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謎の下宿人事件
第180話 推理はジャネット?
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本当に、エルフェンバインは事件に事欠かない。
その日の私は、シャーロットからもらった香りのいい紅茶を楽しむのに夢中だったのだけど、そんな夢のような時間は飛び込んできたターナによってあっという間に終わりを告げたのだった。
「ジャネット様、相談に乗って下さい!!」
「どうしたの? っていうか辺境伯の屋敷に平気で飛び込んでくる新聞記者ってどうなの」
ターナはよく我が家にやって来るので、入り口を見張っている兵士もスルーしてしまったようだ。
少人数だが、うちの屋敷にも兵士はいる。
彼らは普段辺境に住んでいるが、たまに入れ替わりで王都に来て、屋敷の護衛をしながら都会観光を楽しむらしい。
おいおい、いつも来てるからってニコニコしながらスルーするんじゃない。
「それで用件は? 私は紅茶を飲んでいるんだけど」
「あっ、これ、お茶菓子です」
さっとお茶請けを差し出すターナ。
どんな時代も、心配りは人間関係の潤滑油だ。
私の機嫌はすぐに良くなった。
「なんでも話してみて。力になれるかも知れないから」
「ありがとうございます! さすがジャネット様です! ええとですね。私の家は下宿をやってるんですけど、新しい店子の人が住んでいてですね。これがちょっとおかしいんです」
「おかしいの?」
「はい。相場の三倍の家賃を払う。だけど、絶対に詮索しないで欲しいし、顔も見なければ声も聞かないで欲しいっていうんですよ」
「それは怪しい」
なんだか犯罪のにおいがして来そうではないか。
私がむむむと唸っていたら、見覚えのある馬なし馬車が到着。
そこからひょろりと背の高い、見慣れた彼女が降りてきた。
「シャーロット! ターナがお茶菓子を持ってきてくれたの」
「母が焼いたマドレーヌです!」
「素敵ですわ! お茶にしましょう!」
ということで、お茶お代わり。
三人でテーブルを囲んで、お茶とマドレーヌを楽しむことになった。
「シャーロット。ターナがここに来たのはね。下宿人が怪しいんだって」
「ふーん」
ターナから聞いた話をしたのだが、シャーロットはあまり興味を示さなかった。
「マドレーヌ美味しいですわねえー。お店のものとは違って、お砂糖が少なめですわね? でもこの甘みは? 卵? そんな高級なものを使っていますのねえ!」
ダメだこれは。
あまりにも平和的な事件なので、シャーロットのやる気が出ないらしい。
最近は、物騒な事件を連続で解決していたからなあ。
すっかりシャーロットの感覚が麻痺している。
ここは一つ、平和的な事件に巻き込んで、彼女の頭の中をリセットしてやらないと。
そのためにはどうするか……。
「よーし、ターナ。今回の事件、私が推理するわ!」
私は宣言したのだった。
シャーロットもターナも、目を丸くして私を見ていた。
こうしてやって来た、ターナの家。
一階に一家で住んでいて、両親とターナの三人ぐらし。
兄は王都の逆側で、職人見習いをやっているそうだ。
ターナによく似た女性が出てきて、これがお母様。
二人ともお揃いの眼鏡を掛けている。
「下宿人は部屋から出てこないのです。トイレの時くらいしか出てきませんが、私たちが見ていないタイミングで行くので顔を見たことが無くって」
トイレくらいはいいのでは?
「でも、下宿したいとやって来たときには顔を見せたんでしょう?」
「はい。壮年になりかけくらいの男性でした。だけどそれ以降は、声も全然聞こえなくて。時々、ギシギシと歩き回る音が聞こえるくらい」
「うーん」
聞けば聞くほど、事件性が感じられない。
シャーロットは隣で、ポカポカとした日差しを浴びながら半分寝てるような顔をしている。
「何か変わったことはない?」
「変わったこと……」
ターナがポンと手を叩いた。
「新聞だけは毎回差し入れてと言われてますねえ! 部屋の前に食事と一緒に置いておくと、必ず無くなってます!」
「ふむふむ、新聞が好きなのかな……?」
ここで、シャーロットがちょっと興味を示したようだった。
「それは、新聞に寄稿している方か、宣伝を出している方で下宿人さんと関係がある方がいるのかもしれませんわね」
「どういうこと?」
「そうですわねえ……。まず、ここまで聞いてきた話からわたくしが推測しますに、上にお住まいの方は部屋を借りに来た方とは別人ですわ」
「別人!?」
ターナ親子が驚く。
それはそうだろう。
見知らぬ人物がずっと、下宿して頭上で暮らしていたのだ。
「そしてその人物は何もしていないわけではなく、部屋の中でずっと作業をしていると思われますわね。新聞を持ってきて下さいます?」
ターナが差し出したのは、今日の新聞。
シャーロットはこれの隅から隅まで目を通すと、「これですわ」と指差した。
そこには、掲示板コーナーがある。
新聞社にお金を払い、連絡ごとを書き込む欄だ。
「下宿人の方は、外部の人間とここを使って連絡を取り合っているのですわ。例えばこれ。『アマレッティはまだ届かない。必ず届けるから待っていて欲しい』ですわね。アマレッティはイリアノス神国のお菓子ですわ。小麦粉の代わりに香ばしい豆の粉を使って、メレンゲと混ぜて焼きますの。ふーんわりしていてさっくり軽く、紅茶にとっても合いますのよ……」
シャーロットが夢を見るような目になった。
そしてハッとして現実に戻ってくる。
「いけないいけない! それどころではありませんでしたわね」
私はそんな彼女を見て、思わず笑った。
「やる気になったみたいね?」
