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とある賢者のご乱心事件
第221話 若奥様の相談
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途中でナイツを呼んで、網を持ってきてもらった。
「よーしよし、いい子よブルベリー氏。こっちにおいでー」
バナナでブルベリー氏を釣る私。
これを見て、シャーロットが大層感心したようだった。
「ジャネット様、自ら率先して最前線に立つのは本当に尊敬しますわねえ」
「パフォーマンスだとしても、背中を見せない上に部下はついてこないでしょ」
「ここがお嬢の本当にいいところなんだよなあ」
「分かりますわねえ」
ナイツとシャーロットが談笑しているが、私の方は至って真剣。
ブルベリー氏はジッと私の握ったバナナを見ている。
さっきのバナナは食べ終わった。
彼は床に降りると、足を曲げ、腕は真っすぐ伸ばして四足歩行。
うーん、見たこと無いアニマル。
「ウホ? ウホホ?」
「そうよ。こっちこっち……ほらっ」
バナナを突き出したら、ブルベリー氏が手を伸ばしてきた。
「今よ!」
「へい!」
ナイツからパッと投げつけられた投網。
ブルベリー氏は網で絡まれ、「もがー!!」と大暴れ。
「平和的かと思ったんですがね。網で囲んだら暴れ始めて、こいつはすごいパワーですぜ」
「ナイツがそう言うなら本当に凄いのね。じゃあブルベリー氏を簀巻きにして、家まで運んで行こうか」
そういうことになった。
ぐるぐる巻きのブルベリー氏は、しばらく「ウホウホ」うるさかったが、バナナを食べさせたら大人しくなった。
「紳士的だったブルベリー氏が、いくらなんでもこの変わりようはおかしいですわね……。それに、バナナは本来暗黒大陸で採れる果物ですわ。イリアノスの中央海沿岸でも栽培がされていますから、お値段は安くなっていますけれどね」
「ブルベリー氏がバナナ好きだったって話は聞かないものねえ」
馬車にゴリラになった賢者を詰め込みながら、彼の自宅へと向かう。
そこは王都の西側にある文教地区。
賢者個人が開いている私塾が立ち並んでいて、小金がある人が子どもを通わせたり、労働者が趣味で勉強しに来るのだ。
なお、貴族は王立アカデミーに送ったり家庭教師をつける。
私は辺境の頃、流浪の賢者だと名乗る人に教えてもらったなあ。
「到着しましたぜ。ははあ、ブルベリー氏の奥方も私塾をやってるんですな」
「夫婦で学問に長けていますもの。賢者の館でブルベリー氏が研究し、奥様はご自宅で子どもたちに勉強を教えているのですわ。お二人とも趣味に生きてますわねー」
簀巻きのブルベリー氏が馬車から登場すると、ちょうど子どもたちを見送っていた奥方が、あら、という顔をした。
なるほど、とても若い。
「あらあら、頑張って出勤したと思ったんだけど、やっぱりダメだったのね……。ゴリラの精霊が乗り移ったのかしら……」
「動じない人だなあ」
奥様はラズビー言う名前で、この若さにして賢者見習いなのだとか。
今は賢者登用試験の勉強中で、そのついでに私塾を開いているのだとか。
家の奥から、わんわんと鳴き声が聞こえ、もこもことした小型犬が走ってきた。
犬はブルベリー氏を見ると、ぴょんとジャンプしてガブッと噛みついた。
「ウホッ!」
「ああ、もう、ストロベリーちゃん、だめよ。彼が暗黒大陸から帰ってきて、ストロベリーちゃんはすぐに噛みつこうとするようになったんです。まあ甘咬みなんですけど」
「優しい犬ねえ。暗黒大陸に行く前は噛みつかなかったの?」
「はい。甘えん坊だったんですけど……」
「くうーん」
