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フットボーラー失踪事件
第165話 マカブル男爵家の事情
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「わたくしも聞いたことがありますわね、ダンサズさんのご活躍」
やっぱりシャーロットは知っていた。
ということで、話は早い。
疾走したという、トップフットボーラー、ダンサズ氏を捜索すべく動き出す私たちなのだった。
まずは会場に向かってみる。
その日も、貴族チームと平民チームが試合をしていたのだが……。
「あれはダンサズ氏が参加してたチームだよね。前回と比べて、精彩に欠けるなあ。攻め手が無いみたい。ワントップの戦陣はちょっとしたことで崩れやすいから、やらない方がいいのに」
「ジャネット様の戦略眼が唸りますわね」
「ええ。みんな体はできているのだから、もっと戦略的に配置をして動くべきだわ。でも人によって向き不向きがあるから、まずは兵士たちのタイプを知らないと……」
「選手ですわよ? ともあれ、彼らはダンサズさんの突破力に任せたスタイルから変更できず、やられるままのようですわね」
今回の試合は、平民チームが一方的に攻めていた。
これは試合運びとしてもよろしくない。
何より、一方的な勝負は見ていて面白くないのだ。
私たちは試合場へ続くゲートをくぐり、貴族チームの控えにやって来た。
「な、なんだ君たちは!」
驚く壮年の男性は、貴族チームの軍師か将軍だろうか。
「こちら監督ですわ。ああ、監督。こちらはワトサップ辺境伯家名代のジャネット様。わたくしはラムズ侯爵家のシャーロットと申しますわ」
「えっ!? 噂の二人がここに!?」
監督の目がきらきらと輝いた。
いつものだ。
こうなると、話がしやすくなる。
「監督、彼らの試合は見ていられないわ。どうしてあんな無様な戦況に? え? ダンサズが抜けたのが昨日のことで、戦術を立て直す暇が無かった? そんなことでは辺境では生き残れないわねえ……。では私からアドバイスをします。敵は攻めの陣形を取っているのですから、こちらはあえて迎え入れて挟撃する陣形を。これなら凡人でも強力な蛮族の兵と戦えますよ」
私はさらさらと陣形を書いて見せた。
鋏角の陣。
敵を誘い込み殲滅する、蟻地獄の型だ。
監督はウンウンと頷き、「タイム!」と叫んだ。
わーっと選手たちが戻ってくる。
監督が鋏角の陣を説明し、選手たちが頷く。
簡単な陣形だから、すぐにやれるだろう。
ただし、全員が陣形のパーツとして、自分を殺して機能せねばならない。
そうしなくては、蛮族に腹を食い破られる。
「ゴー!!」
監督が指示を出すと、貴族チームが走り出した。
試合運びは、今までと打って変わったスタイルに。
ひたすら待ち受け、敵の攻撃を包囲して押しつぶした後、そこからのカウンターだ。
鋏角の両尖端を担当していた二人が、守りから攻めに転じる。
うんうん、守りは悪くない。
攻めはこれからね……。
試合を見ていると、忘れていたはずの戦いの血が騒ぎ出すようだわ。
「ジャネット様、ジャネット様。試合の監督をしに来たのではないでしょう」
「あ、そうだった!」
シャーロットに言われて我に返る。
いけないいけない。
ついつい、本気になってしまうところだった。
試合は結局、平民チームの勝利に終わる。
後半盛り返した貴族チームには、観客席から温かい拍手があった。
ただ、やはりダンサズがいないことを訝しがる声は多かったようだ。
「で、ダンサズのことなんだけど。教えてもらっていいかしら」
「もちろんです」
試合後、会場を片付けている間に、監督から手早く聞き込みをする。
選手たちとのミーティングをしなくてはいけないので、あまり時間を取っていられないのだ。
「彼が失踪しそうな心当たり、あります?」
シャーロットの問いに、監督は少しだけ考えたようだった。
そして頷く。
「ダンサズは家との折り合いがあまり良くありませんでな」
「なるほど」
マカブル男爵家の長男であるはずのダンサズ。
しかし、家と仲が悪いというのは重要な情報だ。
「後はあれだよな。前は試合を見に来てた彼女が来なくなったよな」
「なんですって」
選手たちの話に、シャーロットが反応した。
「それは重要ですわねえ……。というか二重、三重の意味で重要ですわ! これはマカブル家に行かねばなりませんわね!」
ということで。
やって来ました、マカブル男爵家。
私たちは立場も立場なので、ノーアポだけど話を聞いてもらえるのだ。
ご迷惑をお掛けしますね。
「息子が失踪した件ですか」
マカブル男爵が、警戒心をあらわにしている。
気持ちは分かる。
いきなり、世間で噂の二人組が訪ねてきて、しかも用件は消えたばかりの子息の話なのだから。
「ええ、それもありますけれど。ダンサズさんはご結婚なされていませんでしたわよね」
「縁談は幾つも用意した。だがあれがどれも蹴ったのだ。あのバカ息子が」
ははーん。
こういうのに鈍い私もピンと来た。
どんな縁談も蹴ってしまうダンサズ。
だが、彼は試合会場に彼女を連れてきていたという。
恐らく男爵も、その彼女の存在は認識しているんだろう。
