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サイサリス荘事件
第177話 サイサリス荘
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サイサリスというのは、赤やオレンジの布みたいな部位ができる植物で、色鮮やかで見ていて楽しい。
その名前を持つ別荘がどんなものなのかと思ったら……。
「あっ、屋根が真っ赤! これは見事ねえ!」
樹皮がむき出しの壁面の上に、素晴らしく赤い屋根が載っている。
これは、別荘そのものをサイサリスに見立てているわけか。
おしゃれだなあ……。
……ということで、私たちはサイサリス荘までやって来ていた。
「アナベルが殺されていたなんて……恐ろしい恐ろしい……。私は荒事はからっきしで、宮廷の風見鶏と呼ばれているほどなのです」
「存じ上げてますから。世の中の流れを見て、家が生き残れる方に素早くつく。これもまた重要な能力の一つよ」
「そう言っていただけるとありがたい……!」
テシターノ子爵が微笑んだ。
基本的に、彼にとって私は親分みたいなものなので、腰が低い。
カゲリナよりも腰が低い気がする。
年端も行かないような小娘に、プライドを放り投げてペコペコ頭を下げられるというのは、もう立派な才能だ。
テシターノ家はずっと生き残っていくだろうなあ。
「家主のアナベルは、このサイサリス荘を一ヶ月前に購入したばかりですね。あちらこちらの貴族を招いて、もてなしていたようです」
デストレードが説明をする。
その間にも、彼女の後ろから憲兵たちがぞろぞろ現れてサイサリス荘を調査していた。
「一ヶ月前とは急な話ですわね。彼女の身元は分かっていまして?」
「エルフェンバインのとある上級貴族と繋がりがあることは分かっています。でなければ、別荘の購入などできませんからね。ですが、それがどういう繋がりなのかは、昨日の今日では調べがついていません」
それはそうだ。
どれだけデストレードと憲兵が優秀だとしても、裏を取るにはそれなりに日にちが掛かるだろう。
「……ということは、ここはシャーロットの出番ね」
「ええ、そうだと思っていましたわよ!」
やる気満々のシャーロット。
さらに、彼女の傍らにバスカーが歩み出て、『わふん!』と鼻息も荒く自己アピールしてくる。
「シャーロットの推理にバスカーの鼻。負ける道理がないわね」
こうして、調査開始なのだ。
「近隣には何件か別荘がありますね。この辺りは、下級貴族が利用する別荘地帯です。ですから、それなりに別荘同士が隣接しているのです」
なるほど、デストレードの言う通り、庭園と一セットになった別荘が幾つも並んでいる。
緩く柵などが作られて、それぞれの敷地は区切られてはいるけれど……。
その気になったら乗り越えるのは楽そうだ。
「アナベルが死んでいたのは隣の別荘と、さらに一つ向こうの別荘の境目ですね。どこかで刺されて、逃げ帰る途中で力尽きたものと見られます」
「戦っていたのかしらね」
「怖い」
私の予測に、テシターノ子爵が乙女な感想を漏らした。
その後、他の憲兵がデストレードに報告に来るのを横で聞いていたのだけれど……。
あまり進展してない?