犬のストロベリーちゃんが目をうるうるさせながら私を見つめている。
なにかして欲しいのかもしれない。
とりあえず抱き上げると、にゅーっと伸び上がって私の顔をペロペロ舐め始めた。
「くすぐったいくすぐったい」
「あら、ストロベリーちゃんがすぐに懐くなんて」
「お嬢は割りと獣に恐れられますからね」
「えっ、服従の姿勢なのこれ? 人聞きが悪いなあ……。でもめちゃめちゃ舐めてくるじゃない」
「お嬢に染み付いたバスカーのにおいに服従してるんじゃないですかね?」
「ああ、それかあ」
ブルベリー氏が私に対して大人しかったのも、バスカーの気配を感じ取ったからかも。
そうだ、きっとそうだ。そういうことにしておこう。
「では、どうしてブルベリー氏が変わってしまったかを調べますわね。変化の原因を探ることができれば、きっと戻す方法も分かりますわよ」
犬の話題で持ちきりだった私とナイツだが、シャーロットが話を戻してくれた。
「はい、お願いします。高い競争を勝ち抜いて射止めた彼がゴリラになってしまうなんて、これはきっと誰かの呪いです。私と彼の幸せな生活が妬ましくて仕方ないんですよ」
ラズビー夫人が目に怒りの炎を燃やす。
そうかな……?
人をゴリラにする呪いなんて聞いたことが無いけれど。
暗黒大陸にはありそうに思えるけど、実はあちらは混沌の精霊を使っている事以外は唯物主義で、精神的な効果を及ぼす攻撃は一度も食らったことが無かった。
辺境伯領は、暗黒大陸の蛮族たちと戦争してたんだよね。
「……ジャネット様が訝しげな顔をしてますわね。彼女は暗黒大陸の蛮族についてはとても詳しい方ですわ。もしかしたら、今回の事件には思いもよらぬ裏があるのかも」
「だったら、彼の書斎を調べてみて下さい。プライベートを漁るのはどうかなーって思うけど、緊急時だから仕方ないです。きっと彼も許してくれますから」
そう言うラズビー夫人が、一番やる気である。
こうして私たちは、ブルベリー氏の書斎に向かうのだった。
「よーしよし、いい子よブルベリー氏。こっちにおいでー」
バナナでブルベリー氏を釣る私。
これを見て、シャーロットが大層感心したようだった。
「ジャネット様、自ら率先して最前線に立つのは本当に尊敬しますわねえ」
「パフォーマンスだとしても、背中を見せない上に部下はついてこないでしょ」
「ここがお嬢の本当にいいところなんだよなあ」
「分かりますわねえ」
ナイツとシャーロットが談笑しているが、私の方は至って真剣。
ブルベリー氏はジッと私の握ったバナナを見ている。
さっきのバナナは食べ終わった。
彼は床に降りると、足を曲げ、腕は真っすぐ伸ばして四足歩行。
うーん、見たこと無いアニマル。
「ウホ? ウホホ?」
「そうよ。こっちこっち……ほらっ」
バナナを突き出したら、ブルベリー氏が手を伸ばしてきた。
「今よ!」
「へい!」
ナイツからパッと投げつけられた投網。
ブルベリー氏は網で絡まれ、「もがー!!」と大暴れ。
「平和的かと思ったんですがね。網で囲んだら暴れ始めて、こいつはすごいパワーですぜ」
「ナイツがそう言うなら本当に凄いのね。じゃあブルベリー氏を簀巻きにして、家まで運んで行こうか」
そういうことになった。
ぐるぐる巻きのブルベリー氏は、しばらく「ウホウホ」うるさかったが、バナナを食べさせたら大人しくなった。
「紳士的だったブルベリー氏が、いくらなんでもこの変わりようはおかしいですわね……。それに、バナナは本来暗黒大陸で採れる果物ですわ。イリアノスの中央海沿岸でも栽培がされていますから、お値段は安くなっていますけれどね」
「ブルベリー氏がバナナ好きだったって話は聞かないものねえ」
