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フットボーラー失踪事件
第166話 別荘の二人
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マカブル男爵は、後々私たちが何者かを知って血相を変えた。
男爵が、辺境伯名代と侯爵令嬢とは言え、王都にその名も轟く推理令嬢シャーロットにぞんざいな口を利くというのは、後々大問題になりかねない話なのだ。
私が見たところ、マカブル男爵は、家柄やしきたりにうるさい人という印象だった。
そこにこだわりというものがある訳ではなく、そういうものだから守らねばならない、と考えているのだ。
「いつまでも男爵家のままでは先がない。ダンサズはフットボールの名手として名を挙げたからこそ、子爵家から娘をもらう話になっているのです」
「あー。子爵からの助けをもらって領地運営していけば、いつかはそれも上向いて爵位が上がるかも知れないものね」
「そういうことです。全ては家のためで、そして家を継いでいく息子のためなのです」
マカブル男爵がしょんぼりしている。
最初の居丈高な態度とは大違い。
裏表がある人には見えないから、これは……。
「話しているうちに怒りが収まり、事の重大さが分かってきましたのね。確かにこれは、男爵家としては由々しき問題ですわねえ」
庶民ではないのだから、貴族が自由結婚なんてものをしてしまっていたら、家が持たなくなる。
貴族の家は領土を管理しているから、家がなくなれば領民が困る。
貴族の結婚っていうのは、ある意味国家的な問題なのである。
「ダンサズの気持ちは分かるけど、これは家にも理があるなあ……。よし、シャーロット」
「向こうにも会いに行くおつもりですわね?」
さすがシャーロット、すぐに察してくれた。
マカブル男爵から色々お話を聞いた後、彼女は貴族街の外へ。
そこで下町遊撃隊に、指示を出していた。
「どうしたの?」
「男爵が関係を認められない女性でしょう。ならば、それは平民に違いありませんわ。羽振りの良さそうな男性が迎えにくる家なんて、絶対に噂になっていますもの」
「なるほど、一般市民のうわさ話を探るのね!」
これは分かりやすい。
「そしてわたくしたちは、マカブル家の別荘に向かいますわよ! 先日、男爵はダンサズさんと激しく口論したそうですわ。ダンサズさんは絶対に彼女と結婚すると言い張っておられましたの。当然、マカブル男爵はそれを認めるわけにはいきませんものね。あのおうち、お子さんはダンサズさんしかいませんから」
なるほどなるほど……。
一人っ子のダンサズが、フットボールで名を挙げたから、男爵はこれは家を強くするチャンスだと思ったことだろう。
戦略として正しい。
攻められる時にはガンガン攻める。
チャンスはいつまでも続かないものね。
私たちはナイツに馬車を出させ、別荘に向かって走り出した。
「ほう、色恋沙汰ですかい」
御者席からナイツの声がする。
難しい声だ。
「そいつは人生を賭けるには値しますが、賭けて個人の人生ですな。私人であればともかく、貴族となりゃ公人だ。個人の感情でどうこうは言えねえでしょうな」
それが一般的な感覚だ。
「だが、あいつが家を捨てる覚悟をするなら、話は別ですがね。貴族も、血を継いでいくばかりが能じゃない。家を継ぐことができりゃいいんでしょう」
「それはそうね」
私は同意した。
家が続けば、領民たちは露頭に迷うことはない。
家を繋いできた一族も、その家名が続くことで報われる。
だから、家を取り潰されることってこれ以上無い不名誉なんだけどね。
どこかの伯爵を思い出して遠い目をする私。
そんなことをしてたら到着した。
「つきましたぜ! ボコスカ渓谷」
懐かしきボコスカ渓谷!
渓谷の底にあり、涼し気な風が通り抜ける別荘地帯。
マカブル家の別荘もここにあった。
前には馬車が停められていて、馬がその辺りの庭草をもしゃもしゃと食べている。
繋がれていないから、別荘周りを自由に歩き回っている感じらしい。
二人ばかり、兵士が入り口脇に腰掛けてこちらを見ていた。
目を丸くしている。
「こんにちは。ワトサップ辺境伯名代だけど、ダンサズはいる?」
彼らはコクコクと頷いた。
「実は、メリーヌちゃんが病気になりまして」
メリーヌちゃん?
