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消えた私文書とジャクリーンの影事件
第172話 ベルギウス、困る
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外交官のベルギウスが我が家にやって来た。
「大変なことになった。いや、これは別に国家的には大した問題ではないんだけれども、僕としては今まで関係を築いてきた、アルマース帝国の貴族がいなくなってしまうかも知れないという一大事でね」
国家としては、また新たな貴族と交友関係を築き、帝国との橋渡しにすればいいという話らしかった。
ただ、ベルギウスはこれまで時間をかけて培ってきた関係が無くなってしまうことを嘆いているのである。
「つまりはどういうことなの? それから私のところに相談に来るということは……」
「ああ。シャーロット嬢に紹介してもらいたいんだ。今回の事件は、貴族がカッとなって我が国に送った私文書とでも言うべきものが、紛失したという内容でね……。これが夜に出回ってしまったら、その貴族の立場がなくなるんだ」
近く、フワティナ嬢との結婚も決まっているというベルギウス。
こんなところでつまずくわけには行かないんだろう。
「いいわよ。私はシャーロットの窓口係じゃないんだけど……そのみられたらマズイ私文書っていうのがどんなものなのか興味があるし。彼女のところに行きましょ」
そういうことになった。
馬車を用意していたら、なんと向こうから馬のない馬車がやって来るではないか。
降り立ったのは、当然シャーロット。
「風の噂に、ベルギウスさんが困っていると聞きましたの。わたくしの助けが必要でしょう?」
「ついに待ち構えているだけじゃなくて、先読みしてやって来るようになった!」
「彼女には予知能力でもあるのかい……?」
ベルギウスをドン引きさせつつ、仕事の話が始まるのだった。
我が家のメイドが淹れてくれた紅茶を、少しずついただきつつ、シャーロットはベルギウスの話を聞く。
「アルマース帝国の貴族、ヤキメーシ氏はラクダの毛皮を主に扱っていてね。これを我が国に輸出してくれているのだけれど……買付を行っている国の担当者が、売り込みに来た別の貴族からラクダの毛皮を買ったことが明らかになったんだ」
どうやら、ヤキメーシ氏よりも安い値段を提示してきたらしいその貴族。
担当者は浮気して、一回分の買付をそちらの貴族から行ってしまったということだった。
「結果は、品質的にはヤキメーシ氏には及ばないものだったそうだよ。だから、安いものには理由があるのさ。自信が無いか、あるいは物の価値が分からないからこそ安く売りつけようとする。担当者にはいい勉強になったことだろう。だが、ヤキメーシ氏の腹は収まらない。カッとなって私文書を書き付け、正式な窓口ではなくて僕に直接使者を使って届けてきた。ところが……使者が途中で行方不明になってしまったんだ」
「大問題じゃない。その使者は見つかったの?」
「僕はそういうものを探す手立てを持っていないからね。見つけられないよ」
「なるほど。ではその方の特徴を教えて下さいな。わたくしが下町遊撃隊を使って捜索しましょう。王都はそれなりに広いですけれど、外国の方が怪しまれずに滞在できる場所なんて限られてますもの」
「助かる!」
ベルギウスが話した使者の特徴を書き留めるシャーロット。
集まってきた下町遊撃隊の子どもたちに、その特徴を伝えると、彼らはわーっとあちこちに散っていった。
「良かった……。ホッとしたよ。もちろん、まだ解決したわけではないけれどね。とにかくあの私文書が表に出てしまうとまずいんだ。我が国の失態にもなってしまうし、アルマース帝国としても公式ではない抗議文が出てくると、我が国に対して正式に何か言わなければいけなくなるからね。両国の仕事が増える、とても増える」
「なるほど、面倒くさくなるわけね……」
それは同情する。
人が死ぬわけではないけれど、あまりよろしくない問題だ。
ベルギウスはまだ仕事があると去っていった。
私とシャーロットで顔を見合わせる。
「久しぶりの大きなお仕事だけど、どう?」
私が尋ねると、シャーロットはウィンクして見せた。
「実のところ、使者の方が誰でどこにいるのかは見当がついていますの」
「ええー!? どうして!?」
「さきほども言った通りですわ。アルマース帝国の方が、怪しまれずに滞在できる場所なんて限られていますの。王都の外であるか、あるいは私文書を狙う何者かがこれを手に入れようとしていたならば……下町の闇市場ですわ」
「よし、行ってみよう!」
そういうことになった。
ナイツを御者にした馬車が走り出すと、途中からちょこちょこと下町遊撃隊による報告が入ってくる。
使者は一人でやって来たわけではなく、アルマース帝国側の護衛を連れていたらしい。
それなりに目立つ見た目で、目撃者は多かった。
だから、足取りもつかみやすい。
間違いなく、使者は闇市に消えた。
そして、使者をそこに誘導していた者がいると言う。
「ピンク色の髪の女がいたって話でした! 下町なのにドレス姿でめちゃくちゃ目立ってたって」
「手下を引き連れて、王様みたいに振る舞ってたって」
そんな人物、私たちは一人しか知らない。
この事件で、彼女の生存が明確になった。
私文書紛失事件には、ジャクリーンが絡んでいる……!
