151 / 225
四つの精霊女王像事件
第151話 壊された精霊女王像
しおりを挟む
賢者の館の事務室は、半開放式。
入り口から入ってすぐのところに、低木が植えられていて壁の代わりになっている。
その向こうが事務室。
低木の間にカウンターがあって、アカデミーに通う貴族の令息、令嬢はここで事務員と会話をすることが主だった。
今日の私もそう。
「あらハンス、その包帯はどうしたの?」
「聞いてくださいよジャネット様! ひでえやつがいるんです!」
怒り心頭といった様子のハンスを、隣の席のクールな女性がたしなめた。
リカイガナイ男爵家令嬢のアリアナだ。
まだ事務員として仕事してたのね。
「気持ちは分かるけど落ち着きなさいよ。ジャネット様に相談するんでしょ?」
「ああ、そうそう! ちょっと待って、深呼吸するから……。スーーーーハーーーーー」
私はのんびりと、ハンスが落ち着くのを待つ。
「落ち着きました!」
「さっきのもまあまあ、ハンスのいつも通りだった気がするんだけど。それじゃあ聞きましょう」
私は事務室に、旅行で受講できなかったカリキュラムのテキストをもらいに来たんだけど。
いつの間にかお悩み相談になっちゃってる?
ハンスの話した内容はこうだった。
彼は先日、近所のバザーに参加したらしい。
そこで、フィギュア作りが趣味だという変わり者の男性の手伝いをしていたそうなのだが……。
「ハンスが進んで男の人のお手伝いを? 珍しい」
「下心がありそうですよね」
「ジャネット様もアリアナも茶々入れないで!」
ちなみにその男性はムックリ氏と言って、依頼を受けたり、自分の趣味で可愛らしい女性のフィギュアを作るのだそうだ。
材料はケラミスという頑丈な焼き物。
扱いは難しいが、土の精霊魔法を使えるものなら、作ることができる素材だ。
ハンスも仕事の報酬に、ケラミス製のフィギュアをもらうことになっていたらしい。
「なーるほど」
「なるほどねー」
「何がなるほどなんですか!」
フィギュアに釣られてお手伝いしたわけでしょう。
でも、地元のバザーに参加するのは大事なことだよね。
何かあった時、地元の人の繋がりってとても役に立つから。
ムックリ氏には年の離れた妹がおり、彼女と一緒に暮らしているらしい。
今回のバザーでは、妹のウェンディも手伝いをしていたそうで、彼女が作るお弁当はとても美味しかったと。
「ははーん」
「ほほー」
「ああそうですよ! 俺はフィギュアとウェンディ狙いですよ! 何が悪い!」
開き直った。
「全然悪くない。私はむしろ、ホッとしたところよ。それで、無事にバザーも終わってフィギュアをもらったわけでしょ? それが頭の包帯とどう繋がるわけ」
「帰り道で、俺を後ろから殴りつけた奴がいるんです。そいつは目の前で俺から奪ったフィギュアを壊して、『チッ、これじゃねえ』って言いやがったんですよ。うおー、俺のフィギュアー!!」
フィギュアは、王都で最近流行っている小さめサイズの彫像のこと。
ちょっと誇張された表現で作られていて、全体的に可愛らしかったり、かっこよかったりと言った見た目をしている。
趣味の一品ね。
