上 下
203 / 225
あからさまなスパイ事件

第203話 スパイのお仕事

しおりを挟む
 突然、スパイのサンドルと入れ替わりにやって来たと言い放つ、あの大きな女性の正体は一体!?

 なんて考える暇もなく、ジャクリーンが混乱した顔でサンドルと女性を見回した。

「どういうこと……!? あたしの情報網にはそんな話なかったわ! そこの辺境伯の娘がずっと監視しているっていうから、絶対何かの動きがあると思ったのに!」

「えっ、私を目印にして絡んできたのか」

 これは以外。
 つまり私が毎日サンドルを見張っていなければ、ジャクリーンはそもそも絡んでこなかったらしい。

「あんた一体何者!? あたしの趣味を邪魔しないでちょうだい!」

 ジャクリーンが大きな女性に詰め寄っていった。
 すると、大きい女性はどこか見たことのある手さばきで、ジャクリーンを放り投げる。

「バリツ!」

「あ、シャーロットの変装だあれ」

 何をしているんだシャーロットは。

「ギャー」

 ジャクリーンが放り投げられ、道端の花壇に落下して突き刺さった。

 すると、どこに隠れていたのか憲兵たちがうわーっと湧いて出てくる。
 本当にどこにいたんだ!?

 というかこれ……もしかして、私とサンドルを囮にしてたの……?

「そういうことですわよ」

 大きな女性の声色がシャーロットのものになった。
 そして、彼女は私とサンドルの間まで歩いてきた。

「スパイの入れ替わりというお話は嘘ですわ。こうやって来ないと、ジャクリーンは逃げてしまいますもの。それに、あなたが負った役割はまだまだ続いていますのよ」

「そ……そうなのかい?」

 一瞬の間に様々なことが起こったせいで、サンドルは目を回している。
 私だって状況の理解ができないもの。

「つまりどういうこと?」

「説明しますわね。サンドルには、この国に与えられた役割がありましたの」

「この国に!? 連邦じゃなくて?」

「そうなのですわ」

 ……とはなした辺りで、後ろからうわーっと叫び声が上がった。
 憲兵たちだ。

「ジャクリーンが逃げるぞー!」

「うおー、捕らえられない!」

「まるでうなぎだ!」

「はやいはやい」

「屋根に逃げたぞー!」

「なんだあれ」

 にょろにょろと憲兵の網をかいくぐり、手下を全部放り出して屋根の上に逃げ出し、猛スピードで消えていくジャクリーン。
 逃げ足だけは天晴だなあ。
 蛮族の中にも、あれほどの逃げ足を持つ者はいない。

 ちなみにナイツと打ち合っていた東洋人は、ちょっと押されてきたところを憲兵隊に網を放られ、ついに捕らえられてしまったようだ。

「ぬおおー! 決着、決着がまだー!」

 なんて叫びながら引きずられていく。

「逃げられてしまいましたわねえ……! きっと今回はいけると思ったのですけれど」

「シャーロットが私に説明しようとしなければ……」

「それはそうですけれど、どういうことかと聞かれたら、これまでの仕込みを説明したくなってくるではありませんの!」

 仕方ないんです、と開き直るシャーロットだった。
 彼女にとって、ジャクリーンの逮捕よりも私に推理を語って聞かせる方が重要なのだ。

 シャーロットはサンドルを指し示す。

「マスター。サンドルさんに少し高いお酒を!」

「えっ、いいのかい!? うへへ、悪いなあ」

 サンドルがニコニコした。
 とても単純な人だが、そういう性格のほうが幸せかもしれない。

 ちょっといいお酒をちびちびやりながら、すっかり機嫌を直したサンドルがまた往来を眺めて鼻歌をやり始めた。

「これで彼の耳には入りませんわね。彼は元々、連邦のスパイであった事は確かですのよ」

「であった?」

「ええ。連邦は今や内戦で、外国の情報を取り入れるどころではなくなっていますの。これは国内の混乱を外に知らせぬため、かの大国が情報統制をしているせいですけれども。それで、もう長いこと、サンドルは連邦と連絡を取れないでいますのよ。新しい指令もなく、仕事の進捗の目安もなく、いつまでもいつまでも放置されている状態ですわ。当然、こんな性格の彼のことですから、エルフェンバインでも存在を把握していますの」

