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ウルガル橋事件
第216話 傲慢な依頼人
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シャーロットの家にお茶しに行く途中、ウルガル橋が妙に騒がしかった。
憲兵たちがわいわいと騒いでいて、欄干の傷がどうだとか言っていたようだ。
王都は本日も、事件に困らない。
私は平和な世の中がいいのだけれど。
『わふう』
「バスカー、なんで今笑ったの」
『わっふ』
ガルムのバスカーは、なんでもないですよー、とでも言いたげに前を向いて走り出した。
彼を追って、私の馬も走る。
今日も憲兵隊、お疲れ様。彼らが頑張っているから、私はこうやって平和に暮らしていられるのだ。
……平和に……?
ちょこちょこと事件に巻き込まれているような。
思い返すと、王立アカデミーで過ごした年月の半分くらいはシャーロットと過ごした日々だったから、それだけの間、持ち込まれる事件と相対していたことになる。
『わふん?』
「そうそう、バスカーも事件絡みで出会ったものねー」
馬上から手を伸ばすと、バスカーがニューっと鼻を出してきて触らせた。
しっとりしてる。
『わっふ』
「あら。シャーロットの家の前に豪華な……いや、成金な馬車が」
金色にキラキラ輝く馬車が停められていた。
従者が前に立っていたのだが、近づいてくる私たちを見てギョッとしたようだ。
「こ、こら! 近寄るな! これはネイチャー合衆国のニョール議員のものだ!」
「ネイチャー合衆国? ああ、エルフェンバインの西の大陸にある国ね。そんな遠くの国の人がシャーロットに御用なの?」
私が馬車から降り立つと、従者は顔をしかめた。
「近寄るなと言うのに! その恐ろしい怪物を近づけるな!」
『わふ?』
「なるほど、そんな田舎からいらっしゃったなら、バスカーの首輪や私の馬が身につけた紋章が分からないのね」
「紋章……?」
従者が首を傾げた。
「それがなんだと……。えっ? まさか貴族?」
従者の疑問はすぐに解決された。
通過していった現地の人が、私を見て挨拶してきたのだ。
「まあまあ! ワトサップ辺境伯名代様! 今日もバスカーちゃんの毛艶はきれいですわねえ!」
「でしょうー。肉も野菜も何でも食べるのよこの子。一匹で大の男二人分くらい」
「まあまあ! あらあら、私ったら、辺境伯名代様に馴れ馴れしかったですわね! 今日もシャーロット様とお話を? あら悪趣味な馬車」
現地の奥様が馬車を見て顔をしかめた。
「それじゃあ私はこれで! また町中をバスカーちゃんと一緒に走っていらしてね!」
「ええ。また散歩に来るわね」
この様子を、従者はポカーンとしながら見つめていた。
「ということで、私はワトサップ辺境伯名代のジャネットよ。シャーロットに用があるの。通してもらえるかしら?」
「あ、は、はい! その化け物……いえ、お犬様はもしや護衛で……?」
「そのようなものね。行くわよバスカー」
『わっふ!』
シャーロット邸の扉がひとりでに開き、そして私の馬はちょうどいいところまで誘導されていった。
シャドウストーカーが手慣れた様子で対処してくれているのだ。
馬も、シャドウストーカーが近づくと独特の気配と匂いがするようで、安心した表情をしている。
まあ、下町からの洗礼というやつだろう。
扉を通って階段を上がる。
シャーロットが出迎えに来ないということは、彼女に来客があるということだ。
あの悪趣味な馬車の主だろう。
ニョール議員とか言ってたけど。
聞いたことはないなあ。
私が姿を現すと、シャーロットが手を振ってきた。
「ジャネット様! そろそろ来る頃だと思っていましたわ! ほら、紅茶がちょうどいい塩梅で淹れられるように」
「こ、こら! 依頼人であるわしを無視するのか! いかに侯爵令嬢と言えど、無礼では無いか!」
