上 下
135 / 225
孤独な騎手事件

第135話 ウッドマン追跡

しおりを挟む
 ひとまず、シャーロットに相談だ……ということになった。
 私も馬に乗り、アリアナを先導していく。

 最近はよく一緒に行動しているバスカー。
 馬に乗っていると、彼は護衛としてとても優秀なんだよね。

 ということでシャーロット邸へ。

「ジャネット様、乗馬がお上手なんですね……!」

「辺境では馬に乗れない将軍は生き残れなかったもの。だから覚えたの。もともと馬が好きだったのもあるけれどね」

「将軍……?」

 アリアナが訝しげな表情をする。
 気にしなくてよろしい。

 銀竜号はうちの馬やバスカーに囲まれて、ちょっと緊張した様子。
 乗馬用の馬とうちの軍馬だと、色々違うものね。

 ただ、うちの軍馬も引退した馬だから安心して欲しい。
 実戦から遠ざかって、のんびり暮らしているから気性だって穏やかになったのだ。

 パカポコと道を行きながら、アリアナの話を聞いてみる。

「それでどういうことなの? 馬で後をつけてくるウッドマンが不気味なのは分かったけれど、彼はどうしてあなたに執着してるわけ?」

「それは……。父は彼を、私の夫にしようと考えているのです」

「な、なるほど……」

「ウッドマンも、一応功績のある騎士爵なので……」

「なるほどー」

 騎士爵は一代限りの名誉爵位で、次代には地位が受け継がれない。
 ここから爵位を男爵まで上げるか、

 ということで、リカイガナイ男爵に取り入った彼も必死なのだろう……!

「ああっ、後ろに、後ろに……!」

 アリアナが悲鳴をあげた。
 これはいけない。
 背後には、黒馬とそれにまたがった大男がいる。

「逃さん……っ!!」

「時には強引さは必要だけど、度が過ぎるのはどうかな……! バスカー!」

『わふー!!』

 バスカーが後退していく。
 そして背後で、「うわあ、なんだこのでかい犬は!」『わふわふ!』ともみ合う声。

 ガルムというモンスターは、並みの兵士では複数人で掛かってさえ相手をするのが難しいくらい強い。
 さらに、日々ワトサップ家でたっぷりご飯を食べ、訓練に来る兵士や騎士たちから可愛がられつつ、武器での模擬戦に付き合っているバスカーだ。
 兵士や騎士の手の内を知っているから、手強いぞ。

 バスカーが時間を稼いでくれているうちに、私たちは下町へ。
 お馴染みシャーロットの家が見えてきた。

 馬の足音を聞いたのか、窓からシャーロットがにゅっと顔を出した。

「来ましたわねー。お入りなさいな」

 扉が開き、私たちは招き入れられる。
 馬はインビジブルストーカーに誘導されて、道の脇に。

 どこからか飼い葉が差し入れされてきた。

「いつも私が馬で来るから、飼い葉まで常備するようになったか……」

 少しして、バスカーもやって来た。
 そこで扉が閉まり、家の前までやってきた黒馬とウッドマンが、忌々しげに窓を見上げたのだった。

 さて、匿われたアリアナ。
 しばらくは落ち着かない様子だったが、シャーロットが淹れた極上の紅茶を口にして、一気にリラックスできたようだった。

「とにかく、解決してほしいのは確かなんですけど……」

 彼女は切り出すが、浮かない表情だ。
 これ、親としては公認みたいなものなので、解決が難しいんだよね。

 今の世の中は、個人の考えよりも家の方針だ。
 自分が嫌だからと言って、婚約などが無くなることは少ない。

「婚約まで行ってるの?」

「まだ行ってないですね」

「ふむふむ」

 シャーロットが頷いた。
 私もそうアリアナの事情に詳しいわけじゃないけれど、知る限りの話を彼女に伝えた。

 シャーロットの頭脳が今、対策を考えてフル回転している……気がする。

「アリアナさん。ウッドマン氏はどういう伝手を使ってリカイガナイ家に繋がってきたんですの? いえ、そもそもアリアナさんはウッドマン氏が嫌いですの?」

「うーん。そこまで彼のことを知らないと言いましょうか……」

 そう言えば、ウッドマンは無言で後ろをついてきただけで、何かをして来たわけではない。
 何となく雰囲気で、追跡を妨害してしまった私である。

「アリアナさんにとっての問題は、ウッドマン氏があなたの婚約者になる、ということとは別ですわよね? 話を伺っていますと、そもそも本題は別のところにあるとしか思えないのですけれども」

 あれ、そうだっけ?

「アリアナさん、乗馬を続けたいのでしょう? 騎手として活躍したいのでしょう?」

「ええ!!」

 このシャーロットの問いかけには、ノータイムで応じるアリアナ。

「ということは、本題はそこではありませんこと? 恐らくリカイガナイ男爵は、アリアナさんの乗馬を女がやるものではないと思っているのですわ」

「辺境なら笑われる考え方ね!」

「ジャネット様、今は辺境トークをちょっと控えて頂いて」

 シャーロットに辺境トークを禁じられてしまった。

「アリアナさんの人気はわたくしもよく存じ上げていますわ。あなたの姿を見るために、女性たちも競馬場に訪れているそうではありませんの。素晴らしいことですわ。絶対に続けるべきです!」

「はい!! 続けたいです!」

「ええ。ということは、アリアナさんが解決すべき最大の問題は一つしかないと言えますわね。すなわち……家に、乗馬を認めさせることですわ!」

 シャーロットは宣言する。
 ウッドマンのことは問題ではないのだ。

 リカイガナイ家に、アリアナの生き方を理解させること……!
 それがこの件の目的だ。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環
恋愛
 第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。  なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を庇おうとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。

仮想戦記:蒼穹のレブナント ~ 如何にして空襲を免れるか

サクラ近衛将監
ファンタジー
 レブナントとは、フランス語で「帰る」、「戻る」、「再び来る」という意味のレヴニール(Revenir)に由来し、ここでは「死から戻って来たりし者」のこと。  昭和11年、広島市内で瀬戸物店を営む中年のオヤジが、唐突に転生者の記憶を呼び覚ます。  記憶のひとつは、百年も未来の科学者であり、無謀な者が引き起こした自動車事故により唐突に三十代の半ばで死んだ男の記憶だが、今ひとつは、その未来の男が異世界屈指の錬金術師に転生して百有余年を生きた記憶だった。  二つの記憶は、中年男の中で覚醒し、自分の住む日本が、この町が、空襲に遭って焦土に変わる未来を知っってしまった。  男はその未来を変えるべく立ち上がる。  この物語は、戦前に生きたオヤジが自ら持つ知識と能力を最大限に駆使して、焦土と化す未来を変えようとする物語である。  この物語は飽くまで仮想戦記であり、登場する人物や団体・組織によく似た人物や団体が過去にあったにしても、当該実在の人物もしくは団体とは関りが無いことをご承知おきください。    投稿は不定期ですが、一応毎週火曜日午後8時を予定しており、「アルファポリス」様、「カクヨム」様、「小説を読もう」様に同時投稿します。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで

みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める 婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様 私を愛してくれる人の為にももう自由になります

処理中です...