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オケアノスの約定事件
第144話 罠にかかった男
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「罠を張って待ちましょう」
シャーロットの提案で、そうすることになったのだが、査察隊の仮倉庫というのが曲者だった。
何しろ商店街の真ん中にある。
高い塀で四方を囲まれているが、その壁を超えて商店街の喧騒が聞こえてくるのだ。
しかも、朝も昼も夜も無い。
「ここは賑やかなのねえ……」
「ええ。明かりを灯す油も多く手に入りますし、使ったら使っただけお金が動きますから。あるいは魔法の灯火も制限時間がある以上、掛け直しにはお金が動きます。マリア様は夜のない暮らしを推奨しています」
いかがなものか……!
「お嬢、全員分のケバブと飲み物を買ってきたぜ」
「ナイツありがとうー」
だけど、こうして夜間に張り込んでいる分には便利かな……?
私たちは、仮倉庫横に木の枝などをくっつけて偽装した隠れ家を作り、そこで見張りをしていた。
椅子に腰掛けて、においがしないように冷たくしたお茶など飲んでいたのだが。
「来たわね」
思いの外早く、相手はやって来た。
侵入者がやって来やすいように、入り口の見張りは頻繁に交代するようにしておいたのだ。
合間を縫って侵入してきたのは、白い髪をした男の人。
いや、髪の毛と見えたけど、その大部分が幾つかの塊になっていて、あれはマーメイドの頭にある触手と同じものだ。
一見すると、足がきちんとあって背筋を伸ばして歩けるマーマン。
あれはもしかして、マーメイドハーフというやつだろうか。
彼は仮倉庫の鍵に取り付くと、ポケットから取り出した針金でガチャガチャやっている。
結局開かなかったみたいで、扉を水の魔法で壊し始めた。
うーん、バイオレンス。
「待ちなさい! 現行犯ですよ!」
ローラが飛び出していった。
マーメイドハーフの男性が、「ひえーっ」とか叫んで逃げようとする。
後ろからローラが、棒でポカっと叩いた。
「ウグワー!」
転がるマーメイドハーフの男性。
ナイツもおっとり刀で駆けつけて、彼をぐるぐるに縛った。
「ま、まさか罠だったなんて。なんて巧妙なんだ」
マーメイドハーフの男性が戦慄した表情で呟いた。
顔立ちは、マーメイドと人間の半々くらいで、結構表情が分かりやすい。
メンタルは人間寄りみたい。
「待っていましたよ。あなたが“さまよわないペドロ号”船長殺害事件の犯人ですね!?」
「えっ!? いや、違います」
「えっ!?」
いきなり否定されて、ローラがびっくりした。
そりゃあ、犯人ですって言うわけないよ。
だけどこれを見て、シャーロットが「フーム」と唸った。
「シャーロット、何か怪しいところでもあった?」
「ありますわね。よく考えてくださいませ。彼が船長を殺したなら、その時点で邪魔するものは誰もいませんわ。目的の物を持ち去って、二度と姿を現さないことだって可能だったでしょう?」
「そうね」
「そうですね」
私とローラが頷く。
「何か気づきません、お二人とも? どうして彼、ここにいるんです?」
「え? だってそれは……」
「あの細工箱を仮倉庫に入れておいたから……あっ!!」
ローラと一緒に、ようやく気づいた。
彼が細工箱を目当てにここに来たのだとしたら、どうして船長を殺した時点でそれを奪っていかなかったのか。
気が動転して立ち去っただけという可能性もあるけど……。
「僕は殺人なんてしませんよ! そんな恐ろしいことしたら、エルドの神に叱られます」
「えっ!?」
ローラが飛び上がって驚いた。
「あ、あなた、エルド教の信者……?」
「そうですよ、ほら」
彼の髪の毛触手が動いて、服の首元からミニ聖印のペンダントを取り出してみせた。
本当だった。
「毎週の休息日には教会に通ってますし、ボランティア活動だってしてるんですから」
彼はフランクと名乗った。
敵意なしと見て、ナイツが縄をほどいても、逃げる気配がない。
「僕にやましいことは何もないので、逃げません! 僕は父が手にしていたオケアノス文書がどうしてあの船長の手にあったのか、不思議で仕方が無かったんです」
「オケアノス文書!? 存在していたんですか!?」
「存在しますよ。オケアノス様はカジュアルに文書作りますから」
ややこしい話になってきた。
「あのー、説明をしてもらってもいい?」
私が質問の声をあげると、思わぬ方向から答えが返ってきた。
「いいですわよ!」
シャーロットである。
知ってたの!?
