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荘園の男爵夫人事件
第169話 混沌の精霊
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この世界の人間は、どこに住む人も血が混じり合い、見た目は似たような感じになっている。
だからパッと見は何人だというのが分からないんだけど。
これはかつて、魔王が世界を乱した時、世界中の人たちが一丸となって戦ったり、あるいは魔王と手を取り合って空から来た災厄と戦ったりした。
その時に人々の交遊が盛んになり、世界中の人間の血が混じり合うことになったのだと言う。
だけど、蛮族だけは特徴がある。
彼らは混沌の精霊と遺跡の力を使う存在だ。
そして混沌の精霊と深く関わりがある蛮族は……瞳の色が金色に輝くのだ。
男爵夫人の瞳は金色だった。
「彼女の証言で、庭師の一人が犯人だと判明したのです。目下逃走中で、憲兵たちが追っているのです」
デストレードの説明に、シャーロットがふんふんと頷いている。
私はあまり耳に入ってこなかった。
「はじめまして、男爵夫人。今回は災難だったわね」
私が声を掛けると、彼女もこちらに気付き、会釈した。
「はじめまして。ギュターンと申します。あなたは?」
「ワトサップ辺境伯名代、ジャネットよ」
「あなたがワトサップの」
ギュターンと名乗った彼女は、目を丸くした。
この不思議な名前、蛮族で間違いない。
恐らくバラニク男爵は、比較的穏健な蛮族と付き合いがあったのだろう。
エルフェンバインから真南に海を渡れば、蛮族たちの大地である南方大陸に到着する。
海べりに住む人々は比較的温和で、その土地の特産品との取引も行われているらしい。
ワトサップ領に攻めてくるのは、南方大陸の西側に住む連中だ。
「ジャネット様も私を疑っていますか」
ギュターンが目を伏せた。
憂いがある感じで、なるほど、こういうのが好きな男性だったら一発で落とされそうだ。
「混沌の精霊と関わりがあるでしょ。私、戦場でよく戦ったから分かるんだけど」
「ご明察です。私は現代における、混沌の精霊の巫女です」
「巫女ってなに?」
「エルフェンバインでは巫女と言わないのでしたね。最高司祭と同じものです。ただ、あの土地の信仰はもっと土地ごとに独自のものになっていますから、私を巫女だと認めないものも多いでしょうけれども」
「思った以上に大物だった」
これはシャーロットに聞かせるべきだぞ、と思った私。
デストレードと立ち話をしている彼女の袖を引っ張った。
「こっちに来て。事件はまだ終わってない」
「ジャネット様がわたくしみたいなこと言ってますわねえ」
だけど、事件が終わっていない、はシャーロットの好きな言葉の一つである。
ちょっと嬉しそうにこっちにやって来た。
「なんでこの人嬉しそうなんですか」
戸惑うギュターン。
「こう言う人なの。だけど、噂は聞いてるでしょ。推理令嬢シャーロット。彼女に任せれば解決しちゃうから。あなたもこの事件、終わったとは思ってないんでしょ」
「精霊の存在が希薄に感じる人々からすると、私が話しても信用できないでしょうから。私をあの土地から離すべきではなかったのに」
とか言って、また彼女は憂いのある表情をした。
シャーロットはふむふむ、と頷き……。
「なるほどですわ。つまりあなたは南方大陸の生まれで、精霊の巫女であるわけですわね? 混沌の精霊でしたわよね。つまり事件は精霊の犯行であるとあなたは分かっている。だけれども庭師が犯人であると思われているということは……精霊が彼に乗り移り、この凶行が起こってしまったと。そこまで把握しましたわ」
「えっ」
ギュターンが唖然とした。
彼女はまだ何も話していない。
シャーロットが状況と、ギュターンの思わせぶりな言葉と、そして容姿から推理しただけのことだ。
