れ出す。

 バ美肉配信者、おじさんなのに可愛い、けしからん、こ、このガキィ……!!

『ハミチキください……』

「うおおおおおおお!!」

 叫んでいた。
 立ち上がる。
 ワイヤレスイヤホンからは、彼女の囁きがまだ聞こえている。

 記憶が、消えていた記憶が戻って来る。

「思い……出した……!! スパイスちゃん! 黒胡椒スパイスちゃん!!」

 R氏は椅子に飛び乗ると、猛烈な勢いでコメント欄にタイプした。

「おかえりスパイスちゃん!! お肉共の一人、ランプとして我らがメスガキおじさんの帰還を歓迎します!!」

 あふれるコメント。
 その速度が加速した。
 もうまともに読んでいられない。

 登録者の増加も加速する。
 止まらない。

 画面の中で、群がるモンスターたちめがけて、スパイスが手をかざした。

『いまー! お肉どものパワーを受けて! スパイス~復活のぉ~! マインドショック!!』

 灰色の波紋が巻き起こる。
 それは配信者たちを素通りし、モンスターだけを的確に狙い撃つ。

 行動の最中だったモンスターたちは、突然のショックに激しく痙攣し、腰を抜かし、地面に落ち、泡を吹きながらバタバタとのたうつ。
 そこに他の配信者たちがとどめを刺していくのだ。

『いえーい! 黒胡椒スパイス、完全復活! みんな、たっだいまー!!』

「おかえりーっ!!」

 R氏……いや、ランプ氏はコメント欄にあふれるお肉どもと一緒に、叫んでいたのだった。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

召喚されたら無能力だと追放されたが、俺の力はヘルプ機能とチュートリアルモードだった。世界の全てを事前に予習してイージーモードで活躍します

あけちともあき
ファンタジー
異世界召喚されたコトマエ・マナビ。 異世界パルメディアは、大魔法文明時代。 だが、その時代は崩壊寸前だった。 なのに人類同志は争いをやめず、異世界召喚した特殊能力を持つ人間同士を戦わせて覇を競っている。 マナビは魔力も闘気もゼロということで無能と断じられ、彼を召喚したハーフエルフ巫女のルミイとともに追放される。 追放先は、魔法文明人の娯楽にして公開処刑装置、滅びの塔。 ここで命運尽きるかと思われたが、マナビの能力、ヘルプ機能とチュートリアルシステムが発動する。 世界のすべてを事前に調べ、起こる出来事を予習する。 無理ゲーだって軽々くぐり抜け、デスゲームもヌルゲーに変わる。 化け物だって天変地異だって、事前の予習でサクサククリア。 そして自分を舐めてきた相手を、さんざん煽り倒す。 当座の目的は、ハーフエルフ巫女のルミイを実家に帰すこと。 ディストピアから、ポストアポカリプスへと崩壊していくこの世界で、マナビとルミイのどこか呑気な旅が続く。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

外れスキル「両替」が使えないとスラムに追い出された俺が、異世界召喚少女とボーイミーツガールして世界を広げながら強くなる話

あけちともあき
ファンタジー
「あたしの能力は運命の女。関わった者に世界を変えられる運命と宿命を授けるの」 能力者養成孤児院から、両替スキルはダメだと追い出され、スラム暮らしをする少年ウーサー。 冴えない彼の元に、異世界召喚された少女ミスティが現れる。 彼女は追っ手に追われており、彼女を助けたウーサーはミスティと行動をともにすることになる。 ミスティを巡って巻き起こる騒動、事件、戦争。 彼女は深く関わった人間に、世界の運命を変えるほどの力を与えると言われている能力者だったのだ。 それはそれとして、ウーサーとミスティの楽しい日常。 近づく心の距離と、スラムでは知れなかった世の中の姿と仕組み。 楽しい毎日の中、ミスティの助けを受けて成長を始めるウーサーの両替スキル。 やがて超絶強くなるが、今はミスティを守りながら、日々を楽しく過ごすことが最も大事なのだ。 いつか、運命も宿命もぶっ飛ばせるようになる。 そういう前向きな物語。

社畜の俺の部屋にダンジョンの入り口が現れた!? ダンジョン配信で稼ぐのでブラック企業は辞めさせていただきます

さかいおさむ
ファンタジー
ダンジョンが出現し【冒険者】という職業が出来た日本。 冒険者は探索だけではなく、【配信者】としてダンジョンでの冒険を配信するようになる。 底辺サラリーマンのアキラもダンジョン配信者の大ファンだ。 そんなある日、彼の部屋にダンジョンの入り口が現れた。  部屋にダンジョンの入り口が出来るという奇跡のおかげで、アキラも配信者になる。 ダンジョン配信オタクの美人がプロデューサーになり、アキラのダンジョン配信は人気が出てくる。 『アキラちゃんねる』は配信収益で一攫千金を狙う!

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

異世界帰りの元勇者、日本に突然ダンジョンが出現したので「俺、バイト辞めますっ!」

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
俺、結城ミサオは異世界帰りの元勇者。 異世界では強大な力を持った魔王を倒しもてはやされていたのに、こっちの世界に戻ったら平凡なコンビニバイト。 せっかく強くなったっていうのにこれじゃ宝の持ち腐れだ。 そう思っていたら突然目の前にダンジョンが現れた。 これは天啓か。 俺は一も二もなくダンジョンへと向かっていくのだった。

ゴボウでモンスターを倒したら、トップ配信者になりました。

あけちともあき
ファンタジー
冴えない高校生女子、きら星はづき(配信ネーム)。 彼女は陰キャな自分を変えるため、今巷で話題のダンジョン配信をしようと思い立つ。 初配信の同接はわずか3人。 しかしその配信でゴボウを使ってゴブリンを撃退した切り抜き動画が作られ、はづきはSNSのトレンドに。 はづきのチャンネルの登録者数は増え、有名冒険配信会社の所属配信者と偶然コラボしたことで、さらにはづきの名前は知れ渡る。 ついには超有名配信者に言及されるほどにまで名前が広がるが、そこから逆恨みした超有名配信者のガチ恋勢により、あわやダンジョン内でアカウントBANに。 だが、そこから華麗に復活した姿が、今までで最高のバズりを引き起こす。 増え続ける登録者数と、留まる事を知らない同接の増加。 ついには、親しくなった有名会社の配信者の本格デビュー配信に呼ばれ、正式にコラボ。 トップ配信者への道をひた走ることになってしまったはづき。 そこへ、おバカな迷惑系アワチューバーが引き起こしたモンスタースタンピード、『ダンジョンハザード』がおそいかかり……。 これまで培ったコネと、大量の同接の力ではづきはこれを鎮圧することになる。

処理中です...