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帝国との条約文書事件
第117話 真相は分かったけれど
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「まず、前回の会食の時ですけれど、ベルギウス外交官が所用のために席を外されましたわね。その時、皆様もそれぞれ用を足されたと伺っていますわ」
「はい、順番に」
カゲリナが肯定した。
この場で最も物怖じしていない彼女。
基本的に小心者なので、カゲリナが堂々としていることは間違いなくシロなのである。
シャーロットの想定通りだったようで、彼女は満足げに頷いた。
「では皆様、ついてきて下さいませ。皆様がたどった動線を歩いてみましょう。ちなみにその時と同じように、使用人の方々の配置をしておりますわ」
席を立った私たちは、シャーロットの後をついていく。
長い廊下を歩いて、やたらと広いベルギウス邸のおトイレまで。
「なんでこんなに広く作ったの?」
「本棚なども置いてマルチスペースにしようと思っているんだ」
私の質問に、ベルギウスが想像もしてない答えを返してきた。
なるほど、トイレで本を読む時間を充実させるということね……!
ちなみにこの話を聞いて、フワティナ嬢はニコニコし、カゲリナは首を傾げ、ローゼリア嬢はムスッとしていた。
その顔、ベルギウスに見られてるぞ。
「遅い時間でしたから、ベルギウス邸の使用人は半分以上が帰宅していましたわ。だから、自由行動ができたと言えばできましたわね」
トイレからすぐ近くに、ベルギウスの部屋がある。
本来、主の部屋はもっといいところにあるものなのだが。
「トイレが近いほうが便利だろう」
「本当に合理的ねえ、あなた」
ベルギウスが、何を当たり前のことを、みたいな顔をする。
こういうところ、彼と私は血が繋がっているなーと思う。
「扉の鍵は開いていた?」
「いや、鍵は閉めていたと思うよ。多分」
「多分!?」
「一つのことに熱中すると、他がおろそかになるんだ僕は……」
ベルギウス、ちょっと自信が無くなってきている。
そして彼の部屋の扉を開けた時、床に敷かれた絨毯に何かが見えた。
細く光るものだ。
私がしゃがんで摘み上げると、シャーロットが微笑んだ。
「これって、髪の毛?」
「ええ、長い髪の毛ですわねえ。黒い色をしていますわ」
ローゼリアが目を剥いた。
「そ、そんな黒い髪なんて、私もだけれどカゲリナもそうでしょう!?」
「私はそこまで髪が長く無いんだけど。ほら、地毛が太いから……」
悲しげにカゲリナが言う。
カゲリナの髪って、めちゃめちゃにコシがあって一本一本が太いのよね。
私が摘んだ髪は、細くて長い。
「ううううっ! おかしいわ! 会食は何日も前のことでしょう! なのに、どうして髪の毛が残ってるの! とっくに掃除されてしまっているはずじゃないの!」
これに対して、ベルギウスが口を開いた。
「もちろん、本来はそうだよ。だけれど、文書が盗まれた以上、現場は保全しておかないといけない。今日という日が来るまで、僕は自室に足を踏み入れていないんだ。使用人たちも同様。この数日間はソファで寝た……」
「まあ、お体が痛くなってしまいます」
フワティナ嬢が真剣に、ちょっとピントの外れた心配をしてきた。
いい子だなあ。
「で、でも、髪の毛だけでは証拠が!」
「柔らかな絨毯に靴跡が残っていますの。ローゼリア嬢、ちょっとここを踏んでみてくださいまし」
「いやよ!」
「そこをなんとか」
「いやよ!」
シャーロットとローゼリアが問答を始めた。
うーん、ああ見えてシャーロット、そこまで気が長い方じゃないからな。
三回目に「いやよ!」と言われた瞬間、シャーロットの目が据わったのが見えた。
