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とある賢者のご乱心事件
第220話 バナナを食べる男
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「ブルベリー氏をご存知ですわよね?」
「ええ。アカデミーで教鞭を取っている賢者の一人でしょ? 落ち着いた感じの紳士だと思っていたけど」
シャーロットとともに、向かう先は賢者の館。
ふと思い出す、マーダラーの紐事件。
あの頃は、シャーロットと今ほど仲良くなかったな。
うんざりした気分で館に向かって馬車を走らせていた気がする。
それが今ではどうだろう。
シャーロットとともに事件に挑むのが楽しみなのだ。
これは、事件の被害に遭った方にはちょっと申し訳ない感情なのだけれども。
「そのブルベリー氏がどうしたの? 奥様に先立たれてから落ち込んでいたそうだけど、私が師事した時にはもうすっかり立ち直ってたわ」
「実はですわね、ブルベリー氏はご友人のお嬢様と婚約をされていたそうなのですわ」
「えーっ、ブルベリー氏が婚約!? 彼、五十代よね。お相手は?」
「二十歳ですわ。年の差ですわねー」
「年の差ねえ。私と父よりも年が離れてる。でも確かに、彼ったらアカデミーでも女子に人気だったわね。そう考えると、争奪戦を勝ち抜いて、ブルベリー氏がゲットされたのかも……」
「そうかも知れませんわね。むしろそちらの線が濃厚ですわねえ。そのブルベリー氏ですけれども、最近、怪しい連中と付き合いができたと聞きますわ」
「げげっ、またジャクリーンだったりしない?」
「そうかも知れませんけれど、まだ調べはついておりませんわねー」
道すがら、シャーロットが教えてくれた内容はこんなものだった。
ブルベリー氏は若い奥さんとの暮らしを始める前に、フィールドワークの旅に出たのだそうだ。
向かったのは暗黒大陸。
暗黒大陸の、中央海を挟んだ対岸は比較的友好的な人々が暮らしている。
そこで暮らしながら、現地の人々の生活や文化を調査していたようなのだが……。
「すっかりおかしくなってしまわれたのですわ。床に手をついて歩き回り、木を登り、犬に吠えられ、バナナを食べるそうですわ」
「バナナは食べてても良くない? でも、確かにおかしいわね。ブルベリー氏はとても理性的な方だったと思うのだけれど……」
そうこうしているうちに、賢者の館に到着した。
ブルベリー氏は奇行をしながらも、何故かちゃんと賢者の館には出てきているらしい。
「デストレードは……いないわね」
「それはもちろんでしょう。これ、事件じゃございませんもの。賢者の館で起きたちょっと変わった出来事ですわよ」
「そっか。あれ? じゃあどうしてシャーロットが首を突っ込んでいるわけ?」
「ブルベリー氏はわたくしの恩師でもありましてよ? それにお相手の女性はわたくしと同窓生ですの」
「ああ、王立アカデミーに通ってたんだ、賢者のお嬢さん! ……ていうか、シャーロットは思ったよりもずっと若かったのね」
「幾つだと思ってましたの……?」
賢者の館は、入ってみたらもう大騒ぎだった。
「なになに?」
叫び声や、ドタバタ音が聞こえて来る賢者の館は初めてだった。
受付で尋ねてみる。
「それが……」
「ブルベリー氏がご乱心なんですよねー」
アリアナとハンスが顔を見合わせている。
マミーがその横で肩をすくめた。
普通に事務員で仕事してるんだ、マミー。
いつだかの事件で、ハンスと仲良くなってしまったマミーだ。
「どれどれ……?」
賢者の館の階段を上がっていく。
すると、「ウグワー!」と悲鳴が聞こえてきた。
「な、何をするんだブルベリーくん、やめろ、ウグワー!?」
賢者の一人が、ゴロゴロ転がってきた。
「あぶなーい!」
私とシャーロットで飛び出して、賢者をキャッチする。
彼はすっかり目を回してしまっていた。
「これは人ならざる力で放り投げられましたわね。どうやら事態は、思ったよりも深刻なようですわ」
「うん。ブルベリー氏に何が起きてるのか気になるよね。あっちから転がってきたということは……」
私は早速、そちらに向かうことにした。
「躊躇なく足を運びますわね! ですけど、そんなジャネット様の向こう見ずなところが好きですわ!」
「公衆の面前で大胆な告白! そっちの趣味はありませんけど!」
「わたくしもありませんわよ!」
あ、そうですか。
イマイチ緊張感のない私たちの眼の前で、何か黒いものが動いた。
「何これ」
「ブルベリー氏ですわね」
「この黒いのが?」
よくよく見ると、賢者のローブを何重にも纏って毛皮のようにしたブルベリー氏だった。
話に聞いた通り、彼は四足でバタバタと走り回ると、近くの柱をよじ登り始めた。
「凄い身体能力! 暗黒大陸で鍛えたのかしら」
「ちょっと異常なくらいですわよね。ですけど……」
ブルベリー氏は私たちを見た後、「ウホッ」とか鳴いた。
そしてポケットから黄色いものを取り出して、足だけで柱に捕まりながらぶら下がる。
「あ、バナナ」
黄色いバナナの皮を剥き、もりもりと食べるブルベリー氏。
大変満足そうな顔をしている。
その評定に、いつも難しいことを考えていたブルベリー氏の面影は……。
いや、難しいことを考えるのが好きだった人なので、面影はあるな。
今はバナナを食べるのが好きなんじゃないか。
「まるで……暗黒大陸にいるという幻の幻獣ゴリラですわね」
幻獣ゴリラ!?