「どう? 凄いでしょシャーロット」
「どうしてジャネット様がドヤ顔をなさっているのかは分かりませんが、凄いです……」
なお、この後でシャーロットが推理した根拠が並べられたのだけれど、私が持っている知識を、シャーロットもまた手に入れていたのだということだったので割愛。
私たちは、ギュターンを仲間に引き入れて荘園内を歩き回ることにする。
「混沌の精霊は大人しかったのですが、確かにこの荘園にいることだけは感じ取れていました。それがどうして彼を殺してしまったのかは分かりません」
「ふむふむ。混沌の精霊についての文献は、先日ヴァイスシュタットで読み込んできたのですけれど」
それでこの間、ヴァイスシュタットにいたのか。
「わたくしたちが信仰する精霊女王レイアと違い、混沌の精霊は物に宿ったりもしますわよね?」
「はい。祭器と呼ばれるものがあって、そのものが命を得て混沌の精霊になります」
「ということは、祭器が荘園に持ち込まれていたのではありませんこと? 恐らくは……ギュターンさんが感じ取れないくらい、厳重に封印をされて荘園のどこかに隠されていた。ですけれど、それが顕になってしまい、混沌の精霊は自分と巫女をこの地に連れてきたバラニク男爵を殺してしまった……」
「そんな……私が知らないうちに、いつの間に……。これは放ってはおけません」
ギュターンがぎゅっと拳を握りしめた。
「彼にはそこまで愛情はないというか、半ば無理やり連れてこられましたのでちょっと嫌いだったのですが、この荘園は美しくてとても好きなのです。混沌の精霊を野放しにしていては、荘園が荒らされてしまいます。ジャネット様、シャーロット様、微力ではございますがお手伝いします。あとは、私の他に一人、精霊に親しい方がいればいいんですが」
「戦力ってことね。いるわよ。おーい、ズドンー。仕事よー」
「おーう! オリを呼んだかよう!」
マッチョなズドンが、ムキムキ走ってきた。
こう見えて凄腕の水の魔法の使い手なのだ。
「ええー……」
だが、登場した彼を見て、ギュターンの顔はひきつっているのだった。
だからパッと見は何人だというのが分からないんだけど。
これはかつて、魔王が世界を乱した時、世界中の人たちが一丸となって戦ったり、あるいは魔王と手を取り合って空から来た災厄と戦ったりした。
その時に人々の交遊が盛んになり、世界中の人間の血が混じり合うことになったのだと言う。
だけど、蛮族だけは特徴がある。
彼らは混沌の精霊と遺跡の力を使う存在だ。
そして混沌の精霊と深く関わりがある蛮族は……瞳の色が金色に輝くのだ。
男爵夫人の瞳は金色だった。
「彼女の証言で、庭師の一人が犯人だと判明したのです。目下逃走中で、憲兵たちが追っているのです」
デストレードの説明に、シャーロットがふんふんと頷いている。
私はあまり耳に入ってこなかった。
「はじめまして、男爵夫人。今回は災難だったわね」
私が声を掛けると、彼女もこちらに気付き、会釈した。
「はじめまして。ギュターンと申します。あなたは?」
「ワトサップ辺境伯名代、ジャネットよ」
「あなたがワトサップの」
ギュターンと名乗った彼女は、目を丸くした。
この不思議な名前、蛮族で間違いない。
恐らくバラニク男爵は、比較的穏健な蛮族と付き合いがあったのだろう。
エルフェンバインから真南に海を渡れば、蛮族たちの大地である南方大陸に到着する。
海べりに住む人々は比較的温和で、その土地の特産品との取引も行われているらしい。
ワトサップ領に攻めてくるのは、南方大陸の西側に住む連中だ。
「ジャネット様も私を疑っていますか」
ギュターンが目を伏せた。
憂いがある感じで、なるほど、こういうのが好きな男性だったら一発で落とされそうだ。
「混沌の精霊と関わりがあるでしょ。私、戦場でよく戦ったから分かるんだけど」
「ご明察です。私は現代における、混沌の精霊の巫女です」
「巫女ってなに?」
