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混沌の爪事件
第198話 お約束どおりなら犯人は……!
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「では容疑者を挙げてまいりましょう!」
「あげていこうー!!」
アドリアーナがぴょんぴょん飛び跳ねている。
「ご長男が亡くなられたのですし、これは遺産争いですわ。つまり、骨肉の争いと考えるのが自然でしょうね」
「そうですね。そう思って、こちらでも次男のヨウギーと長女のギーシャは家に閉じ込めていますから」
「ええ。ここまでは誰でも辿り着けますわね。普通に考えたら、その二人以外に犯人はいませんもの」
「シャーロットが、『でもそれじゃ面白くないですわ』って顔してる」
「その通りですわよ!!」
すっごく嬉しそうに、私を指差すシャーロット。
「こんなあからさまな証拠、易きに流されて下さいと言われているようなものではありませんか! これに引っかかるほど、わたくしは落ちぶれてはいませんわ!」
事件は複雑怪奇で、何者かの陰謀がそこにはあるべきだ、というのがシャーロットのスタンス。
一見して単純明快に見えても、そこには犯人の意図があり、これを見つけて辿っていけば事件の真相が見えてくる……のだそうだ。
「つまりシャーロットはここに何者かが、えーと、ミスリード? を仕掛けていると考えているわけね?」
「ええ、その通り。だって、ご次男とご長女のお二人はもう確保されてしまっているではありませんの。お二人のうち誰かが仕掛けたならば、遺産相続どころではなくなることが分かるでしょうに」
確かに、言われてみればそう。
遺産相続で有利な長兄と妻を、よりによってこのタイミングで毒殺なんて、例え成功したとしても残る二人が疑われるに決まってる。
「ではシャーロット嬢、あなたは犯人が別にいるとお考えで?」
デストレードがちょっと顔をしかめた。
めんどくさいことなったなあ、という気持ちを隠すつもりもないようだ。
つまり、私が見慣れた顔。
「もちろん。この遺産相続劇には、もうお一方登場人物がおられますわね。まだ名前は出てきていないようですけれど……」
スタスタと部屋を出ながらシャーロット。
彼女の手には、あの陶器の入れ物を持っている。
底には溜まっている灰を、どうかするつもりなんだろうか?
「わたくしの知り合いに、こういった各国の植物を取引している業者がおりますの。彼に聞いてみますわ」
「こういうって、毒物とかみたいな?」
「ええ。毒だとは言っても、それは量が過ぎたればこそ。薬として使えるものも多いのですわよ?」
そう告げながら、シャーロットが向かった先は……。
下町の闇市。
あちこちに小さな店があり、その一角にシャーロットは歩いていった。
その店は、一見してとても怪しかった。
商品の陳列台には、干からびた草が並べられている。
緑色だったり、紫色だったり、真っ黒だったり。
干からびていないものは、ガラス瓶に入れられて謎の液体に浸され、軒先にぶら下がっている。
「こんにちは」
「おう……ラムズのお嬢さんじゃないか。どうしたんだい」
店の中には誰もいないかと思ったら、カチャカチャと音を立てて店主が立ち上がった。
私もアドリアーナもデストレードも、心の準備ができていなかったので、彼の全身を見てアッと声を上げてしまった。
そこにいたのは、上半身は人間、下半身はサソリの亜人、アンドロスコルピオだったのだ。
「今回も薬をご所望かい? あんたなら問題ないと思うが、過剰な量を使うと毒になるからね」
「いえいえ。今日は別の用事ですわ。鑑定をして欲しいんですの」
「ほう、鑑定。その容器かい? 見せてくれ」
サソリのハサミが伸びてきて、シャーロットは容器をその上に載せた。
「どれどれ……。ははあ、これは混沌の爪だね。しかしまあ、とんでもない量の灰だ。これだけ一気に燃やしてしまったら、煙を吸った人間はひとたまりもないだろうに。……死んだのかい?」
「ええ。殺すための道具に使われましたわね」
「そりゃあ……。混沌の爪の効果をよく知っている人間の仕業だね」
アンドロスコルピオは、軒先に並べられた草の一つを取り上げてみせた。
なるほど、紫色の乾燥した草がある。
「効能は、精神安定。爪の先ほどの量を少しだけ火にくべれば、朝までぐっすり眠れちまうってもんだ。同じような使い方で麻酔として用いることもできる。だが、過剰な量を使えば、人間なら息をするための力も全部麻痺しちまう。そうすりゃ、死んじまうってわけさ」
「人間以外は死なないの?」
私の質問に、アンドロスコルピオは顔を上げた。
「……あんたは大丈夫だろうね。土の精霊の気配がする。俺らみたいな精霊の力を魂の根っこに持っている連中は、混沌の爪と相性がいいのさ。人間は精霊とは違うからね。やられちまう」
「なるほど。では伺いますけれど、つい最近誰かにこれを売りました?」
「馬鹿言え。客の情報を売り渡す店主がいるか」
確かに。
情報を漏らす店主なんか信用できたものじゃないだろう。
それにこの店は、アキンドー商会では賄えない、ニッチな需要の毒草や薬草を扱う専門店みたいだ。
なおさら、秘密厳守は大事なことなのだろう。
「……だが、放っておきゃ混沌の爪は規制されちまう。色々使いみちがある薬草で、こいつで助かる命もたくさんあるんだ。俺は今から独り言を言うが、その内容に関してお前らが盗み聞きをしても、知らんからな」
アンドロスコルピオが再び、店の奥に引っ込んでいった。
影も形も見えなくなる。
「混沌の爪はうちでしか扱ってねえよ」
「ありがとうございます」
にっこり微笑んで礼を口にするシャーロット。
