上 下
165 / 225
フットボーラー失踪事件

第165話 マカブル男爵家の事情

しおりを挟む
「わたくしも聞いたことがありますわね、ダンサズさんのご活躍」

 やっぱりシャーロットは知っていた。
 ということで、話は早い。
 疾走したという、トップフットボーラー、ダンサズ氏を捜索すべく動き出す私たちなのだった。

 まずは会場に向かってみる。
 その日も、貴族チームと平民チームが試合をしていたのだが……。

「あれはダンサズ氏が参加してたチームだよね。前回と比べて、精彩に欠けるなあ。攻め手が無いみたい。ワントップの戦陣はちょっとしたことで崩れやすいから、やらない方がいいのに」

「ジャネット様の戦略眼が唸りますわね」

「ええ。みんな体はできているのだから、もっと戦略的に配置をして動くべきだわ。でも人によって向き不向きがあるから、まずは兵士たちのタイプを知らないと……」

「選手ですわよ? ともあれ、彼らはダンサズさんの突破力に任せたスタイルから変更できず、やられるままのようですわね」

 今回の試合は、平民チームが一方的に攻めていた。
 これは試合運びとしてもよろしくない。
 何より、一方的な勝負は見ていて面白くないのだ。

 私たちは試合場へ続くゲートをくぐり、貴族チームの控えにやって来た。

「な、なんだ君たちは!」

 驚く壮年の男性は、貴族チームの軍師か将軍だろうか。

「こちら監督ですわ。ああ、監督。こちらはワトサップ辺境伯家名代のジャネット様。わたくしはラムズ侯爵家のシャーロットと申しますわ」

「えっ!? 噂の二人がここに!?」

 監督の目がきらきらと輝いた。
 いつものだ。
 こうなると、話がしやすくなる。

「監督、彼らの試合は見ていられないわ。どうしてあんな無様な戦況に? え? ダンサズが抜けたのが昨日のことで、戦術を立て直す暇が無かった? そんなことでは辺境では生き残れないわねえ……。では私からアドバイスをします。敵は攻めの陣形を取っているのですから、こちらはあえて迎え入れて挟撃する陣形を。これなら凡人でも強力な蛮族の兵と戦えますよ」

 私はさらさらと陣形を書いて見せた。
 鋏角の陣。

 敵を誘い込み殲滅する、蟻地獄の型だ。
 監督はウンウンと頷き、「タイム!」と叫んだ。

 わーっと選手たちが戻ってくる。
 監督が鋏角の陣を説明し、選手たちが頷く。
 簡単な陣形だから、すぐにやれるだろう。

 ただし、全員が陣形のパーツとして、自分を殺して機能せねばならない。
 そうしなくては、蛮族に腹を食い破られる。

「ゴー!!」

 監督が指示を出すと、貴族チームが走り出した。
 試合運びは、今までと打って変わったスタイルに。

 ひたすら待ち受け、敵の攻撃を包囲して押しつぶした後、そこからのカウンターだ。
 鋏角の両尖端を担当していた二人が、守りから攻めに転じる。

 うんうん、守りは悪くない。
 攻めはこれからね……。
 試合を見ていると、忘れていたはずの戦いの血が騒ぎ出すようだわ。

「ジャネット様、ジャネット様。試合の監督をしに来たのではないでしょう」

「あ、そうだった!」

 シャーロットに言われて我に返る。
 いけないいけない。
 ついつい、本気になってしまうところだった。

 試合は結局、平民チームの勝利に終わる。
 後半盛り返した貴族チームには、観客席から温かい拍手があった。
 ただ、やはりダンサズがいないことを訝しがる声は多かったようだ。

「で、ダンサズのことなんだけど。教えてもらっていいかしら」

「もちろんです」

 試合後、会場を片付けている間に、監督から手早く聞き込みをする。
 選手たちとのミーティングをしなくてはいけないので、あまり時間を取っていられないのだ。

「彼が失踪しそうな心当たり、あります?」

 シャーロットの問いに、監督は少しだけ考えたようだった。
 そして頷く。

「ダンサズは家との折り合いがあまり良くありませんでな」

「なるほど」

 マカブル男爵家の長男であるはずのダンサズ。
 しかし、家と仲が悪いというのは重要な情報だ。

「後はあれだよな。前は試合を見に来てた彼女が来なくなったよな」

「なんですって」

 選手たちの話に、シャーロットが反応した。

「それは重要ですわねえ……。というか二重、三重の意味で重要ですわ! これはマカブル家に行かねばなりませんわね!」

 ということで。
 やって来ました、マカブル男爵家。

 私たちは立場も立場なので、ノーアポだけど話を聞いてもらえるのだ。
 ご迷惑をお掛けしますね。

「息子が失踪した件ですか」

 マカブル男爵が、警戒心をあらわにしている。
 気持ちは分かる。
 いきなり、世間で噂の二人組が訪ねてきて、しかも用件は消えたばかりの子息の話なのだから。

「ええ、それもありますけれど。ダンサズさんはご結婚なされていませんでしたわよね」

「縁談は幾つも用意した。だがあれがどれも蹴ったのだ。あのバカ息子が」

 ははーん。
 こういうのに鈍い私もピンと来た。

 どんな縁談も蹴ってしまうダンサズ。
 だが、彼は試合会場に彼女を連れてきていたという。

 恐らく男爵も、その彼女の存在は認識しているんだろう。
 だけど、それを口にしないということは……。

「身分違いの恋、ですわねえ……」

 シャーロットがニヤリと笑うのだった。
 

 
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

悪役令嬢の矜持〜世界が望む悪役令嬢を演じればよろしいのですわね〜

白雲八鈴
ファンタジー
「貴様との婚約は破棄だ!」 はい、なんだか予想通りの婚約破棄をいただきました。ありきたりですわ。もう少し頭を使えばよろしいのに。 ですが、なんと世界の強制力とは恐ろしいものなのでしょう。 いいでしょう!世界が望むならば、悪役令嬢という者を演じて見せましょう。 さて、悪役令嬢とはどういう者なのでしょうか? *作者の目が節穴のため誤字脱字は存在します。 *n番煎じの悪役令嬢物です。軽い感じで読んでいただければと思います。 *小説家になろう様でも投稿しております。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

処理中です...