「エルフェンバインでは巫女と言わないのでしたね。最高司祭と同じものです。ただ、あの土地の信仰はもっと土地ごとに独自のものになっていますから、私を巫女だと認めないものも多いでしょうけれども」
「思った以上に大物だった」
これはシャーロットに聞かせるべきだぞ、と思った私。
デストレードと立ち話をしている彼女の袖を引っ張った。
「こっちに来て。事件はまだ終わってない」
「ジャネット様がわたくしみたいなこと言ってますわねえ」
だけど、事件が終わっていない、はシャーロットの好きな言葉の一つである。
ちょっと嬉しそうにこっちにやって来た。
「なんでこの人嬉しそうなんですか」
戸惑うギュターン。
「こう言う人なの。だけど、噂は聞いてるでしょ。推理令嬢シャーロット。彼女に任せれば解決しちゃうから。あなたもこの事件、終わったとは思ってないんでしょ」
「精霊の存在が希薄に感じる人々からすると、私が話しても信用できないでしょうから。私をあの土地から離すべきではなかったのに」
とか言って、また彼女は憂いのある表情をした。
シャーロットはふむふむ、と頷き……。
「なるほどですわ。つまりあなたは南方大陸の生まれで、精霊の巫女であるわけですわね? 混沌の精霊でしたわよね。つまり事件は精霊の犯行であるとあなたは分かっている。だけれども庭師が犯人であると思われているということは……精霊が彼に乗り移り、この凶行が起こってしまったと。そこまで把握しましたわ」
「えっ」
ギュターンが唖然とした。
彼女はまだ何も話していない。
シャーロットが状況と、ギュターンの思わせぶりな言葉と、そして容姿から推理しただけのことだ。
「どう? 凄いでしょシャーロット」
「どうしてジャネット様がドヤ顔をなさっているのかは分かりませんが、凄いです……」
なお、この後でシャーロットが推理した根拠が並べられたのだけれど、私が持っている知識を、シャーロットもまた手に入れていたのだということだったので割愛。
私たちは、ギュターンを仲間に引き入れて荘園内を歩き回ることにする。
「混沌の精霊は大人しかったのですが、確かにこの荘園にいることだけは感じ取れていました。それがどうして彼を殺してしまったのかは分かりません」
「ふむふむ。混沌の精霊についての文献は、先日ヴァイスシュタットで読み込んできたのですけれど」
それでこの間、ヴァイスシュタットにいたのか。
「わたくしたちが信仰する精霊女王レイアと違い、混沌の精霊は物に宿ったりもしますわよね?」
「はい。祭器と呼ばれるものがあって、そのものが命を得て混沌の精霊になります」
「ということは、祭器が荘園に持ち込まれていたのではありませんこと? 恐らくは……ギュターンさんが感じ取れないくらい、厳重に封印をされて荘園のどこかに隠されていた。ですけれど、それが顕になってしまい、混沌の精霊は自分と巫女をこの地に連れてきたバラニク男爵を殺してしまった……」
「そんな……私が知らないうちに、いつの間に……。これは放ってはおけません」
ギュターンがぎゅっと拳を握りしめた。
「彼にはそこまで愛情はないというか、半ば無理やり連れてこられましたのでちょっと嫌いだったのですが、この荘園は美しくてとても好きなのです。混沌の精霊を野放しにしていては、荘園が荒らされてしまいます。ジャネット様、シャーロット様、微力ではございますがお手伝いします。あとは、私の他に一人、精霊に親しい方がいればいいんですが」
「戦力ってことね。いるわよ。おーい、ズドンー。仕事よー」
「おーう! オリを呼んだかよう!」
マッチョなズドンが、ムキムキ走ってきた。
こう見えて凄腕の水の魔法の使い手なのだ。
「ええー……」
だが、登場した彼を見て、ギュターンの顔はひきつっているのだった。
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