127 / 225
建築家の陰謀事件
第127話 増築屋敷を眺めてみれば
しおりを挟む
ゼンニーン家の評判はとても良かった。
もう、本当に一家揃って善人としか言いようがないくらい。
捕まったゼンニーン家のご当主に関しても、「あれはなにかの間違いだ」と近所の人々が声を揃えて言うくらい。
聖人かな?
「ただねえ、あそこの主人が唯一気にしてたことがあってねえ」
おしゃべり好きのおばあさんから聞き込みをしていたら、何やら重要な情報を口にし始めた。
「気にしていた? その人も、何か悪いことをやってしまったのかしら」
「あたしからすりゃ、そんなことよくあるよと思うけれどね! だけどほら、若い頃に恋の鞘当てをやってね。その結果、今の奥さんを勝ち取ったんだけど、恋に破れた相手のことをずっと気にしていたねえ」
「優しすぎる」
とても辺境では生きていけない。
だけどどうやらお人好しというわけではなく、相手の嘘を嘘と見抜く目も持っていたのだそうだ。
だから、彼が騙されることはなかったと。
辺境でも生きていけるかも知れない。
「これは確かに、捕まるような人じゃないなあ」
私は唸った。
バスカーが『わふわふ!』と鳴いて私に相槌を入れてくる。
おばあさんは不思議そうにバスカーを見て、それから私を見て。
「ところでお嬢ちゃん、そんな上等な着物を着て、ゼニシュタイン商会の偉い人なのかい?」
「ああ、私は縁があって事件を調べてるだけで、本職は貴族なの。ほら、ワトサップ辺境伯の領主代理で……」
「ヒ、ヒェー! ジャネット様!!」
おばあちゃんは目を丸くした後、なむなむと私を拝み始めてしまった。
なんだなんだ。
戸惑っていたら、近くの婦人会らしき女性たちが集まってきた。
「本物のジャネット様だよ!」
「ひええ、噂は凄いのに本人は可愛らしいんだねえ!」
「だけど見てよ、あの大きな犬! あんな大きい犬を従えてるんだ。間違いなくジャネット様だよ」
なんだなんだ!
妙な空気になってきた。
私は慌てて、その場を退散することにした。
シャーロットがニヤニヤしながらこっちを見ている。
「大人気ですわねえ」
「解せぬ」
「ジャネット様は可愛らしいお姿ですし、様々な事件に関わって解決に手を貸していますもの。わたくしのこれは新たなお仕事を呼ぶための評判ですけれど、特にお仕事でもなく事件に首を突っ込むジャネット様は、まさしく武勇伝ですわよ」
「な、なんだってー!」
知らなかった。
そう言えば、すっかり事件に関わって解決のために奔走するのが趣味になっている気がする。
まあ、楽しいからいいんじゃないか……?
「私のことはいいから。シャーロットは何か分かったの?」
「ええ、よく分かりましたわ。増築された部分が、元々の母屋を取り巻くように存在していますわね。ここでくっきりと、建物が作られた年代が分かれていますわ」
シャーロットが壁を指差す。
確かに、建材の新しさがぜんぜん違う。
「露骨に違うねえ」
「でしょう? 元の建材の色に合わせる努力が感じられませんわ。では中に入ってみましょう」
シャーロットが我が家であるかの如く、ゼンニーン家の扉を開けた。
「あー! いいの!?」
「さっき、憲兵の方々が入って行かれましたもの。構いませんわ」
それは構わない理由になるんだろうか?
