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サイサリス荘事件
第178話 招かれざる客
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シャーロットの中で、標的が決まったようだ。
そうなれば話は早い。
彼女はある程度、先の展開を決めて掛かると言うか、集めた情報から結末を想定してそこに向かって動き出す癖がある。
鋭い洞察力から来る情報収集だから、私には思いもよらぬほど詳しく、細やかな事が分かっているのだろう。
「バスカー、どうでしたの?」
『わふー』
「ふむふむ、塀を超えた先に、アナベルさん以外のにおいがしていますのね」
『わふ!』
このやり取りを聞いて、私は首をひねった。
「向こうは他の人の別荘なのだから、アナベル以外のにおいがするのは当たり前なんじゃ?」
「憲兵隊の方々に調べてもらったのですわよ。あちらの別荘はここしばらく使われていませんわ。シナプス男爵家のものなのですけれど、かの家は北方帝国と領地を接していますでしょう? あちらから難民が流れて来ようとするのを押し止めるので、必死らしいですわねえ」
「あら、北の方の。大変ね……」
エルフェンバインは広いから、私の故郷である西方辺境と、シナプス男爵の北方辺境、ヴァイスシュタットがある南方の辺境と全く環境も状況も違う。
私はまだ見ぬシナプス男爵に同情を覚えた。
蛮族に引けを取らぬ厄介な問題よね、難民。
文化が違うし、彼らが仕事できる場所だってないし。
だけど食料は消費するし住む場所もいる。
迂闊に受け入れることはできない。
私がシナプス男爵領の大変さを想像して、悶々としていたら、話は進んでしまっていた。
「では塀を乗り越えて行ってみましょう!」
シャーロットが提案する。
「アクティブね。許可はもらったの? 管理人の人くらいはいるでしょう?」
「ええ、管理人のご家族には憲兵の方々が今、許可をもらいに行っていますわ。本来であれば必要は無いと思いますけれども? では参りましょうか」
「許可をもらいつつ侵入するのね! 行動が早いなあ!」
ちょっと引っかかる言い回しがあったような?
だけど、こういうのは私も大好き。
バスカーに手伝ってもらいつつ、スカートのまま塀をぴょんと飛び越えた。
しばらく留守にしているというシナプス男爵家だけど、庭はよく手入れされているなあ。
芝生をとことこ歩く。
この先でアナベルが死んでいたわけだ。
管理人一家にとっては、実に迷惑だったことだろう。
現場に到着したら、なるほど、まだ血痕がある。
「もみ合った後に殺されたようですねえ」
デストレードがしゃがみ込み、血痕を指差す。
「すごい形相だったという話です。恐怖ではなく、怒りでしょうね。そして指がこちらを指し示していたと」
指し示す先は……。
シナプス男爵家の別荘?
『わっふ!』
「バスカーもにおいがあっちに向かっていると思うの?」
『わふ~』
バスカーが、シナプス家別荘のさらに先と、別荘の家屋を交互に見る。
「そうか、両方ににおいがあるかあ」
『わふん』
「つまり、こういうことですわね」
シャーロットは微笑み、別荘を超えて別の家との間の塀まで近づいた。
そして、そこから戻ってきて別荘に向かう道を行く。
「においによる追跡を警戒したのでしょうね。ですから、偽装を行った。つまり、犯人はにおいを辿る捜査がされる国からやって来た人というわけですわ」
「外国人が犯人ってわけか。アナベルもそうだもんねえ」
「ええ。彼女はこの犯人を追ってやって来たのでしょうね。そんな様子は見せませんでした、子爵?」
「ど、どうでしたかね……!」
テシターノ子爵は、事件の情報量が多すぎて、目を白黒させてすごい汗をかいている。
ハンカチで必死に汗を拭ってるなあ。
「さて! では、犯人のにおいを辿って捜査をする国とはどこでしょう? アルマース帝国では、獣人系の亜人はおりませんわね。では?」
「ええと……イリアノス神国?」
「正解ですわジャネット様! つまり犯人は、イリアノス神国からやって来た人物ということ。そしてアドポリス出身の冒険者であるアナベルさんに追われていた!」
語りながら、シャーロットが歩き出す。
「念には念を入れて、捜査の手を混乱させるつもりだったのでしょうけれど。アナベルさんとバスカー、この一人と一匹のちからが合わされば、むしろ相手は墓穴を掘った形になりますわね」
別荘では、憲兵と管理人一家が押し問答をしているところだった。
簡単には許可がもらえないらしい。
「死体は片付けたんだろう! だったらこの別荘には何の用もないはずだ! これ以上、何を捜査しようと言うんだ!」
「いえ、まだ事件が終わってないわけでご協力を仰ぎたくてですね。人が死んでいるわけですし」
「うちには関係ない! この事を知ったら、シナプス男爵だってお怒りになるぞ!」
騒いでいる騒いでいる。
ここに、別荘をぐるりと回り込んだシャーロットが加わった。
「そもそも、シナプス男爵は一年以上も別荘を訪れていないと聞いていますが? 男爵直々の意見ではありませんでしょう? あなたは管理人さんですかしら。男爵の言葉を代弁できるほど、全件を委任されているのでしょうか?」
「な、なんだお前は!」
管理人を名乗る人物は、浅黒い肌の赤毛の男だった。
目つきに険がある。
人間族なんだけど、出身の国がわからないな。いろいろな国の血が混じり合ってる?