「ええ。アカデミーで教鞭を取っている賢者の一人でしょ? 落ち着いた感じの紳士だと思っていたけど」
シャーロットとともに、向かう先は賢者の館。
ふと思い出す、マーダラーの紐事件。
あの頃は、シャーロットと今ほど仲良くなかったな。
うんざりした気分で館に向かって馬車を走らせていた気がする。
それが今ではどうだろう。
シャーロットとともに事件に挑むのが楽しみなのだ。
これは、事件の被害に遭った方にはちょっと申し訳ない感情なのだけれども。
「そのブルベリー氏がどうしたの? 奥様に先立たれてから落ち込んでいたそうだけど、私が師事した時にはもうすっかり立ち直ってたわ」
「実はですわね、ブルベリー氏はご友人のお嬢様と婚約をされていたそうなのですわ」
「えーっ、ブルベリー氏が婚約!? 彼、五十代よね。お相手は?」
「二十歳ですわ。年の差ですわねー」
「年の差ねえ。私と父よりも年が離れてる。でも確かに、彼ったらアカデミーでも女子に人気だったわね。そう考えると、争奪戦を勝ち抜いて、ブルベリー氏がゲットされたのかも……」
「そうかも知れませんわね。むしろそちらの線が濃厚ですわねえ。そのブルベリー氏ですけれども、最近、怪しい連中と付き合いができたと聞きますわ」
「げげっ、またジャクリーンだったりしない?」
「そうかも知れませんけれど、まだ調べはついておりませんわねー」
道すがら、シャーロットが教えてくれた内容はこんなものだった。
ブルベリー氏は若い奥さんとの暮らしを始める前に、フィールドワークの旅に出たのだそうだ。
向かったのは暗黒大陸。
暗黒大陸の、中央海を挟んだ対岸は比較的友好的な人々が暮らしている。
そこで暮らしながら、現地の人々の生活や文化を調査していたようなのだが……。
「すっかりおかしくなってしまわれたのですわ。床に手をついて歩き回り、木を登り、犬に吠えられ、バナナを食べるそうですわ」
「バナナは食べてても良くない? でも、確かにおかしいわね。ブルベリー氏はとても理性的な方だったと思うのだけれど……」
そうこうしているうちに、賢者の館に到着した。
ブルベリー氏は奇行をしながらも、何故かちゃんと賢者の館には出てきているらしい。
「デストレードは……いないわね」
「それはもちろんでしょう。これ、事件じゃございませんもの。賢者の館で起きたちょっと変わった出来事ですわよ」
「そっか。あれ? じゃあどうしてシャーロットが首を突っ込んでいるわけ?」
「ブルベリー氏はわたくしの恩師でもありましてよ? それにお相手の女性はわたくしと同窓生ですの」
「ああ、王立アカデミーに通ってたんだ、賢者のお嬢さん! ……ていうか、シャーロットは思ったよりもずっと若かったのね」
「幾つだと思ってましたの……?」
賢者の館は、入ってみたらもう大騒ぎだった。
「なになに?」
叫び声や、ドタバタ音が聞こえて来る賢者の館は初めてだった。
受付で尋ねてみる。
「それが……」
「ブルベリー氏がご乱心なんですよねー」
アリアナとハンスが顔を見合わせている。
マミーがその横で肩をすくめた。
普通に事務員で仕事してるんだ、マミー。
いつだかの事件で、ハンスと仲良くなってしまったマミーだ。
「どれどれ……?」
賢者の館の階段を上がっていく。
すると、「ウグワー!」と悲鳴が聞こえてきた。
「な、何をするんだブルベリーくん、やめろ、ウグワー!?」
賢者の一人が、ゴロゴロ転がってきた。
「あぶなーい!」
私とシャーロットで飛び出して、賢者をキャッチする。
彼はすっかり目を回してしまっていた。
「これは人ならざる力で放り投げられましたわね。どうやら事態は、思ったよりも深刻なようですわ」
「うん。ブルベリー氏に何が起きてるのか気になるよね。あっちから転がってきたということは……」
私は早速、そちらに向かうことにした。
「躊躇なく足を運びますわね! ですけど、そんなジャネット様の向こう見ずなところが好きですわ!」
「公衆の面前で大胆な告白! そっちの趣味はありませんけど!」
「わたくしもありませんわよ!」
あ、そうですか。
イマイチ緊張感のない私たちの眼の前で、何か黒いものが動いた。
「何これ」
「ブルベリー氏ですわね」
「この黒いのが?」
よくよく見ると、賢者のローブを何重にも纏って毛皮のようにしたブルベリー氏だった。
話に聞いた通り、彼は四足でバタバタと走り回ると、近くの柱をよじ登り始めた。
「凄い身体能力! 暗黒大陸で鍛えたのかしら」
「ちょっと異常なくらいですわよね。ですけど……」
ブルベリー氏は私たちを見た後、「ウホッ」とか鳴いた。
そしてポケットから黄色いものを取り出して、足だけで柱に捕まりながらぶら下がる。
「あ、バナナ」
黄色いバナナの皮を剥き、もりもりと食べるブルベリー氏。
大変満足そうな顔をしている。
その評定に、いつも難しいことを考えていたブルベリー氏の面影は……。
いや、難しいことを考えるのが好きだった人なので、面影はあるな。
今はバナナを食べるのが好きなんじゃないか。
「まるで……暗黒大陸にいるという幻の幻獣ゴリラですわね」
幻獣ゴリラ!?
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