「ダンサズさんがご執心の女性ですわね。平民のご出身なんでしょう?」
「はっ」
兵士たちが頷く。
彼らとしては、次期領主のダンサズの護衛としてやって来ているのだろう。
例え領主と仲違いしていても、ダンサズを護衛無しで放り出すわけにはいかない。
「それにしても、どうして辺境伯名代ともあろう方がこちらに……。あ、いや、すんません、余計な詮索でした」
「私たちもダンサズのファンだからよ」
それだけ告げて、私たちは奥へ向かった。
別荘は簡易な作りで、広間が一つ、後は寝室が二つ。
寝室の方から、ボソボソと喋る声が聞こえてきた。
シャーロットはのしのしと別荘の中を横断すると、寝室の扉をノックする。
「よろしいかしら?」
「だ、誰だ!」
「シャーロットと申します」
「シャーロット!? 知らないな……。親父が差し向けた手のものか!」
差し向けたもなにも、どこにいるか把握された上で護衛までつけられてるじゃない。
「お話を致しましょう、ダンサズさん。彼女のために、家やフットボールの試合まで投げ出す入れ込みよう。あなたは少し冷静になるべきですわよ」
ずけずけと物申すシャーロット。
扉の奥のダンサズは、これを聞いてカッとなったらしい。
「なんだとー!! 世界で一番彼女が大切なんだー!!」
扉を開けて、掴みかかってくるではないか!
だが、相手が悪い。
「バリツ!」
「ウグワーッ!?」
ほら、ふっ飛ばされた。
そして開かれた扉の奥。
ベッドの上にいるはずのメリーヌだが……。
私の目には、それは人には見えなかった。
人の顔が浮き出た、巨大なキノコのような。
「あれはマイコニドですわね。人の精神に働きかけて、自分を最も大切なものだと思わせ、保護させる寄生型のモンスターですわ」
シャーロットは告げる。
ということは……メリーヌはどこに……!?
男爵が、辺境伯名代と侯爵令嬢とは言え、王都にその名も轟く推理令嬢シャーロットにぞんざいな口を利くというのは、後々大問題になりかねない話なのだ。
私が見たところ、マカブル男爵は、家柄やしきたりにうるさい人という印象だった。
そこにこだわりというものがある訳ではなく、そういうものだから守らねばならない、と考えているのだ。
「いつまでも男爵家のままでは先がない。ダンサズはフットボールの名手として名を挙げたからこそ、子爵家から娘をもらう話になっているのです」
「あー。子爵からの助けをもらって領地運営していけば、いつかはそれも上向いて爵位が上がるかも知れないものね」
「そういうことです。全ては家のためで、そして家を継いでいく息子のためなのです」
マカブル男爵がしょんぼりしている。
最初の居丈高な態度とは大違い。
裏表がある人には見えないから、これは……。
「話しているうちに怒りが収まり、事の重大さが分かってきましたのね。確かにこれは、男爵家としては由々しき問題ですわねえ」
庶民ではないのだから、貴族が自由結婚なんてものをしてしまっていたら、家が持たなくなる。
貴族の家は領土を管理しているから、家がなくなれば領民が困る。
貴族の結婚っていうのは、ある意味国家的な問題なのである。
「ダンサズの気持ちは分かるけど、これは家にも理があるなあ……。よし、シャーロット」
「向こうにも会いに行くおつもりですわね?」
さすがシャーロット、すぐに察してくれた。
マカブル男爵から色々お話を聞いた後、彼女は貴族街の外へ。
そこで下町遊撃隊に、指示を出していた。
「どうしたの?」
「男爵が関係を認められない女性でしょう。ならば、それは平民に違いありませんわ。羽振りの良さそうな男性が迎えにくる家なんて、絶対に噂になっていますもの」
「なるほど、一般市民のうわさ話を探るのね!」
これは分かりやすい。