「わたくし、ラムズ侯爵の娘でシャーロットと申しますわ」
シャーロットが慇懃に礼をすると、管理人の男が絶句した。
彼女の名前は、エルフェンバイン中に知れ渡って来ているらしいからね。
「ところで、わたくしが知っているシナプス家の管理人ご一家は、温厚な老夫婦だったと思ったのですが?」
「お、俺は息子だ!」
「ははあ。老夫婦はアンドロスコルピオとアルケニーのご夫婦だったのですけれど、人間を養子に取りましたのね?」
「!? そ、そんなわけあるか! ちゃんと人間だったぞ!!」
「語るに落ちましたわね。今のこの家の管理人は、シナプス家に呼び戻されて領地に帰っていますわ。そして人間のご主人とオーガハーフ夫人との壮年のカップルですわ。……あなた、一体誰ですの?」
ニヤリとシャーロットが笑う。
私には、赤毛の男の顔色が、サーッと音を立てて青ざめていくのが見えたのだった。
そうなれば話は早い。
彼女はある程度、先の展開を決めて掛かると言うか、集めた情報から結末を想定してそこに向かって動き出す癖がある。
鋭い洞察力から来る情報収集だから、私には思いもよらぬほど詳しく、細やかな事が分かっているのだろう。
「バスカー、どうでしたの?」
『わふー』
「ふむふむ、塀を超えた先に、アナベルさん以外のにおいがしていますのね」
『わふ!』
このやり取りを聞いて、私は首をひねった。
「向こうは他の人の別荘なのだから、アナベル以外のにおいがするのは当たり前なんじゃ?」
「憲兵隊の方々に調べてもらったのですわよ。あちらの別荘はここしばらく使われていませんわ。シナプス男爵家のものなのですけれど、かの家は北方帝国と領地を接していますでしょう? あちらから難民が流れて来ようとするのを押し止めるので、必死らしいですわねえ」
「あら、北の方の。大変ね……」
エルフェンバインは広いから、私の故郷である西方辺境と、シナプス男爵の北方辺境、ヴァイスシュタットがある南方の辺境と全く環境も状況も違う。
私はまだ見ぬシナプス男爵に同情を覚えた。
蛮族に引けを取らぬ厄介な問題よね、難民。
文化が違うし、彼らが仕事できる場所だってないし。
だけど食料は消費するし住む場所もいる。
迂闊に受け入れることはできない。
私がシナプス男爵領の大変さを想像して、悶々としていたら、話は進んでしまっていた。
「では塀を乗り越えて行ってみましょう!」
シャーロットが提案する。
「アクティブね。許可はもらったの? 管理人の人くらいはいるでしょう?」
「ええ、管理人のご家族には憲兵の方々が今、許可をもらいに行っていますわ。本来であれば必要は無いと思いますけれども? では参りましょうか」
「許可をもらいつつ侵入するのね! 行動が早いなあ!」
ちょっと引っかかる言い回しがあったような?