「さあ皆様。この周辺で、ここ数日。下町の闇市には似つかわしくない態度でやって来た人物を探りましょう! それが犯人ですわ!」
「あげていこうー!!」
アドリアーナがぴょんぴょん飛び跳ねている。
「ご長男が亡くなられたのですし、これは遺産争いですわ。つまり、骨肉の争いと考えるのが自然でしょうね」
「そうですね。そう思って、こちらでも次男のヨウギーと長女のギーシャは家に閉じ込めていますから」
「ええ。ここまでは誰でも辿り着けますわね。普通に考えたら、その二人以外に犯人はいませんもの」
「シャーロットが、『でもそれじゃ面白くないですわ』って顔してる」
「その通りですわよ!!」
すっごく嬉しそうに、私を指差すシャーロット。
「こんなあからさまな証拠、易きに流されて下さいと言われているようなものではありませんか! これに引っかかるほど、わたくしは落ちぶれてはいませんわ!」
事件は複雑怪奇で、何者かの陰謀がそこにはあるべきだ、というのがシャーロットのスタンス。
一見して単純明快に見えても、そこには犯人の意図があり、これを見つけて辿っていけば事件の真相が見えてくる……のだそうだ。
「つまりシャーロットはここに何者かが、えーと、ミスリード? を仕掛けていると考えているわけね?」
「ええ、その通り。だって、ご次男とご長女のお二人はもう確保されてしまっているではありませんの。お二人のうち誰かが仕掛けたならば、遺産相続どころではなくなることが分かるでしょうに」
確かに、言われてみればそう。
遺産相続で有利な長兄と妻を、よりによってこのタイミングで毒殺なんて、例え成功したとしても残る二人が疑われるに決まってる。
「ではシャーロット嬢、あなたは犯人が別にいるとお考えで?」
デストレードがちょっと顔をしかめた。
めんどくさいことなったなあ、という気持ちを隠すつもりもないようだ。
つまり、私が見慣れた顔。
「もちろん。この遺産相続劇には、もうお一方登場人物がおられますわね。まだ名前は出てきていないようですけれど……」
スタスタと部屋を出ながらシャーロット。
彼女の手には、あの陶器の入れ物を持っている。
底には溜まっている灰を、どうかするつもりなんだろうか?
「わたくしの知り合いに、こういった各国の植物を取引している業者がおりますの。彼に聞いてみますわ」
「こういうって、毒物とかみたいな?」
「ええ。毒だとは言っても、それは量が過ぎたればこそ。薬として使えるものも多いのですわよ?」
そう告げながら、シャーロットが向かった先は……。
下町の闇市。
あちこちに小さな店があり、その一角にシャーロットは歩いていった。
その店は、一見してとても怪しかった。
商品の陳列台には、干からびた草が並べられている。
緑色だったり、紫色だったり、真っ黒だったり。
干からびていないものは、ガラス瓶に入れられて謎の液体に浸され、軒先にぶら下がっている。
「こんにちは」
「おう……ラムズのお嬢さんじゃないか。どうしたんだい」
店の中には誰もいないかと思ったら、カチャカチャと音を立てて店主が立ち上がった。
私もアドリアーナもデストレードも、心の準備ができていなかったので、彼の全身を見てアッと声を上げてしまった。
そこにいたのは、上半身は人間、下半身はサソリの亜人、アンドロスコルピオだったのだ。
「今回も薬をご所望かい? あんたなら問題ないと思うが、過剰な量を使うと毒になるからね」
「いえいえ。今日は別の用事ですわ。鑑定をして欲しいんですの」
「ほう、鑑定。その容器かい? 見せてくれ」
サソリのハサミが伸びてきて、シャーロットは容器をその上に載せた。
「どれどれ……。ははあ、これは混沌の爪だね。しかしまあ、とんでもない量の灰だ。これだけ一気に燃やしてしまったら、煙を吸った人間はひとたまりもないだろうに。……死んだのかい?」
「ええ。殺すための道具に使われましたわね」
「そりゃあ……。混沌の爪の効果をよく知っている人間の仕業だね」
アンドロスコルピオは、軒先に並べられた草の一つを取り上げてみせた。
なるほど、紫色の乾燥した草がある。
「効能は、精神安定。爪の先ほどの量を少しだけ火にくべれば、朝までぐっすり眠れちまうってもんだ。同じような使い方で麻酔として用いることもできる。だが、過剰な量を使えば、人間なら息をするための力も全部麻痺しちまう。そうすりゃ、死んじまうってわけさ」
「人間以外は死なないの?」
私の質問に、アンドロスコルピオは顔を上げた。
「……あんたは大丈夫だろうね。土の精霊の気配がする。俺らみたいな精霊の力を魂の根っこに持っている連中は、混沌の爪と相性がいいのさ。人間は精霊とは違うからね。やられちまう」
「なるほど。では伺いますけれど、つい最近誰かにこれを売りました?」
「馬鹿言え。客の情報を売り渡す店主がいるか」
確かに。
情報を漏らす店主なんか信用できたものじゃないだろう。
それにこの店は、アキンドー商会では賄えない、ニッチな需要の毒草や薬草を扱う専門店みたいだ。
なおさら、秘密厳守は大事なことなのだろう。
「……だが、放っておきゃ混沌の爪は規制されちまう。色々使いみちがある薬草で、こいつで助かる命もたくさんあるんだ。俺は今から独り言を言うが、その内容に関してお前らが盗み聞きをしても、知らんからな」
アンドロスコルピオが再び、店の奥に引っ込んでいった。
影も形も見えなくなる。
「混沌の爪はうちでしか扱ってねえよ」
「ありがとうございます」
にっこり微笑んで礼を口にするシャーロット。
「さあ皆様。この周辺で、ここ数日。下町の闇市には似つかわしくない態度でやって来た人物を探りましょう! それが犯人ですわ!」
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