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シャーロットの病気事件

第188話 王立アカデミーにて

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 ずーっとシャーロットと遊び暮らしているように思われることがあるけれど、私の生活のメインは王立アカデミーだ。
 ここで貴族として、社交界の基礎教養を学び、王国の歴史と領主となった際の義務や責任を学ぶ。
 男女関係なしだ。

 例え嫁いだ後でも、夫が先に死んで自分が家の采配を握るなんてこと、珍しくはないわけだ。
 全員が領地経営のやり方を覚えておいて損はない。

 これも、イニアナガ陛下のお考えなのだが、素晴らしいことであると私は思う。
 私は陛下を尊敬しているのだ。

「ジャネット様は講義を受ける時も、きちんとノートを取っていらして偉いですわねえ……」

「私なんて後半、もう何を言っているのか全然分からなくて……。領地経営なんてしたくなーい。頑丈な旦那様のもとに嫁ぎたいです……!」

 カゲリナとグチエルが、講義の感想をわいわいと言い合っている。
 私としては、学んだこの成果を辺境に持ち帰り、領地経営に活かしたいんだけど……。

 最近父とやり取りしている手紙で、私は王立アカデミーを卒業後、オーシレイと結婚する方向で話が進んでいることが明らかになった。
 つまり、私が学んでいる領地経営は、辺境を豊かにする方向ではなく国そのものを運営するために使われていく可能性が高いということ……。

 責任重大だ……!
 あと、完全に私とオーシレイの婚約は確定事項になってるのね。

 後々、大々的に発表されるらしい。
 そうなれば国家的イベントになるだろうし、私は私で最低二人は作っておかないと次の辺境伯を据えておけないし……。

 のんびり構えている場合ではないのだ。
 ということで、シャーロットと過ごしている毎日は、私にとって人生のモラトリアム期間と言えるかも知れない。

 ちなみに、二人目の子どもが生まれたとして、男の子でも女の子でも、辺境伯領の跡取りになることが確定している。
 イニアナガ陛下的には、一人目の子どもが女の子でも女王としての教育を施す方針らしく、この辺りを父ときちんと詰めて決定したらしい。
 めちゃくちゃに忙しいはずのあの二人、どこで会って相談をしてたんだか。

「オーシレイ殿下が来たわ!」

 次なる講師の登場に、女子たちがキャーッと甲高い歓声をあげる。
 鼻筋の通った甘いマスクに、深い知性を感じさせる目。
 そしてすらりと長身で均整の取れた体つき。

 傍目から見ると、なるほど彼はかっこいいのかも知れない。
 少なくとも、私の最初の婚約者だったコイニキールよりは戦えそうな体つきだな、というのが私の感想だ。

 彼が私にウィンクをしたので、また女子たちが沸いた。
 男子が何やら、イラッとした空気を感じる。
 なんだなんだ。

「ジャネット様、殿方から人気があるのをご存じない……?」

「まさか! 私、一度も声を掛けられたことなんて無いわ」

「ジャネット様に粉をかけるということは、国王陛下に喧嘩を売るということですもの……!」

「そんな理由で」

 確かに、イニアナガ陛下は王位を獲得された時、他の王族を倒して今の地位についた。
 苛烈な政争をくぐり抜けてきた人なのだ。
 生半可な貴族では相手にもなるまい。

 それはそうと、オーシレイの講義は遺跡学に関してのもので、直接は貴族としての仕事に関係がない。
 これを受けてると眠くなってくるのよね。

 私はあくびを噛み殺した。
 すると、ジロッとオーシレイに見られた。

 ごめんごめん。
 遺跡の管理も国の大事な仕事だし、貴族たちの領地には遺跡がある場合も多いものね。

 エルフェンバインの次期国王が、その遺跡学の権威だというのはちょっと面白い。
 実学のイニアナガ一世、そして学問に造詣の深いオーシレイ。
 全く違う治世になりそうだ。

 オーシレイは既に、遺跡の力を使えるエルド教と協定を結び、協力関係になっている。
 これはエルフェンバインにとっても大きなことらしい。

 国家を防衛する技術などが発展するだろうと期待されている。
 国の基礎を固めたのがイニアナガ陛下なら、それを発展させていくのがオーシレイというわけだ。
 あれ? 私が彼の妻になるならば、私も遺跡学についてきちんと把握しておかないといけないんじゃないか?

 いけないいけない、あくびなんてしている場合じゃなかった。
 私は睡魔と戦いながら、オーシレイの講義を切り抜けた。

 ノートにはミミズがのたくったような文字が書き殴られている。
 後で清書しよう……。

 そして最後の時間。
 シャーロットが講師として現れる時間帯なのだが……。

 ここで事務員のアリアナ・リカイガナイがやって来て、私たちに告げた。

「シャーロット様ですけれど、体調不良ということで今日はお休みです。今週いっぱいは休まれる予定です」

「なんですって」

 オーシレイの講義の余波で下がりつつあった私のまぶたが、跳ね上がった。
 目が冴えてしまった。

「シャーロットが体調不良……? 紅茶の飲み過ぎはなく?」

 いや、紅茶の飲み過ぎで体調不良なのだろう。
 それ以外考えられない。

 アカデミーは講義が一つ無くなった分、早く終ることになった。
 私は猛烈な勢いで、帰宅の準備を始める。

「ジャネット様、もしかして」

 カゲリナとグチエルが顔を見合わせる。

「私たちもご一緒しますわ!」

「よし、ついてきなさい!」

 シャーロットのお見舞いに行くのだ。
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