上 下
184 / 225
エルフェンバインの秘密兵器事件

第184話 謎の死体と設計図

しおりを挟む
 今の時代は比較的平和だけれども、国々の間に争いが無いわけではない。
 表向き手を取り合っている、エルフェンバインとアルマース帝国、イリアノス神国。
 だけれど、この三国はかつてはいがみ合う間柄だった。

 特にアルマースとイリアノスは今でも仲が悪い。
 ザクサーン教とラグナ新教という、二国が掲げている国教同士が対立し合っているためだ。

 かつてエルフェンバインもこの二国に争いに巻き込まれ、ついにはイリアノス神国の前身であるディアマンテ帝国に併合されかかったことがあったとか。
 色々あって、エルフェンバインはこうやって独立を保っている。
 今の時代を生きる私としては、ホッとする話だ。

「またまた」

 そんな話をしていたら、対面で私の話をメモしていた、新聞記者のターナが笑った。

「ジャネット様は武神みたいな方じゃないですか。なのにホッとするなんて」

「武神はともかくとして、戦いなんて無いほうがいいのよ。だって戦ったら怪我をするかも知れないし、死ぬかもしれないでしょう? 誰だってそれは嫌だもの。私も普通の貴族の家の生まれだったら、戦いなんて知らないまま過ごしていたわ。だけど、辺境伯の子として生まれたからには、自ら戦場に立たなければ人はついてこないの。だから戦場で命のやり取りを何回もしてきた。あんなもの、経験しないで済むならその方がいいのよ」

「な、なるほどー」

 ターナが鼻息を荒くして、メモをがしがしと書き込む。
 また、彼女が執筆しているシャーロットの話に私の記述が足されそうな予感。

「あんまり私のことは書かなくていいからね」

「いえいえ! お二人は一緒っていうのが大事ですから!!」

 うーん……!
 変な脚色とかされないだろうな……?

「それからターナ、よく私のところにやって来るけど、仕事はちゃんとやってる?」

「もちろん! ジャネット様のお話を伺うのは、仕事の合間で……」

「合間の割に、のんびりたっぷりお茶の時間を楽しんでいってない……?」

「それは……あっ!!」

 日が傾き始めているのに気付いて、ターナが座った姿勢のまま飛び上がった。

「いけない! も、も、もうこんな時間!! うひいー、編集長に叱られるー!! それじゃあジャネット様、これで!」

 彼女は凄まじい勢いで去っていった。
 嵐のような人だ。

 さて、私はと言うと。
 午前中にアカデミーを終えて帰ってきてから、ターナとお喋りをして、まだ時間は夕方には早い。
 鍛錬をしてもいいけれど、その後に身を清めると夕食を摂って寝るだけという気持ちになってしまうし……。

 シャーロットの顔を見に行こうかな。
 そういうことに決めた。

「バスカー、シャーロットの家に行くわよ」

『わふん!』

 家から大きな犬が走ってきた。
 ガルムのバスカーは、今日も元気いっぱい。

 彼の首輪にロープをつけて、ロープの端に握りを取り付けて、お散歩がてらにシャーロット邸へ出発だ。
 今日のバスカーは走りたそうだったので、私も馬に乗り、並走していくことにする。

 シャーロットの家に一直線だとすぐについてしまう。
 だから、ぐるっと貴族街を回り、いつもとは逆側から下町に入っていくのが最近の乗馬コース。

 途中で港湾部を通過するのだけど……。
 そこに見知った顔があった。
 デストレードだ。

 彼女も私を見ると、アッという顔になった。

 馬を寄せて停める。
 すると彼女は歩み寄ってきて、

「どうして事件が起きたばかりなのに通りかかるんですか。あなたは事件を嗅ぎつける能力でもお持ちで?」

「偶然よ、偶然。どうしたの? 事件が起こったばかりって言うけれど」

「ここを走った馬車の幌から、死体が落っこちてきたんですよ。そしてそのポケットには、羊皮紙の束がぎっしり。しかも、どうやら国の機密みたいなものだったようで」

「うわあ、事件じゃない。完全に事件だわ」

「そうなんですよ。そして我々憲兵隊が呼ばれて調査を始めたところにあなたがやって来た」

「うんうん、凄い偶然。じゃあ、シャーロットも呼んできた方がいいわよね」

「そうなりますねえ……」

 ということで。
 シャーロットを連れてくることになった。

 彼女は自室で窓を開け放ち、すごく濃く淹れた紅茶を飲みながらぼーっとしていたのだが、事件の話を聞いたらカッと目を見開いたのだった。

「生きる意味を見つけましたわ」

「事件が無いとボーッとしてるのはどうかと思うわね! うっわ、紅茶真っ赤じゃない! 渋そう」

「カフェインが効きますのよ」

「やり過ぎでしょ」

 シャーロットを馬の後ろに乗せて、事件現場へ舞い戻る。
 バスカーは、たくさん走れて嬉しそうだった。

「来ましたね、シャーロット嬢。髪が乱れていますよ。今日一日全く外出しなかったでしょう」

 デストレードにまで、怠惰な生活を言い当てられたシャーロット。 
 悪びれる様子もなく、いそいそと死体の傍に歩み寄っていった。

「設計図。死体。そしてこれは……絞殺された跡。後ろから締められていて、不意をうたれましたわね。喉を爪で掻き毟った跡がありますし、これは気付いたときには既に絞殺紐が食い込んでいたということですわ。安心させてからの不意討ち……犯人はこの方の顔見知りでしょうね」

 さらさらと推理を始めた。
 まあ、こうやって事件に関わって生き生きとしている彼女は、私としても好きなんだけど。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