「オケアノス文書というのはですわね。水の精霊王オケアノスと船乗りたちが交わす約定書ですわ。オケアノス海の一定領域は約定の海域と呼ばれ、交易のための航行に最適ですし、豊富な海産物が穫れる素晴らしい漁場なのです。ですけれど、そこはオケアノスが鎮座する場所なのですわ。だから、船乗りたちはオケアノスと約定書を交わし、そこに記された代償を支払うことで約上の海域を利用させてもらいますの」
「なるほどー」
精霊王が実在しているということも驚きだけれど、普通に人と取引しているのがさらに驚きだ。
「あまり陸にこの話が出回らない理由はですね。オケアノス様がこの文書を作るに至った理由が、彼にとって屈辱的なものだったからです。魔王と戦って彼は負けて、魔王に従ったんですよ。それで人に協力することになった。彼なりの妥協点がオケアノス文書なんです。でも、海の仕事をしない人にはあまり話さないようにしろよと言われています」
もし、船乗り以外が海上でこの話をした場合、たちまち嵐が起こり、船は転覆してしまうのだと言う。
「それで、あの細工箱はそのためのものなんで……」
「なるほど。どうやら事件には真相がありそうですわね」
不敵に微笑むシャーロット。
面白くなってきた、とか思ってるに違いない。
シャーロットの提案で、そうすることになったのだが、査察隊の仮倉庫というのが曲者だった。
何しろ商店街の真ん中にある。
高い塀で四方を囲まれているが、その壁を超えて商店街の喧騒が聞こえてくるのだ。
しかも、朝も昼も夜も無い。
「ここは賑やかなのねえ……」
「ええ。明かりを灯す油も多く手に入りますし、使ったら使っただけお金が動きますから。あるいは魔法の灯火も制限時間がある以上、掛け直しにはお金が動きます。マリア様は夜のない暮らしを推奨しています」
いかがなものか……!
「お嬢、全員分のケバブと飲み物を買ってきたぜ」
「ナイツありがとうー」
だけど、こうして夜間に張り込んでいる分には便利かな……?