まあいいか。
私は考えるのをやめた。
シャーロットに続いて家の中へ。
なるほど、貴族の屋敷を見慣れていると、こじんまりした作りだと感じる。
以前に、『箱の中の指先事件』で訪れたおばさんの家よりは随分広いけど。
借家と持ち家の違いだろうな。
家の中を歩くと、あちこちで憲兵が書類やら凶器やらを探している。
基本的に彼らは、一番その可能性が高そうな事件原因を調査する。
それで、らしい証拠が出てきたらそれで事件はおしまい。
だから、シャーロットと関わる前は、私の憲兵に対する印象はよろしくなかった。
真実を知ったのは、シャーロットとデストレードと付き合いができてからである。
憲兵たちも、できることなら真犯人を捕まえたいのだ。
だが、こういうちょっと入り組んだ感じの陰謀がありそうな事件は、憲兵たちととても相性が悪い。
彼らは捕まえる人であって、推理する人ではないのだ。
だから、彼らは私たちがキョロキョロしながら家の中を歩き回るのを、見てみないふりをしていた。
自分たちは気付いていないから、好きに調査して推理して下さい、という気持ちなのかも知れない。
それじゃあ、厚意に甘えましょう。
床板が、新しいものと古いものが組み合わさっている場所に出る。
新しい板の先が、増築された場所なのだろう。
見た感じ、子供部屋が新しく作られているようだけど。
上の階は書斎が増えているらしい。
二部屋増築か。
私は子供部屋に入ってみる。
すると、そこは思っていたよりもこじんまりした空間だった。
「……?」
なんとも言えない違和感を覚える。
あれ?
そこまで大きくない部屋だ。
いつの間にか二階に行っていたシャーロットも、階段を下ってくる。
「書斎は可愛らしい大きさのお部屋でしたわね。子供部屋もそうでしょう?」
「うん、あまり大きくなかった。だけどなんでだろう。違和感があるんだよね」
「でしょう? それはつまり……外見は大きく増築されている家なのに、中に入ればそこまで広くなったように感じない、ということですわよ」
「えっ!? 言われてみれば……!」
私は慌てて、外に飛び出して家を眺める。
それから屋内に入って、子供部屋を確認した。
「これ、この窓からすぐに壁になるけれど……この壁の奥にも増築された場所があるはずなんだけど」
「まさしく!」
シャーロットが、我が意を得たりと微笑んだ。
「ここからが、バスカーの出番ですわよ!」
もう、本当に一家揃って善人としか言いようがないくらい。
捕まったゼンニーン家のご当主に関しても、「あれはなにかの間違いだ」と近所の人々が声を揃えて言うくらい。
聖人かな?
「ただねえ、あそこの主人が唯一気にしてたことがあってねえ」
おしゃべり好きのおばあさんから聞き込みをしていたら、何やら重要な情報を口にし始めた。
「気にしていた? その人も、何か悪いことをやってしまったのかしら」
「あたしからすりゃ、そんなことよくあるよと思うけれどね! だけどほら、若い頃に恋の鞘当てをやってね。その結果、今の奥さんを勝ち取ったんだけど、恋に破れた相手のことをずっと気にしていたねえ」
「優しすぎる」
とても辺境では生きていけない。
だけどどうやらお人好しというわけではなく、相手の嘘を嘘と見抜く目も持っていたのだそうだ。
だから、彼が騙されることはなかったと。
辺境でも生きていけるかも知れない。
「これは確かに、捕まるような人じゃないなあ」
私は唸った。
バスカーが『わふわふ!』と鳴いて私に相槌を入れてくる。
おばあさんは不思議そうにバスカーを見て、それから私を見て。
「ところでお嬢ちゃん、そんな上等な着物を着て、ゼニシュタイン商会の偉い人なのかい?」
「ああ、私は縁があって事件を調べてるだけで、本職は貴族なの。ほら、ワトサップ辺境伯の領主代理で……」
「ヒ、ヒェー! ジャネット様!!」
おばあちゃんは目を丸くした後、なむなむと私を拝み始めてしまった。
なんだなんだ。
戸惑っていたら、近くの婦人会らしき女性たちが集まってきた。
「本物のジャネット様だよ!」
「ひええ、噂は凄いのに本人は可愛らしいんだねえ!」
「だけど見てよ、あの大きな犬! あんな大きい犬を従えてるんだ。間違いなくジャネット様だよ」
なんだなんだ!
