上 下
220 / 225
とある賢者のご乱心事件

第220話 バナナを食べる男

しおりを挟む
「ブルベリー氏をご存知ですわよね?」

「ええ。アカデミーで教鞭を取っている賢者の一人でしょ? 落ち着いた感じの紳士だと思っていたけど」

 シャーロットとともに、向かう先は賢者の館。
 ふと思い出す、マーダラーの紐事件。
 あの頃は、シャーロットと今ほど仲良くなかったな。

 うんざりした気分で館に向かって馬車を走らせていた気がする。
 それが今ではどうだろう。
 シャーロットとともに事件に挑むのが楽しみなのだ。

 これは、事件の被害に遭った方にはちょっと申し訳ない感情なのだけれども。

「そのブルベリー氏がどうしたの? 奥様に先立たれてから落ち込んでいたそうだけど、私が師事した時にはもうすっかり立ち直ってたわ」

「実はですわね、ブルベリー氏はご友人のお嬢様と婚約をされていたそうなのですわ」

「えーっ、ブルベリー氏が婚約!? 彼、五十代よね。お相手は?」

「二十歳ですわ。年の差ですわねー」

「年の差ねえ。私と父よりも年が離れてる。でも確かに、彼ったらアカデミーでも女子に人気だったわね。そう考えると、争奪戦を勝ち抜いて、ブルベリー氏がゲットされたのかも……」

「そうかも知れませんわね。むしろそちらの線が濃厚ですわねえ。そのブルベリー氏ですけれども、最近、怪しい連中と付き合いができたと聞きますわ」

「げげっ、またジャクリーンだったりしない?」

「そうかも知れませんけれど、まだ調べはついておりませんわねー」

 道すがら、シャーロットが教えてくれた内容はこんなものだった。
 ブルベリー氏は若い奥さんとの暮らしを始める前に、フィールドワークの旅に出たのだそうだ。
 向かったのは暗黒大陸。

 暗黒大陸の、中央海を挟んだ対岸は比較的友好的な人々が暮らしている。
 そこで暮らしながら、現地の人々の生活や文化を調査していたようなのだが……。

「すっかりおかしくなってしまわれたのですわ。床に手をついて歩き回り、木を登り、犬に吠えられ、バナナを食べるそうですわ」

「バナナは食べてても良くない? でも、確かにおかしいわね。ブルベリー氏はとても理性的な方だったと思うのだけれど……」

 そうこうしているうちに、賢者の館に到着した。
 ブルベリー氏は奇行をしながらも、何故かちゃんと賢者の館には出てきているらしい。

「デストレードは……いないわね」

「それはもちろんでしょう。これ、事件じゃございませんもの。賢者の館で起きたちょっと変わった出来事ですわよ」

「そっか。あれ? じゃあどうしてシャーロットが首を突っ込んでいるわけ?」

「ブルベリー氏はわたくしの恩師でもありましてよ? それにお相手の女性はわたくしと同窓生ですの」

「ああ、王立アカデミーに通ってたんだ、賢者のお嬢さん! ……ていうか、シャーロットは思ったよりもずっと若かったのね」

「幾つだと思ってましたの……?」

 賢者の館は、入ってみたらもう大騒ぎだった。

「なになに?」

 叫び声や、ドタバタ音が聞こえて来る賢者の館は初めてだった。
 受付で尋ねてみる。

「それが……」

「ブルベリー氏がご乱心なんですよねー」

 アリアナとハンスが顔を見合わせている。
 マミーがその横で肩をすくめた。

 普通に事務員で仕事してるんだ、マミー。
 いつだかの事件で、ハンスと仲良くなってしまったマミーだ。

「どれどれ……?」

 賢者の館の階段を上がっていく。
 すると、「ウグワー!」と悲鳴が聞こえてきた。

「な、何をするんだブルベリーくん、やめろ、ウグワー!?」

 賢者の一人が、ゴロゴロ転がってきた。

「あぶなーい!」

 私とシャーロットで飛び出して、賢者をキャッチする。
 彼はすっかり目を回してしまっていた。

「これは人ならざる力で放り投げられましたわね。どうやら事態は、思ったよりも深刻なようですわ」

「うん。ブルベリー氏に何が起きてるのか気になるよね。あっちから転がってきたということは……」

 私は早速、そちらに向かうことにした。

「躊躇なく足を運びますわね! ですけど、そんなジャネット様の向こう見ずなところが好きですわ!」

「公衆の面前で大胆な告白! そっちの趣味はありませんけど!」

「わたくしもありませんわよ!」

 あ、そうですか。
 イマイチ緊張感のない私たちの眼の前で、何か黒いものが動いた。

「何これ」

「ブルベリー氏ですわね」

「この黒いのが?」

 よくよく見ると、賢者のローブを何重にも纏って毛皮のようにしたブルベリー氏だった。
 話に聞いた通り、彼は四足でバタバタと走り回ると、近くの柱をよじ登り始めた。

「凄い身体能力! 暗黒大陸で鍛えたのかしら」

「ちょっと異常なくらいですわよね。ですけど……」

 ブルベリー氏は私たちを見た後、「ウホッ」とか鳴いた。
 そしてポケットから黄色いものを取り出して、足だけで柱に捕まりながらぶら下がる。

「あ、バナナ」

 黄色いバナナの皮を剥き、もりもりと食べるブルベリー氏。
 大変満足そうな顔をしている。
 その評定に、いつも難しいことを考えていたブルベリー氏の面影は……。

 いや、難しいことを考えるのが好きだった人なので、面影はあるな。
 今はバナナを食べるのが好きなんじゃないか。

「まるで……暗黒大陸にいるという幻の幻獣ゴリラですわね」

 幻獣ゴリラ!?
 



しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

悪役令嬢の矜持〜世界が望む悪役令嬢を演じればよろしいのですわね〜

白雲八鈴
ファンタジー
「貴様との婚約は破棄だ!」 はい、なんだか予想通りの婚約破棄をいただきました。ありきたりですわ。もう少し頭を使えばよろしいのに。 ですが、なんと世界の強制力とは恐ろしいものなのでしょう。 いいでしょう!世界が望むならば、悪役令嬢という者を演じて見せましょう。 さて、悪役令嬢とはどういう者なのでしょうか? *作者の目が節穴のため誤字脱字は存在します。 *n番煎じの悪役令嬢物です。軽い感じで読んでいただければと思います。 *小説家になろう様でも投稿しております。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

処理中です...