私はしびれを切らして、シャーロットの様子を見に行ってみた。
すると、憲兵が数人でバスカーを囲み、毛をもふもふしたりしている。
「バスカーはもふもふでカワイイなあ」
「大きいのに優しくていいなあ」
「えっ、何かのにおいが分かったのかい? 賢いなあ」
『わふ!』
可愛がられている。
バスカーは私に気付くと、尻尾をぶんぶん振った。
『わふ! わふ!』
「どうしたのバスカー?」
「実は、バスカーにお願いしてこの辺りのにおいを調べてもらっていたのですわ。はい、これ。女主人アナベルが使っていたティーカップですわ」
シャーロットが差し出したカップは、サイサリスの蕾の色をしていた。
おしゃれだなあ。
「このにおいを覚えてもらって、それから周囲を探っていましたの。そうしたらバスカーは、アナベルのにおいに混じって他の人間のものが、こちらに続いていると言ってますのよ」
『わふ!』
バスカーが示すのは、私とデストレードがいた方向だ。
その先でアナベルは死んでいたわけだけど、つまり彼女は何者かと一緒だったわけだ。
「ちなみに、アナベルさんがどなたと繋がりがあったのかは分かりましたわ。というかわたくしたちの知り合いですわよ」
「ええ、もう!? 誰?」
「ベルギウスさんですわ」
「彼かあ」
「それはそうですわ。だってアナベルさんは外国の、アドポリス出身の元冒険者ですわよ。外国と通じるならば、外交官のお仕事ですもの。恐らく、アナベルさんの狙いを知らぬまま、彼女にこの別荘を買うための援助をしたのでしょうね」
「彼女が冒険者だってことまで分かるの!?」
「ええ。増築されたばかりの地下室を見つけましたわ。ここでアナベルさんは、訓練をしていたようですわね。明らかに経験者ですわよ。得物は短剣。クラスはレンジャーですわね。あの土地では、特別な加護によって、職業がクラスと言われるものになり、それに準じた能力を与えられるそうですから」
「不思議なところもあるものね。で、そのアナベルは何をしにこちらに来たのかしら」
「何者かの首を狙いに来た、というので間違いないとわたくしは考えていますわ」
シャーロットの目が光ったように見えた。
「じゃあ、どうして貴族たちを家に誘っていたの? ああ、でも、誘えたのはベルギウスの後ろ盾があったからなのね」
「そうなりますわね。そして、貴族を家に招いて歓待していたのは、間違いなくカモフラージュのためでしょう」
「カモフラージュ……。ということは、彼女の狙いは何者かを殺すことだったというわけね。そして彼女が死んだのは、何者かに返り討ちにあったと」
「間違いありませんわ。この事件、今日中に決着付けて見せますわよ」
シャーロット、やる気満々なのだ。
その名前を持つ別荘がどんなものなのかと思ったら……。
「あっ、屋根が真っ赤! これは見事ねえ!」
樹皮がむき出しの壁面の上に、素晴らしく赤い屋根が載っている。
これは、別荘そのものをサイサリスに見立てているわけか。
おしゃれだなあ……。
……ということで、私たちはサイサリス荘までやって来ていた。
「アナベルが殺されていたなんて……恐ろしい恐ろしい……。私は荒事はからっきしで、宮廷の風見鶏と呼ばれているほどなのです」
「存じ上げてますから。世の中の流れを見て、家が生き残れる方に素早くつく。これもまた重要な能力の一つよ」
「そう言っていただけるとありがたい……!」
テシターノ子爵が微笑んだ。
基本的に、彼にとって私は親分みたいなものなので、腰が低い。
カゲリナよりも腰が低い気がする。
年端も行かないような小娘に、プライドを放り投げてペコペコ頭を下げられるというのは、もう立派な才能だ。
テシターノ家はずっと生き残っていくだろうなあ。
「家主のアナベルは、このサイサリス荘を一ヶ月前に購入したばかりですね。あちらこちらの貴族を招いて、もてなしていたようです」
デストレードが説明をする。
その間にも、彼女の後ろから憲兵たちがぞろぞろ現れてサイサリス荘を調査していた。
「一ヶ月前とは急な話ですわね。彼女の身元は分かっていまして?」
「エルフェンバインのとある上級貴族と繋がりがあることは分かっています。でなければ、別荘の購入などできませんからね。ですが、それがどういう繋がりなのかは、昨日の今日では調べがついていません」
それはそうだ。
どれだけデストレードと憲兵が優秀だとしても、裏を取るにはそれなりに日にちが掛かるだろう。
「……ということは、ここはシャーロットの出番ね」
「ええ、そうだと思っていましたわよ!」
やる気満々のシャーロット。
さらに、彼女の傍らにバスカーが歩み出て、『わふん!』と鼻息も荒く自己アピールしてくる。
「シャーロットの推理にバスカーの鼻。負ける道理がないわね」
こうして、調査開始なのだ。
「近隣には何件か別荘がありますね。この辺りは、下級貴族が利用する別荘地帯です。ですから、それなりに別荘同士が隣接しているのです」
なるほど、デストレードの言う通り、庭園と一セットになった別荘が幾つも並んでいる。
緩く柵などが作られて、それぞれの敷地は区切られてはいるけれど……。
その気になったら乗り越えるのは楽そうだ。
「アナベルが死んでいたのは隣の別荘と、さらに一つ向こうの別荘の境目ですね。どこかで刺されて、逃げ帰る途中で力尽きたものと見られます」
「戦っていたのかしらね」
「怖い」
私の予測に、テシターノ子爵が乙女な感想を漏らした。
その後、他の憲兵がデストレードに報告に来るのを横で聞いていたのだけれど……。
あまり進展してない?