「他人に礼を説く者が、椅子にふんぞり返っている事はありえないと思いますけれども?」
「ぬ、ぬうーっ!」
なるほど、あそこにいる恰幅のいい男がニョール議員か。
かなり金をかけたであろうオーダーメイドのスーツを纏い、議員バッヂや指輪がギラギラと光っている。
ネイチャー合衆国というのが、西方大陸に作られた、この世界からの入植地だ。
国と名とは裏腹に、この王都くらいの広さしか無い。
ネイチャーは広大で、その土地を支配する人々は、英雄ウルガルの子孫。
雷の精霊王ワカンタンカの守護を受けて、今も魔法や大自然の力を行使するのだそうだ。
入植した当初、現地の人々に助けられた合衆国の人々。
だが、いつか縁を忘れ、肥沃なネイチャーの大地を自らのものにするため現地の人々を迫害するようになったそうだ。
ここで、合衆国の人々はネイチャーの民の力を見誤っていた事に気づく。
彼らは原始的な暮らしをする、未開の民なんかではなかった。
高度な哲学と、根源的な精霊との繋がりと、そして英雄から受け継いだ力を行使する人々だった。
つまり、大陸最新の武装に身を包んだ合衆国は、ネイチャーの民にボロボロに負けたわけ。
そんなネイチャーの民の中に、虹色のトマホークを使う凄腕の戦士がいたと聞いたのだけど……。
ちょっとナイツと被るかな?
そういう訳で、現地の人たちに許してもらい、ネイチャーの片隅にいるのが合衆国というわけ。
しかしまあ、こんな態度の悪い人が未だに議員だとすると……。
色々反省してないな……?
「そういうことで、お断りしますわね」
「なんだと!! このわしの依頼を断るというのか! 信じられん! むきーっ!」
最後はお猿みたいな声を上げて、議員は去って行ってしまった。
あらまあ、優雅ではないこと。
「お待たせしましたわねジャネット様! さあ、楽しいお茶にしましょう。先ほどの依頼人の話も聞いてほしいですし」
「もちろん! お茶菓子も持ってきたわよ」
「あらまあ! わたくし、明日の朝、日課のランニングの距離を伸ばさないといけなくなりますわね……!!」
シャーロットが嬉しい悲鳴をあげるのだった。
憲兵たちがわいわいと騒いでいて、欄干の傷がどうだとか言っていたようだ。
王都は本日も、事件に困らない。
私は平和な世の中がいいのだけれど。
『わふう』
「バスカー、なんで今笑ったの」
『わっふ』
ガルムのバスカーは、なんでもないですよー、とでも言いたげに前を向いて走り出した。
彼を追って、私の馬も走る。
今日も憲兵隊、お疲れ様。彼らが頑張っているから、私はこうやって平和に暮らしていられるのだ。
……平和に……?
ちょこちょこと事件に巻き込まれているような。
思い返すと、王立アカデミーで過ごした年月の半分くらいはシャーロットと過ごした日々だったから、それだけの間、持ち込まれる事件と相対していたことになる。
『わふん?』
「そうそう、バスカーも事件絡みで出会ったものねー」
馬上から手を伸ばすと、バスカーがニューっと鼻を出してきて触らせた。
しっとりしてる。
『わっふ』
「あら。シャーロットの家の前に豪華な……いや、成金な馬車が」
金色にキラキラ輝く馬車が停められていた。
従者が前に立っていたのだが、近づいてくる私たちを見てギョッとしたようだ。
「こ、こら! 近寄るな! これはネイチャー合衆国のニョール議員のものだ!」
「ネイチャー合衆国? ああ、エルフェンバインの西の大陸にある国ね。そんな遠くの国の人がシャーロットに御用なの?」
私が馬車から降り立つと、従者は顔をしかめた。
「近寄るなと言うのに! その恐ろしい怪物を近づけるな!」
『わふ?』
「なるほど、そんな田舎からいらっしゃったなら、バスカーの首輪や私の馬が身につけた紋章が分からないのね」
「紋章……?」
従者が首を傾げた。
「それがなんだと……。えっ? まさか貴族?」
従者の疑問はすぐに解決された。
通過していった現地の人が、私を見て挨拶してきたのだ。
