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とある賢者のご乱心事件

第223話 ゴリラから人へ!

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「鍵は、若返りの術にありますわ」

「若返りの術!?」

 私とラズビーの声が合わさった。
 なんだろうそれ。
 いや、言葉の意味そのままなんだろうけれど。

 ブルベリー氏はラズビーとの年齢差を気にしていて、できるだけ長く彼女といたいと願ったと。
 それで、若返りの術とやらを試したということ……かな?

「そういうこと?」

「ええ。全くその通りですわ。この話はとても単純でしたの。犠牲者のいない、とても優しいお話ですわ。そこには新妻への気遣いしかありませんでしたもの。ブルベリー氏は暗黒大陸に渡り、そこで伝えられていた若返りの術を試したのでしょうね。こちらがその資料ですわ」

 シャーロットは、いつの間にか手にしていたノートを開いてみせた。
 これは、ブルベリー氏の研究ノートかな。

「若返りの薬草。これは試されたようですわね。結果、お腹を下しただけで失敗。効果なし。精霊による祝福。これもできませんわね。エルフ化しかけて慌てて逃げてきたようですわ。たしかに寿命は大きく伸びますけれども、認識もまたエルフに変わってしまいますもの。エルフと相対できるものは、超人的な精神を持ったものだけだと言われていますわね」

「色々やってたのねえ……」

「そこまで私のために……!? 愛を感じます……!」

 ラズビーがちょっと感激している。
 まあ、嬉しい気持ちは分かるけど。

「色々出てきましたわ! 雑に机の脇に転がしてあったので、持ってきていいと思ったのですけど」

「賢者の人って、雑多に置いてるように見えて、本人はきちんと整頓してると思ってるからなあ」

 干からびた薬草らしきもの。
 割れかけた精霊の護符。これは植物の精霊のものだったよね。
 講義で教わった。

「そう言えば彼の耳、ちょっと尖ってた時期があったような」

「危ない危ない、本当にエルフになりかけてたんじゃない」

 何やってるのブルベリー氏。

「そしてノートの一番大きい紙幅を使っているのがこれですわね。暗黒大陸における、精力増強の儀式。混沌の精霊に呼びかけて、体に元気をもたらすとありますわね。これを求めて暗黒大陸に渡ったのでしょうね」

「そんな怪しいものを求めて!」

「愛を感じます!」

 それはそうだろうなあ。
 私もドン引きするくらい愛が深い気がする。
 というか、とにかく気遣いの人だったのか。

「そこで、混沌の精霊の儀式でゴリラになっちゃったと」

「ゴリラは幻の幻獣と言うだけあって、元気に満ち満ちた存在ですもの。ちなみに人間とは違い、精力が減退しないままずっと現役だそうですわ」

「色々と理に叶ってはいるのね……。だけどゴリラになったら意味がないだろうに」

「その問題ですけれど……」

 こうして私たちは、バナナでブルベリー氏を釣って馬車に押し込んだ。
 バナナを食べている間は大人しい。

「野菜も全般的に好き嫌いなく食べるんですよ、彼」

「ゴリラになると菜食主義になるのね」

 あのパワフルさからは想像もできない。
 ちなみにラズビーは、平然とブルベリー氏の横に腰掛けている。
 愛のなせる業かも知れないなあ。

「どこに行くの、シャーロット?」

「ほら、以前森に飲み込まれそうになっていた王都の外れの家がありましたでしょう?」

「ああ、確か不良貴族だったっけ? がエルフを囲って……。って、あのエルフまた戻ってきてるの!?」

「ええ。案外住みよかったみたいで、あの家にいますわよ」

「せっかくお帰り願ったのに」

 エルフ語通訳事件について思い出した私。
 あの時のエルフ、とても意思疎通が可能そうには見えなかったのだけれど。

「こんにちはー」

 到着した町外れの屋敷は、完全に森に飲まれていた。
 これは明らかにエルフが住んでる。

「イニアナガ陛下はこれを許していたりするの?」

「ええ。エルフと盟約を交わしたみたいですわよ。この地にいるエルフが、エルフェバインの他のエルフたちとの繋がりを担当してくれていますわ」

「陛下、敏腕だなあ……」

 私の知らないうちにめちゃくちゃ仕事をしているな。
 そして、見覚えのあるエルフが屋敷から出てきた。

「あらシャーロット。それにジャネット。お久しぶりね」

「覚えていたの?」

「エルフは他人と会う機会が少ないわ。一期一会の出会いだから、それを覚えているものなの」

 エルフの口から語られる新たな事実。

「混沌の精霊の強い気配を感じるわ。未知の土地にやって来たせいで、戸惑って依代に強く結びついている」

「ああ、そういうことでしたので。これで全て分かりましたわ。わたくし、エルフの方に混沌の精霊を植物の精霊で上書き、相殺してもらおうと思っていたのですけれど。混沌の精霊はつまり、ブルベリー氏とちゃんと共存できていますのね?」

「ええ。できているわ。上書きもできるけれど、混沌の精霊は消滅するわ」

「それはかわいそうですわねえ」

「そうだねえ。暗黒大陸からこっちに連れてきてしまったのは、ブルベリー氏の事情なわけだし」

 ラズビーは話し合う私たちを、興味深そうにキョロキョロ見回している。

「それじゃあつまり、私たちはどうしたら……」

「ええ。それはですわね……」


 後日の事。
 お茶をしていた私とシャーロット。

「お手紙が来ましたわ」

 シャーロットが見せてくれた手紙には、ラズビーからの御礼の言葉が書かれていた。
 それは、暗黒大陸に移住したブルベリー氏とラズビーのもの。

 向こうに行ったら、ブルベリー氏はすっかり元気になり、いつものように活動的になったという。
 これからは暗黒大陸の研究を行い、現地の人々に学問を教えたりしながら暮らしていくらしい。

 エルフェンバインという社会とのつながりは、こうして時折やりとりされる手紙くらいになってしまうけれど……。
 あの二人はそれよりも、お互いの繋がりを選んだということみたい。

「まあ、めでたしめでたしね、これ。あら」

 二人の名前が綴られている横に、可愛らしい肉球がスタンプしてあった。
 きっとこれは、犬のストリベリーのものだな。

 思わず微笑んでしまう私なのだった。
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