私はしびれを切らして、シャーロットの様子を見に行ってみた。
すると、憲兵が数人でバスカーを囲み、毛をもふもふしたりしている。
「バスカーはもふもふでカワイイなあ」
「大きいのに優しくていいなあ」
「えっ、何かのにおいが分かったのかい? 賢いなあ」
『わふ!』
可愛がられている。
バスカーは私に気付くと、尻尾をぶんぶん振った。
『わふ! わふ!』
「どうしたのバスカー?」
「実は、バスカーにお願いしてこの辺りのにおいを調べてもらっていたのですわ。はい、これ。女主人アナベルが使っていたティーカップですわ」
シャーロットが差し出したカップは、サイサリスの蕾の色をしていた。
おしゃれだなあ。
「このにおいを覚えてもらって、それから周囲を探っていましたの。そうしたらバスカーは、アナベルのにおいに混じって他の人間のものが、こちらに続いていると言ってますのよ」
『わふ!』
バスカーが示すのは、私とデストレードがいた方向だ。
その先でアナベルは死んでいたわけだけど、つまり彼女は何者かと一緒だったわけだ。
「ちなみに、アナベルさんがどなたと繋がりがあったのかは分かりましたわ。というかわたくしたちの知り合いですわよ」
「ええ、もう!? 誰?」
「ベルギウスさんですわ」
「彼かあ」
「それはそうですわ。だってアナベルさんは外国の、アドポリス出身の元冒険者ですわよ。外国と通じるならば、外交官のお仕事ですもの。恐らく、アナベルさんの狙いを知らぬまま、彼女にこの別荘を買うための援助をしたのでしょうね」
「彼女が冒険者だってことまで分かるの!?」
「ええ。増築されたばかりの地下室を見つけましたわ。ここでアナベルさんは、訓練をしていたようですわね。明らかに経験者ですわよ。得物は短剣。クラスはレンジャーですわね。あの土地では、特別な加護によって、職業がクラスと言われるものになり、それに準じた能力を与えられるそうですから」
「不思議なところもあるものね。で、そのアナベルは何をしにこちらに来たのかしら」
「何者かの首を狙いに来た、というので間違いないとわたくしは考えていますわ」
シャーロットの目が光ったように見えた。
「じゃあ、どうして貴族たちを家に誘っていたの? ああ、でも、誘えたのはベルギウスの後ろ盾があったからなのね」
「そうなりますわね。そして、貴族を家に招いて歓待していたのは、間違いなくカモフラージュのためでしょう」
「カモフラージュ……。ということは、彼女の狙いは何者かを殺すことだったというわけね。そして彼女が死んだのは、何者かに返り討ちにあったと」
「間違いありませんわ。この事件、今日中に決着付けて見せますわよ」
シャーロット、やる気満々なのだ。
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