私たちは、仮倉庫横に木の枝などをくっつけて偽装した隠れ家を作り、そこで見張りをしていた。
椅子に腰掛けて、においがしないように冷たくしたお茶など飲んでいたのだが。
「来たわね」
思いの外早く、相手はやって来た。
侵入者がやって来やすいように、入り口の見張りは頻繁に交代するようにしておいたのだ。
合間を縫って侵入してきたのは、白い髪をした男の人。
いや、髪の毛と見えたけど、その大部分が幾つかの塊になっていて、あれはマーメイドの頭にある触手と同じものだ。
一見すると、足がきちんとあって背筋を伸ばして歩けるマーマン。
あれはもしかして、マーメイドハーフというやつだろうか。
彼は仮倉庫の鍵に取り付くと、ポケットから取り出した針金でガチャガチャやっている。
結局開かなかったみたいで、扉を水の魔法で壊し始めた。
うーん、バイオレンス。
「待ちなさい! 現行犯ですよ!」
ローラが飛び出していった。
マーメイドハーフの男性が、「ひえーっ」とか叫んで逃げようとする。
後ろからローラが、棒でポカっと叩いた。
「ウグワー!」
転がるマーメイドハーフの男性。
ナイツもおっとり刀で駆けつけて、彼をぐるぐるに縛った。
「ま、まさか罠だったなんて。なんて巧妙なんだ」
マーメイドハーフの男性が戦慄した表情で呟いた。
顔立ちは、マーメイドと人間の半々くらいで、結構表情が分かりやすい。
メンタルは人間寄りみたい。
「待っていましたよ。あなたが“さまよわないペドロ号”船長殺害事件の犯人ですね!?」
「えっ!? いや、違います」
「えっ!?」
いきなり否定されて、ローラがびっくりした。
そりゃあ、犯人ですって言うわけないよ。
だけどこれを見て、シャーロットが「フーム」と唸った。
「シャーロット、何か怪しいところでもあった?」
「ありますわね。よく考えてくださいませ。彼が船長を殺したなら、その時点で邪魔するものは誰もいませんわ。目的の物を持ち去って、二度と姿を現さないことだって可能だったでしょう?」
「そうね」
「そうですね」
私とローラが頷く。
「何か気づきません、お二人とも? どうして彼、ここにいるんです?」
「え? だってそれは……」
「あの細工箱を仮倉庫に入れておいたから……あっ!!」
ローラと一緒に、ようやく気づいた。
彼が細工箱を目当てにここに来たのだとしたら、どうして船長を殺した時点でそれを奪っていかなかったのか。
気が動転して立ち去っただけという可能性もあるけど……。
「僕は殺人なんてしませんよ! そんな恐ろしいことしたら、エルドの神に叱られます」
「えっ!?」
ローラが飛び上がって驚いた。
「あ、あなた、エルド教の信者……?」
「そうですよ、ほら」
彼の髪の毛触手が動いて、服の首元からミニ聖印のペンダントを取り出してみせた。
本当だった。
「毎週の休息日には教会に通ってますし、ボランティア活動だってしてるんですから」
彼はフランクと名乗った。
敵意なしと見て、ナイツが縄をほどいても、逃げる気配がない。
「僕にやましいことは何もないので、逃げません! 僕は父が手にしていたオケアノス文書がどうしてあの船長の手にあったのか、不思議で仕方が無かったんです」
「オケアノス文書!? 存在していたんですか!?」
「存在しますよ。オケアノス様はカジュアルに文書作りますから」
ややこしい話になってきた。
「あのー、説明をしてもらってもいい?」
私が質問の声をあげると、思わぬ方向から答えが返ってきた。
「いいですわよ!」
シャーロットである。
知ってたの!?
「オケアノス文書というのはですわね。水の精霊王オケアノスと船乗りたちが交わす約定書ですわ。オケアノス海の一定領域は約定の海域と呼ばれ、交易のための航行に最適ですし、豊富な海産物が穫れる素晴らしい漁場なのです。ですけれど、そこはオケアノスが鎮座する場所なのですわ。だから、船乗りたちはオケアノスと約定書を交わし、そこに記された代償を支払うことで約上の海域を利用させてもらいますの」
「なるほどー」
精霊王が実在しているということも驚きだけれど、普通に人と取引しているのがさらに驚きだ。
「あまり陸にこの話が出回らない理由はですね。オケアノス様がこの文書を作るに至った理由が、彼にとって屈辱的なものだったからです。魔王と戦って彼は負けて、魔王に従ったんですよ。それで人に協力することになった。彼なりの妥協点がオケアノス文書なんです。でも、海の仕事をしない人にはあまり話さないようにしろよと言われています」
もし、船乗り以外が海上でこの話をした場合、たちまち嵐が起こり、船は転覆してしまうのだと言う。
「それで、あの細工箱はそのためのものなんで……」
「なるほど。どうやら事件には真相がありそうですわね」
不敵に微笑むシャーロット。
面白くなってきた、とか思ってるに違いない。
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