妙な空気になってきた。
私は慌てて、その場を退散することにした。
シャーロットがニヤニヤしながらこっちを見ている。
「大人気ですわねえ」
「解せぬ」
「ジャネット様は可愛らしいお姿ですし、様々な事件に関わって解決に手を貸していますもの。わたくしのこれは新たなお仕事を呼ぶための評判ですけれど、特にお仕事でもなく事件に首を突っ込むジャネット様は、まさしく武勇伝ですわよ」
「な、なんだってー!」
知らなかった。
そう言えば、すっかり事件に関わって解決のために奔走するのが趣味になっている気がする。
まあ、楽しいからいいんじゃないか……?
「私のことはいいから。シャーロットは何か分かったの?」
「ええ、よく分かりましたわ。増築された部分が、元々の母屋を取り巻くように存在していますわね。ここでくっきりと、建物が作られた年代が分かれていますわ」
シャーロットが壁を指差す。
確かに、建材の新しさがぜんぜん違う。
「露骨に違うねえ」
「でしょう? 元の建材の色に合わせる努力が感じられませんわ。では中に入ってみましょう」
シャーロットが我が家であるかの如く、ゼンニーン家の扉を開けた。
「あー! いいの!?」
「さっき、憲兵の方々が入って行かれましたもの。構いませんわ」
それは構わない理由になるんだろうか?
まあいいか。
私は考えるのをやめた。
シャーロットに続いて家の中へ。
なるほど、貴族の屋敷を見慣れていると、こじんまりした作りだと感じる。
以前に、『箱の中の指先事件』で訪れたおばさんの家よりは随分広いけど。
借家と持ち家の違いだろうな。
家の中を歩くと、あちこちで憲兵が書類やら凶器やらを探している。
基本的に彼らは、一番その可能性が高そうな事件原因を調査する。
それで、らしい証拠が出てきたらそれで事件はおしまい。
だから、シャーロットと関わる前は、私の憲兵に対する印象はよろしくなかった。
真実を知ったのは、シャーロットとデストレードと付き合いができてからである。
憲兵たちも、できることなら真犯人を捕まえたいのだ。
だが、こういうちょっと入り組んだ感じの陰謀がありそうな事件は、憲兵たちととても相性が悪い。
彼らは捕まえる人であって、推理する人ではないのだ。
だから、彼らは私たちがキョロキョロしながら家の中を歩き回るのを、見てみないふりをしていた。
自分たちは気付いていないから、好きに調査して推理して下さい、という気持ちなのかも知れない。
それじゃあ、厚意に甘えましょう。
床板が、新しいものと古いものが組み合わさっている場所に出る。
新しい板の先が、増築された場所なのだろう。
見た感じ、子供部屋が新しく作られているようだけど。
上の階は書斎が増えているらしい。
二部屋増築か。
私は子供部屋に入ってみる。
すると、そこは思っていたよりもこじんまりした空間だった。
「……?」
なんとも言えない違和感を覚える。
あれ?
そこまで大きくない部屋だ。
いつの間にか二階に行っていたシャーロットも、階段を下ってくる。
「書斎は可愛らしい大きさのお部屋でしたわね。子供部屋もそうでしょう?」
「うん、あまり大きくなかった。だけどなんでだろう。違和感があるんだよね」
「でしょう? それはつまり……外見は大きく増築されている家なのに、中に入ればそこまで広くなったように感じない、ということですわよ」
「えっ!? 言われてみれば……!」
私は慌てて、外に飛び出して家を眺める。
それから屋内に入って、子供部屋を確認した。
「これ、この窓からすぐに壁になるけれど……この壁の奥にも増築された場所があるはずなんだけど」
「まさしく!」
シャーロットが、我が意を得たりと微笑んだ。
「ここからが、バスカーの出番ですわよ!」
0
お気に入りに追加
442
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】高嶺の花がいなくなった日。
紺
恋愛
侯爵令嬢ルノア=ダリッジは誰もが認める高嶺の花。
清く、正しく、美しくーーそんな彼女がある日忽然と姿を消した。
婚約者である王太子、友人の子爵令嬢、教師や使用人たちは彼女の失踪を機に大きく人生が変わることとなった。
※ざまぁ展開多め、後半に恋愛要素あり。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ここは貴方の国ではありませんよ
水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。
厄介ごとが多いですね。
裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。
※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる