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第四部:オケアノス海の冒険 3

第133話 アータル撃退作戦 その5

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 かくして、俺達はアータル島を離れることになった。
 ほんの数日間の滞在だが、実に濃かった。

 俺達を見送る島民と、先頭に立つ巫女エレーナ。
 彼女の手には、赤く輝く火竜の卵が抱かれている。

 あれから一体どんな火竜が目覚めるんだろうな。
 ビブリオス男爵領で出会った地竜の子どもは、とても人懐っこくて人間の子どもと変わらなかったのだが。

「近くに来たらまた寄ってよねー!」

 エレーナが手を振る。

「火竜の赤ちゃんみにくるですー!」

 クルミもぶんぶん手を振り返す。
 そして、船はゆっくりとアータル島から遠ざかっていった。

 今度は、オケアノス海も俺達の邪魔をしない。
 バルゴン号は風のまま、波のまま、ゆったりと海を行く。

 小さくなっていくアータル島は、既に噴煙も消えて穏やかなものだった。
 これで何百年かは、あのあらっぽい精霊王も出てこないのだろう。

「いやあ、俺史上最大の戦いだった」

『ご主人、あっさり決めてなかったかにゃ』

『わふん』

「いやあ、そりゃあショーナウン戦のほうが苦戦はしたけど、アータルは苦戦するとかそう言う次元じゃないだろ? 当たったら死ぬから、全部上手く行ってストレートに勝つか、死ぬかの二択だよ」

「センセエ死ぬですか!? 死んじゃだめですよー!!」

 クルミが飛びついてきた。
 うおー!
 くび、くび!

『我のお陰チュン!』

 ブランの頭上で胸を張る赤い雀。

『確かに雀は飛べるにゃんね。まあ己もちょっとは飛べるにゃんけどね』

『猫語尾が安定してないチュン。空の専門家に口答えとは生意気チュン』

『雀が偉そうにゃん! 降りてくるにゃん!』

『鳥は高いところから見下ろすものチュン』

『うにゃー!』

『チュチューン!!』

 おうおう、やってるやってる。
 クルミのしがみつきぐるりと回し、前にぶら下がるように体勢を変えさせた俺。
 彼女がよじよじと登ってきて、完全に俺をハグするような状態になったのでこれはこれで問題だ。

「さあさあモフモフちゃん達、ブラッシングの時間ですよー」

 アリサがブラシを片手に現れると、ブランもドレもそちらに走っていった。
 彼女はすっかりブラッシングの腕を上げているからな。
 モフモフのハートをキャッチしたようだ。彼女の胸の上に、ローズが安定して載っている。
 うーむ、豊かな胸元にはああいう使い方が……?

『異教の信徒のくせに、他の魔獣を懐柔しているとは恐ろしい女チュン』

「そう言えばフランメにとって、アリサは敵対する宗教の人間になるわけか」

『千年前の基準ではそうチュンねー』

 今はそうでもないらしい。
 ちなみにクルミはついに俺の顔のあたりまで達して、ほっぺたにちゅっとキスをして来たので、これは真っ昼間から熱烈な愛情表現である。

 だが、そこに、アリサの胸から降りて、トトトっと駆け上ってきたローズ。クルミの鼻の上にちょこんと座った。

「ふぎゃー」

 クルミが悲鳴を上げてポトッと落ちた。

『ちゅっちゅー』

 ちょうどいい椅子だと思ったのに、とローズが言ってるな。
 天然は強い……。

 周囲の船乗り達は、俺とクルミの様子を羨ましそうに見ている。
 うん、船の上でイチャイチャはあれだ。
 目の毒だ。

「リーダー、そういうのは船室でやってくれ」

 ほら、アルディにも言われてしまった。

「ということでクルミ、控えるように」

「はぁい」

 クルミからの攻勢が増してきているので、一刻も早く実家に行かねばならないな。
 俺は人間関係に関しては、その辺りの道理をきちんと通してからでないと、先には進まない主義なのだ。

「人間はめんどくさいのですねえ」

「うちが没落したとはいえ貴族の家柄だからそうなのかも知れないなあ」

「へえ、リーダーは貴族だったのか」

「アルディに比べれば全然爵位は低かったけどね。というか、普通は辺境伯だった人物が冒険に出たりはしない」

「わっはっは! その普通が息苦しくてな。で、次の目的地だが、最終的にはリーダーの実家に戻れればいいんだろ? ならば、この船が行ける限界のところがここだ」

 アルディが広げたのは、海図だ。
 セントロー王国から広がる、オケアノス海の全図が描かれている。

「俺らが恐らくここ。セントロー王国からそう離れちゃいねえ。そして、ここがアルマース帝国だ。だが、船はここより先の、群島国家サフィーロまで行ける。ここから先は国交がなくて無理だな。あとは、こいつらがセントロー王国に戻りにくくなる」

 船長は、アルディと一緒にどこまでも行きたい、みたいな顔をしてるな。
 だがそうは行くまい。

 バルゴン号はアルディの私物であったのかも知れないが、それは辺境伯であったころの彼の話。
 今のアルディは一介の冒険者に過ぎない。

 冒険者は身軽であることが身上なのだ。

「サフィーロでこの船ともお別れだ。群島国家はいいぞ。噂には、神話返りを起こして、とんでもないモンスターが次々に出てきているらしいからな」

「神話返り!?」

 とんでもない言葉が出てきた。
 どうやら、サフィーロでは物語の中に語られているようなモンスターが次々と出現し、猛威を振るっていると言う話だった。

 なるほど、冒険者が必要とされていそうではある。

「ここからアドポリスまでは直行便が出てるんだが……無事に船を出せるようになるまで、一仕事ありそうだぜ」

「俺達の出番という訳か。いいだろう。やってやろうじゃないか」

 かくして次なる目的地は決定。
 船は一路、群島国家サフィーロへと向かうのである。

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