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四大精霊王の紋章事件

第206話 四つの紋章

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 そこは、渓谷の奥地にぽつんとある掘っ立て小屋だった。
 建てられてからそれなりの年月が経過しているようで、あちこちにガタが来ている。

「ここです。おーい、メイスン! メイスーン!」

 呼びかけながら、シーディアスが小屋の中に入っていった。

「どう? ナイツとしては」

「特に気配を感じませんな。人が立ち去った後でしょう」

「後?」

 私は足元を見る。
 この辺りは日陰になるせいか、砂漠にほど近いと言うのに木々が多い。
 つまり下には土があるということで……。

「あ」

 足跡がある。
 大きいのや小さいのや……なんだか入り乱れてるなあ。

「これはつまり、ですわね。既に財宝はなくなっていますわね」

 シャーロットが目を細めた。

「先にここにやって来た人がいて、持っていったってことか。じゃあ、もしかしてメイスンは」

 小屋の中から悲鳴が聞こえてきた。

「どうしたんだ!」

 イーサーが飛び込んでいく。
 正義感だなあ。

「大丈夫そう?」

「中には何もいやしませんからね。死体しかないでしょう。安全ですぜ」

 死体があったのかあ。
 しばらくして、真っ青な顔をしたシーディアスがイーサーに支えられて戻ってきた。

「メ……メイスンが殺されてた……」

「しっかりしてくれ、シーディアス! シャーロットさん! こんなものが床に……!」

 イーサーが片手に握りしめていたのは、一枚の羊皮紙だった。
 そこには、ひと目でなんなのか分かるものが描かれている。

「ゼフィロス、アータル、オケアノス、そして、レイア……。四大精霊王の紋章じゃない」

 世界中に精霊王はたくさんいるけれど、エルフェンバイン周辺ではこの四柱が、四大精霊王と呼ばれてもっとも信仰されている。

 風車がゼフィロス。
 炎がアータル。
 渦潮がオケアノス。
 バツの文字がレイア。

「なんでレイアはバツなんだろうね?」

「かつて、大きな過ちを犯したからだと言われていますわね。その過ちは正され、精霊の女王は再びその地位に返り咲いたと言われていますわ。これを忘れぬよう、レイアの紋章はバツになったと言われていますの」

「あ、そう言えばそうだったっけ……」

「ジャネット様、戦史や地学などには興味をお示しになりますのに、宗教学は全然覚えて下さいませんものねえ」

 講師シャーロットのモードになった!
 これはよろしくない。

「ま、まあシャーロット! 何かこの紋章で不自然なこととかない? 例えばさ、ちょっと紋章が違うとか」

「紋章は全て合っていますわね。それだけに、不自然極まりないですわ」

 シャーロットが羊皮紙を眺めて、口をへの字にする。
 よし、推理モードだ。

「へえ、不自然って、例えばどこが?」

 イーサーも頷く。
 シャーロットの推理を期待しているようだ。

「一言で申し上げるなら、アウシュニヤは神を信じる国でしょう? どうしてその財宝を隠していた小屋に、精霊王の紋章が落ちていますの? ここが不自然な点ですわね」

「言われてみれば……!」

 世界は大きく分けて、神を信仰する国と、精霊を信仰する国に分かれている。
 エルフェンバインは後者だし、イリアノスやアルマース、アウシュニヤ王国などは前者なのだ。

「それってつまり、犯人はアウシュニヤの関係者じゃないってこと?」

「でしょうね。こんな紙を神を信仰する方々が持っていたら、それこそ背信者として疑われますわ」

「じゃあ、例えばこれが精霊教信者の仕業だって思わせるために、神の信者が仕組んだとかはないの?」

「何のためにですの? ここまでわざわざやって来て、それで偽装工作をする? そんなことをやる意味は無いと思いますわ。それに、これはわたくしが見ますに……意思の表明ですわ」

「意思の……表明……」

 イーサーが呟く。

「それってつまり……?」

「この事件には、わたくしたちが思っている以上に裏があるということですわよ。恐らく、今に始まった話ではなく、ずっとずっと前から話が繋がっていますわね。その時に関わっていた方々が現れて、この紋章を使って意思表明をした。これはそういうものだと思いますわ」

 シャーロットは小屋の中に踏み込んでいった。
 倒れているのは大柄な男。
 これがシーディアスの兄、メイスンだろう。

「全身をめった刺しね。スマートじゃないわね。わざと?」

「わざとでしょうな。恨みが籠もってやがる。こりゃあ、シャーロット嬢の推理は当たりかも知れませんな」

「専門家お二人から太鼓判をいただきましたわね」

 シャーロットがにんまりと笑った。
 太鼓判というのは、精霊と契約をする際に行われる、魔法陣による儀式を簡易的にするものだ。
 魔法陣を削り込んだこの大きな判子を地面に叩きつけるだけで、精霊からの承認が得られる。

 その時に鳴る大きな音から太鼓と言われていて、だから太鼓判は文句なしの承認、みたいな意味を得られるわけ。
 もちろん、本人に資格がなければ精霊からの手痛いしっぺ返しがあるんだけれども。

「ま、待って下さい。恨みがある連中が、つまり犯人だと? だとしたら……父から聞いたことがあります!」

 シーディアスが目を見開いた。

「四人の騎士が。エルフェンバインと、イリアノスと、アルマースと、ネフリティス生まれの四人の騎士が部下にいたと」

「それぞれ、四大精霊王が象徴とする国家ですわね!」

 シャーロットの目が輝いた。
 声には出さなかったが、私は彼女の唇が、『面白くなってきましたわ』と呟いたのを見た。
 そりゃあ口に出せないよね。
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