外れスキル「両替」が使えないとスラムに追い出された俺が、異世界召喚少女とボーイミーツガールして世界を広げながら強くなる話

あけちともあき
ファンタジー
「あたしの能力は運命の女。関わった者に世界を変えられる運命と宿命を授けるの」 能力者養成孤児院から、両替スキルはダメだと追い出され、スラム暮らしをする少年ウーサー。 冴えない彼の元に、異世界召喚された少女ミスティが現れる。 彼女は追っ手に追われており、彼女を助けたウーサーはミスティと行動をともにすることになる。 ミスティを巡って巻き起こる騒動、事件、戦争。 彼女は深く関わった人間に、世界の運命を変えるほどの力を与えると言われている能力者だったのだ。 それはそれとして、ウーサーとミスティの楽しい日常。 近づく心の距離と、スラムでは知れなかった世の中の姿と仕組み。 楽しい毎日の中、ミスティの助けを受けて成長を始めるウーサーの両替スキル。 やがて超絶強くなるが、今はミスティを守りながら、日々を楽しく過ごすことが最も大事なのだ。 いつか、運命も宿命もぶっ飛ばせるようになる。 そういう前向きな物語。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

【完結】炎の戦史 ~氷の少女と失われた記憶~

朱村びすりん
ファンタジー
 ~あらすじ~  炎の力を使える青年、リ・リュウキは記憶を失っていた。  見知らぬ山を歩いていると、人ひとり分ほどの大きな氷を発見する。その中には──なんと少女が悲しそうな顔をして凍りついていたのだ。  美しい少女に、リュウキは心を奪われそうになる。  炎の力をリュウキが放出し、氷の封印が解かれると、驚くことに彼女はまだ生きていた。  謎の少女は、どういうわけか、ハクという化け物の白虎と共生していた。  なぜ氷になっていたのかリュウキが問うと、彼女も記憶がなく分からないのだという。しかし名は覚えていて、彼女はソン・ヤエと名乗った。そして唯一、闇の記憶だけは残っており、彼女は好きでもない男に毎夜乱暴されたことによって負った心の傷が刻まれているのだという。  記憶の一部が失われている共通点があるとして、リュウキはヤエたちと共に過去を取り戻すため行動を共にしようと申し出る。  最初は戸惑っていたようだが、ヤエは渋々承諾。それから一行は山を下るために歩き始めた。  だがこの時である。突然、ハクの姿がなくなってしまったのだ。大切な友の姿が見当たらず、ヤエが取り乱していると──二人の前に謎の男が現れた。  男はどういうわけか何かの事情を知っているようで、二人にこう言い残す。 「ハクに会いたいのならば、満月の夜までに西国最西端にある『シュキ城』へ向かえ」 「記憶を取り戻すためには、意識の奥底に現れる『幻想世界』で真実を見つけ出せ」  男の言葉に半信半疑だったリュウキとヤエだが、二人にはなんの手がかりもない。  言われたとおり、シュキ城を目指すことにした。  しかし西の最西端は、化け物を生み出すとされる『幻草』が大量に栽培される土地でもあった……。  化け物や山賊が各地を荒らし、北・東・西の三ヶ国が争っている乱世の時代。  この世に平和は訪れるのだろうか。  二人は過去の記憶を取り戻すことができるのだろうか。  特異能力を持つ彼らの戦いと愛情の物語を描いた、古代中国風ファンタジー。 ★2023年1月5日エブリスタ様の「東洋風ファンタジー」特集に掲載されました。ありがとうございます(人´∀`)♪ ☆special thanks☆ 表紙イラスト・ベアしゅう様 77話挿絵・テン様

最弱職テイマーに転生したけど、規格外なのはお約束だよね?

ノデミチ
ファンタジー
ゲームをしていたと思われる者達が数十名変死を遂げ、そのゲームは運営諸共消滅する。 彼等は、そのゲーム世界に召喚或いは転生していた。 ゲームの中でもトップ級の実力を持つ騎団『地上の星』。 勇者マーズ。 盾騎士プルート。 魔法戦士ジュピター。 義賊マーキュリー。 大賢者サターン。 精霊使いガイア。 聖女ビーナス。 何者かに勇者召喚の形で、パーティ毎ベルン王国に転送される筈だった。 だが、何か違和感を感じたジュピターは召喚を拒み転生を選択する。 ゲーム内で最弱となっていたテイマー。 魔物が戦う事もあって自身のステータスは転職後軒並みダウンする不遇の存在。 ジュピターはロディと名乗り敢えてテイマーに転職して転生する。最弱職となったロディが連れていたのは、愛玩用と言っても良い魔物=ピクシー。 冒険者ギルドでも嘲笑され、パーティも組めないロディ。その彼がクエストをこなしていく事をギルドは訝しむ。 ロディには秘密がある。 転生者というだけでは無く…。 テイマー物第2弾。 ファンタジーカップ参加の為の新作。 応募に間に合いませんでしたが…。 今迄の作品と似た様な名前や同じ名前がありますが、根本的に違う世界の物語です。 カクヨムでも公開しました。

悪役令嬢らしいのですが、務まらないので途中退場を望みます

水姫
ファンタジー
ある日突然、「悪役令嬢!」って言われたらどうしますか? 私は、逃げます! えっ?途中退場はなし? 無理です!私には務まりません! 悪役令嬢と言われた少女は虚弱過ぎて途中退場をお望みのようです。 一話一話は短めにして、毎日投稿を目指します。お付き合い頂けると嬉しいです。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

処理中です...