「ええ。ジャネット様の意図通りになってしまいましたわね……!」
シャーロットもまた、笑い返すのだった。
その日の私は、シャーロットからもらった香りのいい紅茶を楽しむのに夢中だったのだけど、そんな夢のような時間は飛び込んできたターナによってあっという間に終わりを告げたのだった。
「ジャネット様、相談に乗って下さい!!」
「どうしたの? っていうか辺境伯の屋敷に平気で飛び込んでくる新聞記者ってどうなの」
ターナはよく我が家にやって来るので、入り口を見張っている兵士もスルーしてしまったようだ。
少人数だが、うちの屋敷にも兵士はいる。
彼らは普段辺境に住んでいるが、たまに入れ替わりで王都に来て、屋敷の護衛をしながら都会観光を楽しむらしい。
おいおい、いつも来てるからってニコニコしながらスルーするんじゃない。
「それで用件は? 私は紅茶を飲んでいるんだけど」
「あっ、これ、お茶菓子です」
さっとお茶請けを差し出すターナ。
どんな時代も、心配りは人間関係の潤滑油だ。
私の機嫌はすぐに良くなった。
「なんでも話してみて。力になれるかも知れないから」
「ありがとうございます! さすがジャネット様です! ええとですね。私の家は下宿をやってるんですけど、新しい店子の人が住んでいてですね。これがちょっとおかしいんです」
「おかしいの?」
「はい。相場の三倍の家賃を払う。だけど、絶対に詮索しないで欲しいし、顔も見なければ声も聞かないで欲しいっていうんですよ」
「それは怪しい」
なんだか犯罪のにおいがして来そうではないか。
私がむむむと唸っていたら、見覚えのある馬なし馬車が到着。
そこからひょろりと背の高い、見慣れた彼女が降りてきた。
「シャーロット! ターナがお茶菓子を持ってきてくれたの」
「母が焼いたマドレーヌです!」
「素敵ですわ! お茶にしましょう!」
ということで、お茶お代わり。
三人でテーブルを囲んで、お茶とマドレーヌを楽しむことになった。
「シャーロット。ターナがここに来たのはね。下宿人が怪しいんだって」
「ふーん」
ターナから聞いた話をしたのだが、シャーロットはあまり興味を示さなかった。
「マドレーヌ美味しいですわねえー。お店のものとは違って、お砂糖が少なめですわね? でもこの甘みは? 卵? そんな高級なものを使っていますのねえ!」
ダメだこれは。
あまりにも平和的な事件なので、シャーロットのやる気が出ないらしい。
最近は、物騒な事件を連続で解決していたからなあ。
すっかりシャーロットの感覚が麻痺している。
ここは一つ、平和的な事件に巻き込んで、彼女の頭の中をリセットしてやらないと。
そのためにはどうするか……。
「よーし、ターナ。今回の事件、私が推理するわ!」
私は宣言したのだった。
シャーロットもターナも、目を丸くして私を見ていた。
こうしてやって来た、ターナの家。
一階に一家で住んでいて、両親とターナの三人ぐらし。
兄は王都の逆側で、職人見習いをやっているそうだ。
ターナによく似た女性が出てきて、これがお母様。
二人ともお揃いの眼鏡を掛けている。
「下宿人は部屋から出てこないのです。トイレの時くらいしか出てきませんが、私たちが見ていないタイミングで行くので顔を見たことが無くって」
トイレくらいはいいのでは?
「でも、下宿したいとやって来たときには顔を見せたんでしょう?」
「はい。壮年になりかけくらいの男性でした。だけどそれ以降は、声も全然聞こえなくて。時々、ギシギシと歩き回る音が聞こえるくらい」
「うーん」
聞けば聞くほど、事件性が感じられない。
シャーロットは隣で、ポカポカとした日差しを浴びながら半分寝てるような顔をしている。
「何か変わったことはない?」
「変わったこと……」
ターナがポンと手を叩いた。
「新聞だけは毎回差し入れてと言われてますねえ! 部屋の前に食事と一緒に置いておくと、必ず無くなってます!」
「ふむふむ、新聞が好きなのかな……?」
ここで、シャーロットがちょっと興味を示したようだった。
「それは、新聞に寄稿している方か、宣伝を出している方で下宿人さんと関係がある方がいるのかもしれませんわね」
「どういうこと?」
「そうですわねえ……。まず、ここまで聞いてきた話からわたくしが推測しますに、上にお住まいの方は部屋を借りに来た方とは別人ですわ」
「別人!?」
ターナ親子が驚く。
それはそうだろう。
見知らぬ人物がずっと、下宿して頭上で暮らしていたのだ。
「そしてその人物は何もしていないわけではなく、部屋の中でずっと作業をしていると思われますわね。新聞を持ってきて下さいます?」
ターナが差し出したのは、今日の新聞。
シャーロットはこれの隅から隅まで目を通すと、「これですわ」と指差した。
そこには、掲示板コーナーがある。
新聞社にお金を払い、連絡ごとを書き込む欄だ。
「下宿人の方は、外部の人間とここを使って連絡を取り合っているのですわ。例えばこれ。『アマレッティはまだ届かない。必ず届けるから待っていて欲しい』ですわね。アマレッティはイリアノス神国のお菓子ですわ。小麦粉の代わりに香ばしい豆の粉を使って、メレンゲと混ぜて焼きますの。ふーんわりしていてさっくり軽く、紅茶にとっても合いますのよ……」
シャーロットが夢を見るような目になった。
そしてハッとして現実に戻ってくる。
「いけないいけない! それどころではありませんでしたわね」
私はそんな彼女を見て、思わず笑った。
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シャーロットもまた、笑い返すのだった。
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