「それはご愁傷さま。だけどなんだか、事件の香りがする話ね。それってつまり……まだまだ、同じフィギュアを持っている人が狙われるかも知れないっていうことじゃない?」
「そうですね。ハンスみたいに殴られる人が増えるのは可哀そうです」
「フィギュアが壊されるのが世界の損失だよ! あれは精霊女王レイアのフィギュアで、世界に四つしか無い大事なものなんだよ! ムックリさんが四つしか作らなかったんだ」
「四つ……。ふむふむ。ハンス、これはシャーロット案件にしちゃっていい? きっと彼女、こういうネタに食いつくと思うの」
「シャーロットさんが!? ああ、まあ……」
浮かぬ顔をしている。
「あの人が絡むと、俺の身辺に毎回激震が走るから……」
「そう言えばハンスの人生の転機みたいなのに、ちょこちょこシャーロットがいるわね。でもそれはそうとして、シャーロットなら解決してくれるでしょ? 憲兵所に被害届は出した?」
「もちろんです」
「じゃあこの話、シャーロットのところに行ってるかも知れないわねー」
果たして。
仕事が終わったハンスとアリアナを連れてシャーロット邸に行ったら、デストレード憲兵隊長がいたのだった。
もちろん、それはシャーロットに仕事の話をするためで。
「けっして我々憲兵隊が楽をするためではないんですがね。ですが、シャーロット嬢に依頼しておけば数日中に片付くし、その間我々は他の仕事ができるということで」
「はいはい。恐らくは連続すると思われる、精霊女王のフィギュアを狙った暴行事件ですわね?」
話が早い。
デストレードは依頼を終えると、出された紅茶をゆっくり飲んで一息ついて、たっぷり世間話をして、そして去っていった。
サボりに来たのではあるまいか。
「ということで、シャーロット!」
私はハンスとアリアナを指し示した。
「あっ。アリアナは関係ないけど。直接ハンスを連れてきたわ」
「いいですわね! では彼から詳しい事情を伺って、動き出すのは明日にしましょう。今日はもう夕方ですから。では、わたくしが紅茶を淹れますから、皆さんゆっくりしていってくださいね」
かくして、シャーロットは新たな事件に挑むことになるのである。
入り口から入ってすぐのところに、低木が植えられていて壁の代わりになっている。
その向こうが事務室。
低木の間にカウンターがあって、アカデミーに通う貴族の令息、令嬢はここで事務員と会話をすることが主だった。
今日の私もそう。
「あらハンス、その包帯はどうしたの?」
「聞いてくださいよジャネット様! ひでえやつがいるんです!」
怒り心頭といった様子のハンスを、隣の席のクールな女性がたしなめた。
リカイガナイ男爵家令嬢のアリアナだ。
まだ事務員として仕事してたのね。
「気持ちは分かるけど落ち着きなさいよ。ジャネット様に相談するんでしょ?」
「ああ、そうそう! ちょっと待って、深呼吸するから……。スーーーーハーーーーー」
私はのんびりと、ハンスが落ち着くのを待つ。
「落ち着きました!」
「さっきのもまあまあ、ハンスのいつも通りだった気がするんだけど。それじゃあ聞きましょう」
私は事務室に、旅行で受講できなかったカリキュラムのテキストをもらいに来たんだけど。
いつの間にかお悩み相談になっちゃってる?