「そうだったんだ……」

 連邦の内戦のこと、ひょっとしたらサンドルも知らないのかも。
 だから、シャーロットが交代だと言って現れた時、来るべき時が来たのだと思ったんだろう。

「それで、この国はどうして、サンドルを放置してたの?」

「あからさまなスパイって、凄い異物じゃありません? だから、彼の周りにはそれとなく常に憲兵がいますの。サンドルに接触した人物には、怪しい者もたくさんおりますわ。そういった人々をおびき寄せるための餌として、サンドルはあえて放置されていますのよ」

 そんな理由が……!!
 きっと、連邦からの接触があれば、国は早急にそれを察知して準備を始めることだろう。
 何もなければ、犯罪者をおびき寄せる餌にする。

 なるほど、彼は便利に使われていたのだ。
 だけど、地元の人々と仲が良く、いつもにこにこしている酒飲みのサンドルは、とても幸せそうだった。

「こういうスパイがいてもいいのかもね」

「ええ。サンドルが幸せそうにお酒を飲んでいる間は、この国は平和ということですわね」

 往来の騒ぎは収まり、下町はいつもの活気を取り戻している。
 一人の男がやって来て、サンドルに今日の特売はどこで、なんて話を聞いていた。

 すらすらと、お肉の特売を伝えるサンドル。
 スパイは何でも知っているのだった。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

外れスキル「両替」が使えないとスラムに追い出された俺が、異世界召喚少女とボーイミーツガールして世界を広げながら強くなる話

あけちともあき
ファンタジー
「あたしの能力は運命の女。関わった者に世界を変えられる運命と宿命を授けるの」 能力者養成孤児院から、両替スキルはダメだと追い出され、スラム暮らしをする少年ウーサー。 冴えない彼の元に、異世界召喚された少女ミスティが現れる。 彼女は追っ手に追われており、彼女を助けたウーサーはミスティと行動をともにすることになる。 ミスティを巡って巻き起こる騒動、事件、戦争。 彼女は深く関わった人間に、世界の運命を変えるほどの力を与えると言われている能力者だったのだ。 それはそれとして、ウーサーとミスティの楽しい日常。 近づく心の距離と、スラムでは知れなかった世の中の姿と仕組み。 楽しい毎日の中、ミスティの助けを受けて成長を始めるウーサーの両替スキル。 やがて超絶強くなるが、今はミスティを守りながら、日々を楽しく過ごすことが最も大事なのだ。 いつか、運命も宿命もぶっ飛ばせるようになる。 そういう前向きな物語。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