だけど、こういうのは私も大好き。
バスカーに手伝ってもらいつつ、スカートのまま塀をぴょんと飛び越えた。
しばらく留守にしているというシナプス男爵家だけど、庭はよく手入れされているなあ。
芝生をとことこ歩く。
この先でアナベルが死んでいたわけだ。
管理人一家にとっては、実に迷惑だったことだろう。
現場に到着したら、なるほど、まだ血痕がある。
「もみ合った後に殺されたようですねえ」
デストレードがしゃがみ込み、血痕を指差す。
「すごい形相だったという話です。恐怖ではなく、怒りでしょうね。そして指がこちらを指し示していたと」
指し示す先は……。
シナプス男爵家の別荘?
『わっふ!』
「バスカーもにおいがあっちに向かっていると思うの?」
『わふ~』
バスカーが、シナプス家別荘のさらに先と、別荘の家屋を交互に見る。
「そうか、両方ににおいがあるかあ」
『わふん』
「つまり、こういうことですわね」
シャーロットは微笑み、別荘を超えて別の家との間の塀まで近づいた。
そして、そこから戻ってきて別荘に向かう道を行く。
「においによる追跡を警戒したのでしょうね。ですから、偽装を行った。つまり、犯人はにおいを辿る捜査がされる国からやって来た人というわけですわ」
「外国人が犯人ってわけか。アナベルもそうだもんねえ」
「ええ。彼女はこの犯人を追ってやって来たのでしょうね。そんな様子は見せませんでした、子爵?」
「ど、どうでしたかね……!」
テシターノ子爵は、事件の情報量が多すぎて、目を白黒させてすごい汗をかいている。
ハンカチで必死に汗を拭ってるなあ。
「さて! では、犯人のにおいを辿って捜査をする国とはどこでしょう? アルマース帝国では、獣人系の亜人はおりませんわね。では?」
「ええと……イリアノス神国?」
「正解ですわジャネット様! つまり犯人は、イリアノス神国からやって来た人物ということ。そしてアドポリス出身の冒険者であるアナベルさんに追われていた!」
語りながら、シャーロットが歩き出す。
「念には念を入れて、捜査の手を混乱させるつもりだったのでしょうけれど。アナベルさんとバスカー、この一人と一匹のちからが合わされば、むしろ相手は墓穴を掘った形になりますわね」
別荘では、憲兵と管理人一家が押し問答をしているところだった。
簡単には許可がもらえないらしい。
「死体は片付けたんだろう! だったらこの別荘には何の用もないはずだ! これ以上、何を捜査しようと言うんだ!」
「いえ、まだ事件が終わってないわけでご協力を仰ぎたくてですね。人が死んでいるわけですし」
「うちには関係ない! この事を知ったら、シナプス男爵だってお怒りになるぞ!」
騒いでいる騒いでいる。
ここに、別荘をぐるりと回り込んだシャーロットが加わった。
「そもそも、シナプス男爵は一年以上も別荘を訪れていないと聞いていますが? 男爵直々の意見ではありませんでしょう? あなたは管理人さんですかしら。男爵の言葉を代弁できるほど、全件を委任されているのでしょうか?」
「な、なんだお前は!」
管理人を名乗る人物は、浅黒い肌の赤毛の男だった。
目つきに険がある。
人間族なんだけど、出身の国がわからないな。いろいろな国の血が混じり合ってる?
「わたくし、ラムズ侯爵の娘でシャーロットと申しますわ」
シャーロットが慇懃に礼をすると、管理人の男が絶句した。
彼女の名前は、エルフェンバイン中に知れ渡って来ているらしいからね。
「ところで、わたくしが知っているシナプス家の管理人ご一家は、温厚な老夫婦だったと思ったのですが?」
「お、俺は息子だ!」
「ははあ。老夫婦はアンドロスコルピオとアルケニーのご夫婦だったのですけれど、人間を養子に取りましたのね?」
「!? そ、そんなわけあるか! ちゃんと人間だったぞ!!」
「語るに落ちましたわね。今のこの家の管理人は、シナプス家に呼び戻されて領地に帰っていますわ。そして人間のご主人とオーガハーフ夫人との壮年のカップルですわ。……あなた、一体誰ですの?」
ニヤリとシャーロットが笑う。
私には、赤毛の男の顔色が、サーッと音を立てて青ざめていくのが見えたのだった。
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