「失礼。バリツ!」
次の瞬間、宙を舞うローゼリア。
「ウグワー!?」
令嬢らしからぬ悲鳴が聞こえて、次の瞬間、ローゼリアは絨毯の上に着地していた。
彼女がフラフラとよろけると、足をのけた先の足跡は、絨毯に残されているものと一致した。
「同じですわね。犯人はローゼリア嬢ですわ。これにて事件は解決。簡単な事件でしたわねえ……」
シャーロットは満足げに微笑んだ。
ヤガール子爵は、ここでがっくりと肩を落とし、この世の終わりみたいな顔をしている。
「わ、悪気は無かったんです。ですが、ローゼリアがベルギウス様に入れ込んでいて、気がついたら我が家に重要な書類が……。こんなもの盗んだと知れたら、わしの首が物理的に飛ぶ……! 今死んだら、わしの領地はギリギリの綱渡りでどうにかやっていけているのに、完全にダメになってしまう……!!」
「ふむふむ」
ベルギウスが頷いた。
「ご領地の心配をなされているのはよく分かりました。今回の件、恐らく僕も部屋の鍵を掛けていなかったのでしょう。だからローゼリア嬢が好奇心から部屋に入ってしまった」
ローゼリアも意気消沈しているのだが、その言葉には小さく頷いた。
「ほんの出来心で……。ノブを捻ったら扉が開いてしまって、使用人も他にいないし……。トイレの目の前の部屋とかどうなのって思いはしたんですけど、まさか本当にベルギウス様の部屋だったなんて……」
「トイレ伯爵」
カゲリナが何かボソッと言ったが、聞かなかったことにしておいてあげよう。
しばらく、カゲリナとグチエルで、トイレ伯爵の話題が流行しそうだ。
「夜間の使用人が少ないのが災いした。ドアをチェックしてもらわないからね。これは僕も悪い。外交文書を返してくれたら、今回の件は水に流そう。何しろ、部屋の鍵を掛けていなかったから文書を盗まれたなんて知られたら、僕も外交官を解任されてしまうからね」
身内や家の中では脇が甘いベルギウスだが、甘いマスクと人を安心させる声音、そして穏やかな物腰から繰り出される交渉術で、外交官としての彼は大変優秀な成果を収め続けている。
この失敗でベルギウスが失脚したら、普通に国益に関わるのだ。
本日この場で、ヤガール子爵家のやらかしは見なかったことになった。
かくして事件は闇に消え、シャーロットの活躍も表には知られないことに。
「良かったわけ? せっかくシャーロットが頑張ったのに」
「いいのですわ。わたくしにとって、骨休めみたいなものですもの。本番はもうすぐ。そろそろ、ジャクリーンに仕掛けた罠が動き出す頃合いなのですわ」
シャーロットの目は、これからやってくるであろう、ジャクリーンとの対決しか見ていない。
ついにあの、稀代の大悪党との正面対決なのだ。
いや、今までも何回か正面対決してるような。
ちなみにベルギウスだけど、フワティナ嬢とお付き合いを始めたらしい。
あの二人なら、感性とかも合っていそう。
案外お似合いのカップルかもしれない。
「はい、順番に」
カゲリナが肯定した。
この場で最も物怖じしていない彼女。
基本的に小心者なので、カゲリナが堂々としていることは間違いなくシロなのである。
シャーロットの想定通りだったようで、彼女は満足げに頷いた。
「では皆様、ついてきて下さいませ。皆様がたどった動線を歩いてみましょう。ちなみにその時と同じように、使用人の方々の配置をしておりますわ」
席を立った私たちは、シャーロットの後をついていく。
長い廊下を歩いて、やたらと広いベルギウス邸のおトイレまで。
「なんでこんなに広く作ったの?」
「本棚なども置いてマルチスペースにしようと思っているんだ」
私の質問に、ベルギウスが想像もしてない答えを返してきた。
なるほど、トイレで本を読む時間を充実させるということね……!
