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四大精霊王の紋章事件
第208話 舞台はエルフェンバイン
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王都に戻ってきた。
流石にアルマースまで行って戻るとなると、それなりに日にちも掛かる。
もう、これは旅行だった。
一週間ぶりのエルフェンバイン!
懐かしき我が家!
すっかり王立アカデミーをサボってしまった。
いけないいけない。
なので、オーシレイが心配したらしく、家の前には王宮の騎士がやって来ていた。
彼は私を見て、パッと表情を明るくした。
「ジャネット様!! 良かった! これで殿下の胃痛も収まります!」
「ご苦労さま。私がいる、いないで、どうしてオーシレイのお腹が痛くなるの?」
「それはもう、婚約者ですから。心配なさっておいでです」
「そうかあ……。彼、深い人間関係とか慣れて無さそうだもんね。じゃあ明日お茶しましょって言っておいて」
「はっ! ありがとうございます! そして殿下からの言伝ですが」
「はいはい」
「“君一人の体ではないのだから、事件を追うなら王都近辺にして欲しい。外国までフットワーク軽く飛び回られると心配で心配で執務も手につかなくなる”だそうです!」
「一国の王子が色恋で執務ができなくなるのはいかがなものか」
「そう仰る女性はジャネット様くらいのものです」
「今の不敬は聞かなかったことにしてあげましょう」
「はっ、ありがとうございます!」
騎士は敬礼をすると、そのまま去っていった。
どうやら彼、我が家の庭に許可をもらってテントを張り、この五日間ほどずっと待っていたらしい。
その間、メイドたちが風呂やトイレを使わせてあげて、騎士もお返しとばかりに掃除や庭仕事の手伝いなんかもしてたとか。
「あいつはよう! いいやつだったよう! また来ねえかよう!」
「ズドンもすっかり仲良しになっちゃったのねえ」
「おう! オリの友達だよう!」
今度彼の名前を聞いておかなくちゃな。
うちの使用人たちと仲良しなら、招いてお茶をごちそうしなきゃ。
「……とと、それどころじゃなかった! バスカー!」
『わふ!』
呼ばれるのは今か今かと、屋敷の扉から顔を覗かせていたバスカー。
嬉しそうに駆け寄ってきて、私に抱きついた。
そしてべろべろなめてくる。
「うーわー」
「お嬢様がお帰りだわ」
「あらまあ汚れてきてる」
「お風呂を沸かしますからこっちへどうぞ」
私はメイドたちに引っ張られていき、お風呂に入れられ、服を着替えて外に出てきた。
シャーロットがニコニコしながら待っており、イーサーとシーディアスは我が家の庭でお茶を振る舞われていた。
「辺境伯邸は、こう……独特の時間が流れていますね……」
イーサーが感嘆している。
「こんなことをしている場合ではないのに……ないのに……? ないのか……?」
シーディアスは揺れてるな。
シャーロットは紅茶を楽しみつつ、そんな彼をなだめた。
「まあまあ。相手もそう簡単には逃げられませんから。どれだけの財宝の量かは知りませんが、換金するにはゼニシュタイン商会か闇市を利用する必要がありますわ。そのどちらも、王国の目が光っていますの。一度に大量の宝をお金にしようとすれば目立ちますから、絶対に国が乗り出してきますわ。これを防ごうと思うなら……王都を拠点にし、少しずつお宝を換金していくしかありませんわね」
「エルフェンバインのシステムを逆手に取った作戦よね。そうそう。うちはその辺りがんじがらめにできてるものね」
だからこそ、悪漢が宝石などを、すぐに換金したりするのが難しいわけだ。
大規模な貴重品の持ち込みなどは、必ず国のチェックが入るから。
安く買い叩かれてもいいならば、闇市よりもさらに地下にあるらしい、非合法の市場に持っていくという手もあるらしい。
「アルマース帝国とあまり変わらないんですね……! いや、賄賂が横行してない点はこちらの方が優れてるんでしょうか。それと思い出したのですが、父がモーダイン将軍とともに部下にしていた四人の騎士たちは、手柄を欲していたと。だからアウシュニヤという遠い土地までついてきたのだそうです」
「だとすれば、彼らは大きな見返りを求めるタイプかも知れませんわね。ひっそりと安く換金して終わる……ということは無さそうですわねえ」
私たちがそんな話をしていたら、乗り合い馬車が家の前を通りかかった。
最後の乗客だったらしい、眼鏡の娘が馬車から飛び降りて、こちらに走ってくる。
「ジャネット様ーっ!! ス、スクープがあるって本当ですか! 教えてくださーいっ!!」
ターナだ。
面白いネタがあれば、翌日には新聞に載せた上でエルフェンバイン中に広めてしまう彼女。
絶対にこの四大精霊王のネタは食いついてくる。
だけど今回はあくまで、あの騎士たちにこちらへの興味を持たせるもの。
さて、記事の文面はどうしよう……?
私、シャーロット、ターナ。
三人で、明日のデイリーエルフェンバイン誌上を飾る見出しを考えることにしたのだった。
翌日。
デイリーエルフェンバインの片隅に記事が乗った。
『消えた財宝? アウシュニヤから持ち出された宝を、モーダイン将軍のご子息であるイーサー氏が持ち帰った。ごく一部ではあったが、床下に隠されていた財宝は、それでも一生遊んで暮らせるほどとか? ワトサップ辺境伯名代がこれを預かり、王国へ献上することに……』
一見すると、嘘か本当かわからないような荒唐無稽な記事だ。
しかも私が関わったことで、いつもの推理令嬢のネタだと熱心な読者には分かるとか。
さあ、これで四人の騎士を釣り上げるとしよう。
流石にアルマースまで行って戻るとなると、それなりに日にちも掛かる。
もう、これは旅行だった。
一週間ぶりのエルフェンバイン!