「そしてわたくしたちは、マカブル家の別荘に向かいますわよ! 先日、男爵はダンサズさんと激しく口論したそうですわ。ダンサズさんは絶対に彼女と結婚すると言い張っておられましたの。当然、マカブル男爵はそれを認めるわけにはいきませんものね。あのおうち、お子さんはダンサズさんしかいませんから」
なるほどなるほど……。
一人っ子のダンサズが、フットボールで名を挙げたから、男爵はこれは家を強くするチャンスだと思ったことだろう。
戦略として正しい。
攻められる時にはガンガン攻める。
チャンスはいつまでも続かないものね。
私たちはナイツに馬車を出させ、別荘に向かって走り出した。
「ほう、色恋沙汰ですかい」
御者席からナイツの声がする。
難しい声だ。
「そいつは人生を賭けるには値しますが、賭けて個人の人生ですな。私人であればともかく、貴族となりゃ公人だ。個人の感情でどうこうは言えねえでしょうな」
それが一般的な感覚だ。
「だが、あいつが家を捨てる覚悟をするなら、話は別ですがね。貴族も、血を継いでいくばかりが能じゃない。家を継ぐことができりゃいいんでしょう」
「それはそうね」
私は同意した。
家が続けば、領民たちは露頭に迷うことはない。
家を繋いできた一族も、その家名が続くことで報われる。
だから、家を取り潰されることってこれ以上無い不名誉なんだけどね。
どこかの伯爵を思い出して遠い目をする私。
そんなことをしてたら到着した。
「つきましたぜ! ボコスカ渓谷」
懐かしきボコスカ渓谷!
渓谷の底にあり、涼し気な風が通り抜ける別荘地帯。
マカブル家の別荘もここにあった。
前には馬車が停められていて、馬がその辺りの庭草をもしゃもしゃと食べている。
繋がれていないから、別荘周りを自由に歩き回っている感じらしい。
二人ばかり、兵士が入り口脇に腰掛けてこちらを見ていた。
目を丸くしている。
「こんにちは。ワトサップ辺境伯名代だけど、ダンサズはいる?」
彼らはコクコクと頷いた。
「実は、メリーヌちゃんが病気になりまして」
メリーヌちゃん?
「ダンサズさんがご執心の女性ですわね。平民のご出身なんでしょう?」
「はっ」
兵士たちが頷く。
彼らとしては、次期領主のダンサズの護衛としてやって来ているのだろう。
例え領主と仲違いしていても、ダンサズを護衛無しで放り出すわけにはいかない。
「それにしても、どうして辺境伯名代ともあろう方がこちらに……。あ、いや、すんません、余計な詮索でした」
「私たちもダンサズのファンだからよ」
それだけ告げて、私たちは奥へ向かった。
別荘は簡易な作りで、広間が一つ、後は寝室が二つ。
寝室の方から、ボソボソと喋る声が聞こえてきた。
シャーロットはのしのしと別荘の中を横断すると、寝室の扉をノックする。
「よろしいかしら?」
「だ、誰だ!」
「シャーロットと申します」
「シャーロット!? 知らないな……。親父が差し向けた手のものか!」
差し向けたもなにも、どこにいるか把握された上で護衛までつけられてるじゃない。
「お話を致しましょう、ダンサズさん。彼女のために、家やフットボールの試合まで投げ出す入れ込みよう。あなたは少し冷静になるべきですわよ」
ずけずけと物申すシャーロット。
扉の奥のダンサズは、これを聞いてカッとなったらしい。
「なんだとー!! 世界で一番彼女が大切なんだー!!」
扉を開けて、掴みかかってくるではないか!
だが、相手が悪い。
「バリツ!」
「ウグワーッ!?」
ほら、ふっ飛ばされた。
そして開かれた扉の奥。
ベッドの上にいるはずのメリーヌだが……。
私の目には、それは人には見えなかった。
人の顔が浮き出た、巨大なキノコのような。
「あれはマイコニドですわね。人の精神に働きかけて、自分を最も大切なものだと思わせ、保護させる寄生型のモンスターですわ」
シャーロットは告げる。
ということは……メリーヌはどこに……!?
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