推理令嬢シャーロットの事件簿~謎解きは婚約破棄のあとで~

あけちともあき

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サイサリス荘事件

第176話 憲兵隊異常アリ

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 最近、デストレードが憲兵たちを率いて、忙しそうに街中を駆け回っている。
 王都はひっきりなしに事件が起こるところだけれども、その大体は小さな出来事ばかり。
 憲兵の数は限られているから、地域によって自警団が作られ、彼らが解決することも多い。

 だけど、憲兵隊長であるデストレードが出張らなければならないということは、きっと大事なんだろう。
 私はバスカーの散歩ついでに、デストレードに歩調を合わせた。

「こんにちは。お忙しい?」

「ええ。忙しいというか、重大な仕事があるのですが進捗が思わしくないんですよ」

「大変ねー」

 それ以降は世間話だけして別れようとした。
 任務の内容について、一般人には話してくれるはずもないからだ。

 だけど、デストレードがぼそっと、まるで思わず口にしてしまったかのように囁いたのだ。

「あちらの二国間で悪さをしてた男が流れてきてるとか……まあ噂ですけれどね。本当に勘弁して欲しいもんです」

 これはつまり……私とシャーロットに関われって言っているようなものではないか。

「分かったわ。また趣味の範囲で楽しくやるわね。行くわよバスカー! お散歩コース変更!」

『わふ!』

 最近は、私の歩く速度に合わせることを覚えたバスカー。
 乗馬する必要がないから、小回りが利いていい。

 彼を連れたまま、私は下町へと繰り出した。
 ここでも完全に、私の顔は知られている。

「やあ、ジャネット様だ」

「お嬢さん今日はいい天気だね!」

「また事件かい? 解決を楽しみにしてるよ!」

 あちこちから、おじさん、おばさん、荒くれ者が声を掛けてくる。
 私はにこやかに微笑みながら手を振るだけでいい。

 度重なるシャーロットとの冒険で、下町は私にとっての第二の故郷みたいになってしまっていた。
 もう、細い路地の奥に何があるのかまで分かるぞ。

 シャーロット邸に到着したら、彼女が窓辺で誰かと話しているのが見えた。
 扉をノック。
 いつものインビジブルストーカーが開けてくれる。

 私とバスカーは顔パスだ。

 おっと、布が飛んできて、バスカーの足の裏をゴシゴシ拭いている。

『わふわふ』

 バスカーが、インビジブルストーカーと何かお喋りしているみたいだ。
 私も靴裏の泥を落としてから、階段を上がることにした。

「……ということで、私が朝目覚めると家の主人も使用人もみんな消えていて」

「ははあ、嵌められましたわね。あなたはアリバイに使われたのですわよ。見ててご覧なさい。事件が動き出しますから」

 シャーロットがそんな事を言っているのが聞こえた。
 相手は男の人だな。
 声を聞いたことがあるような……。

 私が二階に顔を出すと、シャーロットが立ち上がって出迎えた。

「いらっしゃいませ、ジャネット様。ちょうどいいところでしたわ! 事件ですわよ」

「やっぱり! 私もちょっと小耳に挟んだ話を持ってきたんだけれども」

 話しながら、部屋の中を見回す。
 シャーロットの向かいに男性が座っていて、驚いた目をこちらに向けている。

 あれは……。
 テシターノ子爵じゃないか。
 カゲリナのお父様だ。

「ジャ、ジャネット様!! どうしてここに!? ああ、いや、ジャネット様とシャーロット嬢の関係は知っていますからおかしくはないんですが」

 テシターノ子爵は、かぎ鼻で痩せぎすの、顔色の悪い男性だ。
 とても悪役っぽい感じの見た目をしている。
 しかし、今やうちの父の舎弟なので、私にとっても家族みたいなものだ。

「気にしないで。困っていることがあるなら、ワトサップ家が解決に手を貸すわよ」

「おお……! ありがたいお言葉です! 娘もいつもお世話になっておりまして、本当にワトサップ家には頭が上がりません……」

 私はシャーロットに、デストレードから聞いた話を手早く伝えると、席についた。
 シャーロットは私の分の紅茶を淹れ始める。

「それで、子爵はシャーロットに何のお話をしにきたの?」

「はあ、それが……。ジャネット様は、たまに別荘地帯に行かれますでしょう」

「ええ。大体、シャーロットと一緒に事件解決のためにだけど。また別荘で事件が起こったの? 多いわねえ……」

「ええ、まあ。まだ事件と言うほどのことではないんですが。私がですね、サイサリス荘にいるアナベルという女性に招かれてですね……ああ、浮気ではありません、妻も一緒でした! それで一泊したんですよ。しかし朝になったら、アナベルもメイドたちも消えていまして……。恐ろしくなって、妻と一緒に慌てて帰ってきたんです」

 家の主人も使用人もいなくなっていた。
 無人の別荘というわけか。
 確かに不可解な事件かも。

「ジャネット様が持ってきたお話と無関係とは思えませんわねえ。別荘は王都の内部ではありませんから、怪しげな者たちが逗留するには絶好の場所。貴族も顔を出しますから、彼らと繋ぎを取りたい者なら訪れて当然ですわね」
 
 シャーロットが私のカップに紅茶を注ぐ。
 やっぱりいい茶葉を使ってるなあ……!

 その後、テシターノ子爵から色々細々とした事件のディテールを聞いていたら、それなりに時間が経過していた。
 バスカーはすっかりおねむで、床に寝そべってあくびをしている。

 そこへ、扉が開く音がした。
 誰かがやって来る。
 まあ、誰かと言っても分かりきっているんだけど。

「シャーロット嬢! ジャネット嬢もいますか!」

「いるわよ」

 私が答えると、デストレードが階段のところからひょいっと顔を出した。
 さっき別れたばかりなのに、忙しいことだ。

「事件になりました。別荘地帯で、アナベルという名の女性が死体で発見されました。殺人事件になりましたよ!」

 おっと!
 子爵のお話と、事件が繋がり始めた!
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