懐かしき我が家!
すっかり王立アカデミーをサボってしまった。
いけないいけない。
なので、オーシレイが心配したらしく、家の前には王宮の騎士がやって来ていた。
彼は私を見て、パッと表情を明るくした。
「ジャネット様!! 良かった! これで殿下の胃痛も収まります!」
「ご苦労さま。私がいる、いないで、どうしてオーシレイのお腹が痛くなるの?」
「それはもう、婚約者ですから。心配なさっておいでです」
「そうかあ……。彼、深い人間関係とか慣れて無さそうだもんね。じゃあ明日お茶しましょって言っておいて」
「はっ! ありがとうございます! そして殿下からの言伝ですが」
「はいはい」
「“君一人の体ではないのだから、事件を追うなら王都近辺にして欲しい。外国までフットワーク軽く飛び回られると心配で心配で執務も手につかなくなる”だそうです!」
「一国の王子が色恋で執務ができなくなるのはいかがなものか」
「そう仰る女性はジャネット様くらいのものです」
「今の不敬は聞かなかったことにしてあげましょう」
「はっ、ありがとうございます!」
騎士は敬礼をすると、そのまま去っていった。
どうやら彼、我が家の庭に許可をもらってテントを張り、この五日間ほどずっと待っていたらしい。
その間、メイドたちが風呂やトイレを使わせてあげて、騎士もお返しとばかりに掃除や庭仕事の手伝いなんかもしてたとか。
「あいつはよう! いいやつだったよう! また来ねえかよう!」
「ズドンもすっかり仲良しになっちゃったのねえ」
「おう! オリの友達だよう!」
今度彼の名前を聞いておかなくちゃな。
うちの使用人たちと仲良しなら、招いてお茶をごちそうしなきゃ。
「……とと、それどころじゃなかった! バスカー!」
『わふ!』
呼ばれるのは今か今かと、屋敷の扉から顔を覗かせていたバスカー。
嬉しそうに駆け寄ってきて、私に抱きついた。
そしてべろべろなめてくる。
「うーわー」
「お嬢様がお帰りだわ」
「あらまあ汚れてきてる」
「お風呂を沸かしますからこっちへどうぞ」
私はメイドたちに引っ張られていき、お風呂に入れられ、服を着替えて外に出てきた。
シャーロットがニコニコしながら待っており、イーサーとシーディアスは我が家の庭でお茶を振る舞われていた。
「辺境伯邸は、こう……独特の時間が流れていますね……」
イーサーが感嘆している。
「こんなことをしている場合ではないのに……ないのに……? ないのか……?」
シーディアスは揺れてるな。
シャーロットは紅茶を楽しみつつ、そんな彼をなだめた。
「まあまあ。相手もそう簡単には逃げられませんから。どれだけの財宝の量かは知りませんが、換金するにはゼニシュタイン商会か闇市を利用する必要がありますわ。そのどちらも、王国の目が光っていますの。一度に大量の宝をお金にしようとすれば目立ちますから、絶対に国が乗り出してきますわ。これを防ごうと思うなら……王都を拠点にし、少しずつお宝を換金していくしかありませんわね」
「エルフェンバインのシステムを逆手に取った作戦よね。そうそう。うちはその辺りがんじがらめにできてるものね」
だからこそ、悪漢が宝石などを、すぐに換金したりするのが難しいわけだ。
大規模な貴重品の持ち込みなどは、必ず国のチェックが入るから。
安く買い叩かれてもいいならば、闇市よりもさらに地下にあるらしい、非合法の市場に持っていくという手もあるらしい。
「アルマース帝国とあまり変わらないんですね……! いや、賄賂が横行してない点はこちらの方が優れてるんでしょうか。それと思い出したのですが、父がモーダイン将軍とともに部下にしていた四人の騎士たちは、手柄を欲していたと。だからアウシュニヤという遠い土地までついてきたのだそうです」
「だとすれば、彼らは大きな見返りを求めるタイプかも知れませんわね。ひっそりと安く換金して終わる……ということは無さそうですわねえ」
私たちがそんな話をしていたら、乗り合い馬車が家の前を通りかかった。
最後の乗客だったらしい、眼鏡の娘が馬車から飛び降りて、こちらに走ってくる。
「ジャネット様ーっ!! ス、スクープがあるって本当ですか! 教えてくださーいっ!!」
ターナだ。
面白いネタがあれば、翌日には新聞に載せた上でエルフェンバイン中に広めてしまう彼女。
絶対にこの四大精霊王のネタは食いついてくる。
だけど今回はあくまで、あの騎士たちにこちらへの興味を持たせるもの。
さて、記事の文面はどうしよう……?
私、シャーロット、ターナ。
三人で、明日のデイリーエルフェンバイン誌上を飾る見出しを考えることにしたのだった。
翌日。
デイリーエルフェンバインの片隅に記事が乗った。
『消えた財宝? アウシュニヤから持ち出された宝を、モーダイン将軍のご子息であるイーサー氏が持ち帰った。ごく一部ではあったが、床下に隠されていた財宝は、それでも一生遊んで暮らせるほどとか? ワトサップ辺境伯名代がこれを預かり、王国へ献上することに……』
一見すると、嘘か本当かわからないような荒唐無稽な記事だ。
しかも私が関わったことで、いつもの推理令嬢のネタだと熱心な読者には分かるとか。
さあ、これで四人の騎士を釣り上げるとしよう。
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