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魔法のメガネ事件

第160話 殺された書生

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 ヴァイスシュタット滞在中に、もう一つ事件に遭遇した。
 この街は、三国が交わる場所にある交易の要であり、同時に東西の知識が集まる学問の都でもある。
 怪しい物品や事件には事欠かないみたい。

「アカデミーの教授の家で殺人があったらしい」

 ケイ教授との仕事を終えてきたオーシレイが告げた。
 ここは、昼下がりのお茶の席。

 私はバスカーを連れて、街中の散歩を楽しんできた後だ。
 例によってとても注目された。

「殺人……。そうだろうとは思っていましたけれど、ヴァイスシュタットも物騒なんですね。辺境ほどではないですけれど」

「ワトサップ辺境領のように世界がなってしまったら、それこそ世界の終わりだな」

 オーシレイが真面目な顔で言った。
 うん、それは私もそう思う。

「でも、各国の人間が集まるということは、それだけ諍いが起きてもおかしくないでしょう? それにここは、王都のように入ってくる者に制限を掛けていないし」

「ああ、それだけに犯罪者が紛れ込んでいる可能性もあるというわけだな。だがしかし、それ故にヴァイスシュタットは活気に満ち溢れ、新しいものを生み出す力を持っていると言える。ちなみに殺されたのは、教授の家に住み込みで勉強をしていた書生らしいが」

 ここで私は、書生というシステムを初めて知った。
 いわゆる、賢者や学者といった知識階級の人の家に住み込み、家事手伝いなどを行いながら勉強を教えてもらう立場の人間らしい。
 見どころがあるが、生まれが貧しい者などがなることが多いという。

「へえー……。王都だと、お金が無いと学べないのに」

「ヴァイスシュタットには、貧しい者が這い上がるための手段が用意されているということだな。いいことだ」

「その書生が殺されたのなら、良くないことなのでは……?」

「確かにそうだ」

 オーシレイがしかめ面になって、紅茶を飲んだ。
 ちなみに私たちが最近よく使っている、アカデミー内の喫茶店。
 紅茶以外にも、コーヒーやハーブティーが出る。

 コーヒーはアルマース帝国から、ハーブティーはイリアノス神国から仕入れているそうだ。
 だけど私は紅茶一択だな……。

 とりあえず、オーシレイから事件のあらましを聞きながら、私にそんな話をしてもどうしようもないだろうに、などと考えていた。
 私は行動派なので、その場に行って調べなければ何も始まらないと考えるタイプなのだ。

 なので私は、お話からでも推理を展開できる彼女の到着を待った。
 その間、オーシレイがぺちゃくちゃと話す、遺跡学についての新しい知見などを聞いている。

 大変難しいので、半分もわからない。
 だが、彼が楽しげにしているのはいいことだろう。

 内容のよく分からない話と、うららかな日差しと、美味しい紅茶。
 私はウトウトとし始めた。

 そこに彼女が帰ってきたのだった。

「お待たせしましたわ。あら、お邪魔でしたわね!」

「お邪魔じゃないから。待ってたから」

 現れるなり、ススっと立ち去ろうとするシャーロット。
 私は彼女の袖を掴んで止めた。

「ジャネット様が私を引き止めるということは……。事件ですわね。殿下、ではお邪魔させていただきますわね」

 シャーロットが同じ席について、紅茶を注文した。

「殿下がお話を持ってこられたということは、アカデミー関係者の間に起こった事件ですわね。慌てている様子もありませんから、それならばケイ教授の身内ではない。他の教授陣の身に起こった何かで、しかも当の教授は被害にあっておらず、彼の血縁ではない身内が殺されたか何かではありませんこと?」

「驚いたな! その通りだ」

 オーシレイが目を丸くした。
 シャーロット絶好調である。
 まだ何も、事件のあらましを聞かないうちから、書生殺人事件の話を推測してみせた。

「簡単なことですわ。殿下は今は、ケイ教授のところとジャネット様のところの二箇所しか移動しませんもの。得られる情報はどちらかからしか無いですわね。それにジャネット様は相談するよりも動きますもの。そして、ケイ教授から事件の話を聞いても平然としているならば、ケイ教授は無事。彼は無関係な人間の噂話をするタイプではないでしょう? 彼が口にする事件の話ならば、それは職務が近く交友がある教授のことですわ。そして殿下の落ち着きようを見ますに、ケイ教授には害は及んでいない……つまり、事件に巻き込まれた教授は、殺されておらず、あるいは彼が仕事に出てこれないような身内の被害も発生しておらず……となれば」

 シャーロットが指を一本立てた。

「憲兵の方々から、昨夜殺人が起きたと聞きましたの。部外者に詳しい話はできないということで、誰がどう殺されたかは分からないのですけれど。これは、ケイ教授の同僚である方が、家に住まわせている書生を殺されたのではありませんこと?」

「見事だ」

 オーシレイがため息をついた。

「あいつがお前の話をやたらと聞いてくる理由がよく分かった気がする。とんでもないな、ラムズ侯爵令嬢」

「いえいえ。大したことではありませんわ。では、紅茶を飲んだら出立致しましょうか。自国の王太子がやって来たとなれば、憲兵たちも邪険にできませんもの」

 狙いはそれだったか!
 どうやらシャーロット、最初から事件に当たりをつけて、オーシレイをダシにして首を突っ込もうと考えていたようなのだった。
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