だけど、それを口にしないということは……。
「身分違いの恋、ですわねえ……」
シャーロットがニヤリと笑うのだった。
やっぱりシャーロットは知っていた。
ということで、話は早い。
疾走したという、トップフットボーラー、ダンサズ氏を捜索すべく動き出す私たちなのだった。
まずは会場に向かってみる。
その日も、貴族チームと平民チームが試合をしていたのだが……。
「あれはダンサズ氏が参加してたチームだよね。前回と比べて、精彩に欠けるなあ。攻め手が無いみたい。ワントップの戦陣はちょっとしたことで崩れやすいから、やらない方がいいのに」
「ジャネット様の戦略眼が唸りますわね」
「ええ。みんな体はできているのだから、もっと戦略的に配置をして動くべきだわ。でも人によって向き不向きがあるから、まずは兵士たちのタイプを知らないと……」
「選手ですわよ? ともあれ、彼らはダンサズさんの突破力に任せたスタイルから変更できず、やられるままのようですわね」
今回の試合は、平民チームが一方的に攻めていた。
これは試合運びとしてもよろしくない。
何より、一方的な勝負は見ていて面白くないのだ。
私たちは試合場へ続くゲートをくぐり、貴族チームの控えにやって来た。
「な、なんだ君たちは!」
驚く壮年の男性は、貴族チームの軍師か将軍だろうか。
「こちら監督ですわ。ああ、監督。こちらはワトサップ辺境伯家名代のジャネット様。わたくしはラムズ侯爵家のシャーロットと申しますわ」
「えっ!? 噂の二人がここに!?」
監督の目がきらきらと輝いた。
いつものだ。
こうなると、話がしやすくなる。
「監督、彼らの試合は見ていられないわ。どうしてあんな無様な戦況に? え? ダンサズが抜けたのが昨日のことで、戦術を立て直す暇が無かった? そんなことでは辺境では生き残れないわねえ……。では私からアドバイスをします。敵は攻めの陣形を取っているのですから、こちらはあえて迎え入れて挟撃する陣形を。これなら凡人でも強力な蛮族の兵と戦えますよ」
私はさらさらと陣形を書いて見せた。
鋏角の陣。
敵を誘い込み殲滅する、蟻地獄の型だ。
監督はウンウンと頷き、「タイム!」と叫んだ。
わーっと選手たちが戻ってくる。
監督が鋏角の陣を説明し、選手たちが頷く。
簡単な陣形だから、すぐにやれるだろう。
ただし、全員が陣形のパーツとして、自分を殺して機能せねばならない。
そうしなくては、蛮族に腹を食い破られる。
「ゴー!!」
監督が指示を出すと、貴族チームが走り出した。
試合運びは、今までと打って変わったスタイルに。
ひたすら待ち受け、敵の攻撃を包囲して押しつぶした後、そこからのカウンターだ。
鋏角の両尖端を担当していた二人が、守りから攻めに転じる。
うんうん、守りは悪くない。
攻めはこれからね……。
試合を見ていると、忘れていたはずの戦いの血が騒ぎ出すようだわ。
「ジャネット様、ジャネット様。試合の監督をしに来たのではないでしょう」
「あ、そうだった!」
シャーロットに言われて我に返る。
いけないいけない。
ついつい、本気になってしまうところだった。
試合は結局、平民チームの勝利に終わる。
後半盛り返した貴族チームには、観客席から温かい拍手があった。
ただ、やはりダンサズがいないことを訝しがる声は多かったようだ。
「で、ダンサズのことなんだけど。教えてもらっていいかしら」
「もちろんです」
試合後、会場を片付けている間に、監督から手早く聞き込みをする。
選手たちとのミーティングをしなくてはいけないので、あまり時間を取っていられないのだ。
「彼が失踪しそうな心当たり、あります?」
シャーロットの問いに、監督は少しだけ考えたようだった。
そして頷く。
「ダンサズは家との折り合いがあまり良くありませんでな」
「なるほど」
マカブル男爵家の長男であるはずのダンサズ。
しかし、家と仲が悪いというのは重要な情報だ。
「後はあれだよな。前は試合を見に来てた彼女が来なくなったよな」
「なんですって」
選手たちの話に、シャーロットが反応した。
「それは重要ですわねえ……。というか二重、三重の意味で重要ですわ! これはマカブル家に行かねばなりませんわね!」
ということで。
やって来ました、マカブル男爵家。
私たちは立場も立場なので、ノーアポだけど話を聞いてもらえるのだ。
ご迷惑をお掛けしますね。
「息子が失踪した件ですか」
マカブル男爵が、警戒心をあらわにしている。
気持ちは分かる。
いきなり、世間で噂の二人組が訪ねてきて、しかも用件は消えたばかりの子息の話なのだから。
「ええ、それもありますけれど。ダンサズさんはご結婚なされていませんでしたわよね」
「縁談は幾つも用意した。だがあれがどれも蹴ったのだ。あのバカ息子が」
ははーん。
こういうのに鈍い私もピンと来た。
どんな縁談も蹴ってしまうダンサズ。
だが、彼は試合会場に彼女を連れてきていたという。
恐らく男爵も、その彼女の存在は認識しているんだろう。
だけど、それを口にしないということは……。
「身分違いの恋、ですわねえ……」
シャーロットがニヤリと笑うのだった。
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