「まあまあ! ワトサップ辺境伯名代様! 今日もバスカーちゃんの毛艶はきれいですわねえ!」
「でしょうー。肉も野菜も何でも食べるのよこの子。一匹で大の男二人分くらい」
「まあまあ! あらあら、私ったら、辺境伯名代様に馴れ馴れしかったですわね! 今日もシャーロット様とお話を? あら悪趣味な馬車」
現地の奥様が馬車を見て顔をしかめた。
「それじゃあ私はこれで! また町中をバスカーちゃんと一緒に走っていらしてね!」
「ええ。また散歩に来るわね」
この様子を、従者はポカーンとしながら見つめていた。
「ということで、私はワトサップ辺境伯名代のジャネットよ。シャーロットに用があるの。通してもらえるかしら?」
「あ、は、はい! その化け物……いえ、お犬様はもしや護衛で……?」
「そのようなものね。行くわよバスカー」
『わっふ!』
シャーロット邸の扉がひとりでに開き、そして私の馬はちょうどいいところまで誘導されていった。
シャドウストーカーが手慣れた様子で対処してくれているのだ。
馬も、シャドウストーカーが近づくと独特の気配と匂いがするようで、安心した表情をしている。
まあ、下町からの洗礼というやつだろう。
扉を通って階段を上がる。
シャーロットが出迎えに来ないということは、彼女に来客があるということだ。
あの悪趣味な馬車の主だろう。
ニョール議員とか言ってたけど。
聞いたことはないなあ。
私が姿を現すと、シャーロットが手を振ってきた。
「ジャネット様! そろそろ来る頃だと思っていましたわ! ほら、紅茶がちょうどいい塩梅で淹れられるように」
「こ、こら! 依頼人であるわしを無視するのか! いかに侯爵令嬢と言えど、無礼では無いか!」
「他人に礼を説く者が、椅子にふんぞり返っている事はありえないと思いますけれども?」
「ぬ、ぬうーっ!」
なるほど、あそこにいる恰幅のいい男がニョール議員か。
かなり金をかけたであろうオーダーメイドのスーツを纏い、議員バッヂや指輪がギラギラと光っている。
ネイチャー合衆国というのが、西方大陸に作られた、この世界からの入植地だ。
国と名とは裏腹に、この王都くらいの広さしか無い。
ネイチャーは広大で、その土地を支配する人々は、英雄ウルガルの子孫。
雷の精霊王ワカンタンカの守護を受けて、今も魔法や大自然の力を行使するのだそうだ。
入植した当初、現地の人々に助けられた合衆国の人々。
だが、いつか縁を忘れ、肥沃なネイチャーの大地を自らのものにするため現地の人々を迫害するようになったそうだ。
ここで、合衆国の人々はネイチャーの民の力を見誤っていた事に気づく。
彼らは原始的な暮らしをする、未開の民なんかではなかった。
高度な哲学と、根源的な精霊との繋がりと、そして英雄から受け継いだ力を行使する人々だった。
つまり、大陸最新の武装に身を包んだ合衆国は、ネイチャーの民にボロボロに負けたわけ。
そんなネイチャーの民の中に、虹色のトマホークを使う凄腕の戦士がいたと聞いたのだけど……。
ちょっとナイツと被るかな?
そういう訳で、現地の人たちに許してもらい、ネイチャーの片隅にいるのが合衆国というわけ。
しかしまあ、こんな態度の悪い人が未だに議員だとすると……。
色々反省してないな……?
「そういうことで、お断りしますわね」
「なんだと!! このわしの依頼を断るというのか! 信じられん! むきーっ!」
最後はお猿みたいな声を上げて、議員は去って行ってしまった。
あらまあ、優雅ではないこと。
「お待たせしましたわねジャネット様! さあ、楽しいお茶にしましょう。先ほどの依頼人の話も聞いてほしいですし」
「もちろん! お茶菓子も持ってきたわよ」
「あらまあ! わたくし、明日の朝、日課のランニングの距離を伸ばさないといけなくなりますわね……!!」
シャーロットが嬉しい悲鳴をあげるのだった。
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