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第二部:神都ラグナスの冒険 5

第74話 アルマース帝国の魔手 その2

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 しかし、貴族制の廃止とは大きな事をするものだ。
 翌日から、神都ラグナスは大騒ぎだった。
 あちこちで、僧兵と貴族の私兵がぶつかりあったのだ。

 もちろん、大教会はいきなり仕掛けたわけじゃない。
 俺達の調べた、ペット誘拐事件の犯人から繋がりをたどり、それを証拠として貴族達の邸宅に押し入ったわけだ。

「いや、それにしてもこれ以上下水に入る必要がなくなって、正直ホッとしたよ。臭いを落とすための洗濯も手間がかかるからね」

 もみ合う僧兵と貴族の私兵を見ながら、我らモフライダーズは食堂のテラス席でのんびりしている。
 本日はオフ。
 テラス席ならブランも入れるため、白い犬は俺の隣に鎮座している。

 牛ほどもある巨大なモフモフの犬が珍しいようで、食堂に来る近隣の人々からは注目の的だ。

「あのう……ひょっとして、その白い犬を連れているのは……モフライダーズの?」

「あ、そうです」

 声を掛けられたので、肯定しておいた。
 吟遊詩人ファルクスのお陰で、俺達の名声みたいなものはラグナス中に轟き始めているらしい。

 ハーフエルフの吟遊詩人が、どうです、と得意げな笑みを浮かべる。

「本当ですか! いやあー! 感激だなあ……。みなさんの働きがあって、今の神都では腐敗した貴族の一掃作戦が始まったということじゃないですか。神都を変えた英雄だ、あなたがたは!」

 食堂にいた人々もこちらにやってきて、わーっと盛り上がる。
 そこで調子に乗ったファルクスが、リュートをぽろんとかき鳴らし、

「では一曲」

 などやり始めるのだから止まらない。

「クルミはファルクスの歌すきですよ! たのしみです!」

「クルミがそう言うなら、まあいいか」

 ファルクスのやりたいようにさせてやろう。
 カイルは女の子達に囲まれてモテモテだ。
 冒険の話をせがまれているな。本人も顔が緩んでいる。

 アリサはドレとブランの間に挟まり、顔が緩んでいる。
 大教会謹製のブラシを使い、ブランのモフモフを念入りにブラッシングしている。
 これにはブランもまんざらでもないよう。

 アリサの目が、チラチラこっちを見ている。
 その視線の先には、俺の頭の上でナッツをかじるローズがいるな。

 いつかローズにも魔手を伸ばしてくることだろう。
 守らねば。
 アリサの手から守らねば。

『ちゅちゅ?』

「ローズは気にすることはないぞ……」

『ちゅっちゅ』

 ローズがトテトテと俺の頭を駆け下り、肩から腕を伝ってテーブルの上へ。
 山盛りになったナッツの一つを小さな手で取ると、それをもぎゅっと頬袋に詰め込んだ。
 そしてまた、猛スピードで俺の頭上へ避難する。

 アリサに手出しの隙を与えない。

「ああー」

 アリサが残念そうな声を上げた。

『新入り、なかなかやるにゃ』

『わふん』

 将来有望だね、とブラン。
 なお、先輩二匹はアリサに現在進行系でモフられているのだった。

「それで、オースさん」

「はいはい」

 また声を掛けられた。

「あなたがとても優秀だということは分かりましたよ。では、どうでしょう。我が国にも来てみませんか」

「はい?」

 一瞬だけ、言われたことが意味不明になった。
 そしてすぐに察する。

 これはヤバイやつである。

「ブラン」

『わふ!』

 ブランが立ち上がった。
 白い巨体が動いたことに、周囲の人々がおおーっとどよめく。

 あちこちから、でっけー! とか、かわいいー!とか声が飛んだ。

 それと同時に、俺に声を掛けた何者かの気配が消えた。
 危機を察して逃げたな。

 間違いなく、アルマース帝国の人間が傍らにいた。
 イリアノス王国……いや、法国転覆を狙ったかと思ったら、一介の冒険者パーティに過ぎない俺達を勧誘する。
 彼らの狙いは一体何なのだろう?

「オースさん。今の方、お知り合いではなかったのでしょう? ラグナスの人間とは顔立ちが少し違っていたように思います」

 アリサは、俺に声を掛けてきた相手を見ていたようだ。

「よし、追おうか」

「ええ!」

「クルミもいくです!」

 ということで、カイルとファルクスを残して俺達は、アルマース帝国の者を追うことにした。
 ブランを連れて行くけれど……。

「ドレ、君はここに」

『うむにゃ。また下水にもぐられたら堪ったもんじゃないからにゃ』

 猫が、ぴすぴす鼻を鳴らした。
 本当に下水大嫌いなんだな。

『わふん』

『うっさいにゃ! 己はお鼻が繊細なだけにゃー!』

 うにゃーっと暴れるドレ。
 だが、フリーになった彼を周囲の人々が放っておくわけがない。

「ネコチャン!」

「かわいいー」

『うにゃー!?』

 たちまち、猫を愛する人々に囲まれ、モフモフの嵐に飲み込まれてしまった。
 モフモフ好きは俺とアリサだけではないのだ……。

『わふ』

 気を取り直して行きましょ、とブラン。
 そうだな。

 今回は彼の鼻を頼りに、さっきの男を追いかけることにする。
 ブランがトコトコ歩くと、みんな道を開けてくれる。

 こんなに大きくて、しかも真っ白な目立つ犬だ。
 誰だって気付くし、どうやら彼が俺達モフライダーズのシンボルとして定着してきているようだ。

 視線を感じる……!

「いや、どうなんだろうね、注目されるのは。有名になれば仕事が来るから、悪いことじゃないんだけど」

「センセエはすごい人なので、これくらいみんなから見られるのがちょうどいいです!」

「出たな、クルミの過大評価」

「ブランちゃんは目立ちますものねえ。ほらほら皆さん、見世物じゃありませんわよ。散った散った」

 アリサが手を叩いて、立ち止まった人達に動くよう促す。
 すると、渋々という感じで人々が動き出した。

 司祭の権威というやつかな?

 俺が感心していたら、頭上で大人しかったローズが突然動き出した。

『ちゅっ! ちゅちゅーい!』

 ぴょーんとローズが飛び跳ねる。

「あっ、ローズのおでこの石が光ったです!!」

 クルミが声を上げた瞬間だ。
 俺は、偶然そこに転がってきた瓶につまずき、転んでしまった。

「うおっ!!」

 なんだなんだ!?
 俺が足元の注意を疎かにするなんて、めったに無いのに……。
 そう思った時、さっきまで俺の頭があった場所を何かが通り過ぎていった。

『わふ!』

「魔法? 誰かが人混みから、魔法を掛けようとしたのか」

 思い出すのは、ブランと出会った森の中。
 パーティメンバーの女魔法使いに、俺はパラライズの魔法を掛けられて森に放置された。
 あれは不意打ちだった。

「まさか……!」

 慌てて起き上がると、目が合った。

 彼女は俺を見て目を見開くと、慌てて人混みを駆け出していく。
 ああ、見覚えがある。

 ショーナウン・ウインド最後の生き残りだ。
 逃さないぞ。

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