馬車にゴリラになった賢者を詰め込みながら、彼の自宅へと向かう。
そこは王都の西側にある文教地区。
賢者個人が開いている私塾が立ち並んでいて、小金がある人が子どもを通わせたり、労働者が趣味で勉強しに来るのだ。
なお、貴族は王立アカデミーに送ったり家庭教師をつける。
私は辺境の頃、流浪の賢者だと名乗る人に教えてもらったなあ。
「到着しましたぜ。ははあ、ブルベリー氏の奥方も私塾をやってるんですな」
「夫婦で学問に長けていますもの。賢者の館でブルベリー氏が研究し、奥様はご自宅で子どもたちに勉強を教えているのですわ。お二人とも趣味に生きてますわねー」
簀巻きのブルベリー氏が馬車から登場すると、ちょうど子どもたちを見送っていた奥方が、あら、という顔をした。
なるほど、とても若い。
「あらあら、頑張って出勤したと思ったんだけど、やっぱりダメだったのね……。ゴリラの精霊が乗り移ったのかしら……」
「動じない人だなあ」
奥様はラズビー言う名前で、この若さにして賢者見習いなのだとか。
今は賢者登用試験の勉強中で、そのついでに私塾を開いているのだとか。
家の奥から、わんわんと鳴き声が聞こえ、もこもことした小型犬が走ってきた。
犬はブルベリー氏を見ると、ぴょんとジャンプしてガブッと噛みついた。
「ウホッ!」
「ああ、もう、ストロベリーちゃん、だめよ。彼が暗黒大陸から帰ってきて、ストロベリーちゃんはすぐに噛みつこうとするようになったんです。まあ甘咬みなんですけど」
「優しい犬ねえ。暗黒大陸に行く前は噛みつかなかったの?」
「はい。甘えん坊だったんですけど……」
「くうーん」
犬のストロベリーちゃんが目をうるうるさせながら私を見つめている。
なにかして欲しいのかもしれない。
とりあえず抱き上げると、にゅーっと伸び上がって私の顔をペロペロ舐め始めた。
「くすぐったいくすぐったい」
「あら、ストロベリーちゃんがすぐに懐くなんて」
「お嬢は割りと獣に恐れられますからね」
「えっ、服従の姿勢なのこれ? 人聞きが悪いなあ……。でもめちゃめちゃ舐めてくるじゃない」
「お嬢に染み付いたバスカーのにおいに服従してるんじゃないですかね?」
「ああ、それかあ」
ブルベリー氏が私に対して大人しかったのも、バスカーの気配を感じ取ったからかも。
そうだ、きっとそうだ。そういうことにしておこう。
「では、どうしてブルベリー氏が変わってしまったかを調べますわね。変化の原因を探ることができれば、きっと戻す方法も分かりますわよ」
犬の話題で持ちきりだった私とナイツだが、シャーロットが話を戻してくれた。
「はい、お願いします。高い競争を勝ち抜いて射止めた彼がゴリラになってしまうなんて、これはきっと誰かの呪いです。私と彼の幸せな生活が妬ましくて仕方ないんですよ」
ラズビー夫人が目に怒りの炎を燃やす。
そうかな……?
人をゴリラにする呪いなんて聞いたことが無いけれど。
暗黒大陸にはありそうに思えるけど、実はあちらは混沌の精霊を使っている事以外は唯物主義で、精神的な効果を及ぼす攻撃は一度も食らったことが無かった。
辺境伯領は、暗黒大陸の蛮族たちと戦争してたんだよね。
「……ジャネット様が訝しげな顔をしてますわね。彼女は暗黒大陸の蛮族についてはとても詳しい方ですわ。もしかしたら、今回の事件には思いもよらぬ裏があるのかも」
「だったら、彼の書斎を調べてみて下さい。プライベートを漁るのはどうかなーって思うけど、緊急時だから仕方ないです。きっと彼も許してくれますから」
そう言うラズビー夫人が、一番やる気である。
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