【完結】炎の戦史 ~氷の少女と失われた記憶~

朱村びすりん
ファンタジー
 ~あらすじ~  炎の力を使える青年、リ・リュウキは記憶を失っていた。  見知らぬ山を歩いていると、人ひとり分ほどの大きな氷を発見する。その中には──なんと少女が悲しそうな顔をして凍りついていたのだ。  美しい少女に、リュウキは心を奪われそうになる。  炎の力をリュウキが放出し、氷の封印が解かれると、驚くことに彼女はまだ生きていた。  謎の少女は、どういうわけか、ハクという化け物の白虎と共生していた。  なぜ氷になっていたのかリュウキが問うと、彼女も記憶がなく分からないのだという。しかし名は覚えていて、彼女はソン・ヤエと名乗った。そして唯一、闇の記憶だけは残っており、彼女は好きでもない男に毎夜乱暴されたことによって負った心の傷が刻まれているのだという。  記憶の一部が失われている共通点があるとして、リュウキはヤエたちと共に過去を取り戻すため行動を共にしようと申し出る。  最初は戸惑っていたようだが、ヤエは渋々承諾。それから一行は山を下るために歩き始めた。  だがこの時である。突然、ハクの姿がなくなってしまったのだ。大切な友の姿が見当たらず、ヤエが取り乱していると──二人の前に謎の男が現れた。  男はどういうわけか何かの事情を知っているようで、二人にこう言い残す。 「ハクに会いたいのならば、満月の夜までに西国最西端にある『シュキ城』へ向かえ」 「記憶を取り戻すためには、意識の奥底に現れる『幻想世界』で真実を見つけ出せ」  男の言葉に半信半疑だったリュウキとヤエだが、二人にはなんの手がかりもない。  言われたとおり、シュキ城を目指すことにした。  しかし西の最西端は、化け物を生み出すとされる『幻草』が大量に栽培される土地でもあった……。  化け物や山賊が各地を荒らし、北・東・西の三ヶ国が争っている乱世の時代。  この世に平和は訪れるのだろうか。  二人は過去の記憶を取り戻すことができるのだろうか。  特異能力を持つ彼らの戦いと愛情の物語を描いた、古代中国風ファンタジー。 ★2023年1月5日エブリスタ様の「東洋風ファンタジー」特集に掲載されました。ありがとうございます(人´∀`)♪ ☆special thanks☆ 表紙イラスト・ベアしゅう様 77話挿絵・テン様

最弱職テイマーに転生したけど、規格外なのはお約束だよね?

ノデミチ
ファンタジー
ゲームをしていたと思われる者達が数十名変死を遂げ、そのゲームは運営諸共消滅する。 彼等は、そのゲーム世界に召喚或いは転生していた。 ゲームの中でもトップ級の実力を持つ騎団『地上の星』。 勇者マーズ。 盾騎士プルート。 魔法戦士ジュピター。 義賊マーキュリー。 大賢者サターン。 精霊使いガイア。 聖女ビーナス。 何者かに勇者召喚の形で、パーティ毎ベルン王国に転送される筈だった。 だが、何か違和感を感じたジュピターは召喚を拒み転生を選択する。 ゲーム内で最弱となっていたテイマー。 魔物が戦う事もあって自身のステータスは転職後軒並みダウンする不遇の存在。 ジュピターはロディと名乗り敢えてテイマーに転職して転生する。最弱職となったロディが連れていたのは、愛玩用と言っても良い魔物=ピクシー。 冒険者ギルドでも嘲笑され、パーティも組めないロディ。その彼がクエストをこなしていく事をギルドは訝しむ。 ロディには秘密がある。 転生者というだけでは無く…。 テイマー物第2弾。 ファンタジーカップ参加の為の新作。 応募に間に合いませんでしたが…。 今迄の作品と似た様な名前や同じ名前がありますが、根本的に違う世界の物語です。 カクヨムでも公開しました。

悪役令嬢らしいのですが、務まらないので途中退場を望みます

水姫
ファンタジー
ある日突然、「悪役令嬢!」って言われたらどうしますか? 私は、逃げます! えっ?途中退場はなし? 無理です!私には務まりません! 悪役令嬢と言われた少女は虚弱過ぎて途中退場をお望みのようです。 一話一話は短めにして、毎日投稿を目指します。お付き合い頂けると嬉しいです。

引きこもりが乙女ゲームに転生したら

おもち
ファンタジー
小中学校で信頼していた人々に裏切られ すっかり引きこもりになってしまった 女子高生マナ ある日目が覚めると大好きだった乙女ゲームの世界に転生していて⁉︎ 心機一転「こんどこそ明るい人生を!」と意気込むものの‥ 転生したキャラが思いもよらぬ人物で-- 「前世であったことに比べればなんとかなる!」前世で培った強すぎるメンタルで 男装して乙女ゲームの物語無視して突き進む これは人を信じることを諦めた少女 の突飛な行動でまわりを巻き込み愛されていく物語

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

処理中です...