「大変なことになった。いや、これは別に国家的には大した問題ではないんだけれども、僕としては今まで関係を築いてきた、アルマース帝国の貴族がいなくなってしまうかも知れないという一大事でね」
国家としては、また新たな貴族と交友関係を築き、帝国との橋渡しにすればいいという話らしかった。
ただ、ベルギウスはこれまで時間をかけて培ってきた関係が無くなってしまうことを嘆いているのである。
「つまりはどういうことなの? それから私のところに相談に来るということは……」
「ああ。シャーロット嬢に紹介してもらいたいんだ。今回の事件は、貴族がカッとなって我が国に送った私文書とでも言うべきものが、紛失したという内容でね……。これが夜に出回ってしまったら、その貴族の立場がなくなるんだ」
近く、フワティナ嬢との結婚も決まっているというベルギウス。
こんなところでつまずくわけには行かないんだろう。
「いいわよ。私はシャーロットの窓口係じゃないんだけど……そのみられたらマズイ私文書っていうのがどんなものなのか興味があるし。彼女のところに行きましょ」
そういうことになった。
馬車を用意していたら、なんと向こうから馬のない馬車がやって来るではないか。
降り立ったのは、当然シャーロット。
「風の噂に、ベルギウスさんが困っていると聞きましたの。わたくしの助けが必要でしょう?」
「ついに待ち構えているだけじゃなくて、先読みしてやって来るようになった!」
「彼女には予知能力でもあるのかい……?」
ベルギウスをドン引きさせつつ、仕事の話が始まるのだった。
我が家のメイドが淹れてくれた紅茶を、少しずついただきつつ、シャーロットはベルギウスの話を聞く。
「アルマース帝国の貴族、ヤキメーシ氏はラクダの毛皮を主に扱っていてね。これを我が国に輸出してくれているのだけれど……買付を行っている国の担当者が、売り込みに来た別の貴族からラクダの毛皮を買ったことが明らかになったんだ」
どうやら、ヤキメーシ氏よりも安い値段を提示してきたらしいその貴族。
担当者は浮気して、一回分の買付をそちらの貴族から行ってしまったということだった。
「結果は、品質的にはヤキメーシ氏には及ばないものだったそうだよ。だから、安いものには理由があるのさ。自信が無いか、あるいは物の価値が分からないからこそ安く売りつけようとする。担当者にはいい勉強になったことだろう。だが、ヤキメーシ氏の腹は収まらない。カッとなって私文書を書き付け、正式な窓口ではなくて僕に直接使者を使って届けてきた。ところが……使者が途中で行方不明になってしまったんだ」
「大問題じゃない。その使者は見つかったの?」
「僕はそういうものを探す手立てを持っていないからね。見つけられないよ」
「なるほど。ではその方の特徴を教えて下さいな。わたくしが下町遊撃隊を使って捜索しましょう。王都はそれなりに広いですけれど、外国の方が怪しまれずに滞在できる場所なんて限られてますもの」
「助かる!」
ベルギウスが話した使者の特徴を書き留めるシャーロット。
集まってきた下町遊撃隊の子どもたちに、その特徴を伝えると、彼らはわーっとあちこちに散っていった。
「良かった……。ホッとしたよ。もちろん、まだ解決したわけではないけれどね。とにかくあの私文書が表に出てしまうとまずいんだ。我が国の失態にもなってしまうし、アルマース帝国としても公式ではない抗議文が出てくると、我が国に対して正式に何か言わなければいけなくなるからね。両国の仕事が増える、とても増える」
「なるほど、面倒くさくなるわけね……」
それは同情する。
人が死ぬわけではないけれど、あまりよろしくない問題だ。
ベルギウスはまだ仕事があると去っていった。
私とシャーロットで顔を見合わせる。
「久しぶりの大きなお仕事だけど、どう?」
私が尋ねると、シャーロットはウィンクして見せた。
「実のところ、使者の方が誰でどこにいるのかは見当がついていますの」
「ええー!? どうして!?」
「さきほども言った通りですわ。アルマース帝国の方が、怪しまれずに滞在できる場所なんて限られていますの。王都の外であるか、あるいは私文書を狙う何者かがこれを手に入れようとしていたならば……下町の闇市場ですわ」
「よし、行ってみよう!」
そういうことになった。
ナイツを御者にした馬車が走り出すと、途中からちょこちょこと下町遊撃隊による報告が入ってくる。
使者は一人でやって来たわけではなく、アルマース帝国側の護衛を連れていたらしい。
それなりに目立つ見た目で、目撃者は多かった。
だから、足取りもつかみやすい。
間違いなく、使者は闇市に消えた。
そして、使者をそこに誘導していた者がいると言う。
「ピンク色の髪の女がいたって話でした! 下町なのにドレス姿でめちゃくちゃ目立ってたって」
「手下を引き連れて、王様みたいに振る舞ってたって」
そんな人物、私たちは一人しか知らない。
この事件で、彼女の生存が明確になった。
私文書紛失事件には、ジャクリーンが絡んでいる……!
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