ハンスの話した内容はこうだった。
彼は先日、近所のバザーに参加したらしい。
そこで、フィギュア作りが趣味だという変わり者の男性の手伝いをしていたそうなのだが……。
「ハンスが進んで男の人のお手伝いを? 珍しい」
「下心がありそうですよね」
「ジャネット様もアリアナも茶々入れないで!」
ちなみにその男性はムックリ氏と言って、依頼を受けたり、自分の趣味で可愛らしい女性のフィギュアを作るのだそうだ。
材料はケラミスという頑丈な焼き物。
扱いは難しいが、土の精霊魔法を使えるものなら、作ることができる素材だ。
ハンスも仕事の報酬に、ケラミス製のフィギュアをもらうことになっていたらしい。
「なーるほど」
「なるほどねー」
「何がなるほどなんですか!」
フィギュアに釣られてお手伝いしたわけでしょう。
でも、地元のバザーに参加するのは大事なことだよね。
何かあった時、地元の人の繋がりってとても役に立つから。
ムックリ氏には年の離れた妹がおり、彼女と一緒に暮らしているらしい。
今回のバザーでは、妹のウェンディも手伝いをしていたそうで、彼女が作るお弁当はとても美味しかったと。
「ははーん」
「ほほー」
「ああそうですよ! 俺はフィギュアとウェンディ狙いですよ! 何が悪い!」
開き直った。
「全然悪くない。私はむしろ、ホッとしたところよ。それで、無事にバザーも終わってフィギュアをもらったわけでしょ? それが頭の包帯とどう繋がるわけ」
「帰り道で、俺を後ろから殴りつけた奴がいるんです。そいつは目の前で俺から奪ったフィギュアを壊して、『チッ、これじゃねえ』って言いやがったんですよ。うおー、俺のフィギュアー!!」
フィギュアは、王都で最近流行っている小さめサイズの彫像のこと。
ちょっと誇張された表現で作られていて、全体的に可愛らしかったり、かっこよかったりと言った見た目をしている。
趣味の一品ね。
「それはご愁傷さま。だけどなんだか、事件の香りがする話ね。それってつまり……まだまだ、同じフィギュアを持っている人が狙われるかも知れないっていうことじゃない?」
「そうですね。ハンスみたいに殴られる人が増えるのは可哀そうです」
「フィギュアが壊されるのが世界の損失だよ! あれは精霊女王レイアのフィギュアで、世界に四つしか無い大事なものなんだよ! ムックリさんが四つしか作らなかったんだ」
「四つ……。ふむふむ。ハンス、これはシャーロット案件にしちゃっていい? きっと彼女、こういうネタに食いつくと思うの」
「シャーロットさんが!? ああ、まあ……」
浮かぬ顔をしている。
「あの人が絡むと、俺の身辺に毎回激震が走るから……」
「そう言えばハンスの人生の転機みたいなのに、ちょこちょこシャーロットがいるわね。でもそれはそうとして、シャーロットなら解決してくれるでしょ? 憲兵所に被害届は出した?」
「もちろんです」
「じゃあこの話、シャーロットのところに行ってるかも知れないわねー」
果たして。
仕事が終わったハンスとアリアナを連れてシャーロット邸に行ったら、デストレード憲兵隊長がいたのだった。
もちろん、それはシャーロットに仕事の話をするためで。
「けっして我々憲兵隊が楽をするためではないんですがね。ですが、シャーロット嬢に依頼しておけば数日中に片付くし、その間我々は他の仕事ができるということで」
「はいはい。恐らくは連続すると思われる、精霊女王のフィギュアを狙った暴行事件ですわね?」
話が早い。
デストレードは依頼を終えると、出された紅茶をゆっくり飲んで一息ついて、たっぷり世間話をして、そして去っていった。
サボりに来たのではあるまいか。
「ということで、シャーロット!」
私はハンスとアリアナを指し示した。
「あっ。アリアナは関係ないけど。直接ハンスを連れてきたわ」
「いいですわね! では彼から詳しい事情を伺って、動き出すのは明日にしましょう。今日はもう夕方ですから。では、わたくしが紅茶を淹れますから、皆さんゆっくりしていってくださいね」
かくして、シャーロットは新たな事件に挑むことになるのである。
0
お気に入りに追加
441
あなたにおすすめの小説
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
悪役令嬢の矜持〜世界が望む悪役令嬢を演じればよろしいのですわね〜
白雲八鈴
ファンタジー
「貴様との婚約は破棄だ!」
はい、なんだか予想通りの婚約破棄をいただきました。ありきたりですわ。もう少し頭を使えばよろしいのに。
ですが、なんと世界の強制力とは恐ろしいものなのでしょう。
いいでしょう!世界が望むならば、悪役令嬢という者を演じて見せましょう。
さて、悪役令嬢とはどういう者なのでしょうか?
*作者の目が節穴のため誤字脱字は存在します。
*n番煎じの悪役令嬢物です。軽い感じで読んでいただければと思います。
*小説家になろう様でも投稿しております。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる