推理令嬢シャーロットの事件簿~謎解きは婚約破棄のあとで~

あけちともあき

文字の大きさ
上 下
143 / 225
オケアノスの約定事件

第143話 ローラからの依頼

しおりを挟む
 ネフリティス王国に長期滞在する私たち。
 旅費は親切なことに、エルド教の方で負担してくれた。

 後でオーシレイもやって来るはずだったらしいけれど、どうもエルフェンバインで執務が忙しくなってきたみたい。
 お陰で、観光に集中していられるんだけど。

「ネフリティスの食べ物は美味しいわね……」

「本当ですわ。紅茶がどれもフルーツフレーバーなのはどうかと思いますけれど」

 おっと、これは紅茶ソムリエのシャーロット。
 ネフリティス王国は、エルフェンバインよりもずっと南にある。
 私たちの大陸と暗黒大陸に挟まれたオケアノス海の、その真中に浮かんだ群島国家だ。

 国教はエルド教だけど、精霊王オケアノスを信奉する精霊教もあちこちで根付いている。
 実質二つの宗教が存在していても、弾圧だとか差別とかとは無縁で国政は行われているみたいだ。

 それというのも、この国が各国との交易で財を成していて、お金があれば大抵のことはなんとかなってしまうから、だとか。
 それに最近は、エルド教の権威も落ちてきて、彼らは宗教というより世界最大クラスの商売人という顔のほうが認知されてきている。

 面白いことに、エルド教のグループ内に、精霊教信者である幹部も少なからず混じっているとか。
 自由すぎる国だ。

 そんな中、国王の影響力はとても弱いらしくて、国家の象徴と外交時の顔役でしかないらしい。
 国の警察機構はエルド教が請け負っており、犯罪を取り締まりつつもビジネスに精を出している……。

「ああ良かった! ゆっくりと食事をされていたお陰で見つかりました!」

 私とシャーロットが長めの朝食を摂っていたら、見知った顔がやって来た。
 査察隊のローラだ。

 私やシャーロットに年頃の近い女性で、生真面目な印象の彼女。
 先日、エルド教神学校の事件を鮮やかに解決してのけたシャーロットの腕に惚れ込み、小さな事件の相談をちょこちょこしに来るようになっていた。

 もちろん、報酬が出る。
 ここはお金がすべての国、ネフリティス王国なのだ。

「あら、また事件ですの? ちょっとアドバイスするだけでお金をいただけるので、わたくしは嬉しいのですけれど」

 歯に衣を着せないシャーロットである。

「はい、また事件です。人々が行き交う国ですので、事件はそれこそ売るほど起きます。今回は殺人事件ですので少し大きいのですが」

「あら」

「おや」

 私とシャーロットで、目を丸くした。
 なるほど、これはちょっと手が掛かるかも知れない。

 案内されたのは小さな港だった。
 これは個人所有のもので、その所有者である船長が殺されたのだそうだ。

 停泊している船は、"さまよわないペドロ号”。
 さまよう◯◯、という幽霊とかの噂はよく聞くけれど、そのまま船の名前にしたら縁起でもないものね。

 船長は腹をぶち抜かれて死んでいたそうだ。
 エルド教の奇跡であるバズーカとかいうものを至近距離で撃てば、似た感じになるかも、とローラが告げた。

「ああ、でも四肢がちゃんと繋がっていましたから違いますね。バズーカだと手足もばらばらに吹き飛んでしまいます」

「物騒なこと言うわねえ」

 そのバズーカっていうの、本当に奇跡なのか。

「実際の死因は、水の精霊魔法によるものでしょう。高圧の水流で体を貫かれて即死だったようです。ですが、それくらいの魔法ならば使えるマーメイドがごろごろいますので」

「ネフリティスは怖い国だなあ」

 私は辺境のことを棚に上げておいた。
 ちなみに高水圧魔法、鎧を身に着けておけばかなり防げるようだ。
 船長はひどく酔っ払っていたらしく、丸出しの腹にまともに食らったので貫かれてしまったということだった。

「皆さんが来るまでは、船長室は大変な大惨事だったのですが、水の魔法となると証拠もへったくれもありません。どどーっとお掃除用の水の魔法で汚れを押し流して、今はこの通り綺麗です」

「証拠まで押し流してませんこと……?」

 シャーロットの疑問ももっともだと思う。
 でもとりあえず、それらしいものは査察隊が確保しておいたらしい。

 一つは、金品が収められた金庫。
 もう一つは、からくりによって厳重に封印された箱。

「金品の類は盗まれていなかったんですよ。からくりの箱は指紋がべたべたついていましたから、開けようとしたんでしょうね。ただ、これは人間の指紋ではなくて、マーメイドとのハーフの者の指紋ですね」

「あれ、犯人がかなり絞れたんじゃない?」

「絞れましたね」

 私とローラで頷きあっていると、シャーロットがからくり箱を眺めて唸る。

「どうですかしらねえ……? 世の中の事件がそこまで分かりやすいならば苦労はないのでしょうけれども……」

 そして箱をその辺のテーブルに置くと、シャーロットは告げた。

「よし、これを囮にしましょう。どうして犯人と目される方が箱を置いて逃げたのか。それはこの事件において、とても不自然なところですわ。ここに事件の根幹に関わる情報があるとわたくしは睨んでいますの」

「言われてみれば……」

 ローラもハッとしたようだ。
 こうして、船長の死は大々的に喧伝されることとなり、からくり箱を証拠品として査察隊の仮倉庫に置き、罠が張られたのである。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

元婚約者は戻らない

基本二度寝
恋愛
侯爵家の子息カルバンは実行した。 人前で伯爵令嬢ナユリーナに、婚約破棄を告げてやった。 カルバンから破棄した婚約は、ナユリーナに瑕疵がつく。 そうなれば、彼女はもうまともな縁談は望めない。 見目は良いが気の強いナユリーナ。 彼女を愛人として拾ってやれば、カルバンに感謝して大人しい女になるはずだと考えた。 二話完結+余談

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結】婚約を解消して進路変更を希望いたします

宇水涼麻
ファンタジー
三ヶ月後に卒業を迎える学園の食堂では卒業後の進路についての話題がそここで繰り広げられている。 しかし、一つのテーブルそんなものは関係ないとばかりに四人の生徒が戯れていた。 そこへ美しく気品ある三人の女子生徒が近付いた。 彼女たちの卒業後の進路はどうなるのだろうか? 中世ヨーロッパ風のお話です。 HOTにランクインしました。ありがとうございます! ファンタジーの週間人気部門で1位になりました。みなさまのおかげです! ありがとうございます!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

処理中です...