ちなみにこの話を聞いて、フワティナ嬢はニコニコし、カゲリナは首を傾げ、ローゼリア嬢はムスッとしていた。
その顔、ベルギウスに見られてるぞ。
「遅い時間でしたから、ベルギウス邸の使用人は半分以上が帰宅していましたわ。だから、自由行動ができたと言えばできましたわね」
トイレからすぐ近くに、ベルギウスの部屋がある。
本来、主の部屋はもっといいところにあるものなのだが。
「トイレが近いほうが便利だろう」
「本当に合理的ねえ、あなた」
ベルギウスが、何を当たり前のことを、みたいな顔をする。
こういうところ、彼と私は血が繋がっているなーと思う。
「扉の鍵は開いていた?」
「いや、鍵は閉めていたと思うよ。多分」
「多分!?」
「一つのことに熱中すると、他がおろそかになるんだ僕は……」
ベルギウス、ちょっと自信が無くなってきている。
そして彼の部屋の扉を開けた時、床に敷かれた絨毯に何かが見えた。
細く光るものだ。
私がしゃがんで摘み上げると、シャーロットが微笑んだ。
「これって、髪の毛?」
「ええ、長い髪の毛ですわねえ。黒い色をしていますわ」
ローゼリアが目を剥いた。
「そ、そんな黒い髪なんて、私もだけれどカゲリナもそうでしょう!?」
「私はそこまで髪が長く無いんだけど。ほら、地毛が太いから……」
悲しげにカゲリナが言う。
カゲリナの髪って、めちゃめちゃにコシがあって一本一本が太いのよね。
私が摘んだ髪は、細くて長い。
「ううううっ! おかしいわ! 会食は何日も前のことでしょう! なのに、どうして髪の毛が残ってるの! とっくに掃除されてしまっているはずじゃないの!」
これに対して、ベルギウスが口を開いた。
「もちろん、本来はそうだよ。だけれど、文書が盗まれた以上、現場は保全しておかないといけない。今日という日が来るまで、僕は自室に足を踏み入れていないんだ。使用人たちも同様。この数日間はソファで寝た……」
「まあ、お体が痛くなってしまいます」
フワティナ嬢が真剣に、ちょっとピントの外れた心配をしてきた。
いい子だなあ。
「で、でも、髪の毛だけでは証拠が!」
「柔らかな絨毯に靴跡が残っていますの。ローゼリア嬢、ちょっとここを踏んでみてくださいまし」
「いやよ!」
「そこをなんとか」
「いやよ!」
シャーロットとローゼリアが問答を始めた。
うーん、ああ見えてシャーロット、そこまで気が長い方じゃないからな。
三回目に「いやよ!」と言われた瞬間、シャーロットの目が据わったのが見えた。
「失礼。バリツ!」
次の瞬間、宙を舞うローゼリア。
「ウグワー!?」
令嬢らしからぬ悲鳴が聞こえて、次の瞬間、ローゼリアは絨毯の上に着地していた。
彼女がフラフラとよろけると、足をのけた先の足跡は、絨毯に残されているものと一致した。
「同じですわね。犯人はローゼリア嬢ですわ。これにて事件は解決。簡単な事件でしたわねえ……」
シャーロットは満足げに微笑んだ。
ヤガール子爵は、ここでがっくりと肩を落とし、この世の終わりみたいな顔をしている。
「わ、悪気は無かったんです。ですが、ローゼリアがベルギウス様に入れ込んでいて、気がついたら我が家に重要な書類が……。こんなもの盗んだと知れたら、わしの首が物理的に飛ぶ……! 今死んだら、わしの領地はギリギリの綱渡りでどうにかやっていけているのに、完全にダメになってしまう……!!」
「ふむふむ」
ベルギウスが頷いた。
「ご領地の心配をなされているのはよく分かりました。今回の件、恐らく僕も部屋の鍵を掛けていなかったのでしょう。だからローゼリア嬢が好奇心から部屋に入ってしまった」
ローゼリアも意気消沈しているのだが、その言葉には小さく頷いた。
「ほんの出来心で……。ノブを捻ったら扉が開いてしまって、使用人も他にいないし……。トイレの目の前の部屋とかどうなのって思いはしたんですけど、まさか本当にベルギウス様の部屋だったなんて……」
「トイレ伯爵」
カゲリナが何かボソッと言ったが、聞かなかったことにしておいてあげよう。
しばらく、カゲリナとグチエルで、トイレ伯爵の話題が流行しそうだ。
「夜間の使用人が少ないのが災いした。ドアをチェックしてもらわないからね。これは僕も悪い。外交文書を返してくれたら、今回の件は水に流そう。何しろ、部屋の鍵を掛けていなかったから文書を盗まれたなんて知られたら、僕も外交官を解任されてしまうからね」
身内や家の中では脇が甘いベルギウスだが、甘いマスクと人を安心させる声音、そして穏やかな物腰から繰り出される交渉術で、外交官としての彼は大変優秀な成果を収め続けている。
この失敗でベルギウスが失脚したら、普通に国益に関わるのだ。
本日この場で、ヤガール子爵家のやらかしは見なかったことになった。
かくして事件は闇に消え、シャーロットの活躍も表には知られないことに。
「良かったわけ? せっかくシャーロットが頑張ったのに」
「いいのですわ。わたくしにとって、骨休めみたいなものですもの。本番はもうすぐ。そろそろ、ジャクリーンに仕掛けた罠が動き出す頃合いなのですわ」
シャーロットの目は、これからやってくるであろう、ジャクリーンとの対決しか見ていない。
ついにあの、稀代の大悪党との正面対決なのだ。
いや、今までも何回か正面対決してるような。
ちなみにベルギウスだけど、フワティナ嬢とお付き合いを始めたらしい。
あの二人なら、感性とかも合っていそう。
案外お似合いのカップルかもしれない。
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